北海道美術ネット別館

美術、書道、写真などの展覧会情報や紹介。毎日更新しています。2013年7月末、北見から札幌に帰還。コメントはお気軽に。

【告知】小樽美術協会50周年記念展(2018年6月5~10日)と「小樽画壇の煌めき 描きつぐ伝統と発展」(6月5日~7月8日)

2018年06月04日 18時18分18秒 | 展覧会などの予告
 「小樽美術協会50周年記念展」が6月5日(火)~10日(日)午前10時~午後5時(最終日~4時半)、市立小樽美術館1階市民ギャラリーと多目的ギャラリーで開かれます。
 それにあわせ同美術館が「小樽画壇のきらめき 描きつぐ伝統と発展」を、6月5日(火)~7月8日(日)、企画し、2階展示室で開きます。月曜休みで、午前9時半~午後5時(入場は4時半まで)。

 前者は入場無料。
相澤克幸、秋本惇子、浅井勝代、浅井美代子、岩田幸子、
上嶋俊夫、上田入子、大坂照子、大谷美由起、小川豊、
加藤光彦、工藤茂、小林達夫、小梁川貴子、崎野雄一郎、
佐藤順一、三部正雄、島常雄、末永正子、菅原睦子、
鈴木明美、高橋晟、高橋雅子、高橋好子、高野理栄子、
谷岡美代子、谷口明志、内藤信雄、ナカムラアリ、野田恭吾、
日向良子、深山秀子、福原幸喜、堀忠夫、堀槇子、
松田孝康、三浦恭三、宮井保郎、村上勢子、村元道男、
八尾道子、山下脩馬、山田守之


 後者は一般500円(20人以上の団体は400円)、高校生・市内高齢者250円(同200円)、中学生以下無料。
 創立会員の作品展です。
石塚常男、板倉力蔵、一原有徳、氏家和夫、
小川清、小山内純治、金子誠治、小林剛、
小松清、渋谷政雄、白江正夫、角江重一、
高倉市松、高橋好子、千葉七郎、千葉豪、
坂東義秋、平田豊策、藤巻陽一、三浦鮮治、
宮川魏、森田正世史、矢野徳一、若松六彌

 戦後日本を代表する版画家のひとり一原有徳、小樽美術の草創期の重鎮で多くの後進を育てた三浦鮮治、戦後道内の抽象画を代表する小松清や力強い水彩画で道内画壇でも存在感のあった白江正夫ら、そうそうたる顔ぶれです。
 抽象画家の高橋好子さんがただひとり、双方に名を連ねているのも目を引きます。






40周年小樽美術協会展 (2008)
第39回小樽美術協会 (2007)


・JR小樽駅から約710メートル、徒歩9分

・中央バス、ジェイアール北海道バスの都市間高速バス「高速おたる号」「高速ニセコ号」「高速いわない号」の「市役所通」から約700メートル、徒歩9分
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札幌市時計台、6月から10月末まで改修のため休館。2階にはクラーク像があります

2018年06月04日 11時23分37秒 | 街角と道端のアート
 ということで、5カ月間見られなくなるので、5月31日の閉館10分前に飛び込んできました。

 これまでこのブログでは紹介していなかったのですが、2階ホール内に、昨年秋にクラーク博士の彫刻が設置されたのです。

 札幌市時計台のサイトによると、次のようになっています。

 時計台、正式名称は「旧札幌農学校演武場」

 札幌農学校は、北海道大学の前身で北海道開拓の指導者を育成する目的で1876年(明治9年)年開校しました。演武場(時計台)はクラーク博士の提言により、農学校生徒の兵式訓練や入学式・卒業式などを行う中央講堂として1878年(明治11年)に建設されました。

(以上、引用)
 当初は時計はなく、ホイーラー教頭が同年に米国ニューヨークの業者に発注したものです。
 届いた時計が大きすぎ、一時は別の建物に設置する杏もあったそうですが、鐘楼を改造して1881年に取り付け工事が完了しました。
 1903年(明治36年)、札幌農学校は、現在の北区の敷地に移転しますが、時計台は残ります(正確には、いまの北2条側にあり、札幌区が南側の現在地に曳き家した)。

 クラーク博士の彫刻は、2017年10月16日、木製ベンチの向かって左端に腰掛けるように置かれています。
 横にすわって、一緒に記念撮影できるようになっています。

 そのときの北海道新聞によると

「合成樹脂製で高さ135センチ。時計台を管理運営する「エムエムエスマンションマネージメントサービス」(札幌)が200万円かけて作り、市に寄贈した」

とのことですが、肝心の作者名が書かれていません。

 毎日新聞には

「製作に携わった藤崎俊一さん(70)=札幌市=は「時計台の外観だけではなく、ぜひ中に入って札幌の歴史に触れ、像に親しんでほしい」と話した。」

とありますが、この藤崎さんが作者なのかどうかははっきりしません。

 いろいろ検索すると「リアルエコノミー」というサイト

「制作したのはオリジナルフィギュアなどを専門にしている造形BLOCK(札幌市北区)」

と書いてありました。


 札幌のクラーク像といえば、北大構内の胸像(田嶼碩朗作)と、羊ケ丘展望台の「丘の上のクラーク像」(坂坦道作)が知られています。
 これら二つは作者名がはっきりしているのに、近年はこういう記事で、作者名への記者の関心が薄いことが気になります。

 よく考えてみれば、クラーク博士は羊ケ丘となんの関係もないし、北大が現在地に移ったのはクラーク博士が札幌を去ってから何年も後のことです。
 彼の像が、彼が勤務していた時代の札幌農学校のあった地に設置されるのは、理にかなったことだといえるでしょう。

 なお、記事に樹脂製とあるとおり、これは銅像(ブロンズ像)ではありません。
 銅像だったら重すぎて、ベンチの上にのせたらシーソーのように傾くでしょうし、時計台は木造建築なので、床を踏み抜いて下の階に落下するおそれもあります。

 もう1点。
 どうして、観光のかき入れ時にわざわざ工事をするのかな~と疑問を抱いていたのですが、6月1日付の朝日新聞北海道面には、寒暖差の激しい冬の工事が難しいことについて書かれており、やむを得ないのだなと思いました。
 楽しみにしていた観光客から「あらら、閉まっている!」とガッカリされるかもしれませんが。
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6月3日(日)のつぶやき その2

2018年06月04日 01時50分59秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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6月3日(日)のつぶやき その1

2018年06月04日 01時50分58秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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