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『ミュルダールの経済学』を読む 2

2016年03月08日 | 経済

 

「価値前提の明示」という方法論へ

 

 こうしてミュルダールは、経済学は実証主義的な意味で客観的にはなりえないという見解に至ったのですが、そこで発想を転換し、論理的前提としての価値判断を選択・明示し、公の議論の対象にする方法によってこそ最も客観的に理論的分析を行えるのではないかと考え始めました。これが「価値前提の明示」という方法論に帰結するのです。『アメリカのジレンマ』(1944年)において、ミュルダールは次のように自分の方法論的見地を伝えているそうです。 

 価値評価に立ち向かい、それらを明白に述べられた、特定の、そして十分に具体化された価値前提として導入するよりほか、社会科学における偏向を取り除くための装置はない。(p.82) 

 ミュルダールは自らの方法論に従い、価値前提を明示したうえで研究分析を行うようになります。『アメリカのジレンマ』では「アメリカ的信条(American Creed)」、『国際経済』(1956年)では「経済統合」、『経済理論と低開発地域』(1957年)では「政治的民主主義と機会均等」、『福祉国家を越えて』(1960年)では「自由・平等・友愛」、『アジアのドラマ』(1968年)では「近代化諸理念(Modernization ideals)」が価値前提として望ましいとしました。ただし彼は任意に価値前提を選んでいいとはしません。「諸価値判断の間には階層性が存在し、上位の価値判断は下位の諸価値判断間の対立を解消する」(p.85)と考えており、その最上位に位置するのは「平等」であるとしたのです。ここにおいて彼は明確に価値相対主義を拒否しています。

 「価値前提の明示」という方法論のもとで研究を進めるということは、平等を最高の価値とするわけですから、得られる理論は、貧富の格差が拡大したり解消したりする仕組みを示すものとなります。ミュルダールは『アメリカのジレンマ』で、黒人差別による貧富の差拡大の仕組みを説明する理論として「累積の原理」を提示します。それを踏み台にして『経済理論と低開発地域』では、世界における格差拡大とその解消の仕組みに関する一般理論である「累積的因果関係論」に到達します。 

累積の原理 

 貨幣利子率が自然利子率よりも低い場合、企業は投資を拡大しようとする。投資が拡大すれば、総需要は総供給を上回る。個々の企業にとってそれは自社製品の価格を上げる好機とみなされる。しかし、多くの企業が同時に値上げを決定するならば、物価水準が上昇し、諸企業が物価上昇予想を強めることで、さらに投資は増加する。こうして貨幣利子率が自然利子率よりも低い限り、投資拡大と物価上昇との間に循環的および累積的な相互強化作用が生じる。(p.127) 

 この引用文にあるように、ストックホルム学派に属すヴィクセルの貨幣理論では、投資拡大と物価上昇もしくはその逆の現象が循環的および累積的な関係をもって進行すると考えられていました。このような考え方をミュルダールはアメリカでの黒人差別問題の研究に応用します。

 1930年代、1940年代にアメリカでは黒人差別による貧富の差の拡大や治安悪化などが大きな社会問題になっていました。その研究のため、ミュルダールはアメリカに招かれます。アメリカ内ではこの問題の原因を怠惰や乱暴な行為など黒人側にあると考える人が多かったのですが、ミュルダールは、黒人の生活水準の下落と白人の差別意識の増大は、ヴィクセルの貨幣理論における投資拡大と物価上昇のように、相互に関連しながら循環的および累積的な関係のもとで進行するとします。これが『アメリカのジレンマ』における「累積の原理」です。 

「累積的因果関係論」とは 

 「累積の原理」では、貧富の差の拡大は黒人の生活水準の下落と白人の差別意識の増大という要因が悪循環を起こして生じるとするのですが、ミュルダールは、一般的に経済的格差が拡大したりあるいは縮小したりすることを、悪循環を起こす要因による「逆流効果」と好循環を起こす要因による「波及効果」との大小関係で説明するようになります。

 「逆流効果」とは、ある国が貿易などで成功すると、その影響を受けて他のある国で損失が出るというような効果のことです。これは格差拡大の効果であり論理です。対照的に、技術の移転・普及、先進諸国の所得上昇による低開発諸国の生産物への需要増大など、市場諸力が低開発諸国に有利に働く場合、こちらは格差縮小の効果であり論理で、「波及効果」と呼ばれます。

 この対概念によって、格差拡大の増進、停止、解消というものが明確に説明できるようになります。通常の場合、逆流効果の方が波及効果よりも大きいため悪循環が起こり格差は拡大します。しかし政策等で波及効果が逆流効果に対して同等になると悪循環は停止し、相対的に大きくなると好循環が始まり格差縮小の方向に向かうとするのです。

 ミュルダールは、逆流効果や波及効果の要因として、所得、生産条件、生活水準などの「経済的要因」だけでなく、政治、文化、宗教等の制度や人々の思考方法・価値観など、制度的・心理的要素といった「経済外的要因」も重視します。そして、経済状態の変化に関し、「経済的要因」と「経済外的要因」という理論上の区分をするのは無意味だとします。それは、主流派経済学が、均衡攪乱の作用をもたらす「経済外的要因」を分析の埒外に置いたために、格差解消の解決などに関して全く無力だったと考えたからです。

 またミュルダールは波及効果を高めるような政策を意図的に施行することで逆流効果を弱め、好循環への転向を促すことができるとします。具体的には、土地改革、社会保障制度の整備、民主主義的政治体制の構築、人口政策などの平等主義的社会政策を挙げています。

 このように、①価値前提として格差解消あるいは平等を提示し、②格差拡大の悪循環やあるいは縮小の好循環を逆流効果と波及効果の大小関係で説明し、③逆流効果や波及効果の要因として経済的なものにもまして経済外的(制度・心理的)なものを重視し、④好循環を実現するためには平等的社会政策を実施することが必要だと主張するのが、「累積的因果関係論」なのです。この理論で現実世界を分析すると、以下のように、先進諸国(諸福祉国家)での好循環、低開発諸国での悪循環、先進諸国と低開発諸国との両者の間の悪循環が存在していることを明確に説明することができるのです。