グローバルネイチャークラブのガイド日記

グローバルネイチャークラブ(旧グローバルスポーツクラブ)のガイド仲間が観察した伊豆大島の自然の情報を中心にお届けします。

ちょっと昔の話

2010年12月13日 | 歴史・文化
我が家の旦那さんは休日(雨の降らない日)山に出勤し、せっせと山芋掘りに精を出しています。




さて疑問?
昔の人々は山芋掘りの領分は有ったのでしょうか?

戦争前の頃の(もっと前からだと考えられますが)話
毎日の煮焚きに使う“もしき”(燃し木)は家の周りの土地内の物を拾って使用するか、いらない立木など伐採して使用する。その他自分の山の畑・山内から調達する。それでも毎日使いますので片道1時間以上もかかって燃し木を拾ったそうです。


家の周りに使用する薪を並べて置きます(長さも切らなければいけないですね)


たくさん並べられると暫くは山に行かなくて済むのでうれしかったと義母は言っていました。

自分の土地が無い人は里山以外の初めから遠くの山に行かなくてはなりません。遠くの山でも財産区内の所が基本で、他の集落の人が入っているととてもうるさく言われるどうです。これは今でも磯などでは他の地区の人が入ると注意される事も有ります。(基本的には今でも各地区で磯物と呼ばれている貝類等の中には漁業権の発生する物は採ってはいけないのですが)

今は山芋とてそれほど掘りに行く人が少ないでしょうが、以前は山に入る人も多かったので縄張りは守られていたのではないでしょうか?
炭焼きさんは泊まり込みで(1~2週間ぐらい)炭を焼いていたので近くで一本掘って夕食のおかずになんてあったようです。

プロパンガスが無かったころのちょっと昔の話でした。(しま)

※芋掘りさん掘った穴は埋めておいてくださいね
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