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まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

数多の主義とのつきあい方   08/1,17再

2024-12-31 01:04:34 | Weblog

         孫文 

主義なるものはともかくにして、先立つものは金だと・・・

歴史をあれこれ言ってもも、生きているうちが華だとも聴く・・・

人はそれぞれ、抗論するお節介も江戸っ子には野暮ったい。

しばし旧稿を眺めることにしたい。

 

   

 

≪2008の章ですが・・≫

社会構造の変革は産業革命に匹敵するという情報化社会だが、何れも人知れず人間の悲哀が潜んでいる。

当時のイギリスは生産性も上がり消費地を確保する為に国外、とくに野蛮で未開の地と彼らが思っていたアジアに進出した。そこからのアジアの歴史と悲哀も言を多くするところだが、国内に目を転じると労働力確保のために多くの少年少女が日に十数時間と過酷な労働があった。

日本でも紡績工場や炭鉱など産業発展の影には多くの労働者の物語がつくられた。

それは海外への市場拡大と国威伸張を描き、また背伸びであってもその能力を保持していた邦人の姿だった。

その中でも特筆される出来事として田中正造の義行によって衆目を集めた足尾銅山鉱毒事件があった。

経営者の古川家と政府重臣の縁故もあったが、紡績、炭鉱同様に軍需物資もしくは産業の種といわれた銅の確保という国家的な問題であった。

誰が名づけたか資本主義、それが民主と自由による人の変質によって消費資本主義、はたまたその変質した人間を一方向に収斂する必要から便利さを謳ってデーター化した管理、つまり消費資本管理主義のようなものに姿を変えてきた。

個性を謳いながらも婦女子は同一方向性の流行に没頭し、高学歴の青年はビジネス留まりのない欲望のスパイラル的惰性にその覇気を集中させ、唯一無謬性を感じさせていた官吏も食い扶持、貰い扶持にその志を沈めている



  桂林の友人より




以前、筆者は民情は似て非なる国中国に棲む方々との同化を危惧したことがある。
色(性)、食、財の欲望が解き放たれたとき、かりそめの領土はあっても日本人が存在しない邦になってしまう憂慮だった。

個別の欲望とその経過は様々な現象によって説明を省くが、その変質したものを悟る理解もなくなろうとしている。
景気もよくなれば考える余裕もできる。官吏の待遇も気にならない、とはいうが、時のスピードと阿諛迎合性を性癖としてもつ多くの日本人にとっては、その同化の進捗は驚くほど早くなっている。

なにも隣国だけではない。人間の尊厳を護ることを前提とした主義も、収斂管理を目的とした網目はより細かくなり、投網に跳ねる雑魚の自由はあるが水から上がってしまってはお終いの状態である。ユーロー参加と東西ドイツの合併を駆け引きにされたドイツは国内通貨マルクを消滅させられた。


平ナラヌものを平スレバ、平ナラズ
つまり、それぞれの特徴は平らではないが、無理して平ら(平等)にすれは不平を生ず、というものだが、不平が出ないうちに力の差を付けようとするのであろう。
その力とは足踏みするユーローを尻目に国家民族を融解させる情報と金融である。

翻って我国、いや民族は今の主義に合うのだろうか。
かといって学者の整合性を追う従前の各種主義という代物に、人間の尊厳を護り、かつ描けなくなったような日本人像と理想の方向性を見出せるものはない憂鬱もある。

いっそのこと外国製の主義を理解もせず政権運営の具とした隣国と我国の政党のように、主義にとりつくバチルスのように食い扶持を得るか、また付き合っていくのか。まさに理屈は美醜混濁する借り物の主義に聞けとのことだろう。

いまは無理かもしれないが、何れの期にアジアの真の意志と独立は、再び謳い、掲げるべきことを要求されるに違いない。

近頃はとくにつき合いづらい主義という代物である。

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