
・そこへまた電話、
誰かと思えばこれは、
「ご寮人さんでっか、
お政でござりま
お暑うございますなあ、
お元気でお変りも無う、
おいでだすか」
とのんびりしたお政どんの声、
思いついた折々に、
見舞いの電話をくれる
あれこれしゃべって、
ついでに私は、
「さっきから嫁らがうるそうて、
かないまへんのや、
あの戸板商事に引っかけられなんだか、
いうてなあ」
「ほっほっほ
ご寮人さんにそんなこと、
おありになるはずおまへんがな
いえ、ワテらみたいに、
だまされるような財産もないためと違うて、
ご寮人さんには欲がおありや、
おまへんよってに
・・・またたとい、
引っかかりはりましても、
それは厄落とし、
いうもんでござりま
厄払うてとうない、
長生きしやはりまっしゃろ
ほっほっほ」
お政どんは放胆なことをいって、
電話を切る
それで私ものんびりした心持
次にかかった電話は次男である
「ワシや」
というのを聞いたとたん、
私はガミガミいわれるのかと思ったが、
奇妙にも猫なで声で、
「あのなあ、お母ちゃん」
という
というがこの息子、もう五十になる
鉄鋼会社の部長である
「怒らへんさかい、言いいな」
「何をですねん」
「何ぼ損したか、ちゅうとんねん」
「何を」
「何を、て戸板商事に、
何ぼ持っていかれた、
ちゅうて聞いとんねん、
そら、言いにくいやろけど、
ワシ、按配するさかい、
言いいな」
「私ゃ何も・・・」
「そんなこっちゃないか、思てん!」
次男はやにわにたけり狂って怒号する
「かねがね、
思っとったんや、
トシヨリが金握ってたら危ない、て
そやさかい、
ワシ、管理するする、する、
いうてんのに
お母ちゃん、聞けへんのやないか!
みい、ワシに預けとったら、
そんなことさせへんかったのに」
「ちょっと待ちなさい
落ち着いて」
「これが落ち着いていられるかい
今晩行くさかいな」
「来んでもよろし、
私ゃ何も損してないのやから」
「内緒にしたい気持ちはわかるけど、
それではすまん
兄貴とこへもいうとく
いま九州へ出張しとるそうやけど、
連絡しときまっさ」
私が答えるひまもなく、
電話を切ってしまう
受話器を置くなり、
三男の嫁がかけてくる
「お姑さんのマンションは、
借りていらしたんですか?」
「買うてます」
「あらよかった、
じゃ、そのマンションだけでも、
資産に残りますわね」
次は次男の嫁
「お姑さん、
お着物何枚お持ちでした?」
「それが道子さん、
穴埋めに売り払うて、
いま、箪笥空っぽですよ・・・」
どた~んと電話の向こうで音がした
嫁はぶっ倒れて悶絶したようであった
この騒ぎは長男が出張から帰って、
とっとこ私のところへやってきて、
ケリがついた
長男は安堵のあまりがっくりしていた
「お母ちゃんも人騒がせな」
「冗談ですがな
冗談やいうてんのに、
須美子さんも道子さんも、
すぐ本気にするからや」
「冗談いうようなトシでっか
トシヨリが冗談いうて、
ええ思てはりまんのんか」
「へ~え
トシヨリは冗談もいうたら、
あきまへんのか、
いつもいうてるこっちゃないかいな」
全くこんな連中にかかったら、
ユーモアも冗談も通じない
「そら冗談いうのやない、
悪ふざけ、いうもんや
仕事ほったらかして、
途中で飛んで帰ってえらい目に遭うた」
「別に帰って来んでもええのに」
「これがほっとかれまっかいな」
「私のおカネやないかいな
すろうと、だまされようろ、
勝手やがな」
「そんなわけにはいきまへん
別にワシはお母ちゃんの金、
欲し、いうのやない
ないけどすってしまうのん、
見てられまへん
皆に騒がしてすまなんだ、
て、あやまってくれやっしゃ」
「あほらし」
「あほらして、
皆心配しましたやないか」
「すまなんだいうくらいなら、
はじめからいえへん」
「とにかく、
いうときまっけど、
トシヨリは悪ふざけしたら、
あきまへん
トシヨリに冗談や嘘は似合いまへんのや
豊中の嫁はんなんか、
お母ちゃんが皆売り払た、
いうのん聞いて、
ぶっ倒れて脳震盪起こしたらしおまっせ」
「欲の皮がつっぱってるわりに、
ヤワな体やこと」
私はもう少し、
悪ふざけを延長しておけばよかった、
と残念であった
私がスッテンテンになったと知ったら、
皆、バッタリと来なくなるであろうし、
せいせいしたであろうに
「今後とも、
けったいなセールスマンには、
よう、よう、気ぃつけとくなはれ」
長男は最後まで、
マジに釘をさして帰っていった
それやこれやで、
一日終わってしまった
全く勿体ない、
時間の浪費であった
私はこのごろ、
一日一日がとても貴重に思える
あとどのくらい生きられるかは、
モヤモヤさんに任せなければならない
それだけになお、
一日一日が貴重で嬉しくてならない
このあいだ新聞で知ったが、
九十八の老婦人が、
九十二ではじめた短歌をまとめて、
「白寿の春」という歌集を出されたそうである
下関の人で、
こちらの公民館でも紹介されていたので、
私も早速申しこんだ
九十二で短歌を始められたというところが、
嬉しいではないか
歌集が届いたので、
お写真を見るとすがすがしい微笑を、
浮かべられた熟年婦人である
<夏に入り始めて聞ける蝉の声
今年も生きて半ば過ごせる>
<パンジーの種を貰いて鉢に撒く
花咲く春に逢うやもしれぬ>
<冷ゆる朝白き蝶々庭を飛ぶ
いつまで生きるわれの命か>
<ハンガーに吊るせし衣服次々に着て
今生の別れを惜しむ>
<うつし世を離れて逝く日近ければ
吾にもあらず名残は尽きじ>

(次回へ)






