日々の寝言~Daily Nonsense~

日々の出来事への感想、雑感、思いつき、ぶつぶつ・・・

先読みの必要性

2006-06-30 23:40:24 | 将棋・ゲーム
東洋経済のWebサイトに掲載されている
羽生さんのインタビューの中に、
ちょっとだけ気になる部分があった。

(晩年の)大山先生は、読まずに指していた、
というもの。

ある盤面を見て、そこでの最善手、あるいは、
最善ではないにせよ、負けにしない手、が
すぐに浮かべば、わざわざ先を読む必要はない。

問題は、盤面からそこで指すべき手を得るための関数が、
どれだけ複雑か、ということだろう。

将棋の駒の置き方は無限に近いバリエーションがあるが、
その中で、プロの戦いで実際に現れるものは
それほどは多くはないだろう。
しかし、それにしても、無限に近いわけで、
すべての盤面を経験することは不可能だ。

そして、将棋の場合、
盤面がちょっと変わっただけでも、
その先の展開が大きく変わってしまうことが
よくあるので、限られた経験から、
この関数を学習することはかなり難しいと思われる。

それでも、プロ棋士をはじめ、将棋の強い人は、
自分の経験や研究から、
ある程度そういう関数を学習しているはずで、
ただし、確実ではないから、ある程度優劣がはっきり
するところまで読んで、確認しているのだと思う。

「将棋とはどういうゲームか?」が羽生さんにとっての
興味であるとすれば、この関数がどれだけ
複雑なものか?もまた、その一部に含まれる。
そして、大山さんという実例は、羽生さんにとって、
この関数が、ある程度までは人間にとって学習可能である
ということを示すものとして興味深いのかもしれない。

もちろん、大山さんの時代とは、
将棋の幅広さもずいぶん違ってきている。
昔であれば、ありえないといわれた手が
成立したりすることもよくあり、
往年の名棋士が、若手に、研究の差で負けたりもする。
したがって、現在でも、大山さんが
読まずに指すことができるのかはわからない。

それでも、どこかで量が質に転化し、
かなり精度よく関数を学習できるのか、
あるいは、人間の一生の間には無理なのか?

将棋というのは、本当によくできたゲームだと思う。
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Googlezon という未来

2006-06-30 23:24:57 | 生きるヒント
遅ればせながら、EPIC2014というフラッシュを見た。
すべての人が、世界中どこからでも、
必要な情報にアクセスし、情報を発信できる世界。
発信された情報は、それを必要とするであろう人へ
自動的に配信され、それに見合った対価が支払われる。

フラッシュに描かれている世界は、
特に新しいわけではなく、
今までにも言われてきたものだし、
テクノロジ的に見て、最後のほう
(記事の自動編集など)は、すぐには
実現可能では無さそうだ。

しかし、改めてかっこいい映像にされると、
説得力があるように思えてしまう。

実際のところ、こういうテクノロジによって、
ジャーナリズムのあり方は変わるのだろうか?

たぶん、かなり変わるような気がする。
たとえば、身近な例として将棋について考えると、
既に、将棋連盟が編集している将棋世界や、週刊将棋よりも、
将棋愛好家が作っているホームページや、
棋士のブログのほうが、情報量が多くなっている部分もある。

もちろん、2ちゃんねるを引き合いに出すまでもなく、
ホームページのクオリティは玉石混交だが、
そこから玉の部分だけを取り出せれば、
事実として、それらのクオリティはかなり高い。

たとえば、以下のようなサイトたち:
将棋に関するネット上の情報を一覧するなら、勝手に将棋トピックス
タイトル戦など主要な戦いについてのコメントを見るなら、
せんすブログや、T's Shogi Station
羽生さんについてのデータなら、羽生善治データベース「玲瓏」

将棋というのは、狭い世界に、知的な人たちが
集まっているという意味で、
かなり特殊な例かもしれないが、
しかし、こういうことが、
Googlezon という未来につながっているような気がする。

そして、「情報」は、ニュースやエンタテインメント
だけではないのだ。一番大きいのは、広告宣伝と口コミ
ではないかと思う。

もちろん、お金や手間のかかるコンテンツは、
今後もプロが作ることになるだろう。
しかし、今の民放テレビ、週刊誌、夕刊新聞のような、
ある意味で「どうでもよい」情報を取りまとめているメディアが、
Googlezon 的なものに取って代わられる日は
案外早く来るような気がする。
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ゆっくりとおやすみください

2006-06-26 21:28:00 | 好き
知人の葬儀に出席した。
いつも明るく、一生懸命で、
心から尊敬できる数少ない人だった。

まだそんな年齢ではないのに。
役に立つ人から先に、神に召される、
というのは本当のようだ。

ほんとうにお疲れさまでした。
どうぞゆっくりとおやすみください。

といっても、天国でも、
明るく、一生懸命に、
他の人のために何かしているような気がする。
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生きているということは、穢いということだ

2006-06-26 00:46:42 | 生きるヒント
新日曜美術館で、甲斐庄楠音さん?という
画家にして、溝口監督の映画の衣装なども手がけた方が
特集されていた。

ちょっと不気味な感じの絵は
いまひとつ好きになれなかったが、
その中で、印象に残る言葉があった。

生きているということは、穢いということだ。

言われてみればそのとおり、なのだが、
虚を突かれた感じがした。

確かに、わたしたちは、みんな、
穢いところから生まれて、
美しいものに憧れ、
しかし果たせずに、
日々を穢く生きて、
穢いところに戻ってゆく。

美しい絵や音楽は、
その穢い生の上澄みだけを捉えているに過ぎない、
とも言える。

しかし、その特集の後、アートシーンでは、
箱根のポーラ美術館でやっている
ピカソの展覧会が紹介されていて、
そこに出品されていた、
ピカソが息子を描いた絵は、
なんというか、やはり、天使のようだった。

生きていることは穢い、
だからこそ、そこから逃れたくて
こういう絵を見ては、
自分のめざしている、理想とするものを再確認し、
感動する、のかもしれない。
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日本対ブラジル

2006-06-24 23:11:39 | 運動
ブラジルはやっぱり強かった。

サントスのアシストからの
玉田のゴールは気合が感じられて、
とても気持ちよかったが、
全体としては、個々の選手のボール扱いの技量、
選手相互の意思の疎通、の両方で、
差は歴然としていた。

ワンタッチでパスを鮮やかに回して、
最後にシュート、という
テレビCMのようなシーンを、
いともたやすいことのように
何度も演じるブラジルの選手たち。

それに対して、
相手が取れないボールを出しては、
お互い叫びあって、必死に言葉と身振りで
何かを伝えようとしている
日本の選手たち。

日本人は、ラグビー、バスケット、サッカーのような
リアルタイムの協調が要求される種目は、
歴史的な理由から苦手なのかも、
などと考えてしまった。
(野球は、かなり分業されているので、
ちょっと違うように思う。)

本来、「あうんの呼吸」は、
日本人が得意とするところのはずなのだが、
ダイナミックに激しく変化する状況中で、
ある程度離れた選手同士が呼吸をあわせる、
というのは難しいようだ。

よくわからないが、ベースとして、
基本の約束パターンのようなものが必要なのだと思う。
誰かがAゾーンでボールを持ったら、
別の人が自動的にBゾーンに走りこむ、
というような??

もしかしたら、ある程度わかりあえてしまうので、
かえって、そいういう約束ごとを決めて、
体にしみこませるような練習がしにくい?

もちろん、ジーコの指導スタイルの問題も
あったのかもしれない。
上手な選手がコーチをするときの問題点は、
なぜできないのかがわからない、ということだ。
おそらく、ジーコには自明な約束ごとで、
多くの日本の選手には体得できていないことが
たくさんあったのだろう。

ディフェンスも、宮本がいないせいもあってか、
子供のサッカーのようにボールの近くに
選手が集まってしまうことが多かったと思う。

勝負の世界は厳しい。
勝つためには、しっかりした戦術が必要で、
奇跡を頼んでいてはだめだ、
ということが身に染みて感じられた。
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フィットサローネとうい座椅子

2006-06-22 21:57:26 | 雑感
楽天のSo-Fa-S という店でフィットサローネという座椅子を買った。
asahi.comの楽天こだわり店長に聞くというページで
偶然見つけて、衝動買い。

いちおう、少しは他の候補も調べて、
同じ楽天に店を出しているデザイン・ドリーム
グランドマンボウと比較したが、
結局、大きさ、重さ、と価格で決めた。

今日届いたのだが、グランドマンボウより
小さいとはいえ、箱はかなりの大きさ。

さっそく座ってみた。
形があっさりしているため、
包まれるようなサポート感は無いが、
ウレタンが厚いのと、足の部分が長いのとで、
すわり心地は悪くない。
荒織りの生地の肌触りもいい感じ。

持ち運ぶのに負担になる重さではないので、
片付けたりするのも楽だ。

ただ、リクライニングは
やはり無段階がよかったかなぁ、という印象。
7段階あっても、使えるのは結局ひとつかふたつなのだ。
それほど悪い角度ではないのだが、
自由度が少ない印象は否めない。

とりあえずの印象はなかなか良い。
今後、使っていってどうか、というところ。
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東洋経済

2006-06-21 23:40:17 | 
週刊東洋経済のホームページ
今週はなかなか読み応えあり。

梅田望夫さんのインタビューと、
羽生さんのインタビュー。
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将棋の終焉?

2006-06-20 20:29:23 | 将棋・ゲーム
佐藤康光棋聖と鈴木大介八段が戦っている
将棋棋聖戦の第2局は、佐藤棋聖が勝った。
これで棋聖の2連勝で、すでにして防衛に王手。

名人戦の第6局もそうだったが、本局も、
佐藤棋聖が、終盤での相手の緩手を鋭く咎めて、
一気に形勢を傾かせた。
いつものように、羽生、森内、佐藤の強さを
印象づける結果だ。

この強さは、単に個人的なものなのか、
それとも世代的なもの、つまり、
彼らの世代が最強になるように、
将棋というゲームに大きな変化が起きてしまったのか?
が少し気になる。

将棋の情報化が急激に進んだのは、
島、森下さんの世代あたりからだろう。
データベースが整理され、
定跡研究がかつてないほどの速度で進んだ。
羽生さんの言うとおり、
高速道路が整備されたのだ。

そういう道路を、自分で開拓して作った側と、
人が作った道路を走って景色を眺めた側とで、
経験、力のつきかたが全然違うのは自然だろう。

未知の世界をワクワクしながら開拓するのと、
既に誰かが開拓してしまったものを勉強するのとでは、
モチベーションにも、天と地ほどの違いがあるはずだ。

羽生さんの世代は、島研で数多くの戦型を開拓してきた。
森下さんには矢倉があり、
藤井さんには四間飛車があった。

渡辺竜王の世代になると、
それでもまだ、居飛車穴熊や中座飛車があったが、
しかし、もうおいしいところは、ほとんど
食べ尽くされてしまったのではないか?

今から棋士になる人には、
自分で最初に考えられるところは、
細かい重箱の隅しか残っていないのではないのか?

莫大な開拓済みの定跡を前にして、勉強する気が失せる。
やる気を失わないで勉強したとしても、
その定跡を自ら開拓してきた人ほどの地力はつかないから、
腕力戦に持ちこまれると勝てない。

そういう状況だとしたら、かなり根が深い。
少なくとも、単に、奨励会の制度が悪い、
というような問題では無く、
ゲームとしての将棋の終焉は、
思ったよりも早くきてしまうのかもしれない。

情報があふれる状況で、
どうやって勝負としての将棋の地力を
つけてゆくのか?
今の状況があたりまえになる
次の世代になれば、解決するのかもしれないが・・・
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職業の選択

2006-06-20 20:16:15 | 生きるヒント
ラジオのニュースを聴いていたら、
どこかのお役所の白書によると、
かなりの比率の人が、自分の望む職業に就いていない、
ということだった。

できるだけ多くの人が、
自分の望む職業につけるように
対策を取る必要がある、って、
まあ、そりゃあそうなんですが、
そもそも、今の日本で、職種ごとの求人の分布と、
就職希望の分布とは、
どれくらいマッチしているんだろうか?
ということが気になった。

そこのミスマッチがひどければ、
そもそも希望する職業に就ける人は
原理的に少ないことになる。

この分野のこういう仕事をする人が求められている、
という情報を、日々の就職情報ではなくて、
もっと大局的な観点から見やすくまとめたものは、
どこか身近にあるのだろうか?
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リンパマッサージ

2006-06-19 09:07:39 | 旅行
生まれてはじめて、プロのマッサージを体験した。
アロマオイルをたっぷりと使ったリンパマッサージ。

まずは、うつ伏せに寝て、足の裏を念入りに。
それから、足の指、くるぶし、ふくらはぎ、ももの裏、
背中全体、てのひら、腕、そして肩から首。
仰向けになって、足の表側、肩と首。

全部で約1時間。

すごく気持ちよくて、
終わった後は、体が軽くなって、
そのあと一日中、ぽかぽかするような感じ。
足の裏からも、ずっと気持ちの良い刺激が続きました。
病みつきになりそう。
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クロアチア戦と勝負の厳しさ

2006-06-19 09:00:10 | 運動
技術的なことはよくわかりませんが、
手に汗握る勝負に感動しました。

体格の違う選手を相手に、
ほんとうによく守ったと思います。
執念では上回っていました。
それだけに、決勝点が取れなかったのはなんとも残念。

サントスに当たった中村のフリーキック、
後半の柳沢や玉田のシュート、
小笠原、中田のミドルシュート、
惜しいシーンはあったのに、
一点が遠かった・・・・

フレンチオープンテニスのフェデラー対ナダル、
将棋名人戦の森内対谷川、
そして、今回のサッカー、
勝負とは厳しいものです。
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名人戦第6局

2006-06-16 23:53:40 | 将棋・ゲーム
将棋の名人戦第6局は、森内名人が勝って、
防衛を決めた。
谷川九段残念。

今シリーズは、熱戦ではあったが、
ぎりぎりの勝負になった局が無かったような印象。
綱引きで言えば、一方がじりじりと
優位を拡大してそのまま勝ちきった
戦いが多かったような気がする。

もうちょっと粘っこく、
最終盤まで一進一退が続くような
勝負も見たかったが、
やはりそれは、
谷川九段の棋風とは違う、
ということなのだろう。

どちらも、お疲れさまでした。
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人はパンのみにて生きるにあらず

2006-06-15 23:09:23 | 生きるヒント
いくらパン=エネルギーがあっても、
その発動を方向づける情報が無ければ、
空回りするだけで、生存することすら難しい。

適切な情報を適切なタイミングで
適切な人に供給することは、
食糧の供給と同じく重要だ。

世界全体ではまだまだだが、
先進国では、食糧供給は、
おおむね満たされている。
だから、食べる権利、はあまり話題にならず、
食の安全、が問題にされる。

一方、情報については、まだ、知る権利のほうが、
情報の安全、知の安全よりも、話題になっている。

しかし、今後は、情報の安全、知の安全、が
より大きな問題になるのではないか?

食べ物が余る世界で、
肥満や成人病、食習慣からの病気が問題になっているように、
情報過多、ジャンクな情報を摂取しすぎることからくる、
心の病が大きな問題になるのではないか?
コメント

そうありえたかもしれない自分

2006-06-14 20:07:36 | 生きるヒント
自分が今の自分であるのは
かなりの偶然による

ちょっと遺伝子が違ったり
ちょっと生まれる場所、時間が違うだけで
全然違う人生になるだろう

だから、他者とは
そうありえたかもしれない自分
なのだと思う

仏教の輪廻転生は、それを
すべての生きるものへ拡大する

すべての生きるものは
そうありえたかもしれない自分
なのだ、と

世界はとどまることなく変化し続けている
今、この瞬間にも
たくさんのものが生まれ
たくさんのものが死んでゆく

生まれてくるものが浴びる光と
死に行くものが見つめる闇とが
今という瞬間をかたどり
限りない模様をつくる

しかし、限りない変化が生み出すものは
すべて同じ法則に従っている
わたしたちは
すべて同じ法則に従って生まれて
そして死んでゆく

自然に、いつでも
心からそう感じられるとき
そこには、生きることの幸せと
生きることの悲しみとが
共にあるだろう
コメント

竜王の品格

2006-06-13 23:00:59 | 将棋・ゲーム
渡辺竜王のブログを読んでいて、コメントにちょっと考えさせられた。

竜王が歌舞伎町の飲み放題で飲んだ、という記事に対して、
竜王たるものもっと品格を大事にするべきで、
そんなことは書かないで欲しい、
というコメントをつけた人がいて、
そのコメントに対して、反論がいくつかなされていた。

個人的には、ブログの内容には特に違和感はなかったのだが、
でもまあ、コメントをつけた人の気持ちもなんとなくはわかる。

相撲では、横綱審議会というのがあって、
横綱たるもの、技のみでなく、品格が重要、
ということになっている。

日本の伝統芸能という意味では似ているわけで、
将棋の名人や竜王についても、
そういう意見はあってもおかしくはない。
(まあ、将棋が芸能か、というと、ちょっと微妙だが)

竜王の品格を問題にする人は、
きっと将棋が好きで、
品の良いものが好きなんだろう。

ところで、この「品が良い」っていうのは、
そもそもどういう意味なんだろう?
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