「あなたは何のために会社を経営しているのか?」。なんとなくなら、どんな「社長」でも経営できる。「管理者」の延長線上に「経営者」がいる訳ではありません。
企業再建という、これまでの経営の常識が通じないなかでは、「目的」と「使命」といった支えを強く持つ「経営者」でなければ、会社は存在すらおぼつかなくなる。
■目的感、使命感はどうやって持つのか
─── 会社再建を成功させるには、絶対に再建を成功させるのだという強い決意が必要だ。それは、何のために再建するのか、何のためにこの仕事をしているのかという目的感、使命感に裏づけられたものでなければならない。
当たり前のことですが、再建にかぎらず、どんな仕事をするときも、目的感、使命感をしっかり持っていないと、最後まで頑張り抜くパワーは生まれません。
しかし二代目社長や、親会社から天下りで来た出向社長などのなかには、これを持っていない人が少なからずいます。
創業者の息子だからという理由で、苦労もなく、御輿の上に乗せてもらった二代目社長。会社からの突然の人事異動に驚き、出向を左遷という意識で受け止め、やがて帰る親会社があると腰掛け意識の出向社長。経営者は、管理者の延長線上にいるわけではありません。
こういう社長は概して、回収が甘い、仕入先にいい顔をする、お客さまには冷たい、部下にきつく当たるという傾向があります。
企業の多くをダメにしているのは、こういう二代目社長・出向社長です。
社長には誰でもなれます。が、誰もが経営者になれるわけではないのです。
では、目的感、使命感はどうやって持つのか、どうやったら持てるのか。
実は動機づけするための理由は何でもいいのです。「ご先祖様の顔に泥を塗っては申し訳ない」でもいいですし、「社会のために」「家族のために」とか、「街の経済を支えなければ」という思いでもいい。
ただ、自分が儲けるために頑張ろうといったものは駄目です。
自分のためだと、うまく行かないことが何度か続くと、「まあ、いいか」と簡単に諦めてしまいやすいからです。自分以外のもののために一所懸命頑張ろうと思えるものを見つけられれば、それが動機になります。
ある駅伝選手が「いちばんしんどいときに何を考えた?」と質問されたとき、こんなことを言っていました。
「ゴールまであと何キロだから頑張るのではない。走るのをやめると、一緒に苦しい練習をしてきたチームの仲間に迷惑をかけるから、走るのだ」
自分一人のことしか考えていないときには、100%の力しか出せない。でも他人の思いを背負うと100%以上の力が出せます。
■社長は自ら置かれた立場を十分認識すること。
ーーー会社再建とは、会社を替えること。変革には反撃、思いもしないところからの攻撃、誹謗中傷がつきものだ。どんな問題、アクシデントがあっても、必要とあれば裸にもなれる、馬鹿にもなれる心の強さが必要だ。
私をCEO・代表取締役副社長として招いた信州硝子の四代目社長は、創業者の末子でした。なぜ経営再建を外部の人材に託したのか、その思いを直接聞いたことはありません。が、何かの折に、「私には企業経営の知識、経験がありませんから」と話されたことを記憶しています。自分のことを率直に見つめ、それを恥ずかしがらずに正直に話ができる方なんだと思ったことを覚えています。
新たに就任した社長は創業者の末子とはいえ、4人姉弟の中の唯一の男子でした。そのせいか、長野市内で85年も続いた名門企業を潰してはならない、従業員を路頭に迷わせてはならないという意識を強烈に持っていたようです。
プライドばかり高い御曹司だと、会社が倒産の危機に瀕していようと、「俺が、俺が」となり、結果、潰してしまうところです。
が、社長はそうした性格とは正反対の方でした。自分の置かれた立場を十分に認識し、恥を忍んで、裸になって、主力の仕入メーカーに、経営のわかる人材を紹介してほしいと頭を下げられた。
信州硝子を絶対に潰さないという目的感、使命感があったからこそできたことでしょう。
■孟子の『五知』が教えてくれる、目的感、使命感
─── 私にとって、信州硝子を再建させるという使命感を持つ動機づけとなったのは、大学を出て就職してから約40年間世話になった、親会社に対する「恩返し」の気持ちだった。
私が信州硝子の再建請負人として親会社から声をかけていただいたのは、ちょうど株式会社ひたち硝子の社長を退き、現役からリタイアするつもりでいたときでした。サラリーマン生活の総仕上げの場を提供していただいたわけであり、これは恩返ししなければと奮い立ちました。
長野県市場で大きな市場シェアーを持っている老舗問屋が経営危機に直面しており、そこが再生(リ・バース=生まれ変わる)することは、メーカーにとってもうれしいことです。
私はサラリーマン時代、営業マンとして全国の販売店や問屋を見て歩いていましたので、46歳で本社を離れて、はじめて販売子会社に出向したときも、左遷されたとは思いもしませんでした。それぞれに問題を抱える子会社、関連会社を立て直すことに強い目的感、使命感を持って赴任していきました。
長野に赴く際、経営者が集まる倫理法人会という勉強会で学んだ孟子の『五知』の教えを心のなかで反芻しました。
経営者など上に立つ者は「命を知る、難を知る、時を知る、足るを知る、退を知る」の5つを知らなければならないという教えです。
五知の意味を簡単に説明すると──、
「命を知る」… 自分に与えられた立場、使命を深く知り、今やるべきことに力を抜かずぶつかっていく。
「難を知る」… 困難にぶつかったら冷静に対応し、目先の現象に振り回されたり、バタバタせず、軸足をぶれさせない。自分の能力以上の困難は与えられない。打つ手は無限、解決できないものはない。
「時を知る」… 一刻でも早くと考えてしまうが、相手のある仕事には、待つことも必要。事を進めるには、何ごとも最高のタイミングがある。まわりからのよいアドバイスがある。
「足るを知る」… 私利私欲を一切持たず、ひとつのことに執着しないで、現状に満足、肯定的人生を送る。
「退を知る」… 引くタイミング、状況をいかに美しく、よいものにするか。
───となります。
このなかで「命を知る」とは、まさに目的感、使命感を持つということです。 私は「命を知る」を常に意識するとともに、いかによい状況にして退任の時期を迎えるかという、「退を知る」を意識して仕事をしました。
率先垂範が社員の意識と行動を変える。これは、どん底にあえぐ再建企業ほど徹しなければならない。全社員の意志の力が会社を再生させるのだ。社長はなにが起こってもぶれることのない、カリスマ的存在となることを追求したい。
■経営者のカリスマ性とは社員の不平不満を鎮める力
─── 経営者が引き続き指揮を執るにせよ、再建請負人が経営にあたるにせよ、経営再建を目指す企業の経営者はカリスマ性を持たなければならない。会社のため、社員のためと言っても、厳しい再建策は言葉だけでは受け入れられず、社員は動かない。社員に疎まれ、恨まれるだけで、改革は挫折する。
経営者のカリスマ性というと、京セラの稲盛和夫名誉会長のような超一流経営者だけが持つものと思われるかもしれません。が、そんなことはありません。
カリスマの語源は、ギリシア語の「神の恵み(カリス)」です。最初にカリスマを使ったのは、ドイツの社会学者マックス・ウェーバー(1864~1920)。彼は人間を支配する権威の類型は3つあり、1つは伝統の権威、2つめは合法の権威、3つめはカリスマだと言った。つまりカリスマは、権威というわけです。
権威は人を従わせる。人は権威に従う。辞書を引くとカリスマとは、自然に人々の心をつかみ、人々に影響を与える能力だと説明しています。
経営者にとってのカリスマ的支配とは、社員の不平不満を鎮める力。要は、言うことを信用して、行動に移らせる力です。口先で「ああしろ」「こうしろ」と指示するだけでは、すぐに「何だ、言うだけか」「自分は何もやらないのか」と見透かされ、言うことを聞かずに勝手なことをし出しかねません。
カリスマは生まれつきのものではなく、実践から学び身につけるものです。誰でもカリスマになれます。
経営者が普段の活動の中でカリスマ性を身につけるには、次の4つの行いのうちのいくつかを実践することが近道でしょう。
第1は「軸足が定まっている」こと。
価値判断の基準・原則を決め、個々の現象に振り回されず、ブレないことです。
倒産の危機に瀕した会社には、さまざまなことが起こります。クレーム、風評、取引停止、社内反乱……。
そうした一つひとつの事柄に振り回され、経営者がここではこう言い、あそこではああ言ったなどとなっては、社内、取引先を問わず混乱し、足もとを見られ、つけ込まれます。
決めた基準に照らして、どんなことにもブレのない、的確な反応をしなければいけません。
会社再生という目的意識を強く持ち、軸足が定まっていれば、体面など気にならなくなります。軸足が定まっていれば、社内の対立意見を“抵抗勢力”と決めつけて排除することなく、歓迎できるでしょう。
仮に本当の抵抗勢力だとしても、会社を何とかしたい、社員の生活を何とかしたいという気持ちが見えるなら、少なくとも意見を聞くだけは聞いたほうがいいでしょう。得てして改革スピードが速すぎて、社員が誰もついて来られないなどといったことを、こういう人が教えてくれることもあります。
■社員への責任追及だけではいつか誰もいなくなる
─── カリスマ性を身にまとう第2の方法は、「過去に解決できなかった難題を解決する」こと。難題解決といっても、さほど難しいことではない。たとえば先送りされてきた不良債権問題。焦げ付きの責任は経営者にあると考え、率先して処理にあたれば事は意外に簡単に動く。
第2は「過去に解決できなかった難題を解決する」こと。
問題が起こると担当者の責任を追及して懲罰を与え、問題の解決そのものは担当者任せにしたままという企業が多いと思います。
私も、1997年にひたち硝子の社長に就いた当初はそうでした。焦げ付きを出した担当者、支店長、そして私の給料を2ヵ月間減給の懲戒処分をして、済んだ気になりました。後の処理は支店長や担当者に任せていました。不正販売をしたため、焦げ付きを発生させた社員を解雇したこともあります。
しかし、あるとき、ふと気づきました。「こんなことをしていたら、いつか社員が誰もいなくなる」と。
担当者の責任を追及してばかりいても問題は解決しません。焦げ付きの責任は社員ではなく経営者にあると考えて、直接、私が処理にあたることにしました。
債権回収方法は得意先の状況に応じて細かく分けました。分割払いや手形ジャンプで回収。下請け手間代から相殺して回収。訴訟を起こし法的手続によって回収。根抵当権を設定した不動産の任意売却によって回収。連帯保証人から回収……。
こうしてひたち硝子では、98年に20社約2億円あった不良債権を、02年には5社1500万円にまで減らすことができました。債権回収によって、銀行借入ができない状況下で、1億円以上のキャッシュフロー改善を果たしたのです。
どの回収策を採るかは最終的にはトップが決断することです。社長でもむずかしいことを支店長や部長に責任をもってやれといっても、50~60人規模の会社ではできる人材がいません。
先送りされている不良債権の処理は嫌で億劫な課題ですが、決定権限のある経営者自ら対峙すれば、問題は解決します。
■経営者のマイナスパワーは社員に感染する
───第3は、疲れた顔を社員に見せないこと。体調が悪いとき、風邪を引いたとき、弱気になったときも、疲れた顔、曇った表情は絶対に見せてはいけない。
「元気」は感染します。元気な人といるとウキウキしますが、暗い人といると気分が暗くなります。不景気な人がいると、こちらも不景気な気分になります。
経営者のマイナスパワーは、社員に感染します。いつも疲れた表情、眉間にシワを浮かべた顔をしていると、社員は「うちは大丈夫だろうか」と心配になり、負のオーラがうつってしまいます。
したがって、カリスマ性を持つ第3は、「疲れた顔を社員に見せない」こと。
心配事があれば、人間どうしても顔に出るものです。が、企業再建に取り組む経営者であれば、絶対に表情に出してはいけない。出さない努力をすることが大事です。風邪を引いても、引いたとは言わない。熱が出ていても何気ない顔で過ごすことが大切です。
社員に疲れた顔を見せないために、普段から心がけておくべきなのが夫婦円満でいることでしょう。家庭円満が明るいパワーの源泉です。
第4の方法は「日々の実践」です。
挨拶、返事、後始末、さらに清掃、時間厳守など、社員に教育していること、日々言っていることを、経営者自らが謙虚に率先垂範することです。
経営者のほうから社員に「おはよう」と声を掛ける、ゴミを拾う。こんなことを日々実践するだけで社員は、「ただ口で言うだけでなく、行動がともなう経営者だ」と感じ、より強い連帯感が生まれます。
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カリスマ性をまとうためのこれら4つの事柄のうち、ひとつでも結構です、徹底してやってください。そうすれば社員は必ずついてきます。
口先だけでは社員は動きません。
退職を考え辞めたいと申し出てきた社員を慰留してはいけない。その社員は、慰留されたことで従来のやり方でかまわないと勘違いし、「一丸となって再建しよう」というまわりの戦う姿勢についていけなくなる。「企業は人なり」。ベテラン社員であっても「人罪」であれば、そのまま居座らせてはいけないのだ。
■改革を遅らせるガンを放置してはならない
─── 会社再建に向け、給与カットなどの厳しい策を打ち出すと、「辞めたい」と言ってくる社員が必ず出てくる。そうした社員には、ベテラン社員が含まれるケースが少なくない。だが、退職希望が出されたら、誰であれ喜んで受けるべきだ。
辞めたいと申し出てきた社員を慰留すると、本人が意図していなくても、いずれその社員は改革を妨害する勢力になり、改革を遅らせるガンになります。会社再建は、病気の原因をすべて取り除くことから始まるのです。
仮に慰留に成功したとすると、その社員は「今まで通りやっていればいいんだな」と思います。それでなくても自分は優秀だという自負がありますから、仕事のやり方、信念を変えようとしないものです。
会社が生まれ変わろうとするなか、今まで通りのペースで仕事をし、既得権を守ろうとすれば、当然、周囲とぶつかります。
しかも、意識改革した他の社員に比べて、見劣りする成果しか挙げられなくなります。すると言い訳や、不平不満が多くなる。
そして他の社員に、やる気をそぐようなグチを言うようになります。腐ったミカンが一つでもあると、周囲のミカンも腐っていきます。よい組織はできません。
ひたち硝子時代、希望退職を募ったところ、古参の営業担当者が手を挙げました。
私は、得意先を熟知している彼がいなくなっては再建などままならないと思い、慰留しました。が、周囲がぬるま湯から脱して戦闘集団に変わったのに、彼だけがマイペースのまま。注意しても一向に変わらない。それどころか同僚や部下に、「どうせこんな会社……」といった誹謗まじりのグチを言い出す始末でした。
そこで今度はこちらから辞めさせようとしたのですが、彼も会社が再建軌道に乗ったことがわかっているだけに、なかなか辞めると言わず苦労しました。
辞めると言ってきたときに、辞めさせるべきだったと反省しました。
■人罪を人材に入れ替え、つねに新陳代謝をはかる
─── ダーウィンの『進化論』の中に次の一文がある。「強いものが生き残るのではない。優れたものが生き残るのではない。環境に適応したものだけが生き残るのである」。これは生物の進化だけでなく、会社にも個人にも言えることだ。
会社の空気、企業風土が変わると、会社に馴染めなくなる人が出てきます。
業績不振の会社には、ぬるま湯的でたるんだ雰囲気が漂い、個人プレーが横行し、物事が惰性で動く傾向があります。それが業績がよくなり成長軌道に乗ると、ピリッとした心地よい緊張感が漂うようになります。会社が変わると、知識力や技術力が多少あっても、空気の変化に適応しようという意識がないと、淘汰されていきます。
よく人材は「人財」20%、「人在」60%、「人罪」20%で分布すると言います。が、はじめから人罪の人はいません。しだいにお局様化し、老害をまき散らし、人罪になっていくのです。
彼らにはいくつかの特徴があります。
まず、今までのやり方が一番いいと思い込み、自分のやり方に固執して他人の意見を聞かず、やり方を改善、工夫しようとしない。
仕事が増えて自分や部下のキャパシティを超えるのが不安になり、新しいことにチャレンジしようとしないのもお局様化の特徴の一つです。
また、仕事を抱え込んで他人に渡さない。仕事は完璧にこなし、責任感も強いのですが、部下を指導したり、部下に任せることが苦手で、その結果、仕事を山のように抱え込み、肝心のことがおろそかになる。
企業は人なり、です。人罪はどんどん新しい人材に入れ替えなければいけません。再建中の会社は、人罪が定年退職していくのを待つ時間的ゆとりがありませんから、給与体系を実力主義、成果主義に改めるほか、苦しくとも新人の採用を続け、新陳代謝をはかる必要があります。
森林の再生には普通、何百年という歳月を要します。が、横浜国立大学の宮脇昭名誉教授が提唱する森づくりは、わずか20年で森をよみがえらせると言います。
その要諦は次の3点です。
・その土地にあった樹を植えること(適材適所)
・主木を取り違えないこと(正しいリーダーを据える)
・混植して、混ぜる、混ぜる、混ぜる(競り合いながら成長させる)
組織のあり方に実によく似ています。
■いまこそ、内部改革の好機、危機感を失うな
───「城は内から崩れる」の言葉があるように、企業の業績不振の原因もすべて内にある。携わる社員が腐っているか、光っているかの差が大きい。
不況時は、内部改革の好機です。
好況時は経営者も社員もつい有頂天になり、危機感を失い、現状にあぐらをかき、気づいたら破綻の道へということが多々あります。逆に言えば、経営者は景気がよい時期ほど気を引き締めることが必要ということにもなります。
給与制度、評価制度、人事組織の見直しなどを行うのに、不況時ほど適した時期はありません。
辞めたいと手を挙げる社員はどんどん辞めてもらって結構ですが、不況時は他社に転職することがむずかしい時期でもあります。ショック療法を実行しても、多くの社員が必死になってついてきてくれます。それによって「人罪」も意識改革して「人在」「人財」へと変わっていき、一人ひとりが光り出します。
まさに、いまこそが内部改革の好機です。
*
9回にわたって会社再建の要諦を述べさせていただきましたが、改革は当然ながら経営者にも社員にも、痛みを伴うものです。しかし私は、経営の原点は、社員にとって楽しい会社であることだと考えています。
どんなに経営が苦しいときでも、厳しい再建策を実施しているときでも、社員がうきうきして出社してくる会社を目指していただきたい。それには、近い将来のビジョンを明確に打ち出し、その可能性を確信的に明快に語り続け、社員に希望と安心を与えることです。そう信じています。
(連載完)