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「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

20、玉蔓 ⑦

2023年12月06日 09時30分38秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・右近は源氏の私邸、六条院へ出仕した。

源氏にこのたびのめぐり合いを、
そっと耳に入れたいと思って、
急いだ。

門に車を乗り入れると、
六条院のさまは外の世界とかけ離れていた。

広々とした中庭、
うち続く見事な建物、
その中を人々は行き交って、
混雑している。

権門の家の華やかな活気がみちて、
右近はまばゆい気がする。

その夜は御前にも出ず、
自分の部屋で右近は物思いしながら、
休んでいた。

翌日になって、
紫の上から、

「右近が帰っているの?
顔をお見せなさい」

とお召しがきた。

昨夜、里下りから戻った女房は、
たくさんいたのに、
特に右近を選んで召されたので、
右近は面目に思った。

参上すると源氏もいた。

「右近、
なぜそんなに長く里下りしていた。
ひとり者がおかしいではないか。
何か面白いことがあったのだろう?」

と、いつものように、
こちらを困らせる冗談をいう。

「七日のお休みを頂いたのでございますが、
私などに、
なんの面白いことがございましょう。
でも、初瀬の山で、
思いがけぬ方にお会いいたしました」

「誰だね、それは」

源氏は尋ねたが、
右近は口をつぐんだ。

ここで姫君の話をするのは不用意であった。

紫の上はそのいきさつを知らぬはずである。

姫君のことをいうとなれば、
その昔の、
源氏と夕顔の恋から始めなければならぬ。

(源氏の大臣のお耳に、
そっと申し上げるにしても、
あとで紫の上がお聞きになれば、
私が隠し隔てをしたと、
お思いになるかもしれない)

慎重で考え深い右近は、
そんな懸念をして、

「そのうちに申し上げます」

といってるうちに、
他の女房たちが参上したので、
そのままになった。

灯が入った。

源氏と紫の上が並んでいるさまは、
みとれるばかりだった。

紫の上は二十七、八の女盛りの美しさ。

かの姫君を、
ほんとうにめでたいご器量と思ったが、
やはり、紫の上の方が格別にすぐれていらっしゃる。

(紫の上のお美しさは、
源氏の大臣のゆたかなご愛情で、
花開かれたに違いない)

と右近は思ったりする。

源氏は今は太政大臣だが、
公務も多忙というわけではないので、
気楽な日常である。

冗談も気軽にいい、
人々の応酬や反応を源氏は楽しむ。

そういう中年男の源氏にとって、
手応えがあって面白いのは、
やはり若い女より、
右近のような中年女である。

「さっきの話だが、
会ったというのは誰だね?
尊い坊さんでも口説いて、
駆け落ちしたのかね?」

などと源氏は冗談をいう。

「まあ、人聞きの悪いことを仰せられます。
まじめな話でございます。
あの・・・
はかなく世を去られた夕顔の君の忘れ形見の方に、
めぐりあったのでございます」

源氏は驚いて、

「どこにいたのだ」

と聞いた。

右近はあまり率直にいうのも、
人の耳もあることではあり、
姫君のためにも、
と考えて、

「都はなれた、
さびしい山里にお住みでございました。
昔の人たちも変らずお側に仕えておりました。
あの頃の思い出話をして、
悲しゅうございました」

などと話した。

「よし、わかった。
この話はそこまでだ。
事情をご存じない方もいらっしゃるからね」

隠すように源氏がいうと、
紫の上は、

「わたくしのことならご遠慮なく」

と袖で耳をおおった。

「どんな方だった?
昔の夕顔に劣らぬくらいかな」

源氏は聞かずにいられない。

「この上なくお美しくて、
亡き御方よりもすぐれていらっしゃいました」

源氏は後で右近一人を呼んで、
くわしく話を聞いた。
そして、

「姫君をここへ移そう」

といった。

「やっと見つかったのが、
何とも嬉しい。
居所がわかった上は早く会いたい。
父君の内大臣に知らせる必要はない。
大勢の子たちがいてにぎやかにしていられる中へ、
今から入るのは、
気苦労も多いだろう。
それより私のもとへ引き取られる方が、
ずっと姫君は幸福だ。
私はこのように子供が少なくて淋しいから、
思いもかけぬ所から娘を探し出した、
というように世間にはいいつくろおう。
大切に育ててみたい」

などと話し、
右近は姫君のために嬉しく、

「殿のお計らいにお任せいたします。
内大臣さまにお知らせ申すにしても、
殿のほかのどなたかが、
お耳に入れて下さいましょう。
はかなくみまかられた亡き御方の代りに、
姫君をお幸せにしてあげて下さいまし」

源氏は姫君に、
手紙を出したいと思った。

源氏は夕顔の娘について、
期待と不安が半々だった。

夕顔に似ていれば美人だろうが、
筑紫のような田舎で育って、
無教養で風情のない田舎娘になってはいないか、
との恐れもあった。

あの末摘花のこともあるから。

あの姫君の、
高貴な身分と由緒ありげな荒廃した邸の、
趣に心そそられて、
わがものにしてみたものの、
よく知ってみれば、
姫君は情緒に乏しく、
がっかりさせられた、
苦い経験がある。

手紙の返事を見て、
どの程度の人となりか、
まず知りたいと源氏は思うのだった。

右近がそれを持って、
姫君の宿へ行き、
自分も口を添えて、
源氏の意向を伝えた。






          


(次回へ)

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