日々の寝言~Daily Nonsense~

日々の出来事への感想、雑感、思いつき、ぶつぶつ・・・

103歳と104歳の対話

2016-01-31 22:39:58 | 映画・ドラマ・テレビ
Switch インタビューの再放送で、
104歳の医師である日野原先生と
103歳の美術家である篠田桃紅さんの対談をやっていた。

少し前なら、想像を絶することだが、
日本は良い国、なのだろう。

日野原先生は、
「自分の命を他の誰かのために使う」
と言う。

これはキリスト教的だ。

篠田さんは、対照的に
「自分のためだけに生きてきた」
というようなことを言う。

自分の感性を信じ、
自分の芸術を追及する美術家らしい。

自分の命を誰かのために使う
自分の命を自分のために使う

そして、どちらも輝いている。

これは、反対のように見えて、同じことなのだろうか?


 * * *


たぶんこういうことではないか?

日野原先生は、誰かから感謝されたい、
誰かに良く思われたい、と思って
自分の命を誰かのために使っているわけではない。

自分で、そうする、と決めて、そうしているだけだ。

その結果、「ありがとう」と言われれば嬉しい。
人間はそうした、社会的な生き物だからだ。

しかし、その「ありがとう」を目的にしてはいない。

そういう意味では、日野原先生もまた、
篠田さんと同じように、自分のためだけに生きている。

自分で決めた生き方に沿って生きている。
他人の人生を生きていない。

他者からの感謝の言葉を、
他者の期待に応えることを、
自分の生の目的にしてはいけない。

他者の人生を生きることはできない。

自分の生の目的は、自分で決めたことをすること
以外にはありえない。

これは・・・アドラー心理学?
コメント (1)

子育ての科学

2016-01-31 21:35:57 | 映画・ドラマ・テレビ
今日の NHK スペシャルは、
子育てに関する、最近の科学の成果を紹介している。

途中から見たのだが、いろいろな計測法の発達もあって、
ずいぶん研究が進んでいるようで、面白い。

母性というのは、生まれつきのものではなく、
赤ん坊や子供と触れ合う経験を通してスイッチが入り、
出産、子育てを経て確立してゆく、と言う。

共同子育てで、子供も子育てを手伝う
アフリカの部族もあるという。

人間にとって、母親だけで子育てするのは、
そもそも難しいことなのだ。

日本の都会では、結婚前に
赤ん坊や子供と触れ合う機会が少ない。

そういうことが、子育ての障害になるだけでなく、
そもそも、母性の発達を抑制して、
子供を産みたいという思いも減らして、
少子化の要因にもなっている可能性がある。

出産や授乳に必要なホルモン(オキシトシン)が、
子供を護るための攻撃性にもつながっている、
というのも、言われてみればなるほどだ。

コメント

やりたくないことはしない

2016-01-26 21:03:41 | 生きるヒント
もう還暦も近くなっているのだから、

やりたくないことはしない、

というように生きたいものだ。
コメント (2)

着眼大局、着手小局

2016-01-23 20:31:14 | 生きるヒント
着眼大局、着手小局。
素人のように考え、玄人のように実行する。

これが難しいのは、
両方を兼ねられる人が少ないから。

着眼小局、着手小局:これが一番普通。職人タイプ。
限られた問題を解く、限られた部分を改良する、など。

着眼大局、着手大局:批評家タイプ。
着眼は悪くなくても、それを形にすることができない。
私もこのタイプだ。
コメント (1)

少子高齢化の原因

2016-01-16 22:50:20 | 政治・経済・行政情報
現在の日本の少子高齢化は、
急激に出生率が減少し、
寿命が延びたことによる過渡的な状況だ。

これらの数値が安定すれば、
いずれはバランスしてゆくはずだが・・・

寿命が延びているのは、
手厚い医療の進歩が原因なのだろう。

一方、出生率や合計特殊出生率が
低下しているのはなぜなのか?

女性の社会進出と非婚化が
原因の一つだと思う。

社会進出自体は良いことだが、
それと子育てを両立させるための
社会的基盤が足りていない。

しかし、女性の社会進出は、
グローバルな経済競争の帰結でもある。

資本の自己増殖のために、
安い給料で徴集されている、
という見方もできなくはない。

基礎的なデータはこちらにある。
コメント (1)

上野耕路さん

2016-01-16 22:30:32 | 映画・ドラマ・テレビ
今日は NHK の土曜ドラマ「逃げる女」
を視ている。

鎌田敏夫さんの脚本。

「人はなぜ、罪を犯すのか」

人間の「破壊衝動」と「愛」を重ねる。

出ている人たちも異色な感じで、ドラマも面白いが、
音楽が目立っている。

加古隆さんかと思ったが、
上野耕路さんという人が
作っているようだ。

「人間は自然の理屈の中で
生きてゆくべきだ。」

僕たちは、どうしてこんなに
遠くまで来てしまったのだろうか?

あぁ、海がきれいだ。
これはどこ? 平戸?

仲 里依紗さんは、
ハチワンダイバーの受け師さんか・・・

コメント

欲が深い

2016-01-16 22:24:59 | 生きるヒント
昨年はずいぶんとつらい年だった。

なんでこんな歳になって、
こんなつらい目にあわねば
いけないのか?

正月休みにそんなことを考えて、
思い当たったのは、欲が深いということだ。

おいしいものを食べたい。
楽しい時間を過ごしたい。
懐かしい思い出に浸りたい。

特に、他人からよく思われたい、
という欲が深過ぎる。

若い頃は、無欲なほうだと
思っていたのだが、
いつのまにかすっかり
欲が深くなってしまっている。

自分が欲深いというだけでなく、
周囲の人たちの欲の深さが
わが身に染み透ってくる、
というのもあるが・・・

やれやれ。

ニッポンのジレンマに出ていた、
小池龍之介さんを少し見習わないと・・・
コメント

TBSドラマ「わたしを離さないで」第1回

2016-01-16 21:33:47 | 映画・ドラマ・テレビ
怖いもの見たさで、
結局、視てしまった。

まず気がつくのは、
原作にはないセリフやエピソードが多数あり、
かなりわかりやすくなっているということ。

特に「学園」の描き方はかなり原作とは異なっていて、
脚本を書いている森下佳子さんの解釈が入っている。

介護人の仕事の仕方もそうだ。

原作の多面性は失われるが、
これはこれでいいのかもしれない。

本、映画、連続テレビドラマ、
というメディアの違いが感じられて面白い。

保科恭子の子供時代役の
鈴木梨央さんがすごく良い。

どうして、いつの時代でも、こういう
演技力のある子役が数人はいるのだろう?

綾瀬さんについては判断保留。

劇中でかかる曲「Never Let me Go」
は、映画のものよりも好きだった。

CD のタイトルが Songs after Dark
というのは原作どおり?

Keith Jarett の the melody at night with you
をちょっと連想。

しかし、脚本のせいもあって、
かなり重い感じで始まってしまった感じがするが、
これで人気は出るのかなぁ・・・

他人事ながらちょっと心配。

原作は文庫で持っているのだが、
Kindle 版を買ってしまった。

前にも書いたが、ハヤカワの文庫は、
Kindle だと安いのが嬉しい。
コメント

TBSドラマ「わたしを離さないで」

2016-01-10 22:14:20 | 映画・ドラマ・テレビ
「わたしを離さないで」がテレビドラマ化される、
というのをうかつにも今日知った。

なんということだ・・・

キャシー(保科恭子)を演じるのは
綾瀬はるかさん。

ベストなキャストだと思うが、
果たして、キャリー・マリガンに迫れるか?

とにかく、私の中では、原作、そして
映画の出来栄えが素晴らしすぎるので、
ドラマを見るのはちょっと怖いようだ。

でも、イシグロさんも言うように、
日本的な話だと思うので、期待したいと思う。
コメント (2)

ニッポンのジレンマ:競争と共生

2016-01-02 06:32:40 | 生きるヒント
年始の番組、ニッポンのジレンマ 2016 のテーマは
「競争と共生」

途中から視たのだが、印象に残った言葉は;

「三方よし」(近江商人のネットワーク思考)
ノードからネットワークへ
「生活・社会の安定」-「個の自由」-「理想」
産業革命の後、増えた富をどう分配するかが問題になって共産主義が生まれた
共生の基盤は「相互理解」と「共感」

自由の先にある理想、それは、相互理解であり、共感であり、
それに基づくネットワーク思考に基づいた共生だろう。
人類の共生、生命の共生、地球の全体最適化。
それはまた、理想的な意味での共産主義が目指した
(今でも目指し続けている)ものでもある。

その理想が危機に瀕しているというのが、
途中で出て来たアラブ学者の方の認識だし、
だからこそ、フランスのテロを「文明の衝突」にしたくはない、
という女性科学思想史家の方の意見もよくわかる。
ムスリムの問題にせずに、カルト問題ということにすれば、
普遍的理想は壊れないから。

その一方で、ムスリムについて語らずに、
今のテロについて語ることも難しいとは思うのだが・・・

しかし、それはともかく、
この普遍的理想であるところの相互理解が
原理的に不可能であることは最初から明らかだ。

なにしろ、すぐ隣にいる愛する人の心さえ、
理解不可能、不可解千万なのだ。

人の心に悪はあり、争いは絶えない。

しかし、原理的に不可能だからこそ、
人間にとっての見果てぬ夢であるからこそ、
常に忘れずに、追い求めなくてはいけない
普遍的な理想なのだと思う。

だからこそ、「近代の超克」は、
その時々の時代状況に応じて
何度でも蒸し返されるお題なのだろう。

 * * *

日本人が競争や格差が嫌いなのは、
競争が最適ではないことを身を持って知っている、
日本文化の遺伝子として持っているから、かもしれない。

唯我にならない(究極の唯我でもある)仏教思想を好み、
中国、韓国、インド、東南アジア、ロシア、ヨーロッパ、
アメリカ、中東、すべてから、文物を柔軟に取り入れ、
歴史的に win-win の関係を築いてきた(もちろんそうでない時もあったが)
日本が果たすべき役割もまた、人類共生の理想に向けてのものであるはずだし、
番組の最後に出てきた人工知能のようなテクノロジーもまた、
その理想の実現(それは決して実現はしないのだが)
のために使われるべきものだと思う。

参考:加藤周一:「雑種文化-日本の小さな希望」、「日本人とは何か」

実際、今の世界のテロなどの現状は、
自由主義、自由市場に基づく資本主義社会や、
個人の自由と民主主義に基づく今の政治の在り方が
ターニングポイントに来ていることを
示しているようにも思われる。

そして、それらのシステムの根本にあるのは、
ひとつは情報処理の問題だ。

産業革命以前の課題が物質-エネルギー処理の問題であったとすれば、
現在の課題は、市場(価格決定メカニズム)に代わる情報処理、
選挙・代議制(利害調整メカニズム)に代わる
情報処理のシステムをどう築けるか、なのかもしれない。

そもそも、現在の状況を招いた一つの要因は、
インターネットによる情報爆発であるとも言える。
アラブの春もまた、インターネットが引き起こした部分がある。

情報の流通は、システムの不安定性を引き起こす
ということのひとつの現れ。

とすれば、そこにこそ、インターネットがもたらした自由の
先に進むためにこそ、人工知能のようなテクノロジーが必要なのであり、
それは情報処理技術者にとっての課題であるようにも思われる。

もちろん、テクノロジーは常に諸刃の剣であり、
人工知能もまた、局所最適化と競争、格差拡大のために
使われる可能性がのほうが大きい。

しかし、そうしない知恵を、
21世紀の人類が持つことを祈りたい。

 * * *

というようなことを考えた。

新年早々の年頭所感にしては
なかなか悪くないかもしれない、と思う。
コメント (2)