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祝・青函トンネル開通30年

2018年03月13日 22時42分14秒 | つれづれ日録
 この記事は、アートとも関係ない、単なる自慢話なので、忙しい向きや謙虚な方々は読まなくてもなんらさしつかえない。

 「ヤナイの三大『鉄』自慢」
というのがある。

1) 1969年、定山渓鉄道に乗った。

2) 70年、遠足のため、市電を借り切って円山公園へ行った。

3) 88年、青函トンネル開通初日に通った。

である。


 88年3月13日。
 筆者は大学生活をほぼ終え、就職で札幌に戻るため、北海道へと渡った。
 もとより一番列車の快速「海峡」は瞬間的にきっぷが売り切れてしまったが、最初の特急「はつかり」の切符は案外簡単に入手できてしまい、これに乗っていくことにした。

 東京から盛岡まで新幹線。
 盛岡で特急列車に乗り換えた。
 プラットフォームでは、運転士に子どもが花束を贈呈するセレモニーを行っていた。
 本州の駅に
「函館」
という行き先票を表示させた列車が止まっているのを見るのは、感慨深いものがあった。

 この日は、青函連絡船最後の就航でもあった。
 筆者は東京の大学に通い、長期休暇のたびに帰省していたが、お金がないので飛行機は就職試験に行くときにしか利用しなかった。そのかわり、連絡船にはかならず乗船していたものである。
 「はつかり」が青森を出て、一路津軽半島を北上しているとき、ちょうど車窓から青函連絡船が望まれた。車内の乗客から拍手が起きたことをおぼえている。

 青函トンネルは、本物のトンネルの前後に短いトンネルがあるため、早とちりしがちである。
 しかし筆者は
「ここで寝たら負けだ!」
と思い(なんの勝負かわからないが)、25分にわたり、じーっと車窓を眺めていた。
 もちろん何も見えない。真っ暗闇である。

 車内では車掌から「ゾーン529」の乗車証明書をもらった。
(いま、どこにあるんだろう)

 函館で特急北斗に乗り換えた。




 その後、青函トンネルは何度か通ったが、快速「海峡」にはけっきょく一度も乗らず、いちばん利用したのは夜行急行「はまなす」である。

 「はまなす」が無くなってしまったのは返す返すも残念で仕方ない。

 この列車がなければ、2012年に東日本大震災の被災地を見に行くこともできなかったと思う。




 本来であれば、森友学園の公文書改ざん問題などについて書くところであるが、きょうがちょうど30年の節目であるため、とりとめのないことを書いてしまった。
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