
・そろそろ年末が近づき、
お習字教室のしめくくりやら、
正月支度で忙しい思いをした矢先、
おトキどんから電話がかかった
この子はもう一人のお政どんと共に、
戦前、船場のわが家で働いてくれた、
上女中の一人である
今も正月には集まってくれる
戦前の船場の商家では、
もとの奉公人や別家はんが、
挨拶に集まるのは、
十二月十三日の事始めの日であった
いまはそんな習わしも消滅し、
元日に集まる
「娘がややこ生みまんので、
これから東京へ手伝いに、
いかんなりまへん
お正月のお年始には、
よう参じまへんけど、
年開けて七日ごろに帰りますよって、
そのころ上がらせて頂きます」
「七草粥のころやな」
「まことに申し訳ごあへん」
おトキどんが来ぬのでは、
正月はお政どんだけかいな
前沢番頭は死んでしまうし、
年々寄る人は少のうなってゆく
そう思っていたら、
二、三日してまるで申し合わせたように、
お政どんの電話がかかる
息子夫婦に連れられ、
年末年始は暖かい九州の指宿の温泉で、
越年するというのである
「ワテはそんなとこへ行くより、
一人のんびり留守番して、
ご寮人さんへお年賀によせて頂くほうが、
ずっとよろしゅうごあんのやけど、
息子らがどうしてもいこ、いこ、
いいまして」
お政どんのその口ぶりは、
ずっと嬉しそうであった
「ワテ、飛行機もはじめて乗るので、
ごあんがな
ちょっと心配でそれだけが怖うて」
「まあ、結構やないかいな」
「戻りましたら寄せて参じます」
そうか、
お政どんも来えへんのか
すると例年のお正月の、
お節のお重も準備しなくていいであろう
お政どんらの来るのを心の張りにして、
ついつい例年、作り続けてきた
しかし西条サナエも来る
これは年末の手伝いに来てくれて、
いつも正月の二日か三日に、
いそいそとやってくる
いそいそといってもこの女、
長年のくせで眉間にたて皺を刻み、
陰気で頂けないのであるが・・・
そう思っていると、
サナエから電話があった
「奥さま、
しばらくご無沙汰しております」
と意外に明るい声
この女、電話まで陰々滅々であるのだが、
今日はいやに歯切れがいい
もともとサナエは、
うちの商店に事務員として働いていた頃は、
テキパキと有能な女の子であった
ハイミスを通し、
お茶お花の先生として六十を超えると、
次第に暗くなってきたのは情けない
それが今日はやけに朗らかなのだ
サナエは変なものを信ずる女で、
水子霊などを信仰し、
これをよく拝むと、
脱争(ケンカしなくなる)
脱病(病気を免れる)
脱貧(貧乏から抜け出せる)
の功徳を得るというのであるが、
もしかすると、
脱暗というか、
陰気くささがなくなるという、
功徳もあるのかもしれぬ
もしそうなら、
結構なことである
「お元気ですか、奥さま」
「ありがとう
あんたも元気そうやこと」
「それが、
一度うかがって話を聞いて頂こう、
と思っておりますうちに、
トントンと話がまとまりまして」
「何の話やの?」
「申しにくいんですが、
思い切って打ち明けます
わたしの縁談がととのったんですのよ」
これには驚いた
私は受話器を取り落とすほどびっくりし、
耳を疑う
そういえばサナエは、
(わたしのような者でも、
どこかにいい人がいるなら、
お世話頂けませんでしょうか)
とそれまでとは、
百八十度転換のことをいって、
「せっかく人に生まれて、
人なみのことをしてみとうございます」
と打ち明け、
私を驚かせたものであるが
「まあ、
それじゃおめでたくまとまったの?」
「あの、口約束でございますが、
一応そう決めまして
こまかいことはこれから二人で、
つめていくつもりですわ
まっさきに奥さまにお知らせしました
ほんとは伺ってお話すべきでしたけど、
どうも面と向かうとはずかしくて
島田先生ははずかしいとか、
いい年してとかいうのが、
いちばんいけないとおっしゃいますけど、
どうも面映ゆくて」
「島田先生って?」
「あの『比翼会』会長の、
島田安一先生ですわ
わたし思い切ってそこへ申し込みましたの」
驚いた
「比翼会」は以前、
私が間違ってまぎれこんだ、
集団見合の会ではないか
「あんた、勇気があるんやねえ・・・」
私は心から感嘆する
さすがに私の後輩である
仕事を持って自活している女は、
決断も早く実行力に恵まれている
「だって奥さま、
一人でごはん食べるのが年々淋しくて、
そうなると一日でも早いうちにと、
思いまして」
私は少し心配になった
私のときに申し込んだ男性は、
身のまわりの世話、
家事をしてもらうためにだけ、
妻を求めていた
それでは何のための結婚か、
わからない
サナエの相手もそういう、
功利的便宜的な結婚を望む男だったら、
サナエがかわいそうである・・・
「いえ、奥さま、
そういう人ではございません
あのう、気持ちがピッタリ、
一致してお話がよく合いますの」
「へえ、
何をなさってた方ですか、
トシはいくつ?」
「七十ですけど、まだお元気で
もと高校の国語の先生をしていらして、
歌の会にも入ってらして」
「何を歌うんです?」
「あのう、歌人でございますわ、奥さま
わたし、この間から、
手ほどきして頂いて作ってみましたの・・・」
サナエのおしゃべりは浮き浮きして、
とどまるところを知らぬようである
「歌を作りましたの、和歌を」
「あんた歌の素養なんか、
あったんかいな」
「生まれてはじめてですわ
でも、奥さま、
面白いものですわね、
三十一文字っていうのは
手ほどきされて、
ちょいちょい詠むようになりましたの」
私は感嘆あるのみ

(次回へ)






