日々の寝言~Daily Nonsense~

日々の出来事への感想、雑感、思いつき、ぶつぶつ・・・

女流棋士クーデター失敗?

2007-03-31 14:26:29 | 将棋・ゲーム
今朝の新聞を見ていたら、女流棋士独立問題で、
将棋連盟が、残留希望者が55名中の36名に達したと発表した、
という記事が出ていた。

うーん・・・・朝から嫌なもの見たなぁ・・・
なんとも言えない、やりきれなさ、悲しさを感じる。

以下は、単なる外野の勝手な感想。

どんな説得が行われたのか知らないし、
どんな質問にどんな回答だったのかもわからないが、
どちらに義があるか、と言えば、
独立派のほうに義がある、と今でも思う。
しかし、世の中は正義で動くわけではない、
ということがあらためて示された感じだ。
まあ、あたりまえなのだが・・・

結局、独立派の棋士たちは、
形式的、手続き的には独走していなかったとしても、
気持ちの上では、浮動層とかなりギャップがあった、
ということなのだろう。

連盟との交渉の矢面に立って、
女流棋士の立場の確保にこれまでずっと苦労されてきた
蛸島先生や藤森先生、中井先生、そして、
闘い続けて自分の人生を切り開いてきた石橋先生、たちの気持ちを、
これまで、そこそこ恵まれた境遇で将棋を指してきた棋士たちが
理解できなかったのは、悲しいことだが、
ある程度はしかたないのかも、と思う。

中堅の棋士たちにすれば、どちらについても
そんなに変わらないように思えたのかもしれない。

独立した先の明るい未来を、
具体的に見せられなかったのが敗因、なのだろうが、
そういうものが見えなくても、みんなで一緒に苦労して
自分たちの居場所を社会の中に作ってゆこう、
と思う棋士が少なかった、ということが、
ひとごとながら、悲しい。

こうなってしまうと、独立派がどうするかが、
難しくなってしまったと思う。

1)独立はやめる
残念ながら、こうなる可能性もかなり出てきた、と思う。
この場合、独立に参加を表明した棋士を穏便に連盟に戻すために、
たとえば、首謀者は連盟を辞める、ということになるのだろう。
本当にこうなったら痛恨だが・・・

残留した棋士たちは、今回のことをきっかけとして、
なんとか、連盟内部での女流棋士の評価、価値が高まるように、
後処理をしっかりとしてほしい。

2)少数でも独立する
独立が成功して、連盟と対等の立場で交渉できるようになるためには、
少なくとも3/4くらいの女流棋士の参加が欲しいところだ。
そのあたりをどうクリアするのか、かなり難しくなってきたと思う。

どうなるにせよ、女流棋士会で一旦は賛成し、
今回は残留を希望した棋士たちは、
どうしてこういうことになったのか、
それがどういう意味を持つのか、
よくよく考えて欲しいと思う。
将棋ファンはその決断を忘れない。

それまでの経緯や、準備委員会の趣旨書を見れば、
「独立のための案を作るだけだと思っていた」
などという言い訳は、あまり筋が通っていない、と思う。

それにしても、この問題が、
週刊誌でまったく取り上げられていないのも、ちょっと解せない。
制約のある商業メディアよりもWeb上の情報のほうが
情報量が多くなってきていることの一例かもしれない。
マスメディアに出る情報にはこういうバイアスが有り得る、
ということだ。

追記1:女流棋士新法人設立準備会のブログには、
このようなアンケート結果が出ていた。回答数34のうち、状況によらず独立が14、
連盟が支援するなら独立が11、あわせると25という結果だ。
連盟のHPには何も載っていないのに比べると、ずっとフェアな感じがするが、
匿名でも過半数に届かないというのは、客観的にはかなり痛い。

追記2:毎日新聞によると、「準備委の関係者は
『連盟から仕事が回ってこなくなることを心配し、
心ならずも残留届を出した人も少なくない』と話している。」そうだ。

実際に、仕事の配分で残留派優遇があったのかもしれないが、
このコメントも、いろいろな意味で、ちょっと痛い感じがする。
上のアンケートとも絡むが、独立しても引き続き連盟から仕事をもらえる、
と思って賛成したのだろうか?
準備委員会もそういうつもりでいたのなら、
あそこまで過激に対立姿勢を取るはずがない。
そういうものに頼らずとも、とりあえずやってゆけるようにするための
寄付集めでもあったはずだ。
結局、そのあたりの意識差が最大のすれ違いだったのかもしれない。

追記3:連盟の数字と、準備委員会の数字を総合すると、
ぶれない独立派は15人くらいはいるようだ。
上では、悲観的なことを書いたが、
将棋をコンテンツとして活用する、という方向では、
まだまだいろいろな可能性があると思うので、
連盟があっと驚くようなビジネスモデルで、
女流棋士の明るい未来を切り開いて欲しい。

追記4:なんにせよ、分裂に至った原因の一端は
現在の連盟執行部にある。
現在の執行部が変われば、独立するにせよ、
残留するにせよ、展望は大きく変わる。

5月の理事選挙がどうなるのか、
今度は、プロ棋士たちの見識が試される番だ。
個人的には、ほんとうに勝手な感想だが、
いよいよ谷川先生の出番だと思う。

今の将棋連盟は、規模が小さい分、
ある種の社会のモデルを見ているような感じがする。
恐怖政治はこうやって存続するのだなぁ・・・
森下理事は入院してしまったようだし、
このままでは、これからもいろいろと悲惨なことが起こりそうだ。
(あくまでも、外から、そう見えるという感想です)
コメント

ちょっときつい、が気持ちいい

2007-03-31 12:37:11 | 生きるヒント
ときどきジムに行って体を動かしている。

まず、10分くらい自転車こぎ、ベルトの上を歩く、
無限階段を昇る、のどれか空いているものをして
体を暖める。

それから、軽くストレッチをする。
雨が降っていなければ、ベランダに出て
ストレッチするといい気持ちだ。
これからの季節は、桜や、いろいろな花も見られる。

それから、いろいろなマシンをぐるぐるまわって、
30分くらいまんべんなく筋肉を使う。

ちょっときつめの負荷で運動したあと、
1,2分休むときが、とても気持ちがよい。
からだじゅうを、血液がめぐって、
一生懸命に栄養を配り、ゴミを収集しているのが感じられる。

負荷が足りないと、もの足りないし、
かけすぎるとアップアップで苦しい。

人間の体は、ちょっときつい、が気持ちいい
ようにできているのだと思う。

それを継続できれば、徐々に、
きつく感じるラインが上がってゆくのだろうが、
もう若くないせいか、なかなか、そうなってゆかない。
すぐに頭打ちになってしまうのが悲しい。
コメント

梅田望夫さんの「もっとほめようよ」についてちょっとだけ考えてみた

2007-03-30 19:55:33 | 生きるヒント
ネット上で無数の言説が閲覧できるようになっている。
かつてない規模で、日本人の心のあり方が可視化されている、とも言える。

そこで目につくものが、恨みごとやけなしあい的言説が多く、
なかなか他人をほめない、という傾向?
これが、日本のネット社会の「じめじめ感」?

だから、感心したら、もっと素直にほめようよ、
という梅田さんの提言になっているわけだが、
どうしてそうなのか、ちょっとだけ考えてみた。

日本人が素直に他人をほめないのは、
「ほめる」という行為が、既にある種の上下関係を前提としている、
つまり、ある人の行為をほめる資格があるのは、その人よりも上位の人、
(端的に言えば、親、師匠、年長者)という暗黙の前提があるからではないか?

「ご苦労さん」と「お疲れ様」の使い分けからもわかるように、
日本人は、いまだに、そういう関係に敏感なところがあると思う。

だから、感心しても、自分と対等あるいは自分のほうが下だとおもえば、
ほめるのは僭越だからだまっている、のではないか?

逆に、そうしないでほめているとすれば、何か理由があるわけで、
何か下心があるのでは?とか、
こいつは何か仕事を頼もうとしてるんでは?とか疑われる。

ほめられるほうも、自分と価値観を共有していることがわかっている
上位の人にほめられないと素直に喜べない部分があるのでは?

さらに言えば、こういう、「ほめる」に関する心理的構造を、
「甘えの構造」に代表されるような、日本的社会の特性の一環
と見ることもできる。

「甘えの構造」という本は、なんとなく胡散臭さを感じて、
結局、読んでいないのだが、たとえば、このサイトによるまとめでは、

甘え:他者の好意を前提とすること、無条件に期待すること

ということらしい。なるほど、わかりやすい。

だとすれば、たとえば、
けなす、というのは、上の人からほめられる(好意を持たれる)、
ことを求めるための相互否定的な競争現象であり、
恨み、というのは、上の人がほめてくれないことに対する感情であり、
悔やみ、というのは、ほめてくれていた人を失ったことに対する感情、
というふうに言えるのではないか?
日本独特の「かわいい文化」も、関係ありそうだ。

上のサイトによれば、近代的人間像の目標は、
「個々人が人格者として自立して、
それぞれが自己をも他者をも尊重している状態」
だという。コンパクトにまとまっていてわかりやすい。
これをちょっと言い換えれば、他者の好意を過度に期待せず、
対等な立場で相互に信頼しあい、やりとりができること、だろう。

西欧的自由は個の確立の自由であり、日本的自由は、
わがまま(相手の好意的受容を期待した言説)を言う自由だという。

こういう心理的構造は、当然、社会の構造とリンクしているわけで、
その成立背景には、均質で相互好意的(価値共有的)な共同体構造、
があるだろう。

そうした中で、甘えさせることで権力を維持しようとする権力側と、
甘えることで利益を享受する従属側とが共犯関係となり、
甘える文化を強化し、また、従属側は甘えを享受するために足を引っ張り合う
ことになっていると思われる。

基本的に均質で相互好意的(価値共有的)な共同体(農耕文化)の場合、
メリットは、コミュニケーションコスト、信用確立コスト、
秩序維持コストが低いこと。
デメリットは、メンバーが限定される、価値観や秩序が固定化しやすい
(均質で相互好意的、価値共有的でないと成立しない)。
共同体崩壊後のオタクの島宇宙化も、このことを示している。

共同体内の親密な関係による秩序化、組織化は、
全会一致を尊び、逆に言えば、多数決で負けると協力しないで
むしろ分派する、という現象にも反映している。

一方、基本的にヘテロで相互自立的・競争的な共同体(狩猟文化)の場合、
メリットは、メンバーを限定しない、変化への対応が速いことで、
デメリットは、コミュニケーションコスト、信用確立コスト、
秩序維持コストが高いこと。

一般論で言えば、グローバル化する世界においては
下の組織構造ほうが強いはず。

なぜ、日本はある程度までは対応できたのか?

分厚い中流を作り出す、という、均質で親密な共同体のメリットを
最大限に活かした組織設計・運営をしたから、というのはもちろんあるが、
一番の要因は、アメリカという甘える相手がいて、
第二次世界大戦における関係を経て、
そこに上手に甘えることができたから、ではないだろうか。

しかし、アメリカの力は揺らぎ、世界は多極化、フラット化して、
資本主義、自由市場主義の下での真のグローバル化がどんどん進んでいる。

そうした状況で、あくまでも「甘え」にこだわって生き抜くのか、
それとも、スタンダードに倣って「甘え」を捨てるのか?

もちろん、きれいに白黒がつく話ではない。
どこの社会にとっても、特に、人間形成期においては、
親密な関係のコミュニティはとても重要で、
欧米でも、クラブ的な集まりはとても盛んだ。
それに、欧米には教会を中心としたコミュニティもまだまだ生きている。

「甘え」がよくないので、そういうものは無くしてゆこう、としたら、
全部駄目になってしまうだろう。

依然として「甘え」のようなものが基盤にあるということを自覚し、
それを少しづつ減らしてゆく、というくらいならよいのかもしれないが、
もっとラディカルに変わる必要があるとしたら、
それはかなり大変なことだ・・・
コメント

「風の谷のナウシカ」のことなど

2007-03-30 00:07:50 | 
宮崎駿さんが「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出ていた。
新しい作品が構想されるところが見られて、おもしろかった。

撮影も兼ねていたプロデューサーの質問は
なんだか弱々しくて、ちょっと不思議だったけど。

しかし、浦沢直樹さんの時も思ったが、
創造物とは、結局、作っては壊し、作っては壊し、
する中からしか生まれてこないらしい。

スキルとは、そのプロセスをどれだけ
効率よく実行できるか、ということだと思う。

そして、スキルが一定レベルに達すれば、
後は、どれだけあきらめずに、自分なりの方法で、
作っては壊すことを続けられるか、
が勝負を分けるのだろう。

それはともかく、個人的には、宮崎駿さんは、
「風の谷のナウシカ」のコミックス版に尽きる、
これは、戦後漫画の最大の収穫の一つだ、と思っている。

「ナウシカ」の主人公はもちろんナウシカだが、
その背後にあるのは「王蟲」であり、
それを育てる「腐海」だ。
それはつまり、「生態系」だ。

「エコロジー」、「地球に優しい」、「共生」
などといった言葉が流行するずっと前に、
この漫画は「生態系」という大きな視点から、
さまざまな生き物の姿、特に、人間の姿を描いていた。

物語の最後、ナウシカと墓の主
(ある種の人工知能と思われる)が対決する。

生態系の破壊者であり、
殺しあうものである人間。
世界を汚染し、自らも汚染されてしまった人間。
それは「浄化」されるべきものではないのか?

人類浄化計画・・・

しかし、物語の最後に、ナウシカは、
それでも生きてゆこう、と言う。

「いのちは闇の中のまたたく光だ。」
この言葉は、今でも、涙なくして読むことができない。

巨大な闇があるからこそ、いのちは、そこから、
うまれようと絶え間なくあがく。
いのちとは、その結果の泡のようなものだ。

われわれもまた、所詮、その程度のものであり、
どんないのちも生きるために精一杯あがくのであり、
だからこそ、貴重である、
ということを、この漫画は最も雄弁に語っている、と思う。
コメント

メアリーポピンズ

2007-03-29 19:54:04 | 
メアリーポピンズのシリーズは小学校の頃に読んだ。
いわゆる海外児童文学の中では、
ドリトル先生シリーズとともに特別な思い入れがある。

メアリーポピンズのクールさ(毒舌)と、
あまり教訓じみていないところがいい。

エピソードで記憶に残っているのは、
公園で地面に書いた絵の中に散歩に行く話、
笑気ガスの話、
月を飛び越えた牛が出てくる話、
などなど。

そのときによっていろんな味になる
風邪のシロップ?がうらやましかった。

扉を開けるメアリーポピンズのラストは泣けた。

「風に乗ってきたメアリーポピンズ」
「帰ってきたメアリーポピンズ」
「扉をあけるメアリーポピンズ」
「公園のメアリーポピンズ」

今でも、4冊すべて手に入るようだ。
岩波書店は素晴らしい。

コメント

シンクロするということ

2007-03-27 20:53:56 | テニス
世界水泳のシンクロナイズドスイミングは見ごたえがあった。

あれのどこに感動しているか、というと、
シンクロナイズドと言うとおり、演技がぴったり揃っていることが
重要な要素になっている。

シンクロに限らず、相手や対象とうまく同調することが
重要なことは多いから、それをポジティブに評価する回路が
備わっているのは不思議ではない。

身近なところでは、テニスでも、
飛んでくるボールと自分の体の動きの
タイミングをうまくあわせる、というのがとても重要だ。
どうもそれが苦手で困っている・・・
コメント

三崎のまぐろ

2007-03-27 20:49:39 | 食べ物
久しぶりに、三崎にまぐろを食べに行った。

前回は、たまたま通りかかった有魚亭で食べた。
ここもおいしかったのだが、今回は、ネットで口コミなどを少し調べて、
安くてうまいという評判の庄和丸に行ってみた。

店に着いたのは、午後の1時半くらいだったが、
入り口には、まだ5,6人が並んでいた。
2人だったので、カウンター席でOKして、10分くらいで入店できた。

店内はわりと広い。カウンター席が10席くらいと、
テーブル席、座敷が50席くらいか。
職人さんが活発に働いていて、雰囲気は悪くない。

で、周りを見回すと、やはり、ほとんどの人が、
お勧めの「鮪三昧御膳」1890円也、を食べているようだ。
大トロ2切れ、中トロ6切れ!、赤身3切れのボリュームで、
この値段は確かに安いので、これを注文。

大トロはさすがに筋が多くて駄目だったが、
中トロと赤身は十分においしくて満足できた。

味噌汁の代わりに頼んだ浜汁は、
いわゆるあら汁で、目玉なども入っていて、
こちらもとてもおいしかった。

これにまともな大トロがついて 3000円くらいなら、
完璧だったのだが・・・

食事の後、少し市場などをうろついたが、
さすがにまぐろで売っている街だけあって、
本物のカマがいたるところに置いてある。

まぐろは世界的に取り合いになっているとかで、
いつまで庶民が食べられるのかわからないが、
また食べに来たいと思った。
コメント

海外日本食優良店調査・支援事業

2007-03-26 23:24:24 | 雑感
日経新聞のサイトを見ていたら、
こんなコラムがあった。

今日、参議院で可決された平成19年度予算の中に、
海外の日本食レストランを調査・育成するという施策のための予算として、
2億7600万円が計上されているらしい。

農林水産省のホームページには、
こんな資料や、こんな資料もあった。

噂によれば、今なにかと話題の人である松岡農林水産大臣が、
海外で入った日本食レストランがひどかったのに激怒して、
なんとかしなくてはいかん、と言ったのが始まり、
とも言われている。

最初は、良いレストランを認証して、
お墨付きを与えよう、ということだったらしいが、
さすがに反対が多くて、名前を変えたらしい。

名前を変えれば通ってしまう、というあたりも含めて、
かなり、やれやれ、な感じだ。

イタリアやタイでは同じようなことを既にやっている、
と言うのだが、しかし、これは政府がやるようなことか?

と思って、いくつかのブログを見ると、
確かに、アメリカあたりの日本食レストランには
ひどいものも多いようで、アメリカ在住の人で、
支持する意見の人もいた。

しかし、本当にまずいレストランなら、いずれ潰れるはずで、
営業が続いているのなら、日本人の口にはあわなくても、
地元の人にはある程度支持されている、ということなのでは?
アメリカの中華料理だって、イタリアンだって、
かなりひどい店はいっぱいある。

こういうのこそ、余計な介入はしないで、
市場に任せればいいんじゃないか、と思う。
「ぐるなび」みたいなところが、海外でもあるだろうし。

これでまた、調査と称して海外に出かけていって、
高級日本食レストランでおいしいものを食べようとしている、
っていうのはさすがに邪推だろうが、しかし、
どうしてこう、育成、認証が好きなんだろう・・・

市場に参入してくるプレイヤーが未成熟のうちは、
育成や、質の良いものを認証することが必要だろうが、
プレイヤーがそれなりに入れ替わるような活発な市場であれば、
そんな施策は不要なはずだ。

いつまでも、焼け跡・戦後のつもりで、
施策を考えているのだろうか?

もっとも、農林水産省の総予算は2兆6千億円くらいなので、
2億7600万円というのは、約1万分の1だ。
予算としては、端数みたいなものなのだろう。
本気でやる気はないけど、大臣の顔を立てるために、
とりあえず計上しておきました、
っていうような感じなのかもしれない。

そんなことに使うのなら、私にくれ、と言いたい。
もっとも、もっとまともなことに使えるかどうかは、
あまり自信はないのだが・・・

まあ、この予算で、誰がどんな調査をして、
どんな育成がされるのか、
一年後に憶えていたら、検証してみるのも楽しいかも。
コメント

やる気の源

2007-03-26 23:02:22 | 生きるヒント
このところ、どうも「やる気」が起こらない。
何をしても楽しまず、という状態。

だいたい「やる気」っていうのは
どこから来るんだろう?

たとえば、Pluto第4巻では、天満博士が、
「挫折、強い憎悪こそが人工知能を育てるのだ」
と言う。

確かに、憎悪が行動の動機になるのは、
戦争が続いていることからもよくわかる。
憎悪が憎悪を生み、増殖し続ける。

悔しさ、悔恨、が
やる気の源になるのもよくありそうだ。

トリノの安藤さんではないが、
惨敗して心の底から悔しかったから、
生まれ変わったように一生懸命練習して優勝した、
みたいなエピソードは、よく聞く。

親しい人との死別もまた、強い悔恨をもたらすことがある。
「タッチ」ではないが、死んだ人から託されたもの、
死んだ人にやってあげられなかったこと、
などが強力な動機になることは多そうだ。

でも、そもそも「悔しさ」っていうのは
どこから来るんだろう???

今朝、テレビで見た、
浅草の「カツ吉」の主人は、
「お客さんがおいしいと言ってくれること、
お客さんの笑顔が、最大の喜び」と言う。

「他者の喜ぶ姿」もまた、
やる気の源になることはありそうだ。

自分は、かなり利己主義的なほうだと思うが、
それでも、他人に頼まれた雑用は、
つまんないことでも、結構やる気になったりする。

「やる気」が出ないというのは、
こういう基本的な情動系が弱っている、
ということなんだろうか?

自分の場合、「好奇心」も大きな動機のような気がする。
たとえば、知らない土地に行くと、
疲れていても、あちこちと歩きまわってしまう質だ。

しかし、それについても、最近は、
何を見ても、以前に見たものとそんなには変わらない、
ような気がしてしまって、
強い動機になりにくくなっている。

やれやれ・・・

こういうのを「死に至る病」と言うのだろうか?
コメント

多様化する世界

2007-03-26 00:05:30 | 生きるヒント
昼間、電車に乗ると、
日本人もずいぶんと多様になった、と思うことが多い。

自分が年をとっただけ、かもしれないが、
服装にしても、体型にしても、
そして、表情にしても、なんだか「日本人離れ」している人を
ごく普通に見かけるようになったような気がする。

多様化している、ということはつまり、
規範が弱くなっている、ということだ。
「こう生きるべきだ」あるいは「こう生きたい」
という規範が弱まっているのは確かだと思う。

それはまた、規範からのずれに対する「恥」の
意識が希薄になっているということでもある。

規範の力が弱まったのは、それを支え、
継承させていた共同体が弱まったことと関係しているだろう。
共同体が弱まって、都市が力を持ってきた。

そして、都市が発達したのは、
産業構造の変化が背景にある。

都市は、多くの文化=規範が出会う場所であり、
規範が相対化される場所である。
どんな規範も、絶対的なものではなくなる。
本来は、そこから新しい規範が生まれてくる、はずだが、
なかなかそれは難しい。

「どのように生きるべきか?」は
生得的な強い規範を持たない(それから逃れている)
人間にとって、根本的な問題の一つだ。
そこにはまた、どの程度強い規範を持つべきか、
という問題もまた含まれる。

規範が弱まることは、生き方の自由度が増す、
ということで、必ずしも悪いことではない。
たとえば、イノベーションは生まれやすくなるだろう。
しかし、それは、一般的には、社会的コストを高くする。

相手の行動を推測したり理解したりしにくくなるので、
コミュニケーションのコストや、
組織化のコストが高くなる。

だから、その時代時代、つまり、
産業構造の変化や、地勢的な変化にあうように、
適切な規範をメンテナンスしてゆくことが重要なのだ。
それこそが、本来の「立法」や「制度設計」の一つの意味のはずだ。

日本は、明治維新のときに大きな規範のシフトを行った。
それは基本的には西欧に学ぶ、西欧の規範を
(表面的に)取り入れる、という形で実現された。

第二次世界大戦もまた、大きな規範の変化を
もたらしたはずだ。

しかし、既に、そうした規範もほころびが出て、
変えなければならなくなっている。
にもかかわらず、「自由競争」とか「自己責任」といった、
どちらかといえば自然で原始的なもの以外の
新たな規範が見えて来ていない、というのが、
さまざまな問題の背景にある、大きな問題だと思う。

「武士道」は、戦いの場をも想定した規範であり、
「町人文化」は、都市的な要素を持つ規範である、
という意味では、こうしたものが再評価されていることには、
何か意味があるのかもしれないが、
明治維新以来、自分たちで規範を作り出してゆく、
ということをしてこなかったつけは、
かなり大きいようにも思われる。

もちろん、部分的には、ある種の社訓とか、
生産方式、とか、そういった形で、
規範を作ってきてはいるわけだが、
それはあくまでも、特殊な状況下でのものでしかない。

そもそも、一つの規範で国全体が美しく覆われる、
ということがもはや無理であるのは明らかで、
求められているのは、異なる規範と共存できるような
規範なのだろうが、それは自己矛盾的な感じもする。

このあたりは、本当に、日本人にとっては
とても苦手な分野、なのかもしれない・・・
コメント

コーチの力

2007-03-25 20:07:31 | 生きるヒント
安藤美姫さんが、世界フィギュアで金メダルを獲った。
滑走順が結果的に有利に作用したという面はあるとはいえ、
そのチャンスを見事にものにした、感動的な結末だった。

トリノオリンピックまでは、到底、世界を制する選手とは
思えなかったので、自らの人を見る目の無さを反省している。

ところで、安藤さんの現在のコーチは、
荒川選手に金メダルをもたらした人らしい。
やはり、ここまで到達できたのは、
コーチの力も大きいのだと思う。

他の種目でも、高校野球の監督、シンクロのコーチ・・・
コーチの力が目につく。特に、選手が若いときには。

逆に言えば、ある程度長い期間、優れたコーチや教師に
つくことができた人は、とても幸運なわけで、
安藤さんが身をもって示した教訓は、
そういう尊敬できる師を、金のわらじを履いても、
本気で探せ、ということだろう。
コメント

インターネットの力

2007-03-25 19:39:04 | 生きるヒント
梅田望夫さんがよく書いているように、
インターネットの可能性は、まだ始まったばかりで、
その本当の力が現れてくるのは、これからだと思う。

それでも、たとえば、団藤さんのブログ時評などを見ていると、テキスト情報や写真に関しては、
ブログをはじめとするページの情報の質が、
一部では既存メディアを抜きはじめているように感じる。

特に、ある種の問題については、既存メディアが
かなり偏った情報の出し方をすることがあり、
必ずしも信頼できないので、上の感じが顕著になる。

たとえば、原子力発電所の臨海事故問題や、
堀江さんの実刑判決、などについて、
ブログをサーフィンすることで、
既存メディアに出ている情報よりも
かなり多くの情報を得ることができる。

さらに大きいのは、
非常に多様な観点からの発言を読むことができる、
ということだ。

「朝まで生テレビ」が、議論の仕方、
というものの一つのモデルを提供してきたわけだが、
いまや、もっと本音ベースの議論を、
ピンからキリまで、ブログ上で読むことができる。

そしてまた、「炎上」を見ることで、
まっとうな議論を妨げる、邪悪な言説に
どういうパターンがあるのか、ということも学べる。

こういう世界で育てば、
議論が下手と言われる日本人からも、
かなり上質な論客が現れてくる日は
それほど遠くない、と思う。

こういう可能性も含めて考えると、
インターネットの影響力は、既に、
既存メディアを大きく超えている。

但し、オーマイニュースのようなやり方ではなく、
むしろ、問題ごとに、情報の多いページを
うまく集めたポータルを作るほうが、役に立つと思う。
コメント

頭の使い方

2007-03-24 21:27:13 | 生きるヒント
一人の人間の情報処理の能力はかなり大きいし、
最近は計算機で増幅されているのだが、
それでも上限はあるわけで、
これだけ世の中に情報が溢れていると、
どんな情報をどう処理するかの選択が重要だ。

そういう観点から自分の頭の使い方を振り返ってみると、
どうも、つまらないことにたくさんの労力を割いている
という感じがする。

特に問題なのが、ディスカウントやお得情報を集めて、
数百円を節約して喜ぶ、という使い方。
少しでもお得な情報を得るために、
かなりの能力と時間を使っていると思う。

決めてしまった後でも、
もっと安くて良いのはなかったのか?
などとわざわざ調べて、後悔したりして・・・

そんな暇があったら、もっと生産的なことを考えたほうが、
大局的にはずっと良いはずなのだが、
なかなか出来ないのは、
頭の使い方が、特定のパターンに慣れて
固まってしまっているからなのだろうか。

そういう、つまらない方向に頭が固まってしまうのは悲しい。
やれやれ・・・
コメント

優柔不断

2007-03-23 20:54:16 | 生きるヒント
根っからの優柔不断だ。
それでひとに迷惑をかけたりすることも多い。

なんで決められないのか、というと、
決断自体が難しいのではなくて、
可能性を捨てるのが嫌なのだ、と思う。

たとえば、9割方Aのほうが良い、
とわかっていたとしても、でも、
Aに決めてしまって、Bを取る可能性を失うのが嫌なのだ。

それで、客観的に見れば、明らかに決まっているのに、
ぐずぐずと決断せずに過ごすことが多い。

結局、けち、ということなのだと思う。
コメント

渡辺竜王お見事!

2007-03-22 23:21:39 | 将棋・ゲーム
このところ、なかなかスルーしにくい将棋の話題が多い。

昨日(21日)行われた、渡辺竜王-ボナンザ(将棋ソフト)の対戦は、
大方の予想(というか期待)どおり、
人類代表^^である竜王の勝利に終わった。

竜王が、ボナンザ得意の四間飛車穴熊を正面から受けて立ち、
ほぼ互角の中盤から、ソフトの攻め急ぎをしっかりとがめて、
鮮やかに一手違いを読み切って押し切った。

ぎりぎりというよりはまだ余裕のある勝ち方で、
人類の強さを見せつけた格好だが、しかし、
ボナンザ側にも、大きな悪手はあまりなく、
コンピュータの長足の進歩をも印象づける一局だった。

ボナンザの商用パッケージを売っているマグノリアのHPによれば、
今回使われたマシンは、
ケース: 2U静音水冷式ラックマウントケース
CPU: Intel Xeon X5355 2.66GHz 8M
FSB1333 FC-LGA6 Clovertown x2 (8core)
M/B: Supermicro X7DBE 'RC Special
Memory: 8GB (1GB PC2-5300 ECC REG FB-DIMMx8)
OS: Windows x64 Edition
というものだったらしい。

これは1台のPCとしては、かなりのハイスペックマシンだ。
8コアだから、普通のPCより5倍くらいは速いだろう。
メモリーも8ギガ積んでいる。
開発者の保木さんによれば、一秒間に400万手読むという。

その分、ある程度深く読めたので、手の広い中盤でも
致命的な悪手がでなかったのではないかと思う。
中盤のさなかに出た71手目の▲6四歩などは、
一見とてもぬるそうに見えるが、指されてみるとなかなかの手で、
竜王も動揺したらしい。

しかし、逆に、ソフトが強いと言われていた終盤の入り口で、
竜王がしっかりと優位に立つことになった。
これは一見不思議だが、ある程度局面が狭くなったところでは、
人間のプロが狭く深く読めるのに対して、
ソフトは、そこまでは読む手を絞りきれないので、
読みの深さに差が出たのではないか、と思われる。
このあたりに、まだ壁がありそうだ。

ボナンザは、プロの将棋6万局を使って
盤面評価関数を学習させたらしい。
既にそこまでのデータを使っているとすると、
この先、さらに強くするのは難しくなってゆくと思うが、
強いソフトはボナンザだけでなく、激指などもあるので、
互いに競い合って進歩してゆけば、数年後には、
トップ棋士ともかなりやりあえるようになるかも、
と思わせるような勝負だった。

それにしても、今回の渡辺竜王は立派だった。
そもそも、勝って当然の勝負を受けてたった勇気だけでも素晴らしい。
それに加えて、おごらずにしっかりと準備した
(自宅PCのボナンザと100局近く指したという)周到さ、
相手の得意形を正面から受けてたった貫禄、
すごいプレッシャーに負けずに戦い抜いたしたたかさ、
終盤の鮮やかな龍切りで観客を魅了した強さ、
そして、日も明けぬうちに、
自分のブログに、内幕と詳しい解説を載せる、
超がつくほどのサービス精神。

どれを取っても、感動的に立派というほかはない。
今回の勝負で、ものすごく男をあげたと思う。

明日も、棋王戦の第4局がある。
5連続タイトル挑戦の佐藤棋聖が一気に奪取を決めるのか、
それとも、先手番が鬼のように強い森内棋聖・名人が
タイに持ち込むのか、野次馬の興味は尽きない。
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