青空文庫 高見順 より
この埋立地
この埋立地はいつまでも土が固まらない
いつまでもじくじくしていて
草も生えない
生き埋めにされた海の執念を
そこにみるおもいがする
たとえ泥んこのきたなさ醜さでも
しつこい執念は見事だ
雨あがりの一段とひどい泥濘の
今朝の埋立地に足跡がついている
危険な埋立地を歩いたやつがいる
その勇ましさも見事だ
なんの執念だろうか
がぼっと穴になって残っている足跡は
まっすぐ海に向っている
それはそのまま海のなかに消えている
心の部屋
一生の間
一度も開(ひら)かれなかった
とざされたままの部屋が
おれの心のなかにある
今こそそれを開くときが来た
いや やはりそのままにしておこう
その部屋におれはおれを隠してきたのだ
ラムネの玉
忘れた頃に出てきた可憐な失(う)せ物のように
おとなには無意味でも
子供には貴重ながらくたのように
みんなに親切にしたい気持がおれの胸にもどってきた
ところがそいつが古風なラムネのガラス玉のように
おれののどにひっかかって息ができぬ
誰か親切な人よ おれを叩き割ってくれ
ぶざまなラムネのびんを割るように
底本:「死の淵より」講談社文芸文庫、講談社
1993(平成5)年2月10日第1刷発行
底本の親本:「詩集 死の淵より」講談社文庫、講談社
1971(昭和46)年7月刊
初出:死の淵より「群像」
1964(昭和39)年8月号
老いたヒトデ「風景」
1963(昭和38)年11月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:kompass
校正:酒井裕二
2016年1月1日作成
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