INOJIN折々の記

蕎麦カフェや工芸倶楽部でのイベント、日々の暮らしの中で感じたことなどを綴っています。

雨の東北行

2018年08月28日 | 日記

現存する弓棚式の高機を見学しに、高機復元プロジェクトのメンバーと共に二本松と米沢に行って来ました。二本松では、高村智恵子の生家に彼女が使っていたという手機があると聞き、予約して見学させていただきました。写真撮影は禁止ということで載せないけれど、いろいろと参考になることがありました。

再現された高村智恵子の生家は立派な造り酒屋さんでした。私が大学に入学仕立ての頃、初めて出来た友人が智恵子の紙絵集を貸してくれました。その繊細な色遣いや特徴をよく捉えた表現に魅了された記憶があります。記念館で実物数点を見て、当時のことなどを思い起こしました。

米沢織物歴史資料館を見学後、上杉神社のお堀を見たら、一面に蓮が。今年は蓮の花を観なかったと残念に思っていたから、少し残っていたピンクの花が嬉しかった。

 

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2 コメント

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Unknown (けーこ)
2018-08-29 20:30:45
智恵子の手機かー。
私は 18歳の誕生日の少し前に 父から智恵子抄をもらい、
そんな巡り合わせから彫刻 特に木彫をしていた夫と出逢ったのかな と思いました。急に亡くなった夫の研究室の片付けに一カ月程 毎週通いましたが、研究室の本棚の奥から 転勤族ゆえ忘れかけていた智恵子抄が出てきて そう思いました。
しかし 智恵子さんは どんな織物を織っていたのか? 興味あるところです。
切絵は 見たことはありますが。
ちょっと前の昔 女の人は皆機織りをしてたのかなー?
Unknown (井上弘子)
2018-08-30 09:52:40
昔は物が豊富でなかったから、何でも自分で作ったよね。私たちが子供の頃だって、良いものはすごく高かったから、母はミシンで家族の服を作ってくれたし。智恵子さんは着尺を織っていたみたい。立派な機でした。

「智恵子抄」懐かしいね。記念館には、光太郎と智恵子の純愛が謳われていたけれど、実際の結婚生活にはいろいろあったのだと思う。やはり、女性は今でも家庭生活を維持するために大変な思いをするものね。

『青鞜』の表紙絵が素敵でしたよ。

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