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あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」再開に思う

2019年10月09日 21時14分01秒 | 新聞などのニュースから
(末尾にリンクを追加しました)

 北海道新聞社のサイト「どうしんウエブ」から。
 この記事は10月9日朝更新。

 感想は引用部の下です。

愛知県の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で企画展「表現の不自由展・その後」が8日午後、約2カ月ぶりに再開された。元慰安婦を象徴する「平和の少女像」などへの抗議が殺到、開幕3日で中止に追い込まれた不自由展は芸術祭側、不自由展側の双方が少女像を含む全作品を元の状態で展示することや安全対策で合意し、ようやく再開にこぎ着けた。

 ただ8日も再開に反対する動きが続き、14日の会期末を無事迎えられるかどうかは見通せない。文化庁の補助金不交付決定も影を落とす。

 芸術祭実行委員会によると、不自由展への入場は午後2時10分と4時20分の2回に分けて実施。コンピューターによる入場の抽選倍率は、各30人の定員に対し最初が709人で23倍、2回目は649人の21倍に上った。名古屋市東区の会場には抽選のため大勢の人が詰め掛け、長蛇の列ができた。

 不自由展は16作家の23作品で構成され、少女像や昭和天皇を扱った映像作品を含む全作品が元通りに展示された。午後2時すぎ、抽選当選者は手荷物を預けて金属探知機のチェックを受け、ガイド付きツアーで作品を鑑賞した。

 入館者や会場スタッフらの安全確保のため、10分たつと電話が自動的に切れる仕組みで抗議電話への対策を図り、動画撮影や会員制交流サイト(SNS)への投稿は禁止とした。今後、写真をSNSに投稿しない誓約書を取ることも検討している。

 再開に反対してきた名古屋市の河村たかし市長は8日午後、会場前で約10分間、抗議の座り込みをし「公金不正使用を認めるな」と訴えた。周辺には再開反対派が集まり、会場内では警察官との小競り合いも起きた。

 不自由展に出品したアーティストの一人は「再開は非常にうれしい。関係者一丸となってあの空間を守らねばならない」と話した。


 北海道新聞は中日新聞から転載する場合もありますが、これは共同通信の配信記事です。

 感想としては
「ずいぶん厳戒だな~。でも、よく再開にこぎ着けたなあ」
と、関係者の労苦に、頭が下がる思いです。

 あとは、箇条書きでいくつか。

・この「不自由展」だけではなく、これに抗議して変更したり閉鎖したりしていた展示すべてが再開したのは、めでたい。これも、関係者の苦労を多としたいです。

・SNS禁止とあるけれど、blog はどうなのか、気になります。

・再開反対派と小競り合いとありますが、警察は今後も、主張の中身によって検挙したり見逃したりするのではなく、あくまで形式的にやってほしい。

・1回目と2回目あわせて、実際に足を運んで抽選にのぞんだ人は1300人余り。これに比べ、抗議電話は約200本とのこと。もちろん、電話がつながらなかった人もいるだろうけど、家にいてもできるラクな行動に出た人よりも現地にわざわざ来た人の方がはるかに多い。ネトウヨは声がでかいから目立つだけで、実数は意外と少ないのでは。

・そして、威圧的で尊大で無責任な電話をかけてくるやからよりも、実際にわざわざ来てくれる人を大切にしなくてはいけないのは、もちろんです。

・それにしても、いちおう再開して全作品が展示されたにもかかわらず、文化庁が補助金全額不支出を撤回してないのは、あり得ない。文部大臣が「私が決めたのではない」と言いだすし、文化庁長官は表に出てこないし、もう支離滅裂としか言いようがないですね。



 最後に。

 よく
「アートは自由です。自由に見てくださいね」
などと言われたり、雑誌なんかに書いてあったりするが、あれを額面通りに受け取る人が増えると、大変な事態を招くということが、今回の騒ぎでよく分かった。

 表現の不自由をもたらしているのは、表現を自由に(というよりもむしろ、自分流に)見て、騒ぎ立てる人たちではないのか。

 あと
感性の赴くままに見るのが良いですね」
というのも大ウソ

 最小限の勉強をする気もない人が、現代アートを見ても分かるはずがない。

 最小限の運動をする気もない人が、マラソンを走れるわけがないのと同じ
ことなのに、実物を見もしないでツイッターなどの断片的な情報をもとに大騒ぎする人が多いのはどういうことなんだろう。

 ネトウヨの言いがかりは、たとえば夏目漱石の「三四郎」の冒頭で、主人公に向かって広田先生が
「(日本は)亡びるね」
と言ったからといって
「日本が滅ぶとはなんだ! 漱石は反日だ!」
と騒いでいるようなものである。

 要するに、最初から、攻撃のネタをさがしているだけなのだ。
 事実など二の次なのだ。

 騒ぐのは勝手だし自由だが、こんな騒ぎにつきあうのは時間と労力の無駄であろう。

 騒ぐのは勝手だが、脅迫は悪質な犯罪以外の何物でもない。
 こういう手合いを増長させない社会の仕組みを考える必要があると、切に思う。


(記事と画像は無関係です)


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