村上春樹を英語で読む

なぜ、こう訳されているのかを考える。

「前歯」の概念と実体

2016-10-18 14:12:50 | 村上春樹を英語で読む
『1Q84』に次のような箇所がある。下はその英訳である。

それからまたボールペンの尻で前歯をこつこつと強く叩き、喉の奥で重いうなり声を立てた。背後の高校生はそれを耳にしたが、今度は聞こえないふりをしていた。
She started tapping her ballpoint pen against her teeth again, and released a deep groan.

『プログレッシブ和英中辞典』で「前歯」を引くと、a front tooth ((複− teeth))とある。しかし、上例では単にteethと訳されている。実際に叩いているところを描写する際には英語頭の発想ではa front toothとは書かないものと思われる。
 以前本ブログで次のような例を挙げて「前髪」について考えた。

前髪が額に落ちて、首を振ってそれを払う。『アフターダーク』
A lock of hair falls over her forehead. She shakes her head to sweep it away.

「前歯」や「前髪」は概念としての語で、実体としては「歯」や「髪」なので、英訳はa toothやhairになるのではないか?