ガリバー通信

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言葉に誤魔化されるな

2014年06月10日 | 感じたこと
 いつのまにか当たり前の如く、自民党政府は「日米同盟」と語りだし、マスコミメディアも当然の如く、日米同盟を礎にと言っているのだが、私は戦後の生まれなのだが、「日米同盟」とやらが、締結されたという自覚は全くなく、1960年に日米安保と称する、ある種の軍事的約束が締結されたことは記憶にあるが、当時はこれを「日米安保」、すなわち「日米安全保障条約」とは表現されてはいたが、「日米同盟」なぞとはいわなんだ!!

70年安保と称された、日米安保の自動延長手続きを経て、1980年代後半の経済的好景気である「バブル時期」を終えたあたりから、やたら「日米同盟」たる述語が使われだして今に至っているというのが実感である。

 つまり、政府が意識的に使っているのか、それともメディアといわれるマスコミ、すなわちテレビ、新聞、雑誌が積極的に使用しているのかは定かではないが、国民を「日米同盟」たる呪文の様な言葉で「麻痺」させ様としているのではないかとさえ勘ぐってしまうほど、政府とメディアが結託して使用頻度を高めて、当たり前の如き「用語」としているとしか思えないのである。

 戦後70年にもなろうとしている我が国ニッポンは、太平洋戦争での敗戦国として、連合国軍の主でもあったアメリカ合衆国の言いなりの如き隷属的国家になろうとしているのではないはずなのに、いまだ米国の軍事基地が大手を振って本土はもとより、沖縄県には何と70パーセント以上の基地面積を占領されていて、いまだ治外法権の様な特別待遇、しかも「思いやり予算」などという多額な税金での助成を余儀なくされているという屈辱的関係から抜け出せない状態なのである。

 そんな状況下で、そもそも日本国憲法第九条では、陸海空軍、その他の軍備は保持しないと記してあるのに、「憲法解釈」とやらで、どうして自衛隊を容認する政府が、自民党を中心とした保守勢力だけでなく、村山富市社会党委員長が首相になった時には、当時の日本社会党までが、これを合憲としてしまったという歴史が今に及んでいるのである。

 安倍首相の再登板で、おなか具合が良くなったらしい首相は元気に、まずは「憲法改正!!」と語っていたのに、いちのまにか「集団的自衛権の行使」を内閣における解釈の変更と言う「ずるがしこい手立て」で無理押しして、世界へ自衛隊が米軍に協力して出て行く「屁理屈」を通そうとやっきになっているのが、ここ数ヶ月の政治の実態なのである。

 そもそも「憲法」は、国家権力そのものである政府、内閣、国会を監視監督し、一内閣や一首相の勝手な横暴、思い込み、思想信条での暴走をチェックし、国民の民意を聞いた上での「改正の手続き」は明記しているのだが、今回の安倍首相、自民党、そして公明党をはじめとした補完勢力は、一応の問題点を指摘したりはしているものの、追従する姿勢をあらわにしているとしか思えない集団と化していて、民主主義に反する、憲法解釈の変更と言う姑息な手段で、アメリカ追従型の「同盟国」としての面子を保とうとしているに過ぎないと断言する。

 安倍の語る「積極的平和主義」なる造語の「まやかし」も明らかであり、世界に名だたる平和憲法を保持しながら、その根幹である、「憲法第九条」を解釈などと言う、いい加減な手法で内閣の統一見解として公表し、誰のための集団的自衛権の行使なのかは明らかではあるが、国民の生命、財産を守るために必要なんだという「詭弁」を用いて断行しようとしている「大罪」は許し難い暴挙なのである。

 他にも、「新自由主義」とか、「グローバル化」など、政治や経済における指導的立場?にある専門家や担当者が「新語」を連発し、さも国民にも「当たり前」の時代が来たのだから、「遅れてはならない」とでも説得するがごとく、メディアを通じて「インプリント」させて、まるで、テレビCMが日夜放送されているうちに、美味しそうな食品や健康によさそうなサプリメントが売れて行く感じで、国民にいつのまにか浸透し、「イエスマン」とされて行く様な手法に乗せられてはいけない。

 「気をつけよう!甘い言葉と政治家の新語」というべき、集団的自衛権を振りかざす「積極的平和主義」 なる「まやかし」には断じて誤魔化されてはいけないのである。

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