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河田雅文さんの個展を見て、琴似川を思う

2008年11月14日 23時55分05秒 | さっぽろ川あるき
承前

 河田雅文さんの個展で重要な役割を果たしている琴似川。
 決して大きな川ではないけれど、札幌という街の形成にあたって、とても重要な役割を果たしてきていると思う。
 もちろん、札幌の母なる河といえば豊平川をおいてないわけだが、有島武郎の「生まれ出づる悩み」にあるとおり、豊平川は札幌のまち外れを流れる川であった。いちばん都心を流れる天然河川は琴似川とその支流なのだ。
 いま
「琴似」
というと、都心からやや西寄りの地区になっているが、元来「コトニ」とは、知事公館を源流とする川につけられた名前らしいのだ。
 いまの「琴似川」は、もともとケネウシペツと呼ばれていたらしい。

 コトニ川ファミリーには、東側から順に、北大構内を流れるサクシュコトニ川、植物園の西側の池から北へと流れていた桑園新川、知事公館から流れていたコトニ川、札幌市と旧円山村の境界を流れていた川(■参照)、ギャラリーミヤシタ附近に発して北上していた川、界川、円山川、北三条川(■参照)、琴似川、琴似八軒川、山の手沢川(■参照)などがある。
 このうち、琴似川と、工事によって流れが復活したサクシュコトニ川以外は、界川と山の手沢の上流部がいまも見ることができるぐらいで、あとはすべからく暗渠になるか消えてしまっている。
 さらに、琴似川の、宮の森地区の小支流として、琴似1号川、琴似2号川、宮の森川、琴似4号川、宮の森排水、琴似3号川、琴似5号川、琴似6号川などがある。
 琴似1号川、琴似2号川は、本郷新札幌市彫刻美術館の近くを流れている川だ。
 宮の森川は、荒井山郵便局のあたりで琴似川と合流する、このあたりでは割と大きな支流。バス通りの下を流れている。 
 宮の森排水は、宮の森2条16丁目で琴似川と合流する小さな流れで、聖心女子学院のすぐ下を流れている。
 琴似6号川は、盤渓峠へ通じる道に沿って流れている小さな流れである。

 琴似川本流は、いまは最下流は新川とイコールになっている。
 これは、「琴似発寒川」との合流点までは「新川」ではないという、いかにもお役所的な理由によって、新川の上流部分だけが「琴似川」という名になっているのであろう。

 本来の琴似川は、北東に流れていた。
 古い地図を見ると、現在の和光小などのあたりを蛇行していたようだが、現在はまったくその跡はなく、往時をしのぶのはかなり難しい。ただ、エルムの森公園の外周のカーブした形は、ほぼ昔の琴似川の流れをトレースしているといえるだろう。
 創成川を超えて、北40東1附近に、古い流れの跡を見受けられるところもあったが、いまはどうなっているだろう。



 琴似川がふたたび地上に姿を現すのは、百合が原公園の近く、栄緑小の横手からである。ここでは「旧琴似川」という名になっている。
 篠路町太平のあたりで、旧丘珠川(と筆者は仮によんでいる)などタマネギ畑の間を流れる細流2本を合わせた後、「旧琴似川」と「旧琴似川放水路」に分流。「旧琴似川放水路」のほうは、伏篭川、篠路新川と合わさって大きな流れとなり、ふたたび「第二伏篭川橋」のあたりで「旧琴似川」と合流。以後は「伏篭川」という名で北上して、茨戸で旧石狩川に注ぐのである。

 茨戸の歴史的な重要さはいうまでもないだろう。
 明治期よりもはるか前からサケ漁の拠点であった。

 琴似川はそういうところに注いでいたのだ。
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