emオ~イ@ベトナム

2011年8月~2015年7月ハノイ在住。2017年3月ホーチミンも追加。

@一柱寺

2013年01月10日 | 歴史探訪

ホーチミン廟と一緒に訪れるのが「一柱寺」。

元々は大きなお寺の楼閣だったそうです。

コンクリートで出来ているのが残念ではありますが・・・。

1955年に再建されたのが今の姿。

中には八本手の観音様が供えられていました。

ここは子宝を願う参拝客が多いのだそうですよ。

 

~地球の歩き方より~

李朝の太宗(リー・タイ・トン)が1049年に創建した延祐寺内の楼閣で、1本の柱の上に仏堂を載せたユニークな形から、この名で呼び親しまれている。先の太宗は蓮華の上で子供を抱いた観音菩薩の夢を見てから、間もなく子供を授かった。太宗は夢の観音に感謝し、ハスの花に見立ててこの寺を建立したと言い伝えられている。仏堂は小さいがベトナムを代表する古刹であり、ハス池の中に浮かび立つ優雅な姿はハノイのシンボルのひとつに挙げられる。

@一柱寺 Chua Mot Cot


@ホーチミンの家

2013年01月09日 | 歴史探訪

ホーチミン廟と一緒に訪れるのが『ホーチミンの家』。

外国人のみ入場料が必要です。

1958年に建てられた木造高床式の住居は素朴で庶民的な人柄を偲ばせる質素な作り。

でも、よく見るとチーク材で作られていました。

この高床式の住居の近くにある洋館は大統領府。

執務室にはホーチミンが大変お気に入りだったという日本人形が。

なんか嬉しいですねぇ。

この日は見学する人が多かったので、

人が少ない午後に見学に行きたいと思いましたとさ。

~地球の歩き方より~
ホーチミン廟を出て道なりに歩いて行くと、廟の北側にホーチミンが1969年まで住んでいた家がそのまま残されている。1958年に建てられた木造高床式の住居で、素朴で庶民的だった故人の人柄を偲ばせる。室内へ入ることはできないが、周りの廊下から書斎や寝室内の小さな木の机、簡素なベッド、愛読書や時計などが、生前のままのたたずまいで見学できる。家の前にはジャスミンの木が植えられ、池にはコイが泳いでいる。いずれもホーチミンが育てたのだそうだ。
また、ホーチミンの家の手前にあるクリーム色の洋館は、ホーチミンが1954年から亡くなる1969年まで執務を行った大統領府。

@ホーチミンの家 Nha San Bac Ho Chi Minh


@ホーチミン廟

2013年01月08日 | 歴史探訪

元旦はホーおじさんにご挨拶に行ってきました。

日本の新年一般参賀・・・・のような・・・・・・。

9:45頃に到着。長蛇の列蛇年らしいですぅ。

列のところは屋根付きのモニター付き。

まるでディズニーランドのアトラクションの列のような感じです。

止まることはなくどんどん進んでいきます。

空港のようなセキュリティーゲートをくぐりカメラは専用の赤いバッグに入れ替えます。

その後、カメラは預けて出口でもらうことができます。

そして、いよいよホーチミン廟に入る手前から私語厳禁脱帽など

衛兵に注意され厳かな雰囲気に。

1時間に1度衛兵交換が行われるので運がよければ見ることができます。

そして、目的地のホーチミン廟の中は・・・・・・・・・・・・。

ベトナム人が大事にしているホーおじさん。

本人は火葬し分骨を希望していたようです。

死後から40年以上がたっていても慕われるホーおじさん。

逢ってきてよかったです。

@Lang Chu Tich Ho Chi Minh
月・金以外の午前中のみ。秋は休館などなど。


ハノイの世界遺産タンロン城遺跡

2013年01月05日 | 歴史探訪

11~19世紀に栄えたベトナム王朝のお城が築かれていた「タンロン遺跡」

2010年にユネスコ世界遺産登録されました。

日本からのツアーではまだ組み込まれていない会社が多いようですが現在も発掘作業が進められているものを見学できる面白さがあります。
 
屋外ですから涼しい時期がおすすめです。

~東側には~
「端門」→「敬天殿跡」→「D67の家」→「後楼」→「北門」という南から北へという順路で巡ります。

それぞれの門は上ることが可能ですが年配の方は階段の蹴上が高いので大変かもしれません。

遺跡跡も見所たっぷりですが、途中のD67の家も必見です。

D67の家は周辺が軍の管理下に置かれているので入場制限がありましたが昨年12月から40周年を記念して正式公開されました。

 


~ベトジョーより~
同地下壕は、1972年12月18日~30日にかけて行われた米軍の「空のディエンビエンフー作戦(クリスマス爆撃)」の際、ベトナム人民軍最高司令官が指揮した場所。

1964年~1965年に建設されたもので対米抗戦において重要な役割を果たしており、
内部面積は65平方メートルほどで、天井の厚さ1.4メートル、壁の厚さ40センチメートルのコンクリート製。
ダストフィルター、空調システムなどを備えており、原爆にも耐えうる構造として設計された。
トンネルの修復作業は2011年に始まり、タンロン遺跡地区保存センターはトンネル内での活動に関連する電話機、業務日誌、生活用具などの185点の遺物を収集しており、その中には、ホー・チ・ミン主席からのホットライン専用の電話機もあります。
 

 
~西側には~

西側の発掘中の遺跡。見学者は殆どいませんでしが、広大な遺跡跡は圧巻です。

きちんと整備されていて屋根もあり遺跡を見学できるように通路もあり見学しやすくなっています。

 ~NHK世界遺産より~
ベトナムの首都ハノイ。かつてタンロンと呼ばれ、ベトナムの歴代王朝が都とした地でした。ハノイは王朝が変わっても都が同じ場所にあり続けた世界でも珍しい街です。タンロンとは昇龍を意味します。1010年、ベトナムに最初の王朝「李朝」を開いたリ・タイトが、この地で空駆ける黄金の龍を目撃したことが地名の由来です。
ここタンロンで、2002年、ベトナム考古学史上最大級の発見がありました。国会議事堂移設のため、その候補地を調査していると、多数の歴代ベトナム王朝の建築物の遺跡が出土したのです。これらの遺跡はフランス占領時に破壊され、姿を消したと思われており、多くの人々を驚かせました。更に調査を続けていくと、ベトナムが中国、唐の支配下にあった時代の安南都護府の遺構も見つかったのです。安南都護府とは、唐が異民族支配のために築いた軍事施設。奈良時代、遣唐使として唐へ渡った阿倍仲麻呂も、ここに長官として赴任してきました。謎だった安南都護府の所在が裏付けられたのです。
龍とともに1000年歩み続けてきたタンロンは、これからも悠久の時を刻んでいきます。


 

ハノイのタンロン王宮中心部
Di tiich Hoang Thanh Thang Long
Hoang Dieu, Ba Dinh Dist.


@女性博物館 Bao Tang Phu Nu

2012年12月21日 | 歴史探訪

2012年のトリップアドバイザーの観光地ランキング

#1の女性博物館の見学会が歴史研究会によって行われるというので参加してきました。

こちらの博物館は2010年にリニューアルされ
ハノイの他の博物館よりかモダンな展示方法で
観光客の視点にたった展示もあり見ごたえがあります。

博物館の常設展示は3階まで。
円柱の吹き抜けのまわりに展示されており
2.3階は加えて展示スペースが設けられていました。

こちら御馴染みの自転車に積載量無制限?と思われる日常に良く見る風景。
観光客が誰しもが驚くベトナムならでは光景が一番初めの展示。
取っ掛かりがよいなぁ~と感じました。

ちなみに自転車の積載最大重量は120kgなのだとか。
それにモーターがついたモーターバイクも同じ解釈なのだそう。

展示は大きく3つにわかれていました。

女性と家族生活 結婚・出産
女性と社会生活 戦争中に活躍された女性の写真や遺品
女性のファッション 儀礼の衣装やその映像が面白い

民族衣装はガラス越しではなくジーっと近くで見ることができます。
クラフトリンクで売っている額と同じような柄が衣装に施されており魅力的でした。

博物館は自分だけでサラっと見てしまいがち。
面白く興味深く先生が説明して下さり、
特に聖母道の展示は興味深いものがありました。

Tripadvisorで#1。うなずける内容でした。

尚、時々週末の夜にはベトナム音楽の生演奏が開かれているようです。

@女性博物館 Bao Tang Phu Nu
36Ly Thuong Kiet


@ホアロー収容所 Nha Tu Hoa Lo 

2012年12月20日 | 歴史探訪

2012年のトリップアドバイザーの観光地ランキングは・・・・

#1女性博物館
#2民族博物館
#3文廟
#4ホアンキエム湖
#5Fine Art Museam
#6ホアロー収容所
#75 / 5Thang Long Ca Tru Theatre
#8ホーチミン生家
#9ホーチミン廟
#10タンロン水上劇場

#6”ホアロー収容所”へ
人が多いであろう週末に訪れました。

19世紀末にフランスによって作られた監獄。
ベトナム愛国主義者や革命家を投獄された場所で
多くの人がここで犠牲に。

そして、べとナム戦争の時には
追撃されたアメリカ人パイロットの収容所に。

展示の中で多くの欧米人が食いついていた展示。
それはアメリカ大統領候補でもあった"ジョン・マケイン氏"の
チュックバック湖に墜落した当時の軍服コーナー。
彼が助け出された時の写真も展示されていました。
その当時の様子も写真が映像で紹介されていました。

そのほかは獄舎の様子を再現した展示やギロチン台など
ベトナムの歴史の暗~~~~い過去を見ることができました。

欧米人に大人気な観光スポットでした。

@ホアロー収容所
1 Hoa Lo


キムラン歴史陶磁器博物館

2012年11月26日 | 歴史探訪

歴史研究会で西村昌也先生のご案内でキムラン歴史陶磁器博物館を見学してきました。
こちらの博物館は手作りでショーケースも現地作成したそうです。
通常はガラスケースは閉められているものも
先生のご好意でガラスを開けて先生は手にとって説明してくださいました。
一番よい出土品はハノイの博物館に寄贈されたそうです。

館内の案内の後は、現在も焼かれている窯元へ案内してくださいました。
3階建の塔が窯。
密集地の中でも場所をとらずに大量に焼き物を作るという工夫。
窯の燃料となる炭の粉を外壁に貼り付けている光景を見られて感動
これがずーっと見たかったんですよねぇ~。


こちらの窯を訪れた時、丁度昼食の支度をしている女性が。
薪で火をおこして調理をしていました。
お豆腐をじっくり揚げて美味しそうなんて見ていたら・・・
どうぞ~なんて下さいました。
サクサクでアツアツでふわふわで美味しかった。
ご馳走さまでした。

女優の杏さんに似てるなぁ~。

キムラン歴史博物館
ハノイ市ザーラム(Gia Lam)県キムラン(Kim Lan)社


ソフィテルメトロポール歴史探訪ツアーbyハノイ婦人会

2012年09月20日 | 歴史探訪

ハノイ婦人会主催の激戦メトロポールツアーに参加させていただきました。
メトロポールに日本人の方がいらっしゃいましたが移ってしまわれたとのことでしたが
婦人会の方々のきめ細やかな対応で素敵な時間を過ごすことができました。

宿泊客のみの立ち入りが許されている
新館旧館そしてチャップリンの宿泊した客室を案内していただき
それぞれのお部屋をじっくり見学する事ができました。
新館旧館それぞれ違う趣を感じるものがありました。
衛生陶器はビレロイ&ボッホのものもあり・・・
新館のバスルームのモザイクタイルの素晴らしさ。
スパの香りで癒されて・・・。
チャップリン?にもあえ。
素敵な時間を過ごすことができました。
中でも旧館の照明の数々が素晴らしかった

夜になると美しく館内を照らすのでしょうね。
これは宿泊しないとわかりませんが・・・・。

見学の後はお待ちかねのお食事。

  • トマトガスバチョ~ガーリックトースト添え~
    ガスパチョはまるでシンガポールのマリーナベイサンズ。
    後からスープをサーブしてくださいました。
  • シーバスの白ワインソース煮込み
    ソースの風味が美味しい。パンにつけていただいてしまいました。
  • チョコレートバーガー
    ハノイで一番の美味しさ。美味しすぎて幸せ指数高い。

お土産には月餅をいただき、ゆったり楽しい時間となりました。

ちょうど、婦人会に入って一年。

その時に出会った仲間も一緒で会話にも花が咲きすぎちゃいました。

ありがとうございました。


フランス極東学院博物館

2012年06月16日 | 歴史探訪

酷暑のこの時期、屋外は厳しい。
でも日差しがきついと写真にはよいような気はします。

さて、旧フランス極東学院博物館。現歴史博物館に行ってきました。
こちらはインドシナ様式の第一作目。
設計段階からハノイで一番美しい建築で
オリジナリティと地域色を表現していると讃えられた作品です。
博物館の展示物より建築物に興味のある私。
展示物についてはでした。

設計案:1925年に完成
設計:エルネスト・エブラールとシャルル・バドゥール
竣工OPEN:1932年
見所
・屋根はベトナム建築様式
・RC造で木造架構を再現した壁面
・伝統的モチーフ(魔除けの八角形や家の守り神のゲーなど)
・ハノイの高温多湿を考慮して通風をよくするため窓が多く、
 庇が二重で間に通気口を設けている


とんぼ柄は日本から

2012年03月28日 | 歴史探訪

まだ、バッチャン焼には行ったことがありません。
そんなバッチャン村の情報って
お土産の器がクローズアップされているけれど
実際の村の様子とかの情報が少ない。
先日、そんなバッチャン村をTVで放送していたので
覚書として残しておくことといたします。

安土桃山時代から江戸の初期にかけて
日本では朱印状を所得した船
海外まで出向き貿易を行っていた。

海のシルクロードからわたって、
当時安南と呼ばれていたベトナムから入ってきた器。
それを絶賛したのは千利休らの茶人だったのだそう。
その安南焼が作られていた土地が現在のバッチャン村。

バッチャン村は村人の数だけ窯があるといわれるほど
どの家でも焼き物作りをしている。
窯は家の一部。
3階建の家自体が塔が窯。
これは、密集地の中でも場所をとらずに大量に焼き物を作るという工夫。

町の至る所の壁には黒く丸められているものが・・・
これは、窯の燃料となる炭の粉を天日乾燥させているのもの。

バッチャンで作られた骨董を集められたギャラリーには
かつて、この村で焼かれ日本に大きな影響を与えた
様々な安南の焼き物が多く展示されています。
バッチャン焼はベトナム古来の安南焼600年の伝統を受け継いでます。

今のバッチャン焼は大きくわけて4種類

・青花
・白磁
・紅安南
・青磁

原料は磁土カオリンに陶土をブレンドしたもの。
土を水で溶かして一ヶ月ほど寝かす。
→バッチャンでは成型の多くに型を使用。
 型に土を流し込んで基本の型をとる
→直ぐに外側が固まるので余分な液は捨る。
→型からはずしいったん乾燥させ削って形をととのえる。
→天日で乾燥し絵付け
→窯に炭も入れ着火し一週間ゆっくり時間をかけて焼成。

バッチャン焼の大きな特徴が貫入。
表面に浮き出たひびは窯から出して冷ますときに
ピキピキっと音を立てていきます。
貫入は焼かれた土が冷えて縮まり
表面の釉薬がそれに耐えられず細かく割れた後。
使い込んでいくほどに貫入にお茶がしみこみ
独特の風合いがかもし出します。

バッチャン焼の名匠レー・クアン・チンさんのお店は
バッチャン村のメインストリートにあります。
1階にはチェンさんの工場で焼いた商品が並べられています。
チェンさんは2010年ベトナムで名誉ある賞
ハノイ建都千年芸術家賞受賞。
ベトナム人としてはじめて海外で展示会をした人物でもあります。
チェンさんが好んで描くのは絵皿。
現在はハノイ工芸大学でも教えられています。

ベトナムで見かけるとんぼ柄。
実はとんぼ柄が多いのは日本とベトナムだけ。
とんぼ柄は昔、日本で安南焼が流行した時代に
日本からの注文で作り始めたのだとか。
その後、注文が入らなくなってもとんぼ柄を作り続けて
現在にいたるのだそうです。

日本とゆかりのあるバッチャン村。
ゆっくり街並みをみたり
ギャラリーをみたりして
お気に入りを持ち帰りたいな~って思いましたとさ。


お土産屋さんは門だった

2012年02月19日 | 歴史探訪

玉山祠の前にあるお土産屋さん。
ただのお土産屋さんではありません。
実は歴史的建造物です。

この土産物屋さんになっている場所は門で
向かい側にある古い木造がバー・キュー・デン
もし開いていたら中にはいるべし。
中にはベトナム聖母の像があるのだそうです。
1日と15日は扉が開かれているのだとか。
また3月3日には聖母の命日のお祭りがあります。


自分も年齢を重ねてから宿泊したいホテル

2011年11月22日 | 歴史探訪

一時帰国前に行った場所をふりかえります。

ソフィテルレジェンド・メトロポール・ハノイにランチに行った際にちょっと見学。

日本にいる頃から、このホテルは見学がしたいと思っていたので念願がかないました。

1901年フランス支配の絶頂期に「首都にふさわしい最高級のホテルを造ろう」と建てられたもの。

コロニアルな雰囲気。

すばらしかった。

ハノイにいるからそう感じるのか

ちょっと見学しただけでも歴史あるこのホテルは

やはり別格だと感じることができました。

旧館の入口ロビーを上に見上げると骨董品の照明器具。

天井は楕円形の小窓が。

この吹き抜け。

ちょっと私の大好きな蒲郡ホテルのエントランスを思い起こさせるようロビーでした。

 

中庭はここはどことハノイにいる事を忘れさせてくれる空間。

西洋人のご年配の方々がゆっくりとプールサイドでお昼ね。

ゆったりとした大人の時間がながれていました。

一度は泊まって、宿泊者だけの旧館の上の階までくまなく見学してみたいものです。

でも、このホテルは自分も歴史を重ねた白髪になった頃に

宿泊させてもらうのがふさわしいかな。


玉山祠

2011年11月16日 | 歴史探訪

ホアンキエム湖の中ノ島ゴックソン島にある玉山祠。

はじめて拝観料を払い橋をわたってきました。

入口の門柱には「福」(幸福)と「禄」(豊かさ)の文字。
その門をくぐると・・・・

左手には桃の形をした石の上に筆がたっている「筆塔」。
その傍らの門には「硯石」の文字。
旧暦の5月5日に朝日がのぼりと筆塔の先端がこの硯に落ちるのだとか。

 そして棲旭橋(朝日のさす橋)という名の赤塗りの橋をわたり。。。。

と龍の絵の門:勉強した人が利挙の試験に合格し世で活躍
得月楼の門:龍と亀の絵の門。
邪悪な霊を取り除く意の八角形の鏡を持った龍
文武両道の意の剣と本を背負った亀

これをくぐると・・・・突き当たるので左に曲がるとホアンキエム湖がのぞめる

本殿内部には、13世紀に元の進撃を撃退した英雄、
チャン・フン・ダオと文・武・医の三聖人が祀られて、
道教・仏教・儒教が混在した神社とも言われている。

建物は煉瓦でつくった切妻屋根
中は空間が仕切られていて
段々とのぼっていくような床仕上げになっていました。

また、体長約2mの大亀の剥製は、1968年にこの湖で捕獲されたもの。
推定年齢400~500歳。
還剣伝説の亀ではないかと話題を呼んだのだそうです。

もっといろんな説明をうけたような気がするのだけど。。。。。
今回も英語だったから半信半疑なのでした。

でも、旧暦5月5日。筆の陰が見に行きたいな・・・・。


安泰亭

2011年11月13日 | 歴史探訪

安泰亭(Dinh Yen THai)に行ってきました。

入口には2本のガジュマロの大木。
<安京霊祠>と書いてあります。

ここにイーランが(1044~1117)を称えています。
イーランはベトナムの歴史上重要な人物で
彼女に伝説が22枚の紙芝居で伝えられているのだそうです。
ここには、そのイーランの住まいがあった場所なのだそう。

綺麗に修繕されていて立派なので
日本からのお客様も見ごたえがあるかと思います。

ハンザ市場の近くです。

8 Ngo Tam Thuong


旧家保存館

2011年11月10日 | 歴史探訪

マーマイ通りにあるBao Ton Tao Pho Co Ha Noi(旧家保存館)にお邪魔してきました。

19世紀末に建てられた旧市街ポピュラーな住宅を再建したもの。
1家族が住んだり最大では5家族が住んでいたことがあるそう。
2000年から一般公開され2004年に重要建造物に指定。

間口が狭く奥行きがある一般的な町屋。
1階は手前が商業スペースで奥が住居部分。
合間に通風と光彩の為の中庭があります。
中庭には雨水の溜めた生活用水の置き場があり
2階には仏間兼居間+寝室がありました。

秋風が吹くシーズンに行くと
ここちよい風が抜けて通風が考えられているなと実感できるかも。
中庭にはハンモック。
お昼ねに気持ちよさそうでした。