主人公は老夫婦二人。
津端修一さん90歳、英子(ひでこ)さん87歳。
東海TVが2014年~2016年2月まで撮影。
修一さん英子さんの淡々とした何気ない日々の生活の記録。
この映画の経緯や詳細は知らなかったが、予告編を見た時、、
なぜか見逃したらいけない…気がした。
なぜ、こんな高齢で、、ほぼ自給自足の生活をしてるのか?
不思議でしょうがなかった。
そして、やっと観れた。
謎は、私の予感を軽く超えていた。
心に深く響く言葉と
ナニカの違和感
気持ち良さの裏側に張り付く?はナンダロウ。。。。
で
書きたい、、と思ったが
予想以上に困った…
◇マッカーサー上陸から 公団のエースの挫折◇
戦争中、修一さんは自らの命の選択として、
海軍の技術系見習いで飛行機の設計に携わる。
理由は、特攻で命を落とすことがないからだった。
入ってみると、そこは特権階級で、全てが特別待遇。
食料のない時でも、肉や卵が食べれた。
が、修一さんにはその特権が耐えられなかった。
当時、台湾から連れてこられた少年たちが一万人。
そこの責任者として少年らと寝食を共にすることを志願。
終戦まで厚木の高座海軍工廠にいた。
そして降り立ったマッカーサーを出迎えたのが、修一さんたちだった。
焼け野原になった日本には、先ず住宅を建てることが必要だった。
その思いから、
修一さんはアントニン・レーモンドの設計事務所に三年間。
そこで人に優しい住宅の根幹を学ぶ。
その後
日本住宅公団に入社、18の団地を手掛け公団のエースに。
伊勢湾台風により5千人の命が奪われる大災害が起きた。
水害に無力な低地から高台へ8万人が住む!
という新しい発想の構想が掲げられた。
そのマスタープランを作ったのが、修一さんだった。
名古屋郊外の<高蔵寺ニュータウン計画>
緑の木々に囲まれ、風の通り道のある理想郷…
だが構想は、高度成長期の波に阻まれる。
理想郷のはずが、
風も緑も地形も無視された箱が規則正しく並んでるだけ。
公団のエース修一さんの挫折は大きかった。
◇妖精二人が育てたキッチンガーデン。。◇
だが、修一さんの思いはここで止まらなかった。
一人一人が出来る事。
高蔵寺ニュータウンを雑木林の茂る町にする。
住人たちによる「どんぐり山作戦」など。
修一さん英子さんはニュータウンに300坪の土地を買い、
公団の退職金でアントニン・レーモンドの家を再現。
宮大工の手によって作られた家に住み始めた。
40年後
こんもりと緑の生い茂った緑の中に、夫婦二人。
毎日キッチンガーデンと呼ばれる広い庭に出て、
70種類の野菜と50種類の果物の世話をする。
二人とも起床時間はバラバラ。
行動も別々。
顔を合わせるのは、
朝食・10時のティータイム・ランチ・三時のティータイム・晩ご飯。
英子さんが頼み事があるときは、ボードに書いて置いておく。
それを修一さんがやっておいて、ボードに「出来ましたよ」と置いておく。
夫婦の面白い距離感が、妖精さんたちの会話のよう。
話す言葉の音も静かで綺麗。
とにかく不思議だった。
二人の間には、
泣いたり、わめいたり、怒鳴ったり、地団駄踏んだり、、
夫婦の修羅場が一度もなかった。。
いつもニコニコと、楽しい話ししかしない。。という。
↓キッチンガーデンのレイアウト
そして、
潔く、美しく、正しい生活。
次世代に残すのはお金ではなく、豊かな心と土地。
そのために健康で長生きしようね🎵と二人は誓った。
映画が進むにつれて、素敵だな。。と思う憧れと、、
強烈な枠を感じた。
それが何か分からず、三日後。
家人を伴って、もう一度観に行った。
つづくの
人気ブログランキング←ランキングに参加してます。応援クリックは励みになります(●´ω`●)
ありがとうございます🎵
もうニッ ^ ^ 度 時間を作って
映画館まで 足を運びたいです‥♪
みたいなー。
観てきて、感想も書いてみました。
そして、申し訳ありませんが、承諾もなしにリンクを貼らせて頂きました。
なにとぞ、よろしくお願いいたします。
この作品を教えて頂いて、ただただ感謝をしています。
途中を 見逃してしまって(^^;)
二度目で ちゃんと見れました
また 映画館まで
足を運びたいと おもいます