バロックな話

バロック音楽/バッハとチェンバロ演奏、あるいは音楽のいびつな雑感

音楽を演奏するということ

2006年08月29日 | 音楽

 現代は音楽を演奏する側と聴衆の分離が進行した時代であると言われて久しいと思う。演奏技術は極まり、一つの作品に対して何人もの演奏家が様々な解釈で曲を披露する。

 特にクラシック音楽は演奏自体が極めて限られた人の為の、特別な行為になってしまっている。CDなどのメディアの発達もそれを助長している。音楽史的に見ても古典派~ロマン派~現代音楽において曲に要求される演奏技巧は次第に高度化してきていて、素人がおいそれと演奏するという訳にも行かなくなっている。要は、現代人は人類が進化する上で重要であった自分の身体を使った「生の感覚」を失いかけている気がする。

 話はそれたが、音楽を演奏するということは、聴くということと次元が違うということが言いたかった。当然のことであるが、簡単に言ってしまうと耳、脳(心)と身体動作の連携が必要になるのである。実際にはもっと高次元な「芸術」活動が起こっているのではあるが。

 これは普遍的なことで、古の時代の人々が行っていた身体活動と同じ感覚に違いない。たとえ楽器が異なっていても、である。私は自分で音を出すことの快感なくして、音楽は語れないと思うのである。(上手い下手は置いといて。。。)

 バッハが弾いたであろう同じ曲を、時空を超えて今自分が演奏することは最上の喜びだ。もちろんプロの演奏をじっくり聴くことも、この上ない喜びでもある。最近、年配の方々がバンド等を組んで盛んに演奏を楽しむことが増えてきているのは喜ばしいことだ。これが老若男女を問わず、バロック音楽にも浸透するのは何時の日か。。。いや、もう浸透し始めているのかも知れない。。。

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チェンバロ曲の可能性

2006年08月28日 | チェンバロ

 チェンバロは、ありとあらゆる(西洋)音律に手軽に調律することが出来る。ピアノも可能ではあるが、より専門的な技術が必要なので、素人がおいそれと調律するというわけには行かない。音律を簡単に、自由に設定できる楽器なんて、私が知っている限りでは、チェンバロにおいて他は無い。Vn族の弦楽器もフレットレスだから超絶技巧と地獄耳の持ち主なら不可能では無いかもしれないが。

 さて、この楽しいメリットを享受しないなんて、もったいない。私はC素人なので、あまり難しいことは考えずに音律と曲の組み合わせを楽しんでいる。日によって気分によって弾く音律を変えているのである。具体的には、今週はこの音律で、次週は別の音律でと週替え程度の周期で音律を替えて同じ曲を弾き回している感じである。

 音律が異なると、曲の雰囲気が微妙に変化して面白いのである。こんなことを専門家の方に聞かれたら、作曲家や作曲年代、調号などによってしかるべき音律があると叱責されてしまうかも知れない。(楽器も替えなきゃいけなくなる)とはいうものの、この曲は絶対にこの音律のために作曲されたなんてことは誰にも証明なんか出来ない昔のことだし。(証明できそうなのは、古くから残っている再現されたパイプオルガンの為の曲くらいかも知れない)

 ふと思ったのだが、いや、私が知らないだけかも知れないが、あまたある音律のなかから、例えばミーントーン音律を前提に書かれた現代音楽とかがあっても面白い世界が広がりそうな気がする。自分で作曲する力量など無いので、ただの戯言かも知れないが、ミーントーン音律の地に足が着いた古の音空間で、現代の新たなチェンバロ曲を聞いて見たいと思った。

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チェンバロの音表現

2006年08月26日 | チェンバロ

 チェンバロは良く、強弱がつかない楽器だと言われるが、そうではない。弾き方次第で様々な音の表現ができるのである。自分には技術的に到底無理で、そんな演奏はできない。要するにチェンバロの奥義を極めないと、そうやすやすと出来ることではないようだ。

 軽い音、重たい音、深い音、力強い音、しなやかな音、広がりのある音。。。。微妙なタッチの差でチェンバロの弦の振動と箱(胴体)の共鳴の協和によって様々な音が出る。直接手の爪で弦を弾き、音量や音色をコントロールするギターの発音原理を思い浮かべれば納得が行く。鍵盤の先にはプレクトラムと呼ばれる爪が付いていて、弦を弾くという意味ではギターと同じ発音原理なのである。鍵盤を通じて弦の感触を感じ取り、音をコントロールすることが出来るのである。

 残念なことに、CDなどでは、よほど良い録音でないと、この表現は再現されないようだ。チェンバロを知り尽くした録音エンジニアが必要なのかも知れない。これを弾きこなしている演奏家はどれほどいることか。もっと生のチェンバロの奏でる音に耳をそばだてて聴いてみて欲しいものだ。

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フーガの技法をさらった

2006年08月25日 | チェンバロ

 コントラプンクトゥス1をさらってみた。もちろんチェンバロで。調律は1/6。演奏すると、聴く以上に、すごいパワーを感じる曲だ。しかも聴くよりも数倍の集中力が必要で非常に疲れる。もちろん未だまともに弾けない。相当な難曲だ。でも上手く弾けたときには鳥肌が立ち、身震いが走る。練習頑張らなくては。

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