まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

雨に濡れ 山茶花の花 すずめのこ

2009年11月10日 | 自然
 今日は朝から雨になった・・。午後からは激しい雨になって一日中・・・室内にいるしかない・・。

 だから・・島の文化祭用の展示資料作りをやってみた・・。まだ・・時間があるし・・とか、写真を張りつけると・・持ち運びに困るかなぁと思いながら・・・。
折り曲げると汚くなるし、模造紙そのままでは持ち運べないし・・。

  

 デジカメで撮ったものをプリンターで印刷し、先年に作った咸臨丸の資料から、広島出身の水夫の資料を選び出し、字を大きくして再印刷して・・切り取って張りつける・・・みたいな作業。

 小学生の時に作った「壁新聞」みたいな作品・・・。アイディアもレイアウトも設計図もない・・。ただ・・思い付きで写真や文字を切り抜いては並べてみて、「ま、これでいいか・・」みたいにして張りつけて行く・・。

 

 で・・、今日のお昼もおうどんだった・・。町内にある「杉本」というセルフサービスのお店に寄った。ここは・・11月になったら「しっぽくうどん」を始めるから・・と聞いていたので、ようやくに・・ここに来ることができた。しばらく・・さぬき広島に行ってたものな・・。

 この時期には・・少しばかり晴れ間がでていたんだな・・。久々に来たら・・のれんが新しくなっているし、菊の花が並べられて秋らしくなっている。

 

 こういう・・おうどんになれば、ほぼ完成品が出てくる。料金前払いで、おうどんを持って席に着いて食べて、容器を返却するだけのセルフサービス・・。プチ・セルフ・・・というようなものだな。これで・・・400円。これからの寒くなる時期にはぽかぽかしておいしい時期になる・・。

 で・・、うどん屋さんから戻ってくる途中・・、こんな看板ができているのが眼に止まった・・・。

 

 我が家のお隣さんになる建物が・・この「お不動さん」。ここには500mって書いてあるけれど、我が家は600mくらいかな。ここには「棚岩不動尊」って書いてあるけれど、我が家も・・「棚岩」という地名になっている。昔でいうところの・・「おおあざ・たづら・あざ・たないわ」というものらしい。

 でも・・棚岩には・・我が家とお不動さんとCATVの作業詰所しかないもので、自治会は「棚岩」では成立しないもので、近くの「砕石:われいし」という集落に入ってる・・。

 だから・・郵便受けには・・「たないわ亭」「まほろば工房」「暁光庵」と書いてある・・。ま・・「宴会場」みたいなイメージかな。商いはやってないのだけれど。だから・・ゼンリンの地図には・・「たないわ亭」が表示されたりする・・。

 

 これは・・若いころに・・神戸の空で働いていた時のもの・・。古い写真をけいこばぁが・・思い出したように写真立てに入れて飾ってあるもの・・。40年も昔の写真だな・・・。

 

 で・・できた「壁新聞」がこれだ・・。思い付きだけで写真とコンテンツを張りつけただけのもの・・。ま、島の人たちはあんまり歴史に興味がないようで、ほとんど見てはくれないのだろうけれど、参加するのに意義があるのと、「枯れ木も山のにぎわい・・」みたいなものか。参加賞狙いだな・・・。

 ま、早々と宿題ができたので、安心して土曜日には島に行けるね。

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。 

 

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4 コメント

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Unknown (無邪鬼)
2009-11-10 22:27:28
昔の写真
なんだか、角○だか宙角だかの過激派が電柱に
登って警察の様子でも見ている風ですね。

体が柱に寄り付き過ぎてて
もう少し胴綱を伸ばした感じにしないといかんと
先輩に言われたこったと思います。

まぁ他人の写真ながら懐かしさを感じますね。

昔の写真 (まほろば)
2009-11-11 08:11:05
 あのころは胴綱もなしで平気で上ってましたねぇ。長時間になるとロープをかついで上ってロープで体を支えてたりして・・。

 胴綱着用なんて・・ずいぶんと後になってから・・。だから・・こういう写真は門外不出。

 まだ・・鉛被覆のケーブルですよ、この写真。昭和の40年代半ばごろ。

 ヘルメットみたいに見えるけど、そういうものもない時代。丸いツバのついた幼稚園児みたいなオレンジの布の帽子でしたね・・・。

 ペンチとかドライバをポケットにいれてね。今みたいにベルトにペンチ差しなんぞなかったもの。柱上作業の場合には筒状のズック袋に詰めてかついであがったもんでした。

 古きよき時代かなぁ・・。
Unknown (無邪鬼)
2009-11-11 08:38:39
胴綱ないの・・・・
と、良く見ると確かにしてない。
安全安全と言ってたみかかもこんな時代はそうだったんだ。
だいいちヘルメットもなくて幼稚園の帽子なんて・・・
信じられん。
40年代半ばちゅうても、40年代の後半にゃみかかの人からアンテナ建てに使えとか柱上安全帯を貰った記憶があるから、こんな危ない時代は、この写真の頃が最後だったんでしょうね。
「仕事やる気あんのか?」って言われそうな状況写真ですね。

はっきり言って、マイッタ!!

柱上安全帯 (まほろば)
2009-11-11 17:11:55
 茶色の皮帯(ベルト)にペンチ差しを通したものを工事の時に使っていたけど、安全帯を使うようになったのは・・比較的新しい・・。

 昭和60年になって、高松の工事部隊に入って、補助ロープの使い方を教わったくらい・・。「そんなものを使わないと電柱に昇れんのか!」みたいな空気はあったな。それだし・・腰が重くなったしね・・。あれを付けると・・。

 N○○になってからは、安全帯とかヘルメット着用は当たり前になったけれど。

 今になって話せるけれど・・(爆笑)

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