孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

噺家の末路

2018年07月06日 | テレビ・ラジオ
サラリーマンなら定年退職という人生の境目がはっきりしているので、その日が近づいてくるとその後のことを嫌でも考えるようになるものだ。

退職金と年金で、充分老後の生活を何の心配も無く送れる身分ならばいいのだろうが、そうでない場合は、できることをして生活費の足しにしたり、何よりもなんとかして社会と関わっていく方法を見つけないと、生きがいが感じられないつまらない末路となる。

その意味では、いろいろなスポーツ選手が引退時期になってもなかなか糞切りがつかず、ダラダラと現役であり続けるのは、少しは理解できないことも無い。

  酸素吸入しながら落語??

桂歌丸が他界したのをテレビのニュースで知ったのは、ちょうど浅草にいるときだった。

その日、浅草演芸ホールの出演者をみると、林家三平が入っていた。きっと「笑点」のことと歌丸の死を話題にするんだろうなあ、と予想していたら案の定、持ち時間15分のすべてをそのことであった。

何の芸も無い、親の七光りで落語家になったのだから、期待する方が無理なのだろうが、落語家がみんな上手な話で観客を楽しませると思ったら、とんでもない。

同じ日の出演者の、鈴々舎馬風がいて彼がしみじみと語っていた。

名人、名人といってもそんなにたくさんそういう噺家がいるもんじゃありません。しかし、私が噺家になりたての昭和30年代は、たくさん名人がいたんですよ。みんな死んじゃいましたがね。

長く同じことを続けていると、国から勲章をもらったりするものだけど、後世「名人」と呼ばれるような人は、そうそう出るもんじゃないですよ。

馬風は、こんなことをお暗にほのめかしていたように私には聞こえて、妙に納得したのだった。
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