日々の寝言~Daily Nonsense~

日々の出来事への感想、雑感、思いつき、ぶつぶつ・・・

佐藤二冠、踏みとどまる

2007-11-29 22:09:15 | 将棋・ゲーム
将棋竜王戦の第5局は、先手の佐藤二冠が勝利した。
これで、対戦成績は、竜王側から見て3勝2敗となった。

双方の調子がいまひとつで、
ピリッとしない戦いが続いていた今期の竜王戦だが、
本局はなかなか見ごたえがあった。

矢倉から穴熊に組み替えての戦いとなり、
佐藤二冠が端からの攻めを呼び込む。
その後は、二冠が竜王の猛攻をしのぐのか、
それとも、竜王が細い攻めをつなぐのか、
スリル満点の戦いが続いた。

▲8七玉の「顔面受け」の強手や、
▲4八銀のしぶとい受け、などの印象的な好手が出て、
ものすごく際どいながら、
ぎりぎりのしのぎで佐藤二冠の玉将が
竜王の攻撃網をすり抜けて脱出、
そのまま逃げ切って入玉した。

どちらにもそれほどの悪手は見当たらず、
遡れば、後手ながら矢倉から穴熊に組み替えた
竜王の構想に問題があったか、という感じ※。

やはり、トップレベル同士の場合、
後手番で勝つのは、相手がミスしてくれないと
なかなか大変なようだ。

これで、佐藤二冠がだいぶ流れを引き戻した。
もしも、次の後手番をしのぐと、
3勝3敗となって流れは完全にひっくり返るが、
後手番の作戦選択が難しい。

いずれにせよ、次局がますます楽しみだ。

竜王ブログによると、そんなことはなくて、
中盤までは佐藤二冠の新趣向による若干の作戦勝ち、
▲1六飛が疑問で、竜王優勢になったが、
△5八飛が失着で負けになった、ということらしい。

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罪の巨塊

2007-11-29 21:57:52 | 今日のひとこと
池田信夫氏のブログのエントリから。

> つまり「罪の巨塊」とは「死体」のことだというのだ。
> まず問題は、この解釈がどんな辞書にも出ていない、
> 大江氏の主観的な「思い」にすぎないということだ。
> 「罪の巨塊」という言葉を読んで「死体」のことだと思う人は、
> 彼以外にだれもいないだろう。

文脈から考えて、ここでの「罪の巨塊」=「自決死体の山」
という解釈は、それほど不自然ではないと思う。
悪文ではあるが、「罪の」を「罪を象徴する」というふうに
読むことは不可能ではないと思う。

もちろん、それが名誉毀損の本題とは
何の関係もないというのはそのとおり。
曽野綾子さんの誤読は、文学者としては情け無いが、
話をややこしくしただけ。

いずれにせよ、「かれ」=「赤松氏」という解釈は自然だし、
大江さんは、伝聞にもとづく思い込みだけで、
梅澤氏や赤松氏を非難したことについては、
思想信条に基づいて想像を逞しくしすぎた、
ということで、素直に謝罪したほうがよいと思う。

不思議なのは、池田さんが、どうして上のような
ミスリーディングな文章を書いたのか、ということ。

こちらのブログエントリーに同意。
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カッコ良すぎることの悲しさ

2007-11-28 22:13:28 | 雑感
将棋棋士の真部九段(追贈)が肝臓がんで亡くなった。
55歳というのはまだずいぶん若い。

とにかくかっこいい人だった。
美男子で、姿が凛々しくて、将棋も強くて、
A級まで昇りつめた。
紺の和服なんて着た日には、もうほんとうに
絵に描いたようにカッコ良かった。

「棋界のプリンス」

たしか、評論家草柳大蔵氏のご令室で
美人キャスターだった草柳文恵さんと結婚したはずだ。
(その後離婚していたらしい)

まさに、人もうらやむかっこいい人生。
しかし、そこに陥穽はあった、
と言うべきか。

「カッコ良さ」というイメージを崩せないために、
かえって自由が無く、それが勝負という意味では
かなりマイナスに働いたのではないか、
という思いが強い。

最後の将棋にしても、新鋭の豊島四段との順位戦だったのだが、
双方駒組みが終わったところでの、あまりにも潔い投了だった。

抗ガン剤を飲んでいたのかもしれないし、
体力的に本当に限界ということもあったのだろうが、
そこには「かっこう悪い将棋を最後にしたくない」
という思いもあったような気がしてしまう。

他の棋士でも、たとえば、山崎さんや阿久津さんなどに、
ちょっとそういうところを感じる。

将棋指しにとって、かっこよさ、イケメンであることは
本来、全く関係ないのだが、どうしても世間は
イケメンであると持ち上げたがる。

周囲がそういうふうに持ち上げるから、
本人も無意識にあるいは意識的に、
そういうふうに振舞うことを
自分に強制してしまうことになる。

その結果、泥臭い振る舞いがしにくくなるし、
将棋で負けても、かっこ良さでは勝っている、
という言い訳もできてしまうし、
実際、商品価値的にはそれで成り立ってしまうから、
どうしても勝負としては甘くなりやすいのは自然なことだ。

これに較べると、渡辺竜王や森内名人は、
そういうことが一切なくて、将棋で勝つしかない、
と割り切れる分、有利な気がする(ごめんなさい)。

スポーツの世界でも似たようなことはある。
いわゆる美人アスリートやイケメンアスリート。
音楽の世界でもイケメンピアニストや
美人ヴァイオリニストなどなど。

本当に天が二物を与えているようなケースも
稀に無いわけではないが、統計的に言えば、
実力の世界では、必要以上にかっこ良すぎることは、
技を突き詰めるためには、トータルではハンディとして、
マイナスに働くことが多いのではないだろうか。

最後までカッコ良さを貫いた、
真部九段の大変だったであろう人生を偲び、
心よりご冥福をお祈りいたします。
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ゲームと現実社会

2007-11-27 21:07:06 | 将棋・ゲーム
羽生さんの「決断力」や谷川さんの「集中力」「構想力」
など、将棋の棋士が経営や生き方に関する本を出版している。

羽生さんたちは、経営の現場に居た経験は無いし、
将棋連盟の経営にもかかわったことは無いと思うが、
将棋というごくごく小さな箱庭的世界で学習したことは、
現実世界にも役立つ、ということなのだろうか?

昔は、逆に、人生経験を積むことで将棋も強くなる、
などと言われていた。「勝負」という観点から言えば、
そういうこともあるのかもしれないが、
最近はあまり聞かない。

1.将棋で学んだことが世界にも適用できる。
2.世界で学んだことが将棋にも適用できる。
3.両者にはそれほど強い関係は無い。

どれが正しいのだろう?
(1と2は両立可能だが)

それにしても、プロ棋士という人たちは、
一生を通じて、ほとんどの時間を、
9x9の盤上世界のことだけを考えて過ごすわけだ。

逆に言えば、たった9X9の盤上世界であっても、
人の一生を賭けるだけの深さがある、ということだ。

最近、電車の中で、夢中になって携帯やゲーム機で
遊んでいる人をよく見るが、一生、娯楽としては、
箱庭的世界だけを楽しみながら生きる、
ということだってできるわけだ。

箱庭的世界で遊んでいれば、ほとんどお金がかからないから、
格差社会が広がれば、それがあたりまえの人が増えてゆくのだろう。
エネルギーも消費しないので、地球環境にもとても優しい。

個人的には、すごく違和感があるが、
人類的スケールで良いことなのか悪いことなのか、
と言われると、なかなか微妙な感じがする。

そういえば、学生時代に、
「人生は麻雀だ!」と言っていた奴も居た。
どんなゲームも強かった彼は、その後着々と偉くなったので、
ゲームの才能と現実社会での才能にはなんらかの関係はあるのだろう。

今ならどう言うか、聞いてみたい気もする。

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ムンク展

2007-11-25 19:51:41 | アート
今日の新日曜美術館では、
国立西洋美術館で開催されているムンク展を紹介していた。

ムンクというと「叫び」しか知らなかったが、
ずいぶんたくさんの作品があるのだ。

その一生は、不幸な幼年時代から
放浪と放埓の青春時代を経て、
平穏な晩年へと、まさに芸術家の生涯で、それを反映して、
若い頃の絵には人生の暗い面を描いたものが多いが、
晩年、田舎に住むようになってからは、
明るい絵もたくさん描いている。

共通しているのは、
人間の暗い面も明るい面も、
ストレートに、正面から見て描いていることだ、
と、番組の中で、案内役の人が言っていた。

1月6日までやっている
(というのもなかなか不思議な日程だが)
ので、時間のあるときに見に行ってみたい。
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アグネス・チャン

2007-11-24 20:52:14 | 雑感
オーラの泉に、アグネス・チャンが出ていた。

この人、本当にいくつになっても、
アグネス・チャンだなぁ・・・

チャリティするのはいいけど、
それでアピールしないで欲しい。

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自分の影と対話する

2007-11-24 20:01:01 | 今日のひとこと
元プロボクサー坂本博之
課外授業ようこそ先輩の中で

自分の中に、
光の部分と影の部分がある。
その影の部分と対話することを忘れないように。

という意味だったようだが、

自分がいることで、
どこかに、だれかの上に、影ができる。
そのことを忘れないように。

という意味にもとれる。

人間は、すぐに、
目の前のことや、自分のことしか見えなく、
あるいは見なくなる。

自分に都合のよいことしか見えない、
見ないようになる。

影を無くすことはできない。
だからこそ、影のことを忘れてはいけない。
そのためには、ときどき、
自分の影を見つめ、対話するのが良い。

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筋の良さ

2007-11-24 19:56:54 | 今日のひとこと
囲碁名人戦第5局解説より

「(高尾紳路)名人は子供の頃から
悪い手を思いつかないという才があります。」
-坂井秀至九段

筋が良いとはそういうことか。
渡辺竜王とかもそういう感じなのだろうなぁ。

筋悪の手ばかり見えてしまうものとしては、
とてもうらやましい話だ。

しかし、七番勝負の結果は4勝3敗で
挑戦者の張栩本因坊に敗れた。

大竹英雄と小林光一のことを思い出す。
大竹美学と言われ、筋の良い本手で押してゆく大竹。
地に辛い、細かい実利を追求する小林。
結果的に、勝負の実績を見れば小林が勝った。

あるいは、升田と大山。
新手一生、と常に新しい手筋を求めた升田。
目を見張るような手を打つわけではないのに、
相手を転ばせて磐石な勝ちを続けた大山。

盤上もまた、実世界と同様に、
美学や筋の良さだけで押し切れるものでは無い、
ということか。

時には、筋悪になることを気にしない
鈍感さも必要なのだろう。
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山形国際ドキュメタリー映画祭

2007-11-23 20:28:23 | 映画・ドラマ・テレビ
NHKで、山形国際ドキュメンタリー映画祭の
紹介番組をやっていた。

山形でこんな映画祭をしていたとは知らなかった。

1989年から隔年で開催され、今年は10回目。
ドキュメンタリー映画の世界では、
世界的に有名になっているらしい。
素晴らしいことだ。

運営はNPOを中心としたボランティアベースらしいが、
番組で観た限りでは、てもうまくいっているような感じだった。

やはり、戦争や貧困を扱ったものが多いようだが、
複雑化する現実と物語ることとの狭間で、
今、ドキュメンタリー映画はどうなっているのだろう?

一度行ってみたくなった。
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ポスト団塊

2007-11-22 22:44:24 | 雑感
団塊の世代向けに
社会インフラが整備された後を、
ぬくぬくと歩いてきた、
おいしい世代。

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自分の力を見極める

2007-11-21 21:53:59 | 生きるヒント
30歳くらいまでに、
自分の力を見極められると良いと思う。

そうすれば、あとは、
それをいかに活かすか、に専念できる。

若い、成長の余地が大きいうちは、
いろいろなことに挑戦して、
どこまで伸びるか試す時期だ。

逆に、この時期に、いろいろ挑戦しておかないと、
いつまでも、自分の限界が見えなくて、
もっと何かすごいことができるのでは?
という幻想を抱くことになりがちだ。

若いうちは、ちょっと無理かも、
というくらいのことに挑戦する。

そうして、うまくいったり、
だめだったりする経験を通じて、
成長するとともに、自分の得手不得手や、
自分の力の限界を把握してゆく。


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出直しますか

2007-11-20 22:35:52 | 今日のひとこと
プロフェッショナル 仕事の流儀は、
ファッションショーヘアデザイナーの加茂さん。

その加茂さんに、デザイナーの渡辺さんが言った言葉。

だめなものはだめ、と言わないと、
良いものはできない。
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走った距離は裏切らない

2007-11-19 22:57:54 | 今日のひとこと
野口みずき強い!

マラソンで6戦5勝、銀メダル一つ、
というのもすごい。

マラソンに転向するまでは
それほど目立つ成績ではなかったらしい。

それでも走ることをやめず、
貧乏な暮しからの絵に描いたような
サクセスストーリー。

Wikipediaによると、
1日40キロ走るとか・・・

高橋さんにも、なんとかもう一度がんばってもらって、
北京では二人の金メダル保持者同士の対決が見たい。
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空気嫁とそんなもの関係ねぇ

2007-11-17 18:32:54 | 生きるヒント
どっちも駄目でしょう。

空気読め、がうっとおしいから、
逆の反応が出てくるのはわかるけど、
それじゃあ単純化のしすぎ。

読みすぎもだめだし、
読まなすぎもだめだし、
普通にコミュニケーションしないと。

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丑の刻

2007-11-17 18:11:31 | 雑感
最近、時計を買った。
安物だが、液晶の文字盤が大きく、
そこに大きな数字で時刻が表示されて見やすい。

これだけ大きいと、漢字も表示できそうだ。
12時間モードと24時間モードがあるのだが、
日本古来の時刻表示モードがあったら
面白いのではないか。

いまなんどきですか?
ああ、もう戌の三つだね。

などと遊べそう。

日本でしか売れないからだめか・・・
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