まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

梅雨間近 アカデミックな 午後がある

2019年06月02日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で曇り、昼前過ぎからは雨の降ってきた。気温は18.5度から23.5度、湿度は94%から66%、風は0mから4mの東南東の風が少しばかり。明日の3日は、湿った空気の影響で概ね曇るらしい。

 

 118/82/76 36.4c-96% 61.4Kg 1007hPa,22c,80% 体調に変化はない。おなかの張りもない。

 

 先日に市道側の水路周りの草刈りをやったのだが、この反対側があまりにも距離が長いので、どうしようかと思案をしていたところだった。

 

 今日は水利組合のおじさんたちが大挙してやってきて、草刈りをやってくれ、水路掃除もして、早くも「みろく奥池」への通水をやっていた。いよいよ、これからが田植えの本番になるらしい。極早生、早生に続いて「中手」という標準の田植えになるらしい。

 

 懸案だったこの本棚の断捨離をやってみた。やってはみたが・・・。

 

 こういうファイルを10冊ほどや、囲炉裏に関する資料とお袈裟についての資料などを束で捨てることになったが、全体としては、全く風景は変わらなかった。

 

 今にも雨が降り出しそうなお天気なので、懸案の資料整理をやっていた。「なぜ、四国霊場は八十八ヶ所なのか?」という疑問である。先輩ガイドは、「煩悩の数が八十八だから」と言うが、それでは、除夜の鐘は108ではないかという不思議が残る。「男42,女33、こども13の厄年の合計である」とも先輩は言うが、それでは、還暦の60の厄はどこに行ったのかと疑問が残る。「お米を分解すると、八十八になる」ともいうが、単なるこじつけにしか聞こえない。

 

 「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と、チコちゃんに叱られる。

 

 私の研究に依れば、江戸時代後期に、高野山の僧侶「澄禅」さんが四国遍路日記に、1番から88番の番号を付け、それを元にして、高野聖の真念さんが「四国遍路道指南(みちしるべ)というガイドブックを作ったから~・・・。

 

 「ねぇねぇ~おかむらぁ~・・。お遍路さんて、なんで白い服装をしているの?」こういう質問は多いが、先輩ガイドはいつも、こう言う。「それは・・・死に装束だから・・・」

 

 「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と、チコちゃんに叱られる。

 

 大正時代のおへんろさんである。白装束なんかではない。

 

 これも昭和初期のおへんろさんだが、白装束なんか着ていない・・・。

 

 実は、伊予鉄道が昭和28年から遍路専用バスを運行し始めたが、最初は1人か2人ほどしか着ていなかった。それが、昭和33年になると、ほぼ全員が白装束になった。つまり、バス会社が、ほかのお遍路さんと自分ちのお遍路さんを見分けるために白装束を着させたからぁ~・・・。

 

 こうして、お遍路バスから白装束が定着し広まって行ったらしい・・。(ほかにも諸説あるらしい)。

 

 今日の掲示板はこれ。「子は親のいうようにはしないが 親のするようになる」というもの。誰もが思い当たる言葉だろう。最近のこどもたちや、最近のママさんたちをみていれば・・・「納得」と思うはず。それも、私たちの見せた背中で育ったママさんたちかもしれない・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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