
全国の小さな映画館にて上映中のドキュメンタリー映画「人生フルーツ」。
どこの映画館も連日満員。
映画の最後は、
修一さんのプランを基に造られた療養施設を映し出す。
やがては雑木林になるであろう低い苗木の中にあるレーモンド・ハウス。
それは津端夫妻の住むあの家と同じもの。
療養する患者のケアには、土いじりと手作業場。
樹木と土と風の中にある施設。
年月が経つほど、どんどん良さが出てくる配置と建物の景観。
九州の佐賀に療養施設が完成したのは、
津端夫妻が<ふたりからひとり>になって8か月後。。
完成した施設には、英子さん一人。
ここで映画は終わった。
美しく正しい感じ…
これで終わりじゃないだろう?
映像では表せなかった修一さんの頑固さが気になった。
なぜなら
信念を死ぬまで持ち続けるには、揺るがない背景があるはずだから。。
もう一度映画を観ようと思った。
どこかにその片鱗があるはず、、
◇上機嫌な生き方。。◇
修一さんの命の遺伝子テロメアは、前触れもなく突然閉じた。
早朝の庭掃除で貧血を起こし、ベットで休んだままの出来事だった。
病院でチューブに繋がれることもなく、あっという間の散り方。
戦争という過酷な時代を生き延び、
趣味のヨットで何度も生死の境目を味わった。
その時に強く感じた死生観が、修一さんの心に刻まれていた。
英子さんの
「この先どうなるのか。。心配になる時ない?
私はあるわ。
そう思ったことない?」
修一さんの
『僕はないよ…』
と、きっぱり言い切った。
ノウカンなのかな…と思ったが、違った。
生死の境目で、いつも帰ってこれたのは
<あなたは死んではいけません>と仕向けられてる。。
そう感じ取った修一さんは、本の中でこう語っている。
『弱虫だけど、自信をもって生きられるようになった』
なるべく長く生きて、
次世代に託せるものを残そうとした。
それが
高蔵寺ニュータウンの一角の木々と豊かな土と生活スタイル。
誰にも知られず、コツコツとゆっくり40年。。
その不思議な妖精の生活は、少しづつ知れ渡るように。
ドキュメンタリーで放映され、とうとう映画に、、
修一さんの頑固なコツコツは種になった。
その種は映画を観た人たちに、撒かれた。
ワタシの中の
「正しく生きる事は、楽じゃないし得をしない…」の部分は、
正直に言えば、未だ揺らいでいる、、
が、種はもらった。
これをどう活かすか、ワタシの手の中にある。
そしてこの映画には、人それぞれの見方や感想はある。
家人の左大臣は
『何がイイのか、さっぱり分からん‼
恵まれた環境と続けられる資金があるじゃないか』
これも
実は間違ってない、、と思っているワタシもいる。
◇著書「ふたりからひとり」もう一つの上機嫌な生き方。。◇

英子さんがひとりになって二年近く。
テレビを見ることが多くなった。
今まで、修一さんに観ること良しとされなかった番組を観るように。
その中で<居酒屋に行ってみたい🎵>と思うようになった。
漬物も修一さんがそんなに好きじゃなかったため、食す機会がなかった。
今、全国の漬物が毎月届くようにした。
そして禁じていた外食も、
毎月娘さんたちが来ると、外の美味しいご飯を食べに行く。
ほとんど旅行をしなかった英子さんは、京都に行く計画も立てている。
そして今年の初め、<居酒屋に行く>が決行された。
女優樹木希林さんと!?
東海テレビで放映され、その後の企画で、
希林さんが英子さんの家を訪問する🎵も決行された。
残念ながら、動画はどこにもアップされてないため見れず、、
英子さんのひとり生活は、今までの作業に+アルファにチェンジ。
「人に頼らず、一人でした方がいい。
そうしてると、ナニカが見えてくるよ。。」
この修一さんの言葉が、時折、ワタシの頭の中をグルグル回る。
ワタシは、へなちょこの弱虫で、ある時まで誤魔化しながら生きてきた。
この言葉に、
心に空いた穴を少しづつ埋めてきた作業が浮かんだ。
このナニカは、
心が満ち足りること。。ではないかと確信している。
今回の帯表紙は<居酒屋女子会>のシーンデス🎵
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後編、楽しみにしていました。
やっぱり素敵な文章でした。
前編の無断コピペ、、、改めてお詫び申し上げます。
憧れはあるのですが、
人生はなかなか思うようにはいかないものです。
私もぜひ見てみたいです。
そして番組で話題にしたいです。
ちゃんとコメント入れさせていただいてた。
昨日も見つからなくて「美女と野獣」見てしまいました。
に上映に予定が出ていました。
おかげさまです。こうしてアップくださったので関心が持てました。
ありがとうございます。