石川洋子≪作家≫☆夢の途中  リニューアル中 

いろいろ忙しい、いいことなのかな

そして終活へ

2019-06-24 23:00:00 | 日記風

 pinterest.com(出典)

 私は先週から熱が続いている。うちは季節の変わり目は熱が出る体質なの。

 それが母に至っては肺炎にまで及んでいる。

 本日、入院の手続きをとってきました。

 高齢者は肺炎って恐ろしいのよ。

 うちの場合は約10年前から親の病気という名の終活が始まっている。


 人の生命の灯というのは、ゆるゆると消えていくもののようだ。

 このゆるゆるは、付き合う家族にとっては結構きつかったりする。

 人って簡単に死ねないのよ。

 けれどそのときは確実に来るのよ。


 頭の中を約10年のことが走馬灯のように巡ってしまったわ。

 この終活が始まると半年先のことが考えられなくなります。

 半月先か、1か月先がせいぜいです。


 そして毎回延命処置をしますかと聞かれる。

 これがきつい。

 やめてください。自然に逝かせてとは言えないのよね。

 と言って、高齢者の場合、無理をしても、生かしているだけになって、やがて弱ってしまう。意味がなかったりする。だから進めませんと医師から言われる。

 だからって(言葉は悪いですが)殺してください、とは言えません。

 だから最後の最後まで、これでよかったのかと悩み続けるのです。

 今回もどうするか聞かれて、やはり、…なんとも言えない。

 確か去年もこの手のやり取りをさせられたと思うわ。

 1年に1回させられるのは、そりゃ、つらいわよ。

 慣れなんてない。

 でも、確実に年々弱っている。

 人はこうして、最期の生命の灯を静かに消すものだと思う。

 しかし、そう簡単にいかないというのも真実だ。

 特に心臓が強い人はそう簡単にいかない。

 うちは、母型の祖父も心臓が強かった気がする。


 生きている人はとりあえず、食べて眠ってという生活を繰り返す。

 これが生きているということだ。


 極力生活は変えません。

 いつも通りに。

 ダメなときは何したって駄目なのよ。

 慌てず落ち着いて日々を過ごすしかない。

 私は元々そういうマイペースな性格である。


 いいのか悪いのか知らないが、そうなのです。

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