経営戦略コンサルの洞窟

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批判より立て直し策を

2011-11-09 13:24:39 | Weblog
オリンパスの元社長ウッドフォード氏が社長に返り咲くことはまずないだろう。

社長に戻りたいのならば、今後の経営立て直しのビジョンを語るべきだ。

過去の膿を指摘して喜んでいるだけでは監査の仕事だ。

損失はすでに発生していてサンクコスト。

今後の立て直しこそが必要だ。

日本人的には訳の分からない外国人につべこべ批判されたくない気もするし。

アメリカだってエンロンなどで不正しているわけで日本特有の問題ではないだろう。

日本企業もアピールのために外人社長にするのは辞めるべきだ。

双方迷惑だろう。
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3 コメント

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bad leaders (noga)
2011-11-09 17:25:38
我が国には、初等教育はあっても、英米流の高等教育はない。
だから、日本人は、「下士官兵は優秀、下級将校は普通、上級幹部は愚劣」の状態になっている。
目先・手先の問題は器用にこなすが、個人の世界観に基づいた国家百年の計は立てられない。

日本人には意思がない。
だから、意思決定ができない。
神の意思による災害は天災、人の意思によるものは人災。
意思という概念がなければ、天災と人災の区別も定かではない。
人の行動を納得できるものに改めることも容易ではない。

指導力は、指導者の社会意思の決定力である。
意思そのものがなければ、社会問題は指導者による解決を見ない。
「首相はオーケストラの指揮者だが、誰も指揮者を見ていない」ということは、一個人の意思に構成員が意識を集中できないことを意味している。
問題を解決する能力のない人たちが、事態を台無しにする力だけを持っている。だから、日本人の世の中は難しい。
問題を解決しようとしても、先送りと積み残しに終始する。なりゆき任せになる。
「そのうち、何とかなるだろう」ということか。

未来の内容が定かに考えられないと、起こる事態は想定外のことばかり。
目の前に事態が現われてからでは、その対策は後手後手に回る。
未来のことは、未来時制の構文の中で述べられる。
日本語には時制がないので、未来時制もない。
だから、その計画も場当たり的というか、行き当たりばったりになる。主体性がない。

日本人は、拙速主義である。場当たり的なトントン葺きの家づくりが得意である。
大ブタさんのわらの家をつくる。災害に強い小ブタさんのような煉瓦の家は作らない。
作る暇などないからである。
日本人は、過去と未来に挟まれたごく狭い時空の中で、あくせくと現実生活にのみ専心している。
精神を集中すると、その刹那も永遠のように見えてくる。
前後の見定めのない自分の話が永遠の真理を話しているような気持ちになるところが不思議なところである。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
Unknown (あ)
2011-11-11 23:28:58
ウッドフォードさんは生え抜きの社員で、訳の分からない外国人ってわけじゃないみたいですよ
立て直しとういか (主婦)
2011-11-17 01:01:39
敗戦処理のために大株主外人含むが彼の社長復帰を希望するコメントをメディアに出したとおもいます.目下しなくてはいけないのはまず会社の財務を適正に開示しなければいけず(12月までに)万が一には適正額にのれんを修正したら債務超過かもしれない.そしたら恐らく優良事業は売却して倒産も最悪あるんじゃないでしょうか。何もかもクリーンに出してもらわないと株主側も訴えるにも損失の計算ができないわけで,そういう意味でもクレディビリティのある社長が望ましい、ということでは.今の人は旧経営陣にアポイントされてるので。
事業の立て直しはそれが終わってから他の方に任せるということが腑に落ます

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