日々の寝言~Daily Nonsense~

クリストファー・ノーラン「オッペンハイマー」をめぐる感想など

だいぶ時間が経ってしまったが、
原爆の日などもあったので、
クリストファー・ノーランの映画
「オッペンハイマー」について
書いておこうと思う。

映画は3時間という長尺だが、
昨年のアカデミー賞の
作品賞を始め7部門受賞、ということで、
誰もが楽しめる作品、
なのかと思いきや、そこはノーラン監督、
難解な映画だった。

>「オッペンハイマーという
> 誰よりもドラマティックな人生を歩んだ男の脳内に入り、
> 彼の物語を描くことによって、
> 観客のみなさんに彼の人生を追体験してもらいたかった」
というとおり、「原爆の父」と
一言で語られてしまいがちな
オッペンハイマーという人間、
そしてそれを取り巻く人間たち、
をとことん描く、という狙いはわかるものの、
さすがに詰め込み過ぎ・・・

しかも、核分裂(カラー)と
核融合(モノクロ)という2つのパートが、
ほとんど説明なく、切り替わりながら
語られてゆくのが、難解さに輪をかける。

カラーの部分は、
オッペンハイマー自身の視点で、
モノクロの部分は、
戦後にオッペンハイマーを陥れたとされる
当時の原子力委員会委員長
ルイス・ストローズの視点で
描かれている、ということは
鑑賞前に抑えておかないと厳しい。

そして、カラーの部分は、
さらに2つの時空にわかれる。

一つ目は、1942年から45年に
かけて遂行された原爆開発の
マンハッタン計画
を中心とした時空。

当然このマンハッタン計画が
メインだろうと思うわけだが、
それほどでもない。

オッペンハイマーの学生時代や
女性関係まで描かれていて、
トリニティ実験の緊迫感は
しっかり描かれているものの、
マンハッタン計画の部分は
思ったより少なめだった。

もう一つは、戦後の赤狩りで
事実上の公職追放となった時期を
中心とした時空で、
1953年のオッペンハイマーの
スパイ容疑に関する公聴会が描かれる。

そして、モノクロの部分が
もっとも新しく、
1959年におこなわれた
ストローズを商務長官任命するための
承認公聴会が描かれている。

二つの公聴会部分は映像も地味で
暗い感じなのだが、特に映画前半は
この部分の時間が多いので、
前半でドロップアウトしてしまった人も
多いと思われる。

というわけで、多くの人が書いているとおり、
予習必須、あるいは、複数回鑑賞必須の
映画だった・・・

予習としては、もちろん
原作の小説「オッペンハイマー(上・中・下)」
(原題は "American Prometeus")
なのだろうが、かなり長くて読むのが大変だし、
文庫なのに全部揃えると 4,000円を超える。

日本の物理学者の藤永茂さんが書かれた
「ロバート・オッペンハイマー
―愚者としての科学者」もお薦めだ。

ただし、当然ながら、
赤狩りパートや、
ストローズのパートは
書かれていない。

また、この本では、
オッペンハイマーの
原子力委員会追放を主導したのは、
ストローズではなく、
水爆開発を推進したかった
物理学者のテラーだと
言われている。

全体としてみると、
人間としてのオッペンハイマーも
もちろん興味深いのだが、やはり
マンハッタン計画の壮大さや
スピード感が印象的。

ナチスに先んじるという
大義があったとはいえ、
20億ドルを投じて、
何もないロスアラモスの台地に
街を作って、科学者、軍人
数千人を集めて極秘で研究をする
というプロジェクトを実行できるのは
やはりアメリカだ。

特に、軍の技術将校として
計画を推進し、オッペンハイマーを
周囲の反対に負けずに
研究開発リーダーに任命した
グローブスさんのような
突出した実行力のある
人がいるのだ・・・

 * * *

この映画に関連して、
NHK で放送された
3つの番組についても
触れておきたい。

一つ目は、今年2月に放映された
映像の世紀「バタフライエフェクト」の
「マンハッタン計画-オッペンハイマーの栄光と罪」で、
マンハッタン計画とそれに続く
原爆投下や水爆開発を描いている。

本物の映像が使われているだけに
ある意味では映画より迫力があるし、
被爆地の調査映画の映像は衝撃的だ。

戦後のオッペンハイマーの様子も
描かれていて、この番組では、
テラーではなく、加速器開発を指揮した
物理学者のローレンスが
水爆開発とオッペンハイマーの
原子力委員会追放を主導したとされている。

オッペンハイマーが日本を訪問したときの
インタビュー映像もあって、
とても印象深い。

二つ目は、NHKスペシャルの
「原子爆弾・秘録 ~謎の商人とウラン争奪戦~」
初回放送日は、2023年8月6日だが、
最近再放送されていた。

こちらは、ベルギーの商人で、
当時ベルギーの植民地だった
コンゴにウラン鉱山を持つ会社の
役員だったエドガー・サンジエの
手記をベースにした番組で、
アメリカの原爆開発成功の裏には、
純度が非常に高かったコンゴ鉱山の
ウランの存在があったというもの。

サンジェは、ナチスが台頭すると、
コンゴにあったウランの在庫を
ニューヨークに送っていて、
それを知ったアメリカ軍が
そのすべてと、今後生産されるウランを
買い取る契約をしたという。

このウランがなければ、
アメリカの原爆開発はあれほど
円滑に進まなかったのではないか、
という話は興味深かった。

また、ナチスが一部接収していた
ウランが戦後、ソ連に没収され、
それがソ連の原爆開発を加速した
とも言われていた。

そして三つ目は、NHKスペシャル
「一億特攻”への道 〜隊員4000人 生と死の記録〜」

日本の敗色が濃厚となる中で、
少しでも講和の条件を良くする、
具体的には、天皇陛下の地位を
護持するために、「一撃講和」
(一度相手を叩いてから講和する)
という幻想のもと、「一億総特攻」
が押し進められていた、という。

日本は戦争をやめられない
狂気の状況に陥っていた
ということだ。

原爆投下は、明らかに暴虐だが、
こうした番組を見ると、
米国の「戦争を終わらせるため、
両国の犠牲者を減らすための原爆投下」
という理屈にも、一分の理が
なくはないという感じもする。
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