ちびサウルスの住むところⅡ

ちびサウルスに妹ミニラが加わり、母もパワーアップ!? 二児の母が子育てから政治・教育までを考えます。

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「即位礼正殿の儀」の日に思ったこと

2019年11月06日 | その他

 (落ち着いて書く間がなかったので、「今頃?」感は承知の上で書かせて頂きます。)

 10月22日、無事に「即位礼正殿の儀」が執り行われ、天皇陛下が日本国内外に即位を宣明されましたね。朝からの雨もその時ばかりは晴れ、皇居の上には虹がかかるという、まさに天からの祝福が…。富士山でも初冠雪が観測されたそうで、本当に嬉しかったです。

 朝からテレビでは儀式関連の話題が続き、まぁ無難なところはNHKでしたが、テレ朝の「モーニングショー」、その日は火曜日、よりによってコメンテーターは、青木理氏、菅野朋子氏、玉川徹氏という、天皇家の話題には一番ふさわしくないトリオ。ついつい見てしまい、それでお約束通り気分が悪くなりました。でも、晴れの佳き日に彼らの話題を書くことすら嫌だったので、つい先延ばしにしていたら今頃になってしまって…。

 青木氏は事ある毎に、「天皇には人権がない。こんなことでは云々…民主主義なんたらかんたら…」などと、さも人権や民主主義を持ち出して、何とか天皇家の権威を失墜させることを望んでいるようですね。まぁ堂々と「天皇制はなくした方がいい」との持論を語っていますのでわかり易いんですけどね。

 人権云々言いますが、青木氏は「天皇の人権」を考えているというより、「天皇の権威」、日本が世界に誇れる「天皇という権威」が存在するということが許せないのでしょう。たとえ天皇陛下が「権力」をお持ちでないことに関わらずです。

 そして、皇位継承者となられる男性皇族が少ないことに対し、女性・女系天皇の話題を出します。この火曜日コメンテータートリオは、「女性・女系で何が悪いの?」という意見ですから、聞いていていつも「なんでこんなに(天皇という存在の意味が)分からないのかなぁ」とイライラするのが常です。

 大体、天皇というお立場の重責を考えた時に、安易に「男女平等だから女性でもいいじゃん」的な方向にいくことに、精神的ストレスを覚えるのを禁じ得ません。私は女性だからこそ、安易に考えての女性天皇には反対、そして、(天皇制という言葉ではなく)国体の崩壊に繋がる女系天皇には反対の立場です。

 そこで、2006年に(旧ブログにて)書いた記事を、2011年に再掲したものを再再掲(↓)します。13年経った今も同じ気持ちです。
 (milestaさんから頂いたコメント部分はわかり易いように青字にしました)

 

 こんにちは。今日は「金大中事件」について書かせて頂くつもりでしたが、いつも素敵なコメントを下さるmilestaさんから「無血革命」にコメントを頂いて、本当にその通りだと同感致しましたので、改めてご紹介させて頂き、女性の立場から「女性・女系天皇」をどう思うか少しばかり書かせて頂きます。

女性の立場から女系反対! (milesta)  2006-02-06 12:42:33  

 いつもハハサウルスさんが、普通の女性の代弁をしてくださり、感謝しています。全部があんなふうだと思われることほど、不愉快なことはありませんものね。

ところで、皇室典範に関してですが、spiralさんのブログにゆうさんという女性が「女性天皇が子育てと天皇陛下のお勤めを両方されることは無理」という内容のコメントをされていて、大変共感を覚えました。そしてふとこれが女系非容認の真理なのではと思いました。 あちらのコメント欄にも書きましたが、女性つながりでこちらにも、と思い貼り付けます。

通常なら天皇陛下と皇后陛下のお勤めは役割分担されています。 ご存じのように天皇陛下は様々な祭祀をされ土日もないほどご多忙です。 http://hiton.seesaa.net/ そして皇后陛下のお役割は、いろいろあるでしょうが、その最たるものはお世継ぎをお産みになり、お育てになることでしょう。 この二つの役割を女性天皇お一人がなさることが可能でしょうか?

どんなに男女平等を唱えたところで、出産は女性にしか出来ず、少なくとも産前十ヶ月産後一年は、過酷な仕事に耐えられる体力はありません。

それに旧皇室の復帰を認めないとなると今後の後継問題を考え、女性天皇は出来るだけ多くのお子様に恵まれることが期待されます。何度も出産をしながら祭祀をなさるなどということは、絶対に不可能です。

お一人の方に、これだけ負担がかかるのです。女性天皇の配偶者が肩代わりできる部分というのが、どれだけあるのでしょうか?天皇陛下の代わりにはなれません。女性の代わりにもなれません。結局、女性天皇が全てを負わなければならなくなるでしょう。

これまでの女性天皇が女系天皇の流れとならなかったのは、あくまで「天皇陛下」のお仕事に徹し、お世継ぎをお産みになるお仕事は他の方がなさっていたからです。

こうしたこと(お一人二役は無理だということなど)は皆、先人の教えや過去からのしきたりに学び、自然にできる道を辿り、結果的に男系が長く続くことに至ったのだと思います。

それなのに無理矢理新しいやり方を突如として考え出し嬉々としている人達がいますが、無謀であり不遜であると感じます。

(以上、全文転載。太字は管理人)

 一般の子育ても、働くお母さんにしろ専業主婦にしろ、大変な仕事です。「子どもなんて勝手に育つもの」と思う方も多いかもしれませんし、最近は子育てを放棄して自分の都合を優先させる母親も増えてきています。でも、やはり、手をかけ、心をかけて育てるということは、毎日毎日、24時間のことですからなかなか思う通りにできないことも多く、心身ともにかなりのエネルギーを消耗するものです。しかし、その醍醐味も真剣に取り組めば取り組むほど感じられる素晴らしい仕事だと思うのです。 

 皇后陛下は、どちらかと申し上げれば「働くお母さん」に近くていらっしゃるのではないでしょうか。ご公務だけでなく、プライベートもないようなご生活の中、お子様方へのお心配りは本当に頭の下がる思いがいたします。将来の天皇陛下になられる方をお育てするなどという、重責を考えただけで気が遠くなりそうです。ただでさえ、鵜の目鷹の目で見られ、揚げ足を取られかねない中、あれほどの子育てをなさったことは本当に素晴らしいことと思います。まして、それまでのしきたり通りではなく、ご自分たちのお手元でお育てになられたことは、今後の範となる子育てのお姿だと思われます。

 愛子様が初の女系の女性天皇になられれば、先ず祭祀の問題、配偶者問題、お世継ぎ問題と次々に生じてくる前例のない問題に翻弄されることは必至です。「男女平等だからいいじゃない」などと簡単に語って欲しくないですし、本当に大変だと想像できる女性の視点があれば、逆に「反対」の声が上がってもおかしくないと思います。結局は自分の権利主張のために、皇室を利用しようとする女権拡大論者の「ご都合主義」による「女性・女系天皇賛成」なのでしょう。まぁ「想像力の欠如」がここでも発揮されるわけです。

 何度も言いますが、旧宮家の皇籍復籍で問題が解決されるというのに、「国民の同意が得られない」などと、実際確かめてもいない「どこの国民の同意じゃい」というような勝手な思い込み(印象操作?)で、議論もせず、挙句に民主党の仙谷政調会長(こんな売国政治家がよりによって“政調会長”ってところが民主党のダメなところの一つ)が「国民投票すれば」なんて「どバカ」なこと言い出す始末(や~っぱり何にもわかっちゃいないことがバレバレ。恥ずかしいねぇ。そういう性格の問題じゃないっつうの)。この国の政治屋さんは「事の重大性」に気付いていません。だからこそ怪しい勢力につけ込まれて、こ~んな事態になってしまったんです。  多分、日本人より外国人の方が「日本における天皇という存在の重要性」をよくわかっているようです。このことに就きましては、同じく「無血革命」にコメントを下さった浪人さんの、“この法案には米国が一枚噛んでいるのでは”、というお考え(下記にコメントの一部を抜粋転載)

悲観的なことばかり書いて申し訳ないですが、この法案を可決させることで、日本は「共産主義者」対「米国」の戦場、つまりは第二のベトナムにすら成りかねない可能性が生まれてきます。

という、単なる「日本のお家騒動」では済まない側面も十分に考えられると思います。(私は今までそこまで考えていなかったのですが、成程可能性は十分にあるなぁと認識を新たにさせて頂きました。コメントを下さる方々が皆さん素晴らしいお考えなので、私も本当に勉強になります。有難いことだと感謝いたしております)

 日本人が、本来は特に女性が「男系」を守らなくてどうするのでしょう。愚かな「フェミニスト」の策に乗らずに、女性だからこそ「反対」の声を高らかに上げたいと思います。

 (以上、再掲終わり。尚、冒頭にあります「金大中事件」の部分は、カットさせて頂きました)

 2006年当時、milestaさんのコメントに本当にその通りだと共感し、自分なりの思いも書かせて頂きましたが、女性・女系天皇容認派の方々は、天皇というお立場を単なるお飾り的象徴と考えているのではないかと思ってしまうほど、その重責を軽く見ていると思われます。2019年、令和の代となっても、いまだにちゃんと理解されていないことに、改めてため息が出てしまうのです。

 

 青木氏がよく口にする「国民の総意」なるものが、果たして何を意味するのかよく私にはわかりません。「総意」は一体どうやって決めるのでしょう?民主主義だから多数決?青木氏と私とでは全く意見が合わないのですが、どちらも国民です。そのような漠としたものに、連綿と続いて来た、いえ、続けて来た日本の国体を委ねたくはありません。

 ところで、青木氏は「好きなコメンテーター」でも「嫌いなコメンテーター」でも1位なのだそうで、「嫌いな」は納得ですが、「好きな」にはびっくり、“世の中いろいろだねぇ~”と思います。なるほど青木氏はジャーナリストというよりはコメンテーターという肩書きがピッタリですよね。よくよく聞いているとたいしたことは言っていなくて、反論されると弱い。得意なのは「安倍さんは~」と韓国擁護。ハハハ

 

 青木氏が何を言おうと、たとえすごい偶然だったとしても、「即位礼正殿の儀」のその一時、太陽が照らし、虹がかかったことに、やはり私は神様の祝意を感じるのです。

 


グレタ・トゥーンベリさんの将来

2019年09月26日 | 政治

 国連の「気候行動サミット」の場で、環境問題についての演説をした16歳の少女、グレタ・トゥーンベリさん。昨日の報道で、演説内容を放送する前に、“見たくないなぁ”とチャンネルを替えてしまったので、彼女の主張を全部聞いてはいません。“見たくない”と思ったのは、何となく知っていた彼女の主張と、その持ち上げ方がどうも嫌だなと思ったので。

 で、夕食時、息子が彼女の話題を振ってきた(息子は所謂「環境保護団体」の過激な活動に批判的立場)ので、一応ネットで報道をさらっとチェック。まぁ予想通りの反応で、「怒りの演説」に賛否両論の様子。彼女の主張は内容的には間違っていないのかもしれませんが、論調が極端な上に攻撃的なことで、万人の共感を得るのは難しいでしょう。彼女の若さ故か、言われている発達障害の特性の為か、かなり激しい主張だったようで、仮にも国際的な場で、発言の機会を与えるのであれば、もうちょっと大人がアドバイスしても良かったのではないかと思いました。もちろん、ニュースとしてはセンセーショナルな方が話題になりますし、世論を動かすには、多少の過激さも必要なのだとは思いますが、為政者の胸には響かなかったでしょう。多くの人々が今の生活を変えることに賛同できるわけではないからです。

 彼女の母親が

 “My daughter can see CO2 with the naked eye”  (私の娘は裸眼でCO2を見ることができる)

と言ったとの話題も読みました。もちろん比喩的に言ったのでしょうが、私は彼女の周囲の大人達を腹立たしく思います。

 16歳、子どもと大人の狭間の年です。この年齢だからこそ、取り上げられ話題になるのです。彼女も年を重ねていきます。その時にどう生きていくのかなと、ちょっと可哀相な気がします。今はもっと勉強して、多角的なものの見方を学ぶ時期なのだと思うのですが、恐らく偏った知識しかないのではないでしょうか。周囲の大人にも責任があります。都合の良いように利用されているのでなければ良いのですが…。

 敢えて言えば、「地球環境に優しい」という言い方に、ちょっとした違和感を覚える私としましては、人間が生きていく上で環境問題は大事だと思いつつも、“いやいや、環境がどう変動しようと、地球自体は別に大丈夫。そこに生きる生物の問題” “地球の長~い歴史から見たら、どれだけの生物が絶滅してきたことか、人間がどうしてみようもない変動は起こり得る”などと、こそっと思ったりするわけです。その上で、今のささやかな生活に感謝しつつ、自分のできるエコをこつこつ実行していくだけなのです。

 

 世の中には、「自分は正しいことを主張して、正しいことをしている。これが正義だ」というタイプの人がいます。しかし、「正義」の在り様は千差万別で、「正しいことが、いつも正しいとは限らない」ですし、それぞれが何となく折り合いを付けて生きています。その中で、自分の正義を「押し付けてくる」人がいると、たとえそれが正しいことだとしても、共感を得られず、むしろ問題を起こす場合があります。

 三重県松阪市の商店街で、歩道にはみ出た商店の看板や幟、自転車等を撤去して回る高齢の男性のことが話題になりました。「正論おじさん」と呼ばれているようで、商店街の方々とのやり取りは、ちょっとやり過ぎの感がありました。確かに私有地外に物を置くのはいけないと言われればそうなのでしょうが、ちょっとでもはみ出ていると、勝手に看板を撤去したり、自転車を店内に入れたり、お店に居座ったりと、営業妨害をしているのですが、何しろ「正論」を振りかざしてくるので、何ともしようがない状況。ご本人は「私は正しいことをしている」と絶対に譲りません。中には売り上げが減少したお店もあるらしく、何ともお気の毒。

 「私は正義」と主張する人々は、自分の説を曲げません。他者の言い分に耳を傾けることもしません。何しろ「正義」なのですから。正義の為には多少の犠牲も厭わない。健康の為なら死んでもいい。平和の為なら暴力も辞さない。・・・何だかおかしくないですか?もうちょっとゆる~くてもいいんじゃないかと思うのです。


小泉進次郎氏は果たして…

2019年09月18日 | 政治

 環境相に就任した小泉進次郎氏、相変わらず次期首相候補人気度は高いのですが、どうなのでしょう?

 先月実家に里帰りした際に、母が「小泉進次郎ってどう思う?どうも信用できないんだけど…」と訊いてきましたので、「う~~ん、今は何とも言えない」と濁してきましたが、同じような質問を橋下徹氏についてもされたことがあったなぁと思い出しました。

 大臣になるのは早過ぎると思いますが、まぁ「お手並み拝見」という感じもしますね。正直、今のままの政治スタイルでは、首相になって欲しくない政治家の一人かも。だって理想を追い過ぎるし、嫌われ者になれないし、みんなの意見を取り上げようとするし。要は、「清濁併せ呑む」ことができないであろうと思うのです。「水清ければ魚棲まず」ということはあると思います。政治の世界では。

 理想は必要です。万人に好かれることも良いでしょう。少数意見も大事にしないといけません。どれも政治家に必要なことではありますが、時として、政治には「必要悪」という選択を迫られる場面が出てきます。その時に国益を重視した判断ができるかどうか、ここが首相として大事な資質だと思うのです。小泉氏は良い意味でも悪い意味でも「寄り添い過ぎる」のかもしれません。それが重大な決断の場面でどう影響するのか、まだまだ経験が足りないと思います。多分、そこはご本人が一番認識しておられることでしょう。

 今までの立場と、大臣という決断を迫られる立場との違いの中で、どう成長していくのか、今は何とも言えません。人気が高いのはよくわかりますが、この人が首相になった時の日本を想像するとちょっと恐い気がします。たとえ嫌われてもという覚悟があるのかどうか。そして、国民の側もそれを受け入れられるのかどうか。「言葉がわかり易い」「クリーンなイメージ」「庶民的」「人たらし」等だけでなく、「濁」の部分、「ダーク」な部分、これも併せ持った時に、首相候補としてどうなの?と考えたいと思います。

 小泉氏、努力家だと思うんですよ、期待していないわけでもありませんが、国のトップとして見た時に「う~~~ん、どうなの?」と思うのです。良い意味で「化けて」くれると良いのですが。


チョ・グク氏任命&ポーランドってか。

2019年09月10日 | 政治

 チョ・グク氏、韓国の法相に任命されましたね。さすが文在寅大統領、ぶれません。この二人のタッグでどこまで行くのでしょうね。任命を支持する人々も結構いるようですし、まっいいんじゃないですか。でも、面白いのは、今朝のテレ朝「モーニングショー」、韓国の世論調査で、任命反対意見の方が多いのは多いのですが、賛成派もそれなりにいるということで、「ほらね、賛成派も多いんですよ」と来たもんです。これが日本の自民党政権に関することなら、「反対派が過半数超えています」と、賛成派がそれなりにいても無視されちゃうんですけどね。まぁ、今日は火曜日、コメンテーターが青木理氏、菅野朋子氏、玉川徹氏、加えてゲストが辺真一氏、ぶれないメンバーですからね。或る意味、ちょっと期待しちゃいます。どんなコメントするのか。

 で、期待を裏切らないのが青木理氏。もう、一つ一つイラッときます。中でも笑ってしまったのが以下(簡単な説明です)。

 「民族性」という言葉を使って

 (台風の影響で交通が混乱しているのに、時間通りに会社に出社しようとする姿勢についての報道の際のコメント) → 戦争時代のように上から言われたことに従うというような「日本人の民族性」が問題。

 (韓国人に対しては) → 「民族性という言葉は使いたくないんですけどね」 

 韓国人については、何についてのコメントだったかは失念しましたが、「えっ」と思いました。だって、同じ「民族性」という言葉を使ったのに、日本人に対してと韓国人に対して、ホント違う扱いなんですよ。それ程時間が経っていないのにね、この人の話は整合性がつかないことが多々あって…。

 それと、所謂徴用工問題について

 青木氏は、「韓国が歴史問題で喧嘩売ったって意識はあまりなくって」と前提した上で (ここ、笑っちゃいますよね)

 判決が出た当初、文政権は興味もなく、日本のことを放っておいた→ 安倍政権が頭に来て輸出規制した → 一気に火がついた

なのだそうです。ふ~ん、「放っておいた」のね。つまり、韓国は日本のことなんかに興味はなく、北との関係の方に力を入れていただけなのに、勝手に日本が怒っただけという認識なんですね。で、輸出管理についての協議も「放っておいた」結果、3年間も協議をせずに、その結果、管理上の問題が出たので、輸出管理を厳しくします、信頼関係が持てないので優遇国から外します、という経過は、青木氏にとっては無いことなんですねぇ。ホントにこの人ジャーナリストなんでしょうか。自分の希望的観測による意見しか言わない!? モーニングショーとサンデーモーニングは、青木氏にとって居心地のいい番組なんでしょうね。でも、これだけ韓国を擁護しても、日本の世論が変わらないので面白くないご様子。(まっ、いっつも面白くなさそうなんですけどね) なにしろ、日経新聞の世論調査で、安倍政権による輸出管理の強化を適切、譲歩する必要がないという人が多数派になっていることにひっくり返りそうになったそうですよ。

 

 さて、今日は、玉川徹氏が番組内で言った「ドイツとポーランドの関係に学ぶ謝罪の姿勢」について考えてみました。(つまり「ドイツに学べ」という意見)

 「ポーランドに対し、ドイツは謝罪し続けている」というのは、日韓関係について、よく持ち出される話ですが、謝罪はともかく、賠償はどうなのでしょう。ポーランドは1953年、1970年の2回、賠償破棄を行っています。ポツダム協定では、ポーランドへの賠償は、ソ連が東ドイツから徴収した中から、ポーランドへ支払うとされているそうですが、実行されたかは? そして、今ポーランドはドイツに対して戦後賠償を求めているのです。まるで、個人への賠償金も合わせて受け取り、「こちらで個人へ賠償します」と言ったのに、「いやいや、請求権は残っているので、日本が払うべき」という話と似てません?「それはソ連に請求してね」と言っても、今はソ連ではなくロシアの上、強い所には言いません。恐らくドイツは賠償金を支払わないでしょう。「既に解決済み」の見解です。謝罪と賠償は別物にしているのです。

 でも、韓国の言う謝罪は、常に賠償とセット。というより、賠償を請求し続け為るには、謝罪を「受け入れるつもりはない」のです。韓国の言う、そして、韓国擁護派の言う「謝罪」は、相手が納得しない限り謝罪として認めないというものなので、つまり「終わりが無い」。そして、賠償請求は次から次へと出てきます。世代が変わろうと続くとされます。すべて韓国側の言い分を認めるのでなければ受け入れられないとされるのであれば、日本は一体どうすればよいというのでしょう。自分達の正当性を押し付けるという朱子学的思考が染み付いた韓国人の考え方を理解するのは困難です。日本人の思考の仕方と随分遠いところにあるからです。恐らく、朝鮮民族が元々持っている民族性に朱子学がマッチしたんでしょうね。

 大体、ドイツのポーランド侵攻と、日本の韓国併合を同じものと考える前提がちょっと違うかと。

 

 さて、韓国のことはしばらく「放っておきましょう」。いくら理想を掲げても、経済が立ち行かなくなった時に、果たして政権が持つのか。検察改革も結構ですが、そうした改革は経済的に安定している時にする方がよいもの。日韓、米韓関係が悪化するということは、経済的にも影響が出るということ。どうなっていくのでしょうね。

 不買運動も、「戦犯企業条例」が釜山市やソウル市で可決され、この傾向は続くようです。この条例は「戦時中に朝鮮半島出身者を働かせるなどした日本企業を“戦犯企業”と定義し、市民に製品を購入しないよう勧める」というもので、パナソニックやニコンなど284社が対象となります。いやはや…何とも言えませんね。今までは日本の経済界も、政治問題とは距離を置いてきましたが、徴用工問題以降は、さすがに距離を置き始めざるを得ないでしょう。後に「あそこが分岐点だったか…」としみじみ思う日が来るのかもしれません。


実に韓国らしい法相候補ですこと

2019年09月05日 | 政治

 連日話題になっている韓国の法相候補チョ・グク氏。「たまねぎ男」などという異名も付くほど、むけばむくほど疑惑が出てくるらしいのですが、文在寅大統領はこのまま法相に任命する気のようですね。良いんじゃないでしょうか。だってチョ・グク氏、実に韓国らしいでしょ。見た目が良くて学歴も申し分なく、反日思想の持ち主で、様々な不正の疑惑を持つんですよ。そういう人が法相だなんて、実に「らしい」。さすがです。日本なら先ず任命されないでしょう。でも、文大統領なら大丈夫、任命するでしょう。それでいいと思います。で、中でどんどん揉めて下さい。正直、韓国の法相が誰であろうと関係ないですし、連日まぁよく取り上げていますね。(特にテレ朝は熱心ですね)

 あくまで個人的な感想としましては、“言われる程イイ男でもないよね” “もてるタイプなんだろうけど、ナルシスト臭がする”という感じです。韓国人には珍しいタイプの顔立ちだと思うのですが、横顔がイマイチかな。

 さて、韓国擁護に熱心なジャーナリストと言えば、青木理氏。いまや忙しいことでしょうね。「NO 安倍」という共通点もあり、韓国や韓国人に抱いているシンパシーは、日本や日本人に対する以上にある青木氏。擁護する度、あちこちで炎上なさっているようですが、意にも介さずという面の皮の厚さはいつも通り、ぶれませんね。

 青木氏、チョ・グク氏の記者会見に対し、「頭が良い」「忖度されたのなら問題はない」というようなコメントだったようですが(残念ながら番組を見ていませんでした)、あれだけモリカケ問題で、安倍首相への忖度批判と責任追及をしていたのに、同じ人の意見とは思えない擁護ぶり。まぁ恥ずかしくもなく…と思いますが、青木氏ですから、ダブルスタンダードなんていう自覚もないのでしょう。それこそ「情」が全ての判断基準になる点も、彼の国の方々と同じな訳で。TBSのサンモニで、「韓国人にだったら何を言ってもいい」というような風潮になっていると、日本の嫌韓感情を批判していたそうですが、「日本人にだったら何を言っても、何をしても許される」と思っている韓国に対しての批判はなし。すごい韓国愛です。発言の一つひとつがカチンとくる人ってこの人くらいかしら。あのテレ朝の玉川徹氏ですら、“たまには良い事も言うじゃない”と思うことはあるのですが、青木氏は無理。まっわかり易くていいかも。

 そう、わかり易くていいんです、今の韓国、文在寅政権。今のまま突き進んで欲しいです。下手に擦り寄って来られて、「韓国側がああ言っているんだから」なんて妥協してしまったら、また元の木阿弥です。お店で騒ぐ駄々っ子に、根負けしてお菓子を買うような母親になってはいけません。ごねられた挙句に言うことを聞いてしまっては、余計にその後の要求が大きくなります。ここで踏ん張れるかどうか、日本の世論が韓国に対して厳しい今が正念場です。青木氏はじめ、韓国擁護派の意見は聞き流すに限ります。(“あぁ頑張ってるなぁ”位の冷めた目で)

 それにしましても、韓国の首相の「ホワイト国に戻してくれたら、GSOMIA考え直してもいいよ」のしつこいこと。だから~問題が別次元だって、何回説明したらわかるの?優遇されなくても大丈夫な位に優秀な民族でいらっしゃるんでしょ。あちこちで告げ口することは、実は自分で自分の悪口を言い触らしているようなものだとわかる日は来るのでしょうか。(まっ来ないね)

 何も具体的なビジョンも持たず、ただ心情だけで「祖国統一」を夢見ている文大統領。どうも今は片思いのようですが、いずれは一緒になりたいようで、もしそうなっても、日本に統一の資金をたかるのだけは止めて下さい。その肥大化したプライドを持って、自力でして下さいね。「日本に助けさせてやる」などという気持ちはお断り致します。(言い出しそうですけどね)

 韓国内で、文大統領批判の動きが大きくなっているようですが、勘違いしてはいけないのは、「反政権」でも、根っこは「反日」ですから。ここは保守派も革新派も同じ。北朝鮮に対する考え方の違いで、保守、革新と分かれはしても、反日は共通事項。ただ、保守派は米国との同盟があるから、ちょっとは日本との関係を渋々考えているに過ぎません。あとは「用日」も一緒。叩けば出るATMだと思っていたのでしょうが、パスワードが変更されたようで、というか、元々不正なパスワードだったということなのでしょう。

 で、その不正なパスワードの一つ(慰安婦)の元となった朝日新聞。久しぶりに手にしてみたら、その薄さにビックリ。随分スリム化したようで、いろいろ大変なのかしら。購読者数が減っても、まだまだコアな読者層はいらっしゃるでしょうからね。いやぁホント薄くなりました。


いつかは避けては通れない道

2019年08月14日 | 政治

 いつの間にか前回の投稿から二ヶ月も経っていました。もう日の経つのは早くて。

 さて、最悪更新中の日韓関係、「一日も早い解決を…」という声もありますが、私は「いつかは通らなければならない道、避けては通れない道」を通る時が来たのだと思っています。今までは日本がごねる韓国に対して、譲歩する形で先延ばしにしてきましたが、それは日韓双方にとって良くなかったのです。この度、韓国側が日本を「まるで4歳児だ」と言ったそうですが、自分達に都合の良い歴史認識をカードにごね続ける駄々っ子を甘やかし続けて、結果その自立を妨げてきたという点において、日本側にも責任があると思います。「いつかはわかってくれる」という考えが通じる相手ではないからです。

 今、韓国は文在寅大統領という「天然の反日思想」を持つ人物をトップに選び、そして支持しています。あまりの反日ぶりに、これまで韓国に対し嫌悪感を抱いていなかった日本人にすら、「ちょっとねぇ」と気付かせてくれた、ある意味有難い存在です。日韓基本条約すら反故にしそうな勢いで、さらっとしてくれそうな感じ、しかも、天然だけにぶれない。周りも自分と同じような思想の持ち主で固めていて、誰も止めない。日本への批判の仕方は日々変わるようですが、根っこは多分がっしりしていて、しかも支持率が上がっており、このまま選挙に持ち込みたいようなので、当分姿勢は変わらず。

 そして、日本の安倍政権は、覚悟の上で今回のことに臨んでいると思われますので、こちらも多分ぶれません。ぶれたら政権が揺るぎます。マスコミが政権批判を経済問題に絡めながらちょい出ししていますが、日本の世論も今回は「韓国おかしいよね」の意見が多いので、おおっぴらに批判できません。テレ朝のモーニングショーでも、青木理氏、玉川徹氏らが、多少いつもよりは(ちょっとだけ)遠慮がちに政権批判をしていて、まっ、こちらはいつも通り。韓国側の日本製品不買運動や、旅行客減少の面から、今朝も地方の観光業界が大打撃を受けているので、「早く解決しないと地方は大変。地方を大事にしない」などと、のたまわっていました。確かに打撃を受けることは日本側にもあります。しかし、先延ばしをしてきた問題を解決できる機会が漸く来たのです。副作用を気にするあまりに治療をせず、病気の進行を食い止めなければいつかは大変なことになるようなものです。日本という国全体の問題なのです。被害を受ける方々には申し訳ありませんが、本当の意味できちんと向き合わなければ、未来はありません。

 しかしね、いつも疑問に思うのは、マスコミに登場する方々が文政権批判はしても、「一般の韓国人は日本のことが、日本人のことが好きなんですよ」という発言です。でも、今の反日姿勢全開の文政権の支持率が上がっていることと矛盾していません?恐らく韓国人は子どもの頃から反日教育、韓国的歴史教育を受けているので、反日という意識すらなく、深層心理に反日的意識が植え付けられていて、何らかの刺激を受けると、表層意識に出て来るのだと思われます。ただ、自分の利益になる面においては「用日」しようということなのかもしれません。ですから、「日本製品が好きだから日本のことが好き」ですとか、玉川徹氏の言う「韓国の若者は居酒屋が好き。だから日本のことが嫌いなわけではない」的な短絡的な発想には驚かされます。「実際に韓国に行ってみると…」という話も、本音かどうか…。

 日本は今回、「信用ある取引をするには、ちゃんと書類を出して手続きして下さいね」と言っただけなのに、まぁすごい反応。過剰反応して走り出し、もう自分自身でも止められなくなっている状態です。これを機会に日本人も韓国、韓国人に対する認識を新たにする良い機会だと思います。日本人の考える友好と、韓国人の考える友好とは中身が違うのです。

 今回、日本側は淡々と主張し、正論で押し通して譲るべきではありません。と同時に、海外への主張の発信も行うべきでしょう。何しろ相手は「理不尽な告げ口」外交が得意ですから。いつかは方を付けなければならない日韓関係です。日米がある程度歩調を合わせられる現政権下がチャンスです。こんな日が来るとは思っていませんでした。

 

 そして、「あいちトリエンナーレ」問題。散々話題になっていますので、詳細は省きますが、芸術監督の津田大介氏、この人の常日頃の主義主張ならやりかねない企画でした(実際開催されました)が、問題は民間ではなく、行政と税金が関わるイベントで、偏った政治思想を表現化したものを芸術として展示したのですから、批判は覚悟の上だと思うのですが、津田氏は多分甘く見ていたと言いますか、本当の意味での覚悟を持っていなかったのでしょう。そちら側の方々からの一定の支持はあり、自分が監督に任命されたのだから「やってしまえばこっちのもの」的な考えだったのかなと。まっ、これも津田氏の思想が広まって、一部からの需要しかなくなるきっかけになるのなら良いかとも思います。もちろん大村愛知県知事の責任も問われて然るできです。何とか責任逃れしようと必死のようですが、多分無理。

 大体、何だかわからないお墓のようなオブジェ、あれを芸術だと言える感覚がわかりません。子どもの工作でも、もっとマシというもの。たとえ思想的に相容れなくても、相手を魅了する位の力のあるのが芸術作品でしょう。天皇陛下を侮辱したことも、「二代前だから」などという理由はあり得ません。そういう発想が出来ること自体がはぁ?なのです。自分達の仲間内で展示して自己満足に浸るだけなら、誰も文句は言いません。それこそ「表現の自由」でしょう。しかし、今回は展示する「場」を勘違いした結果、中止ということになりました。津田氏、大村知事は自分の為したことの責任をとることになるでしょう。

 

 最後に一言。玉川徹氏がいまだにテレビで「ネトウヨ」と口にするのには笑ってしまいます。自分の主張と違う人達を一括りにして「ネトウヨ」と言ってしまえば楽だし、気が済むのかもしれませんが、玉川氏の言うネトウヨには結構「普通の感覚」の人も含まれてしまいます。自分に対するネット上の批判は読まないそうですが、一度はちゃんと批判と向き合った方がいいのかもしれません。自分の見たいものだけ見ていたのでは、わからないこともあるでしょうから。

 

 

 


地獄がなくなって…

2019年06月13日 | その他

 先日、NHK『事件の涙 そこに寄り添う人がいれば 清輝くんいじめ自殺と家族』を見ました。

 24年前、当時13歳だった大河内清輝君が虐めを苦に自殺、同級生から繰り返し多額の金銭を奪われ、殴る蹴るの暴行を受けていました。その金額は100万を越え、要求額は一回につき数万円という、到底中学生に払いきれる額ではありませんでした。自分のお小遣いだけでは足りず、家族の財布からも持ち出した為、父親は厳しく叱ったことも。遺書と共に「借用書」と書かれた紙も見つかり、いつか自分で返すつもりでいたことがわかります。そして、毎日のように受ける暴行。それでも、清輝君は何も言わず、またしても要求されたお金をきっかけに死を決意したようです。遺書には家族への感謝の言葉も書かれていました。

 主犯は4名、一番力の強いKがリーダーとなっての虐め、というより「暴行」「恐喝」、犯罪であるにも関わらず、年齢だけで刑は軽い。金銭の要求については「感覚が麻痺していった」というような供述もしており、罪の意識は薄いまま繰り返された暴行、恐喝。その後、自分達が何をしたのかを自覚できたのかどうかはわかりません。

 そして13年後、清輝君のお兄さんである伸昌さんも自殺したとのこと、清輝君を救えなかった自分を責め続けていたのでしょうか。弟の洋典さんは、家族と遠く離れて暮らしています。大河内家の皆さんの人生を狂わせた「いじめ」という暴力行為。加害者は何を思っているのでしょうか。

 虐めについての話に接する度に、辛く悲しく、そして怒りが湧いて来ます。世間に衝撃を与えた「清輝君のいじめ自殺」から20年以上経っても何ら変わっていない、というより、むしろSNSという新しいツールが出てきて、より陰湿により巧妙になってきているようです。虐められている側の苦しみを、虐めている側は想像できていないかのような意識の薄さ、または、わかっていても「やられるよりやる」側に立とうとする自己保身の強さ、いつ加害者と被害者が入れ替わるかもしれない不安定な人間関係、それらに神経をすり減らす毎日…。学校に相談しても受け止めてもらえず、挙句隠蔽までされたことには、何を信用していいのかわかりません。

 「お天道様が見ているよ」「そんなことしたら地獄に落ちるよ」

 そんな言葉をかけられた昔。太陽が見ていたからどうした、地獄なんかあるものか、などということではなく、「誰も見ていなくても、これはしてはいけないこと」という基準はそれぞれ持っていたように思います。“生前悪行を為した者の霊魂は死後地獄に落ちて罰を受ける”、この地獄という概念は、罪を犯そうとする者に対してかなりの抑止力になったと思います。しかも地獄絵図という視覚で訴えられた当時の人々には効果があったことでしょう。

 今の時代、そういう意味での地獄の効果は薄くなったのかもしれません。「誰も見てなきゃいいじゃん」「誰にも迷惑かけてないだろう」と、まるで自分の罪がなかったかのような考えの人も多くなっているように思います。何しろ罪の意識すらない場合もあるのです。しかし、「生き地獄」という状態はあります。新潟県の高校1年生が「毎日が生き地獄」と遺書を残して自殺しました。言葉の暴力に苛まされ続けた毎日を「地獄」と感じていたのです。ということは、地獄の獄卒(地獄の責め苦を与える鬼)は虐めを行う者達ということになりますが、責められるべき人が違っています。「生き地獄」から救われるべき人が救われず、死を選んでしまうようなことがあってはならないのです。

 知人の娘さんが、幼稚園の頃虐めにあったそうです。当時子どものいなかった私は“幼稚園児がこんな言葉を言うなんて”と驚いた覚えがあります。虐めは発覚し、虐めていた側(複数)は親子で謝ったそうですが、一番中心になっていた子は、親子共々謝らなかったとのこと。こういうケースは多々あるようです。何となく周りにいた子たち、つい同調してしまった子たちは、自分たちが悪いことをした自覚があるようですが、リーダー格の子にはそれがなく、親も「いじめられる側にも問題があるんじゃないですか。うちの子だけが悪いんじゃありませんっ」と開き直るタイプも多いようで…。

 息子も一時期学校にいくのが辛そうでした。「行かなくてもいいよ」と言っても、「負けるみたいで嫌だから」と登校して行く姿を見送ったものです。毎日話を聞いて様子を見ていました。うちの息子は小さい頃から、結構自分に不利なことでも話をしてくれたので、大体の状況は把握していたつもりです。事の是非については冷静に判断し、息子が悪い点は指摘する、でも理不尽な事には一緒になって腹を立てていました。その上でこれからどうしていくのが良いのか、どう考えたら良いのかを話し合ってきたのです。正直、学校、先生に過度の期待はしないようにしてきました。伝えるべきことは伝えましたが、その対処に期待し過ぎないと言いますか。先生は、自分の目で見たものでしか判断できないからです。一方だけの話を聞いては判断できず、どちらの言い分が正しいのかわかり得ないので、喧嘩両成敗的にしか対処できないケースが多いのです。日々の雑事に追われ、全てに対処はできません。それで良いということではなく、現実的に無理なことが多いのです。また、加害生徒も被害生徒もどちらも自分の守るべき対象ということもあるでしょう。もちろん保身も多少は…。できれば無いに越したことはありません。そうして被害生徒の振り絞った声は埋もれていく…。

 学校が「生き地獄」になってはいけません。先ずはちゃんと「罪の意識」を持てる子たちを育てなくてはならないと思います。これからも虐めがなくなることはないでしょう。だからこそ抑止力のようなものは必要です。虐め対策専門の職員を置く、重大なケースの場合は警察の介入もあり得ることを認知させる、きちんと向き合えば方法はあると思います。

 清輝君、伸昌さんの遺影に毎日語りかける大河内さんの背中、被害者側の苦悩、悲しみを加害者が受け止めることからしか更正はあり得ないと思います。


何故、佐藤浩市氏が批判されるのか

2019年05月15日 | その他

 俳優の佐藤浩市氏の発言が話題になっています。出演された映画『空母いぶき』で首相役を演じられましたが、体制側の首相役を演じることに抵抗があったとし、「ストレスに弱く、すぐにお腹を壊す設定にしてもらった」とインタビューで答えられたそうで、その発言に対し、大腸に難病を抱える安倍首相を揶揄したもので、その病気に苦しんでおられる方々への配慮にも欠けるとの批判が出ているのだそう。批判に対して佐藤氏本人は何もコメントしておられないようですが、舞台挨拶には出られなかったようで、「逃亡」と見られても仕方がないのかなと。

 で、周囲は賛否両論。怒る百田尚樹氏に対し、ラサール石井氏、小林よしのり氏、ウーマン村本氏といった「常連」さんが佐藤氏擁護の発言を繰り出し、テレ朝のコメンテーター、青木氏、玉川氏はもちろん佐藤氏側。非常にわかり易い構図になっており、騒ぎになったことが、この映画にとって良い事なのか、悪い影響が出るのかはまだわかりませんね。批判側の方は「がっかりだ」という意見もあるようです。

 私としましては、「だったらやらなきゃいいのに」という感想を持ちました。「あの世代から上」の映画界の人に左寄りの人が多いのはわかっていましたし、別にどんな思想を持っていて、どんな発言をしようが構わないのですが、そんなに演じるのが嫌な人物ならオファーを受けなければいいんですよ。役を選べる自由のある方なのでしょうから。思想云々はともかく、受ける以上は、きちんと俳優としての仕事をすればいいだけの話。そこに妙な「こだわり的」なものを絡ませるから、百田氏に「三流」と言われてしまうのかなと思います。俳優としては「いい役者さんだよね」と思っていただけに、ちょっと残念です。まっ、たとえ気持ちの上でいろいろあるにしても、そこは自分の胸にしまっておいて、ちゃんと演じきればよかったのに、「いやぁ、やだったんだよね、体制側ってさ」みたいなことを言わずにいられないところが、青臭いというか・・・。

 結果、病気の方への配慮が欠けていたと言われても、がっかりだと言われても仕方がないのかなぁと思います。思想がどうではなく、こんな結果を招くかもしれないことを想像できなかったことに対して。佐藤氏がそんな発言してもさほど驚きはしませんでしたけどね、何となく「そっち」かなと…。

 

 最近、小室圭氏に関する報道が増えてきましたが、何となく批判→擁護に方向転換しているような番組も出てきました。依然疑問を投げかけている番組もあるので、何とも言えませんが、一番気持ち悪かったのは、日テレの「スッキリ」。橋本五郎氏や司会の加藤氏まで、口をそろえたかのように「小室さんは超優秀」「小室さんはすごく努力している」「小室さんは(母親の借金問題に)巻き込まれただけ」等々、えっ、どうしちゃったの?位の勢いで持ち上げていました。すごい違和感を覚えたのですが、何かあったのかしら…?

 確かに不祥事を起こした場合、親子間でどこまで責任があるのかということについては、それぞれのケースによると思います。でも、やはり親子、影響がないわけがないのです。ましてや、小室氏は自身の教育費に関わる借金であることは認識していたと思います。いくら母親が借金したこととしても、全くその事実を知らなかったわけではないでしょう。借金までして行かせてくれた学校であったのに、その後の経緯を見ると、全てが中途半端、「自分の実力はこんなもんじゃない」的な高い意識があるのかどうかは知りませんが、竹田恒泰氏に「自分探し旅」と言われてしまうのも頷けます。親子で高みを見ていて、自分の足元は見ていない気がします。そのような地に足がついていないような人が結婚相手だとしたら、私が親なら反対します。むしろ「好きならいいじゃないの」という人の無責任さが腹立たしいです。自分の娘ならどうするの?と訊いてみたいですね。

 女性宮家という話がまた出だしました。これは女系天皇に繋がりかねず反対です。女系天皇の意味を、その先にあるものの意味をちゃんと考えないで、「男女平等」だの「外国がどうだの」などと安易に考えるのはどうなのでしょう。大体「国民の総意」なるものがどう決められるのかがわかりません。そんなふわふわしたものに国の根幹に関わる天皇という存在を脅かされてしまうことが不安です。男系維持なら、女性宮家の話より、旧皇族との養子縁組、もしくは皇籍復帰の話の方がより現実的です。今回、小室氏の件が出たことで、皇族の縁組がどういうものを意味するのか、改めて考える機会になったと思います。だからこその「男系維持」という知恵なのです。

 大体「ご公務」の内容について、本当に必要なものなのか、今の皇族の方々に負担のないように考えるのが本来で、どんどん増えたご公務なるものに合わせて皇族を増やしましょうというのは違う気がします。女性宮家が可能となれば、それこそ「女性の自由」がなくなり、宮家維持の為の費用の負担もかかってきます。縁組によってふさわしくない人が皇族になるかもしれません。

 時代が変わろうと、人々の価値観が変化しようと、「変えてはいけない一線」があると思います。それがあるから護られるものがあり、一度失われたら取り返しがつきません。浅はかな感情論を振りかざすのは愚かです。


血統という原理原則

2019年04月28日 | その他

 昨日日中途切れ途切れの「ながら見」でしたが、「朝生」(「~激論!“令和時代”の天皇と日本~」)の録画を見ました。皇室についての話題で、やはり女性天皇、女系天皇の話題へ。いつもの結論の出ない不毛な話。

 確かにこのまま行けば、皇位継承者がいなくなってしまうという危機は迫ってきている訳で、じゃあどうするの?ということであれば、そこは原理原則に戻って考えるということで良いかと。

 つまり、日本の皇統は「男系男子が継いできた」ということ。歴代女性天皇も女性であっても「男系」、ここに男女平等だの、人権だのという後付けの話を差し込むからおかしくなるのです。大体現在の価値観で計らなくてもよい領域にまで踏み込もうとするから意見が分かれるのであって、女系天皇が誕生した途端に日本の皇統は、「別物」になってしまうのです。皇統維持を「制度」として捉えるから、憲法だの法律だのややこしくなりますが、本来「制度」ではなく、「血統」こそが「天皇」であることの根拠だと考えます。そこを揺るがすということは、今の皇統を絶やしても構わず、ただ自分たちの好ましい(単なる制度上の)天皇であればよいということになります。

 番組のアンケート調査によれば、女性天皇容認の意見が多く、それが紹介された際、「女性天皇と女系天皇の違いがわかっていないのでは?」という声が出、すると「わかっているよ、国民を馬鹿にしちゃいけない」というようなやり取りがありましたが、どちらの意見も単なる想像で、実際にわかっているかどうかなんてわからないのに、自分たちの意見に都合の良い方に解釈したいだけのようです。私としては、極端な話、アンケートはアンケートであって、これで左右されるものであってはならないと思いますし(民主主義とか言い出す人もいるでしょうけど)、単に「今の」国民がどう思っているかだけの参考資料。女性天皇は、他に選択肢がない場合の緊急措置としてはありだと思いますが、女系天皇には反対です。

 「皇位継承は血統による」という原則を元に考えれば、旧宮家の皇籍復帰で解決できる手段が今現在あるのに、何故それを頑なに否定するのかが理解できません。旧宮家からのご養子でも良いのです。その上でお生まれになったお子様は、生まれながらに皇族ですから、何の違和感もありません。国民の皆が納得し、お慕いできるなどという「条件」的なものを求めることこそ、多大なるプレッシャーをおかけすることになります。

 以前は女系天皇容認派であった所功先生が、「やはり男系が望ましい」という意見に変わった為か、最近は高森明勅氏(国学院大学講師)が女系容認派の代表のように出てきていますが、聞いているとため息が出るような意見ばかり。テレ朝が呼ぶわけだわ…。

 「象徴」としての在り方についての話は、「それぞれの天皇、皇后両陛下のお考えで良いのでは」という意見に賛成です。正解があるわけではありません。今上天皇の歩まれ方と、次代の天皇陛下の歩まれ方が違っていても良いと思います。「こうあって欲しい」と望むことはあるでしょうが、そうであることを強要するような空気はよくないと思います。

 また、「イギリスは女王陛下である」ですとか外国の例を持ってくるのもおかしい。そもそも原理原則が違うことを同列に並べて比べてみても仕方のないことです。

 「血統」が天皇を天皇足らしめる根拠なのであれば、それをどう維持するかだけが論点のはず。皇室典範の改正もその為の改正であれば良いと思います。その時代その時代の国民や、学者達の思惑が入ることには違和感が…。

 私としましては、原則さえ揺るがなければ、むしろもう少し自由に過ごせるようになって頂きたいなと思います。「人権が~」と言うなら、もうちょっと「こうあらねばならない」みたいな無言の圧力をかけるよりも、そっとして差し上げることも必要なのではないかと思うのです。(あっ、でも小室圭氏の話は論外。好き同士ならいいじゃないかと言う人もいますが、これは逆に無責任、私が親なら反対します。親の目は子供の幸せに関することにはシビアです)

 


過ぎたるもの

2019年04月12日 | その他

 泉佐野市は、総務省がふるさと納税への「過度の」返礼品に対し規制を設けたことに対し猛烈に批判していますが、どうなのでしょう。私は「やり過ぎた」のだと思います。地方自治体が工夫を凝らし納税者を集めたことに対して、その努力は理解できますが、返礼品競争のようになり、まるで「通販サイト」のようになっている状態に対しては、“どうなんだろうな、何か元々の趣旨と違って来てない?”と思っていました。で、泉佐野市の「100億円還元キャンペーン」で、“ここまでやる?”という、正直嫌悪感に近い思いを抱いたのです。

 確かに総務省の制度運用は甘かったと思います。初めからきちんとルールを設けておくべきで、「今更」と言われも仕方のない面もあり、裁量を任せた以上、こうなってしまった責任はあるでしょう。財政の苦しかった自治体が知恵を出して税収を上げたことは、良いことだとは思います。でも、「過ぎたるもの」はどこかで修正しなくてはならないのではないでしょうか。ただ、返礼品を地場産品に限るとすると、困る自治体もあるでしょうから、ここを規制するのは如何なものかとは思います。制度を見直すのであれば、これまでの問題点を踏まえて、本来の趣旨から外れないものにして頂きたいなと思うのです。

 

 先日、天ぷら屋さんで合コンを行った際、「ダイエット中」とのことで、参加女性が天ぷらの衣を外して食べていたところ、店長から「お代は結構ですので」とお店から退出を求められたという話題が報道されました。正直、“だったらなんで天ぷら屋さんで合コン?”が最初の感想でした。この話題に対する感想も賛否両論でしたが、私としてはお店の店長さんの気持ちもわかるかなと。大体、合コンの会場を天ぷら屋さんにしたのは何故?(天ぷら屋さんがいけないという意味ではなく) たとえダイエット中にしても、衣を剥がす行為自体が美しくないのに、そこはその時だけでもそのまま食べることをしなかったんだぁという驚き、店長さんに対して参加男性が怒りの声を出したことへの驚き、まぁいろいろな思いを抱きました。ここでも「過ぎちゃうんだよね」という感じ。

 かと言って、あまりに食べ方を押し付けてくる、所謂「ガンコ親父」的な人は苦手です。調理した方に失礼にならない程度の個人の好みはあっても良いと思います。「ご自由にどうぞ」だからといって、ネギどっさりというのもちょっと嫌。人それぞれではありますが、「ほどほど」がお互いにないとおかしなことになるんでしょうね。その「ほどほど」がわからない時代になったのかなぁと、ちょっと残念な気持ちです。

 

 また、「校則」の行き過ぎも話題になっていました。特に髪型に関して、ちょっとでも伸びていると切らせる、地毛が茶色でも黒髪に染めさせる、ポニーテールの高さまで規制等など、厳し過ぎる校則に意義はあるのかと疑問に思います。さすがに金髪とかはダメでしょうが、一律に同じにするということには無理があります。ここもある程度の幅を持たせないと。校則の厳しくない学校の方が、かえって極端なことをする子がいないという意見もあります。規範意識を持たせることは大切でしょうが、見た目ばかりを厳しくしても、肝心の精神面を育てないとダメだと思うんですけどね。

 

 食の安全は守られるべきと思いますが、過度にそこに囚われてしまうのもどうかと思っています。以前読んだ仙川環氏の『極卵』で描かれていた自然食品に拘る人々、消費者団体、ここにも「ほどほど」がないと、「取り付かれている」のではと思う位拘ってしまう姿に、恐ろしさを感じます。「安全」と「安心」は違うと、どこまでも「安心」を求めてしまうと、日常生活にも支障を来たします。正直、どこにだって危険は潜んでいて、それに疑心暗鬼になっているよりも、危ないと言われているものならともかく、一応安全が担保されているものならば美味しく頂いた方が精神衛生上も良いような気がします。

 

 最後の「過ぎたるもの」は、やはり韓国でしょう。文大統領の「反日政策」で、もはや修正の見込みのつかない程に日韓関係は悪化しています。いつかは清算しなければならない事態が来たということで、悪いことばかりではないように思います。ただ、田嶋陽子氏のように間違った認識でこの問題を解決しようとすることがあってはなりません。まったくもって聞く耳を持たない思い込みオバサンには困ったものです。

 

 息子の高校入試が終わって入学式も済み、漸くほっとしています。自分の受験の時より緊張しました。結局は本人次第なんですけどね、何となく私も落ち着かなくて…。また3年後、今度は受験生二人です。どうなりますやら…。


罪の自覚&コンビニって…

2019年02月21日 | その他

 大津中二自殺事件で、いじめが認定され(「いじめ」なんて言葉で言い表せないけれど)、裁判の結果、加害者側2名に3,700万円の支払いが命じられました。この3,700万円という金額が妥当かどうかはともかく、罪が認められたのは大きいことだと思います。しかし、これは裁判で「あなた方には死に追いやった罪がありますよ」と判断されただけの話で、この2名(罪の大小はともかく、他にも関わった人はいるでしょ)が、自分の罪を自覚し償う気があるのかは、また別問題です。「遊びだった」と言った彼ら、今はどんな心境なのでしょう。

 先日、新潟市の某私立高校1年生2名が、同級生ら9名(その場にいたのは9名とのこと)に集団で暴行を受け、その様子が動画投稿されたことから、全国的に取り上げられていましたが、無抵抗の子に流木で殴るは蹴るはのリンチ状態、それを動画に撮り、リアルタイムで仲間内に流し(映像から11名の子が見ていたのがわかります)、面白がる声まで入っています。投稿者だとされる生徒名、加害者側の生徒1名の実名も一部出ており、高校名は報道もされたので、わかる人はわかります。あれだけ動画流出で問題が出ている中、動画投稿してしまう愚かさはもちろんなのですが、根本的な問題は「いじめ、暴力」です。集団で弱い者いじめをして、それがカッコイイと勘違いしていることです。
 このようなことは、昔からあります。表に出ていない事例も沢山あるでしょう。今回は動画が投稿されたから明るみに出ただけのことかもしれません。新しいツールが出てきただけで、していることは変わりがないのでしょう。つまりは、何も改善されてこなかったということです。表面上の問題点を挙げていっても、元が変わらないと手段、方法が変わるだけで、今後も同様の暴力行為は起こり得ます。

 加害者側とされる生徒の謝罪の言葉がネット上で出ていましたが、そこには、学校や自分の親に対する後悔、謝罪の言葉はあっても、被害者に対する謝罪の言葉はありませんでした。周囲に対して「迷惑をかけてすみませんでした」は当然ですが、何より暴力を振るった相手に対する謝罪の言葉がないことが一番の問題です。そこが悲しむべきことです。

 (上記の件とは別問題としての話です。) 動画は確かに動かぬ証拠となりますが、本当にそれで全てがわかるわけではありません。以前、拙ブログ「学校に潜む獣心~いじめ~」(2017年10月)という記事で紹介しましたが、いじめの中心にいる「黒」の人物は表に出て来ない場合もあります。動画投稿により実際に動いた人が特定されても、実は「やらせていた」側が存在する場合は、本当の黒幕は表に出てこないのです。事情を調査されてわかってくることもあるでしょうが、実行者よりも罪は軽くなるかもしれませんし、何より本人は手を下していないのですから罪の意識は薄いでしょう。或いは無いかもしれません。「知りません」と言われてしまえばそれまで。まるでヤ○ザの世界です。

 裁判のように、他者から罪を認められるのではなく、「自分が自分の罪を認める」ことからしか、本当の意味での贖罪はできないと思うのです。これができないから、ここを蔑ろにするから、同じようなことが起きてしまうのでしょう。心の中は誰にも見えません。「自覚」しかないのです。

 

 さて、東大阪市にあるセブンイレブンの店長が、人手不足から24時間営業を継続できないとして、本部からの許可がないまま(本部には打診していましたが、返答がなく、やむなく)時短を決め、深夜営業を止めた件について。

 この件、昨日ネットで記事を読んでいました。ネットの記事はどちらかというと店長よりの感じでしたが、今朝のワイドショーで取り上げられた中では、コメンテーターの皆様は、概ね「24時間営業が原則という契約があるから仕方がない」という本部側よりの意見が多く、さすがテレビは「スポンサー様」のご意向に沿わない意見は言えないよねという感じでした。

 確かに契約した以上、契約違反の行為ということは間違いなく、本部も特例を認めてしまえば他にも出てきてしまいますので、受け入れられないのも当然だと思います。でもね、正直「24時間営業って必要?」とも思ってしまいます。コンビニ大手3社(セブンイレブン、ローソン、ファミリーマート)とも「24時間営業は必要、社会インフラを担っています」とのことですが、何だか次々とコンビニが出来て、数百メートルも離れていないような所で、全店24時間開けている必要があるのかは、元々疑問でした。社会インフラというのであれば、地理的な条件を考慮して24時間営業店を決め(それが認知されれば、「あそこなら夜中でも開いてる」ということになります)、そこに深夜の人手を集中させて時給も高くし、他店舗は深夜は閉じても十分役割は果たせると思うんですよね。緊急の場合に開いているお店があるということの重要性はわかりますので、そこは有難いのですが、これだけコンビニがある中(すみません、地域にもよりますが)、全店舗強制的にということは、この人手不足の中、現状に合わない経営方法だと思います。仮に災害が起きた場合に必要であれば、その時は深夜でも営業するという条件を入れれば何とかなりませんかね。このままでは店長家族だけが過重労働になって倒れてしまうようなことになりかねません。柔軟に対応することが求められてくると思います。

 知人に酒屋さんがいて、コンビニ各社から誘いがあるとのことですが、「24時間営業なんて無理、身体壊しちゃう」とのことで断り続けているとのこと、そこのお宅は自宅の一部をお店にしている家族経営の酒屋さんで、もしコンビニ経営をしたら、家族の生活が一変してしまいます。立地的にコンビニ向きの条件を満たしているので誘われるのも納得ですが、断るのにも納得です。

 宅配便の過重労働もそうですが、人間便利なことに慣れてしまうと「そうでないと不満になる」ということで、正直「キリがない」のです。売る側も買う側も、「本当にそこまで必要なの?そこまで誰かに犠牲になってもらってでも、自分が便利なことが大事なの?」と、振り返る時が来たのではないでしょうか。

 

<追記> 上記高校生の暴行事件、元にした報道では、「その場に9名いた」ということで、9名としましたが、多くの報道で「8名」となっており、その後「8名中4名が逮捕された」とのこと、「8名」に訂正させて頂きます。申し訳ありませんでした。 

 

 


どこへ向かうのか…あれこれ

2019年02月16日 | 政治

 更新しない間に様々な問題が日々起きていて、思うことは多々あれど、あれよあれよと日は過ぎていきます。

 で、今日は思うことをぽつりぽつりと書いてみようかと…。

 先ずは、文喜相韓国議長の「慰安婦問題は天皇陛下の謝罪一言で解決する」発言から。何がびっくりって、発言の内容よりも(発言も大問題ではありますが…)、文韓国議長のご面相に驚きました。最初に見た画像が、何かを怒鳴っているようなお顔でしたので、より表情が凄かったのですが、いやぁ、何と言いますか、ある程度の年齢になったら自分の顔に責任を持てとは言われますが、…すごい威圧感、容姿、態度、発言内容共に、実に今の韓国らしいと思います。以前にも言いましたが、根拠のないプライドだけが肥大化しているのでしょう。

 文韓国議長の発言は、日本国民として許せないのは当然ですが、仮にも一国の議長が発するには見識も儀礼を欠いた恥ずべき発言です。これで「知日派」と言われているのですから、如何に自分達の都合でしか日本を見ていないのかがわかります。しかも、自分で「(そうすれば)解決する」と言っておきながら、「被害者が許すまで謝罪しろ」ですって。整合性がない。…でも、さずがに日本のマスコミもこれに触れない訳にはいかず、番組によっては、韓国人が天皇陛下を「日王」などと、韓国人独自の自己満足で呼んでいることを報道したことは良かったです。実に良い感じで、今まで分厚いベールで覆われてきた(隠されてきた)韓国の実態が明るみに出てきて、擁護しきれない状況になってきたことは、日本にとって良い傾向です。関わらないのが一番なのです。そういう意味では、文在寅大統領になってからの韓国は、以前なら

  反日行動を起こす → マスコミによる「知らせない権利」発動や擁護者による「まぁまぁ大人の対応を」 + アメリカの「日米韓同盟があるから日本は我慢しなさい」的態度で、何だかいつの間にか我慢させられ有耶無耶に…(リピート)

でしたが、もはや反日が止まることを知らず、北朝鮮愛が高まると共に、急速に日米から遠ざかっていくことを喜ばしいと見て取れるのかなぁとも思うのです。ただ、南北が統一されると、韓国も自動的に「核保有国」になってしまうので、厄介なことになりますから、日米同盟の強化は必然です。いろんなところで言われていますが、ホント「火に油を注ぐ」のが得意なんですよね、自分でも止められないんでしょうね。

 ところで、前回の「朝生」、小西洋之議員が相変わらず何につけても「安倍首相批判」の発言で、“この人って、一日中安倍さんのこと考えてんじゃないの?”って、可笑しくなりながら見ていたら、何と、トランプ大統領のことは「トランプ」と呼び捨てなのに、金正恩のことを「首領様」(多分「首領」という言葉を使ったように聞こえたのですが、「様」は確かにつけていました)と言っていて、一人で大爆笑してしまいました。“わかりやすぅ~”って。下手な芸人さんより笑えます。まっ、ほっときましょう。

 話変わって、所謂「バイトテロ」と言われる、バイトの人による不適切動画投稿による実害が出ている問題ですが、ここまでモラルが低下したのかと憤りを感じています。今や人手不足で、バイトの人も「どうせここを辞めさせられても他にいくらでも働く所なんかある」という無責任な考えもあるのかと思います。厳罰化は必要ですし、最初にちゃんと契約書を交わすことも大事です。嫌な世の中になったと思いますが、そうしなくてはならない世の中になったということです。たとえ行ったのが一部の人間と言っても、SNSで拡散されれば、大きな問題となり、お店が潰されたり、甚大な被害を蒙るのです。また、勤務時間にスマホなどの機器を持ち込ませないことも必要だと思います。今はあまりにも必要以上のスマホ使用が当たり前になっていますが、業種によっては必要ないでしょう。すぐ使える状況にあるから、安易に使ってしまうのではないでしょうか。自分のしたことの責任はとらなければならないと思いますが、謝罪の言葉もない場合もあるとのこと、正直、親も親です。償うこともできない人が、社会に出てきちんとした仕事ができるとは思えません。

 テレ朝の「モーニングショー」で、「人間には『承認欲求』があるから、こうしたことはなくならない」ですとか、「バイト代が安いから」ですとか、何だかモラルの問題から離れた方向へ話が行っていましたが、こんなくだらないことで承認されて嬉しいと思うこと自体が信じられませんし、バイト料が安いのはわかってて働いているはずです。「だったらスキルを身につけてもっと自分を磨け」という長嶋一茂さんの意見に賛成です。

 少し前に話題になったシンガポールの会社の「ティラミスヒーロー」が、日本の会社にパクられてしまった件もそう。日本人のモラルの低下に驚くばかりですが、その開き直りの態度にも呆れます。何だか悲しいです。うちの主人がこのニュースを初めて見た時、「やったの日本人なのか?」と、恐らく中○人を年頭においたらしい感想をもらしていました。そう、「商標登録したもん勝ち」も「バカなことやって動画投稿しちゃえ」も日本人の所業です。それが現実。

 (もっと書きたいことはありますが) 最後に一言。

 「民主党政権時代が悪夢だった」はまさにそう。あの頃、生きていることが苦しいと思える程、毎日が不安でした。安倍首相の発言は間違っていません。(まぁ、あの立場で言うべきかどうかはともかく…、岡田さんが噛み付いて、歯が立たなかったのは面白かったですが)

 何だか話があっちこっちで失礼しました。


得体の知れないものに対する恐怖~話の通じない相手

2019年01月21日 | 政治

 年が改まってもう20日以上経ちました。韓国のレーダー照射問題も年越し。もうグダグダ。何しろ相手は嘘が通じないとなると、後は感情的になることに恥も感じない韓国。

 この一連のレーダー照射問題に対する韓国側の言い分(+韓国擁護に懸命のコメンテーターの皆さん)に呆れるばかりなのですが、或る意味恐ろしさも感じます。それは、(言語としてではなく)言葉の通じない相手に道理をいくら説いても受け入れられず、徒労に終わってしまう虚しさと言いますか、“一体何なの、この思考の滅茶苦茶さ…”という得体の知れない何かを相手にしているような恐怖と言いますか…。まぁ要するに相手にならないのが一番良い相手なのでしょうが、そうもいかない引越しできない隣国。日本海が有難いですねぇ、陸続きだったらもっと恐い。

 で、思い出したのが、若い頃読んだタニス・リー氏の『死の王』。主人公のシュミを毎夜襲ってくる化け物(魔女ライラスが呼び出した赤い魔鬼)は、倒しても倒しても再生しては夜になるとやって来ます。しかも一度使った武器はもう通用しないので、まさに「キリがない」相手。そこでシュミは妖魔に助けを求め、姿を変えてもらってやり過ごすのですが、襲う相手を見失っても何らかの餌食を得ずにはいられない化け物は、自分を呼び出した魔女のところへ行き、魔女を殺して戻って行きます。(魔女は不老であっても不死ではなかったので)

 この倒してもまたやってくる「キリがないしつこさ」が恐いのです。道理も何も通じず、夜になるとやってくるんですよ。ついつい彼の国を連想してしまったのわかって頂けます?でもね、最後は因果応報と言いますか、自分に返ってきちゃうんです。ここもね…

 テレビのコメンテーターの方がよく口にする「一般の韓国の人は日本が好きなんですよ」という言葉。でもね、韓国での街頭インタビューですとか、ネットでのコメントを見る限り、そうとは思えないんですよね。それこそ反日教育の賜物なんでしょうが、「日本は過去に悪いことをした」「謝罪は済んでいない」ですとか、前置きに歴史問題を口にするんですよ、自分達側の主張をね。でも、自らの黒い歴史問題はまるでなかったことになっていて、都合の悪いことは見て見ぬふり、でも日本のことは、多分延々と責めてくるんでしょうね。それでいて「未来志向」って、訳がわかりません。文在寅大統領を見ると、何か不思議な生き物を見ているような気さえします。“何なんだろう、このヒトって”って。

 私が「自分達がレーダー照射しておいて、抗議されたら逆切れってねぇ、○○じゃないの?」と言うと、息子曰く「あっ、それって虐めてくる奴と同じ、自分から嫌がらせしてきたのに、反論すると逆切れされる。もう訳わかんない」とのこと。どうも同じレベルのよう。


青木理氏頑張るっ!

2018年12月25日 | 政治

 出かける前で時間がないけれど、一言どうしても言いたい。 

 今見ているテレ朝「モーニングショー」で、韓国軍駆逐艦が、日本の自衛隊機にレーダー照射した問題について解説していた。

 どう韓国側が言い訳してみても、どんな理由かもともかく、レーダー照射があったのは事実なのに、実に見苦しい言い分を相変わらず堂々と主張している韓国。まっ、腹立たしいがいつもの彼らの思考と行動パターン。

 で、青木理氏の韓国擁護が必死すぎて笑ってしまった。あの玉川徹氏ですら韓国側に厳しい意見を述べる中、何とか韓国をかばおうとする青木氏。しかし、どう屁理屈こね回してもかばいきれない状況に、相変わらす苦虫噛み潰した表情でいたのは、見ていておかしかった。この人、ある意味ぶれない。状況によっては「ごめん、ごめんで済む問題」みたいな、考えられないことも大真面目で言っていた。

 いやぁ、すごいね、青木氏、韓国擁護の為ならあんなに頑張れるんだっ。

 


安田純平氏解放に思うこと

2018年10月29日 | 政治

 シリアで拘束され人質になったと言われるフリージャーナリストの安田純平氏が解放され、日本に帰国した。

 先ずは助かって良かったと思う。でもそれは、彼の身が無事だったということよりも、もし殺されたりしたら、安田氏の行動の是非については有耶無耶となり、同情論が大勢を占め、英雄視されかねないからだ。今でも「英雄として扱うべき」などという愚かな発言をする者もいる位だ。恐らく身近な人や同業者、大手マスコミからは擁護されるであろうが、世間の目は冷ややかだ。安田氏はそのような中生きていかなければならない。批判も甘んじて受けるべきと思う。自己責任云々よりも自己反省をして欲しい。

 安田氏については、各所でいろんな意見が出され、様々な検証が試みられている。疑問も多々あるが、真偽の程はわからないので、自分の目で見えた範囲で言えば、ジャーナリストとしてどうのこうの言う前に、人としてすべきことは、助けてもらったことへの感謝だと思う。もちろん迷惑をかけたことへの謝罪は言うまでもない。しかし、彼から先ず出た言葉は「不平不満」だった。それは怒りの矛先が他だけに向いているからであって、危険地帯に自ら出向いて行って捕まり、多大な迷惑をかけた自分に向いていない、つまりは反省をしていないことを表すのでないだろうか。

 何度も捕まっていながら、その経験が活かされておらず、またしても捕まってしまった安田氏。政府批判を繰り返し、自らが威勢よく自己責任と言いながら、結局は“いくら批判したって助けない訳にはいかないだろう”という「甘え」はなかったのか。どんな人物であろうと邦人保護は国が行うべきこととわかっているはず。(何だか自衛隊を「憲法違反だっ!」と罵るくせに、いざとなると「なんで早く助けに来ないんだっ!」と怒る某団体を思い出す) ジャーナリストとしてプロと称するならば、捕まってしまい仕事ができなくなったことの責任の所在を考えるべきと思う。

 結局、彼の行動は望まざることとは思うが、テロリストを利することになってしまった。安田氏は自己検証をしなければならないであろうが、できるかどうかはわからない。ほとぼりが冷めたらまたしても危険地帯に行くのであろうか。

 テレビに出ているジャーナリストの方々には、安田氏を擁護する意見が多いが、絶対はないにしても、安全を担保しないで、正義感だけで取材に行くのは止めて欲しいと思う。

 安田氏の解放にあたり、ジャーナリストの在り方とは別に、人としての在り方がどうなのかが気になった。