持続可能な国づくりを考える会

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『ミュルダールの経済学』を読む 3

2016年03月09日 | 経済

 

              福祉国家内における好循環 

 福祉国家形成過程では保護主義的手段が導入され永続化したわけですが、その要因には、経済面・政治面の表層的変化が起きたこと以上に、それと対応して人々の思考様式あるいは価値判断が変化したことがあるとミュルダールは考えています。たとえば「第一次世界大戦以来、戦乱や大不況といった政治的・経済的混乱を乗り切るために、各国は国内における雇用や福祉、生産や消費の安定化を図って、様々な保護政策的手段を講じてきた」(p.194)のですが、このように変動の際に何かが行われなければならないという考えに慣らされた結果、「自分たちの利害に合うように社会的・経済的条件を変革したいという人々の心理状態をさらなる保護政策的手段の行使を求めるようにし、それが後戻りできない変化となった」(p.194)というのです。一時的な国難における混乱を乗り切るのを目的に行われたことが、人々の思考様式や価値判断の変化を起こし、それら内面の変化は累積的で不可逆的な性格が強いものですから、制度の永続化にとって大きな役割を果たしたのだとミュルダールは考えるのです。

 こうして人々の内面の変化を伴って形成された福祉国家が施す平等主義的社会政策は、格差拡大の逆流効果をもたらす市場諸力を相殺し、波及効果をもたらす交通運輸手段の改善、教育水準の向上、観念や価値の動態的交流等を増大させ、高成長をもたらすことになったとミュルダールは主張します。要するに、「成長と福祉は両立するし、むしろ平等主義的社会政策をもたらす福祉国家の存在こそが効率や成長に必要な制度的基盤である」(p.110)ということが累積的因果関係論の基本的な主張の一つなのです。 

低開発国内での悪循環 

 低開発諸国は市場の組織化が不十分で、不正や汚職といった政治的腐敗が横行する国家組織を伴った「軟性国家」です。そのため社会的・制度的構造が経済発展を阻害し、波及効果を強める交通運輸手段の改善、教育水準の向上、観念や価値の動態的な交流などが進みません。その結果、不平等が拡大し、社会に不安定性とさらなる貧困を与えることになります。

 ミュルダールは、インドを中心とする南アジアの社会システムは、①産出量と所得、②生産条件、③生活水準、④生活と労働に関する態度、⑤制度、⑥政策、これら六つの相互連関する諸要因から成り立っていると分析しました。そして、不平等をもたらしているより根本的な原因は「低開発諸国における因習的で不合理・不平等な制度であり、それと相互連関する人々の狭量で保守的な態度や思考様式」(p.219)だとし、④の態度や⑤の制度といった「経済外的要因」が①~③の「経済的要因」に与える影響を重視しなければならないとしました。 

先進諸国と低開発諸国間の国際的悪循環 

 福祉国家における好循環、低開発国における悪循環につづき、ミュルダールは、現実世界においては、市場諸力を通じた先進諸国から低開発諸国への逆流効果の方が波及効果よりも大きく、それが悪循環を起こして低開発諸国の貧困の大きな原因となっていると累積的因果関係論で分析します。彼は福祉国家の成功が必ずしも低開発経済に好影響を与えているわけではない理由として、福祉国家の国民主義的限界を挙げています。

 既に述べましたように、もともと福祉国家としての計画化は国際的統合を達成しようとするものではなかったのです。戦争などによる政治経済的困難を乗り切るに必要な国民統合を目指すことが発端だったのです。したがって福祉国家は本質的に国民主義的であり、それゆえに限界をもっています。ですから各国で福祉国家が形成されるにしたがって、国家間の利害対立が激化し、国際的分裂が深まるのも当然なのだとミュルダールは考えます。そこには、各国国民における社会心理という根本的な原因があると彼は指摘します。経済的国民主義が生ずるより深い理由は、「福祉国家の成長といっそうの発展が国境外へは及ばない人間的連帯感を築きやすい」(p.230)ことにあるというのです。そうして「各福祉国家は国内における成功を確保するために対外的伸縮性を失ってきた」(p.229)とするのです。先進国は低開発国に技術的な援助や大胆な市場開放をするよりも、台頭することが自国の脅威になりかねないとして圧迫し、自国がより豊かになることの方を追求しがちだというのです。

 



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