孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

「フェアプレー」を考える

2018年06月02日 | 社会観察
よくスポーツを語るときに、「フェアプレー」という言葉が出てくる。「フェア」(fair)とは、辞書によると(偏りが無く、公平、正々堂々とした、美しい)といった訳が出ている。


反対語は「アンフェア」(unfair)で、(ずるい、不正な、動議に反した)とある。

また、unfair の同義語には、arbitrary(独裁の)、cruel(非情な)、immoral(不道徳な)、shameful(恥ずべき)、unjust(不正な)、


日大の悪質タックル事件は、日大側の対応の遅さもあって、まだすっきりした解決に至っていないようだが、私のようなスポーツ音痴の者でも、最初にあの悪質タックルのシーンを目にしたときは、反射的に「何ということをしたんだ!」と思ったものだ。

  後ろから不意打ち・・

それは、まったく無警戒の選手に向かって、全速力で、しかも後ろからぶつかって行くとは、何という卑怯な、汚いやり方か。。。と感じたからだ。

その瞬間は、まだ監督やコーチのいじめの背景など分らなかったので、単純に背後から丸腰の選手を襲うことの、卑劣さ、アンフェアさに憤りを覚えたのだった。

この行為だけ見れば、それにいたる背景など関係なく、当然許されるものではない。従って当該選手は、その罪はそれなりに償わねばならない。


西部劇などでは、丸腰の相手を、しかも後ろから撃つなどという行為は、最も忌み嫌われるものらしい。

私はアメリカのブルーグラスという音楽が好きでよく聴くのだが、その中に『ジェシー・ジェームズ』という曲がある。

興味があったので、ジェシー・ジェームズとは一体どういう人物なのか調べた事があった。

彼はアメリカ南北戦争後の頃に実在したガンマンで、日本でいえばネズミ小僧のようないわゆる「義賊」であったようだ。歌詞にもあったが、金持ちや銀行から奪った金を、貧しい人たちに与えたので、一躍有名になった。

しかし、仲間の一人に撃たれて、あっ気なく死んでしまうのだが、その話はブラッド・ピット主演で、映画にもなっている;

  ジェシー・ジェームズの暗殺

原題は、『臆病者、ロバート・フォードによるジェシー・ジェームズの暗殺』と長いが、「ロバート・フォード」のことがネックになっている、少しマニアックな映画であった。

なぜ「臆病者」という形容詞がつくかといえば、それは彼がジェシー・ジェームズを背後から撃ったことにより、正々堂々と正面から彼に挑まなかったからである。

歌の歌詞では確か、「Dirty,little coward」(汚い、臆病者野郎)と彼のことを形容していた。

 映画のロバート・フォード

西部劇では、よく背中合わせに立ってから、それぞれ反対方向に何歩か歩き、振り向きザマにピストルを撃ち合う「決闘」の場面があるが、西洋人の正々堂々というメンタリティ、フェアの精神とはあれに象徴されるのだろう。

参戦ないということで大統領になったルーズベルトが、故意にハワイに隙を作り日本に攻撃させ、日本が「だまし撃ち」したということを既成事実化して、アメリカ国民を洗脳し、まんまと参戦したことも、彼らのメンタリティを計算してのことだった。

おそらく、日大選手の危険タックルを観た西洋人は、100%が首を横に振りながら、不愉快な表情をつくるに違いない。



そして、時間がたつにしたがって、その不快感の対象は日本一のマンモス大学の学長他の経営陣に移っていくのである。

西洋人ならずとも、吐き気を催すような不快感を感ぜずにはいられない。
ジャンル:
スポーツ
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