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【ごめんなさい・ありがとう運動】

2016年10月30日 | Weblog


10月24日に、ツイッターで別アカウントを作ってこの運動を発表しました。自分でも頭の中がお花畑だと自覚しているのですが、ないよりはあったほうがよく、これに関して批難されるのは自分だけだと思ったので実行に踏み切った次第です。
本当は私自身の意図をはっきりさせない方が主旨に沿う面もあるのですが、状況を見て、改めて説明しておこうと思い直しました。

10月12日に三浦九段の出場停止が発表されてから、自分なりにいろいろなことを考えました。その後も様々な発表や報道やネット上の意見、そして私自身が知っていることなどを踏まえて、本件がどのように決着するのかを想像しました。
まず前提として、将棋と真剣に向き合って大事に思っている人の誰もと同じように、私はソフトによる不正はあるべきではないと考えています。今回の三浦九段の疑惑についても同様で、不正はなかったという帰着が望ましいと思います。ただ対局した(する)相手が告発というリスクの高い行動を起こしたことは重要視しなければいけません。
性質上、無実を証明することは(調査によって物証が出なくても完全ではないという意味で)難しく、逆に何かしらの物証が出たとしても即座に不正確定とはなりません。自身で不正をしていたと認めた場合のみ、明快に決着するということになりそうです。

渡辺竜王が竜王戦七番勝負を前にして告発をしたことについては、(報道などではいくつかありましたが)本人の生のコメントが発表されていないのでなんともいえません。しかし告発をしたのだから不正を確信していたこと、加えて対局に向かう棋士の心理、生理といったものも加味して考えるべきだと思います。
報道では理事会の記者会見で「疑念のある棋士と指すつもりはない。竜王を剥奪されても構わない」と渡辺竜王が言ったとされていますが、これも本人のコメントがないので現状では言及が難しいです。言ったのか、言ってないのか。言ったのならばどういう場で、どういう文脈で言ったのかも重要になります。この言葉に限らず、今後に経緯を調査するときには「何を言ったか、言ってないか」に加えて「どういったシチュエーションだったか」もしっかりと検証してほしいと思います。

理事会の三浦九段に対する処分が正当だったかという点も含めると、本件の落としどころは非常に悩ましいといえます。誰かに新たな処分が下るのか、その処分を決めるのは理事会なのか棋士の合議なのか、それとも第三者の調査団なのか。この点もはっきりしません。
個人的にはソフトによる不正、そして告発者のリスクについてのルールが定まっていないのだから、除名という線で進めるのはよくないと考えています。もちろん処分が必要であれば、適切な処分はなされるべきだと思いますが。
そしてここからが「ごめんなさい・ありがとう運動」につながるお花畑の発想なのですが、本件が決着するときに理事会を含めた三者、および棋士たちが行動や言動、進め方などにまずい部分はなかったかと振り返ることが大事ではないか。それによって処分をより適切なものに近づけること、その後のルール作りに生かすことにつながるのではないかと考えました。将棋は勝負を争う厳しいものですが、局後の感想戦はとても大事です。

以上がプロ棋界に対する私の考えです。
次に将棋ファンに対しての考えを述べていきます。

10月12日に三浦九段の出場停止、竜王戦不出場が発表されて以来、たくさんの将棋ファンが胸を痛めていると思います。
実際に思いを言葉にする人も、自重して言葉にしない人も、将棋や将棋界を愛する人は同様でしょう。棋界関係者として、そのことを思うと心が苦しくなります。

報道やどなたかの言動を元にしたネット上での意見交換も活発で、これは当然のことだと思います。プロ将棋界はファンあってのものですし、逆に話題にもならないようだったら終わりです。
ただインターネットという特性上、ほとんどの場合に匿名(まとめサイトや某掲示板など)、もしくはごく匿名に近い立場(ツイッターなど)で意見を述べることになります。そして匿名者がその立場を利用して、本件の当事者や関係者、そして自分と意見が違う将棋ファンを無責任に攻撃するという場面が多く見られました。


これに対する私の考えは「望ましくはないが、しかたない」というものです。もちろん匿名による他者への攻撃はほとんどの場合が一方的なものなのでフェアではありません。しかしインターネットはそういうもので、法律による罰則が適用されることはほとんどないのだから、そう考えるしかないでしょう。一方で、匿名であっても素晴らしい意見はあるし、何かを褒めてもらったりすればうれしいのだから、それで相殺と考えることにしています。ただ人にはそれぞれ考え方があるので押し付けるつもりはありませんし、攻撃されて傷ついている人を見たら悲しくはなります。
これはほとんど余談ですが、前に読んだ司馬遼太郎の『手掘り日本史』という本に「幕末の鳥羽伏見の戦いの段階で、全国の武士階級に『薩長を主体にした政権を認めるか』というアンケートを出したら九割九分が認めないにマルをつけると思う。これが本心。次に『京都で天皇を擁した、薩長を主体とする新政権が新しい時代を作るか』と問われたら、思うにマルをつける。最後に『そこであなたはどういう行動をとりますか?』という質問をすると、マルでもバツでもなく沈黙する。しかし動かざる沈黙ではなく、無言のうちに新しい時代に参加していく。日本人の心の二重構造を考えないと、歴史は見えてこない」というくだりがありました。これをインターネットのある現代に置き換えてみると、なかなか面白いものがあります。

話が脱線して申し訳ありません。
「ごめんなさい・ありがとう運動」は、一応は運動ということになっていますが、実際にはこれを見ることが「考える」きっかけになってくれたら、それでいいと思って始めました。他者を攻撃した匿名の人にも日常生活があり、現実には誰かと接して生きていると思います。そして、攻撃された側も同様です。自分の言動や行動はどうだったか。まずいところはなかったか。言葉にすることも、口にすることも強要はしません。ただ考えてみてくれたら、と思っています。

「ありがとう」のほうは、「ごめんなさい」だけだと湿っぽいので、将棋や好きな棋士に対する思いを書いてもらえたらと思って加えました。こちらだけでも全然問題ありません。
ツイッターやコメント欄で「バカなことやるな」という感じのアドバイスをくれた方がいくらかいたのですが、バカなことなのは(そもそも@Sorry&Thanksというアカウント名がバカ丸出しですが、これは表示できる文字数の都合で仕方なく……)承知していますし、私が批難されるだけで済むのであれば置いておく意義はあると考えました。
説明は以上となります。どうぞよろしくお願いいたします。
コメント (651)

お詫び

2016年10月29日 | Weblog

3日前に、ツイッター(@gotogen)に上のように書きました。いくつかのツイートというのは、三浦弘行九段の出場停止処分が発表されてからの一部のツイートのことです。
将棋にかかわる誰もが不安な状況のなかで曖昧な言い回しをしてしまい、多くの人により大きく、強い不安を与えてしまったこと。これは私の配慮不足によるところです。想像力が欠如していました。
また、書いてもよいこと。書かないほうがよいことのへの判断、認識も甘かったと思います。立場上知り得たことや感じたことのごく一部、書いても問題ないだろうと判断したことが、敏感になっている人たちに強い刺激を与えてしまいました。深く反省しています。
下はツイートの一例です。


まず「かなり前」や「だいたい」という言葉の選び方がまずかったと思います。どちらも多めに見積もる言葉ですので、いらぬ憶測をさせてしまう原因になりました。

「はっきりと疑念や不満を言って感情を露にする棋士、それを諌める棋士、何も口にせず眉をひそめる棋士」は、疑念を言う棋士と諌める棋士が対比。何も口にしない棋士が中間ということでバランスをとったつもりでしたが、「諌める」という言葉が弱かったようで、きちんとした対比と受け取られなかったようです。

「その誰もが」は「何人か集まれば」にかかっており、その場その場にいる棋士という意図です。しかし棋士全体と受け取った方が多かったようで、これも誤解を招く書き方でした。

「言いようのない不安と戦っているように感じられました」の部分は、私がそういった様子を見てきて感じたことです。感想、主観なので書いてもいい範囲だろうと考えたのですが、これも認識が甘かったのだと思います。
また、当事者以外の棋士および関係者の個人名を書かなかった(正確には、「書くつもりはなかった」です。今後も出来るだけ避けるつもりでいます)ので、情報を欲する人にとっては曖昧な書き方になってしまいました。

また私は文章を書くときに「読む人によって多角的に見える、感じられる。読む人に解釈を任せる」ということを重視しており、これは表現ということでいえば悪ではないと思っています。しかし書く場所によっては、きちんとひとつの意図で伝わるようにしなければいけません。いくつかのツイートは、誰もが敏感になっている時期においては、TPOにそぐわないものでした。一部を切り取って拡散されやすいツイッターに書いたことも、よくなかったです。
それぞれのツイートについては私なりの意図を説明できると思いますが、ここでは割愛させてください。個別に尋ねていただけたら、できる範囲で対応します。

本ツイートは、今回の不正疑惑問題が突然降って湧いた話ではなかったということを、私が見てきたことや感じ方として伝えることが自分の意図でした。
もちろん棋界での立ち位置はそれぞれですので、まったく知らなかった人や、知っても「そんなことがあるわけがない」と相手にしなかった人もいたでしょう。問題視して杞憂を抱えていた人も、まさかこういう形で表面化するとは考えていなかったと思います。私も出場停止が発表された日の午前に当事者ではない関係者から「竜王戦の挑戦者変更という話もある」と聞きましたが、そういうことにはならないだろうと、この点では楽観していました。発表があったときには皆さんと同じく驚きましたし、ショックを受けました。
不安感から取り乱してしまい、大変申し訳ありませんでした。改めてお詫び申し上げます。

長文になってしまったので、本エントリーはここまでとさせてください。
近いうちにもう一度、「ごめんなさい・ありがとう運動」の説明およびお願いのエントリーをアップする予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
コメント (65)