今日まで、3回プロポーズというものをした経験がある
一回目は南千住のひとでちゃんと家族にも紹介した、2回目は浅草に住んでいるこで四万六千日の日に吾妻橋の上で…彼女は姉妹だけの家庭だったので姉の反対で終わった、3回目が今の妻で結局おだやかに(自分だけの感想かもしれないが)この歳まで来た
今の私が「死」に対してほぼ無感情になったのは最初の女性との関係だった
彼女とは10代後半から20代半ばまでの付き合いでけっして美人では無いけれど良い付き合いだったのだが…うちの家族に紹介して、なんとなく良い方向に行く様な感じがしていたのにある日突然「子供堕ろした」との告白をうけた
彼女なりの事情があったのだろうけれど自分が係わっている一人の命が、自分が知らないうちに召されてしまった…もしかしたらたいしたことの無い自分の人生で「一番のどん底」の気持ちを感じたときだったかもしれない
彼女の考えを思い巡らせても答えは出ない、すでに彼女の中で彼女の答えを出してしまったあとなのだ
当然の様に心のすれ違いが発生して彼女とのすべてが終わった
あぁ…自分とつながる命が自分の知らないうちに終わってしまうのか…生死って悲しみを伴わないまま過ぎて行ってしまうことがあるのか
もしかしたら勝手な気持ちだとは思わないでも無いけれど「死」って重要じゃ無いのか
実際、うまれたら死ぬんだと思うと割とどうでも良いことなのかもしれないと
だから、これからは生きている人が「こんな事してくれた?」って即物的に喜んでもらえる生き方にしようと思った
人が喜んでくれることが私のシアワセ…本当に小さいことしか出来ないけれど
「シアワセ」「ウレシイ」「オモシロイ」っていう反応がもらえたらその時だけ楽しければ良い…死ぬまでにね
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