無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

本間郡兵衛(北曜)さんの絵

2018-08-13 12:55:17 | 音楽・芸術・文学

現在、本間美術館を始め鶴岡市致道博物館や松ヶ岡で、西郷隆盛さんに関する書や絵の展示がされている。せっかくなので、休みを利用して出かけて見た。玄関ホールで館長さんと顔を合わせる。「本間北曜さんの黒船が飾られているそうですね。」と問うと「そうです。」と頷かれた。ず~っと観たいと願っていた本間郡兵衛さんの絵についに巡り会える。

ちょうど夏休みと言うこともあって、いつもは静かな美術館内が家族連れで賑わっていた。小学生には難しい展示ばかりだったので、飽きてしまって騒いでいる子もいた。そうだろうね。オトナの私でも、書いてある字が読めないのだもの。

南州さんの書以外に、幕末に活躍した志士たちの書が沢山展示してあった。描く文字に書いた人の心持ちが現れると言って良いのだろうか、各々の特徴が掴めたと思う。この人がこんな書を書かれていたのかと思うと同時に、よくこんなに集めたものだと本間家の蒐集力にも脱帽する。戊辰戦争と庄内どころか、日本の中枢にいた方々の書の多さに驚く。掛け軸にされた書以外にも、戊辰戦争時に暗躍した人の密書や、戦争時の酒井藩の武家屋敷地図や各城が落ちる様子、新庄や秋田県に及ぶ戦いの様子が展示されていた。これは時間があれば、じっくりと眺めたい。

一通り眺めて、本間郡兵衛さんの絵が飾られていないと私の心が騒いだ。前にこの展示を観た人のブログにもちゃんと展示されていると書かれていたので、どこにあるのだろうと2階からも探してみたが見つからない。気を取り直して1階に降りる。なんと、展示室の入り口のすぐに、他の展示とは別個に飾られていた。想像していたのよりも小さい。黒船の艦隊ではなく、一隻を細かに描いている。その説明も葛飾北斎の門下だと書かれているだけで、この戊辰戦争に相応しい本間郡兵衛さんの立ち位置がない。せっかくの企画なのに、これではいつになっても酒田市民でも彼の生き様を知らないままになるのだろう。酒井家から借りた書も展示されていたし、庄内藩への忖度なのだろうか。嘆かわしいことだ。

松ヶ岡は残雪が残る頃に拝見し(飾ってある南州さんの書は殆どがコピーだった。)所蔵は鶴岡の致道博物館だったのを知った。

9月30日には、3人の子孫のフォーラムがある。

本当に西郷さんとゆかりが有ったのかは確認出来ないが、多分に鶴岡の人が作った匂いがする。企画に載って回るのも良いだろう。

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6 コメント

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本間群兵衛 (FUSA)
2018-08-13 16:19:51
本間群兵衛死して150年、いまだ真相も明らかになっていないんですね。庄内藩に忖度って、時代錯誤も甚だしいですね。一般の観覧者は、ただの絵描きとしか思わないんじゃないですか!
FUSAさん (cake)
2018-08-13 16:59:26
私も腹立たしく思います。せっかく酒田市民に戊辰戦争後の西郷隆盛の庄内藩に対する温情があったのかを知らしめるチャンスなのにと思います。
山形県が発行している「西郷どん」に関する山形との繋がりには、ほんのちょっと本間群兵衛のことが書かれていますけど、「おかしい?調べてみよう。」と言う気が無ければ、見つけられない歴史の一部になったんですね。

今日は旧盆の13日で、墓参りに行ったのですが、我が家の後ろの古いお墓は、戊辰戦争時に肥州から兵士と一緒に来た女性のお墓だそうで、もう墓の文字も見えないほどに崩れています。
肥州・・・ってFUSAさん、熊本ではありませんか!!
戊辰戦争 (FUSA)
2018-08-13 17:56:59
肥後藩は明治維新の時、藩論がまとまらず、時流に乗り遅れたような面がありまして、結局、戊辰戦争では新政府側について各地へ兵を派遣しています。庄内藩へ行った兵士について行った女性がいたということでしょうか。なんだか驚きの裏面史ですね!
FUSAさん (cake)
2018-08-13 18:22:06
肥州の兵士については、戊辰戦争時に庄内藩と戦った兵士ではなく、新政府側の進駐軍というか再度庄内藩が手向かうことのないように統治した側の人達のようです。兵士のお墓は我が家の近所の山王森の一角に並んでいます。
女性の墓ですが、肥州蓮池藩の誰それ(戒名)が書かれていて、昔は年号も読み取れたようですが、現在は戒名の文字も定かではありません。150年の月日の流れがそうさせたのですね。肥州の親族は知っているのでしょうか。
蒲池藩 (FUSA)
2018-08-13 19:10:39
なるほど!蒲池藩といえば、肥前鍋島藩の支藩でしたね!
佐賀県にご親族がいらっしゃると思いますが、ご存じないかもしれませんね。
FUSAさん (cake)
2018-08-14 09:12:35
先ほど、近所にある官軍兵士の墓所を撮してきました。
ここは近年、土の中に埋もれていた一基の墓石を、自治会の方が見つけられ、礎石の上に安置されました。
静かな高台の一角に眠っています。ここは鳥海山が眺められる素敵な高台でしたが、残念ながら高層のアパートが建って、展望は望められなくなりました。

蓮池藩は、佐賀県が中心でしたね。熊本ではなくて残念でした。

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