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石谷孝二「はたち」(北見市留辺蘂町)

2020年11月21日 13時22分11秒 | 街角と道端のアート
(承前)

 前項の「躍動」は、留辺蘂町体育館の前にありましたが、こんどは、体育館のロビー内にある作品。

 銘板には「彫塑」と記されています。
 昭和49年(1974)4月の第48回国展入選作、石谷孝二(留辺蘂町字大和出身)とも書かれています。
 大和地区は、留辺蘂町の中心から国道39号をずっと石北峠寄りに行ったところで、温根湯温泉よりも山側にある集落です。郵便局はここから奥にはありません。

 初々しさのある裸婦像で、両手を上げて頭の後ろで組み、両脚もすこし交叉させて左足を心持ち前に出して、動感を表しています。
 頭を少し上に向けていることが、この像を、若さと前向きさを感じさせるものにしていると思います。


 「国展」は、たくさんある団体公募展のなかでも、歴史の古さと規模の大きさでは屈指で、会員になるのもむずかしいほうだと思います。
 武田厚著『彫刻家の現場から』(生活の友社)によると、石谷さんは国展の初入選が73年なので、これは2度目の入選ということになるのでしょう。その後、79年に国画賞を、83年には会友優作賞を受けて会員になります。
 生まれは1952年。75年に岩手大教育学部を卒業し、愛知県立芸大の大学院を修了しています。
 84年から同大の非常勤講師を勤め、86年からは鳥取大で教壇に立ちました。
 2000年には桜の森彫刻コンクール優秀賞を受けています。

 この書物には、76年「銀標」などの写真が出ていますが、この「はたち」とは似ても似つかない、アルミ鋳造の作品で、昆虫にも仮面の騎士にも似たごつい人物が立っています。翌77年の「銀標―座」はトルソですが、アルミによる球体関節人形のようにも見えます。
 79年に国画賞を得た「樹魂―♀」は「ズワイガニのハサミと人体がダブルイメージとなって合成された」、「見立て」を明確に意識して作った最初の作品、と同書にあります。

 こう見てくると、この「はたち」は、明確な方法論を確立する前の学生時代に取り組んだ習作ともいえそうで、その後の石谷さんの作風を予告するものはあまり見うけられませんが、たしかな基礎と、若いうちでなければ表出しにくいみずみずしさが確かに感じられます。
 石谷さんは、2014年に留辺蘂地区で開かれた「Far East Contemporary Art 2014」にも出品し、オープニングで講演会の講師を務めています。


 さて、留辺蘂地区にはあと少なくても4点の野外彫刻があることが分かっていますが、1点は山の上、1点は石北峠にあり、なかなか取材には手間暇がかかりそうです。
 のこる2点は温根湯地区の市街地なので、いずれ見に行くことにします。




・JR留辺蘂駅(特急を含む全列車が停車)から約2.3キロ、徒歩29分
・JR西留辺蘂駅(特急、快速は通過)から約1.18キロ、徒歩15分

・JR北見駅前ターミナルや、留辺蘂(=留辺蘂駅前)から北海道北見バス「旭南団地入口」行きに乗り「留辺蘂町体育館」で降車、すぐ(北見から所要52分、留辺蘂から8分)

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