ほっじすの週休2日制ブログ

通称『ほっじす』の日記&コラムです。時事ネタや「越谷グレイツ」内での話題を中心に投稿します。土日祝は野球の為、休載です!

振り返ってみても

2012-03-07 | 日常
3月7日(水)#1862

1862年、生麦事件。教科書では尊王攘夷運動の高まりで事件が起きた、ように教えられた覚えがあるけど、史実を詳しく読むと、今から十数年前だったかにアメリカで起きた、ハロウィンの仮装をした日本の留学生が、ライフルを構えた家主に「freeze!」と言われたのが分からず、動いてしまった為に射殺された事件と同じように、文化や言葉の壁も原因の一つのようだ。



花粉が本格的に飛び始めた

今週に入ってから目が痒い

耳の中まで痒い

くしゃみ連発

マイッタ

「あ~そうだった、花粉症ってこんなに辛いんだった」って思い出した。

これから約2ヵ月間、毎朝「薬を飲む」という日課がプラスされる…



最近、テレビ番組でもよくやっているので、昨晩、仔1号と去年の震災当日について思い出してみた。

彼は実によく覚えていた。


仔1号の通う小学校はその日その時間、たまたま一斉下校で、児童全員校庭に集まっていたそうだ

すると、外にいても分かるぐらいの大きな揺れ。地震だとすぐに分かったという。

そして校庭から見る校舎は見たことないぐらい大きく揺れ、校庭の端にある送電線も激しく揺れており、本人曰く「死ぬかと思った」

家に帰ると、いろんなものが落ちていたのが印象的だったと。

そんな話をしていると、今度は仔2号が「2階のテレビも落ちていた」と話しだした。

やっぱり、子どもの心にも強烈な印象を与えたんだね。

物が落ちたぐらいで済んだ仔たちでさえ、このショック。

被災地の子どもたちは、もっと深く心に傷を負ったんだろう


続けて「父ちゃんは何時頃帰ってきたか覚えてる?」と聞いてみると仔1号が「うん、8時か、8時15分ぐらいまでの間」と、これまたよく覚えていた。

確かにそんな時間だった。


ほっじすは当日、定時で退社し、電車が運転見合わせしていたので、社用車で帰った。

しかし会社を出てすぐに大渋滞。

すぐに裏道に入ったが、やはり橋を渡る時にはかなりの渋滞に遭うものの、3時間ほどで帰れた。

都内から地元に帰った他の人の話を聞くと、これはかなり早く帰れた方だった。

きっと、それでも仔1号はほっじすと連絡の取れない時間を永く感じ、心配しててくれたのだろう

だから時間をハッキリ覚えていたんだな、と1年経って初めて分かった。


結論:それで去年はいろんなイベントが中止になったんだよな。世の中が暗~くなってたよな。