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第36期棋王戦五番勝負第3局▲久保利明-△渡辺明

2013年03月05日 | Weblog
【第1譜】
▽非日常の戦い
 朝7時に宿を出た。ゆっくりと海沿いを歩き、一番近いと教わったコンビニに向かう。しばらくして後ろを振り返ると、来た道の先は稜線に隠れてもう見えない。
 ようやくたどり着いたコンビニは暖かく、旅先であることをつい忘れてしまいそうになる。が、外に出ればまた冷たく強い風が待っている。
 帰り道に、うず高く鉄屑が積まれた場所を通る。港では間断なく汽笛が鳴る。今日も柏崎の、いつもと変わらぬ日常が始まるのだろう。
 岬館が見えてきた。見上げた先は11階。時計を見れば8時前。もうすぐあそこで、非日常的な戦いが始まるのだ。
 久保利明棋王、挑戦者の渡辺明竜王がともに1勝で迎えた第3局は、新潟県柏崎市「岬館」で行われた。
 先手番の久保の作戦は中飛車だったが、これは渡辺が2手目に△8四歩と突いたため。第1局は▲7六歩△3四歩の出だしから石田流に進んでいる。久保は局後に「相手の指し方次第で、石田流と中飛車を選ぶつもりだった」と話している。
 途中図の△4四歩は穴熊を目指す指し方。渡辺はこの局面を、挑戦者決定戦第2局の広瀬章人王位戦でも採用していた。その将棋は広瀬が美濃囲いを選んだが、本局の久保は穴熊へ。互いに玉を深く囲う展開となった。

【第2譜】
▽雄大な日本海
 両対局者と立会人の深浦康市九段は前日に東京駅に集合し、新幹線とマイクロバスを乗り継いで柏崎入りした。
 岬館に到着した一行は足早にエレベーターに乗りこみ6階へ。棋王戦第3局に先駆けて行われた「ジュニア棋王戦」の表彰式にサプライズで参加するためだ。ところが会場に入ると、子供たちは待ってましたと笑顔を並べている。驚かせる予定だった飛び入りを、係員が嬉しさのあまり教えてしまったとのこと。興奮してしまえば大人も子供も変わりはない。
 指し始め図から△3二銀と上がる。過去の前例は△3二金で穴熊を急いでいたが、渡辺は「それでは先手にも十分に組まれてしまう。まず銀冠に組み、△1四歩からの逆襲を見せたほうが堅さで優位に立ちやすい」。
 久保は▲2六歩と突いて銀冠穴熊を目指したが、1筋と2筋に手を掛けすぎている感がある。左辺がおろそかになり、後手が角道を通す△4五歩に▲6六歩しかないのでは先手不満だろう。
 渡辺は指しやすさを意識していた。窓から雄大な日本海を臨み、「大きな将棋を指した中原誠十六世名人なら、ここからどうやって指すか」と思い描いたりもしたという。過去の名棋士と対話するような幸せな時間。
 しかし渡辺は、図からの次の一手で現実に引き戻される。

【第3譜】
▽前後際断
 棋王戦第3局は柏崎市制施行70周年の記念事業として行われ、前夜祭の壇上で会田洋市長は「柏崎市で初めて開催されるタイトル戦が、新潟県中越沖地震(2007年7月)からの復興の一助になれば」と話した。
 前夜祭には約120人の将棋ファンが集まり、その多くは地元の方々だった。主催・協賛各社が多数の景品を用意して行われたお楽しみ抽選会では、名前を呼ばれる方の8割以上が「柏崎市からお越しの……」と前置きされ、他の市の方が当選するよりも明らかに拍手が大きい。バンザイしながら壇上に向かうファンもいる。ジュニア棋王戦、前夜祭、そして何よりも楽しみな対局。棋王戦が柏崎に元気を運んだ。
 さて、盤上に話を戻そう。久保は指し始め図から▲3七桂と跳ね、自ら穴熊囲いを崩していった。明らかに陣形が弱くなるが「予定ではなかったものの、現局面ではこう指すよりない」と、意に介さない様子。久保が扇子や色紙に揮毫する「前後際断(ぜんごさいだん・過去と未来を切り離し、今に集中する)」が存分に発揮された一手だ。玉の堅さを重視する渡辺なら一秒も考えないであろう▲3七桂を、さらりと指してしまう久保。異なった個性がぶつかり合うから将棋は面白く、また奥深いものになっていく。

【第4譜】
▽俺の海
 昼過ぎの控室。近藤正和六段が大きな窓の前に仁王立ちし、立会人の深浦康市九段にこう話しかけた。「どうだい深浦さんよ。俺の海は激しいだろう?」
 近藤六段は新潟県柏崎市の出身で、実家は対局が行われている「岬館」とも近い。深浦九段出身の長崎県佐世保市も海に面しているが、柏崎に比べれば波も風も穏やかだという。近藤六段はそれを受けて、「はっはっは。こうも寒くて風も強かったらね、せめて性格くらい陽気でいないとやっていけないんですよ」。周囲の顔をほころばせる底抜けの明るさは、柏崎の厳しい自然に育まれたものだったようだ。
 図の△1二香は、少しでも渡辺の棋風を知る人なら「やっぱりそうか」と思うだろう。戦いのなかで穴熊を目指す手法は、過去の実戦で培ってきたもの。周囲は納得の△1二香だったが、当人は局後に「代えて△6四歩から△6五歩もあったかもしれない。自分にはその先がわからなかった」と課題を口にした。現在の将棋観が自分の完成形ではないはずと、気を引き締めた場面でもあったのだろう。
 指了図は久保が▲3六歩と打ったところ。控室は玉の堅さ、駒台の歩、手番と三拍子揃っている後手が作戦勝ちと見ていた。しかし将棋は、そう単純ではなかったのである。

【第5譜】
▽流れは久保へ
 久保が▲3六歩と打ったここが、本局の最初の勝負どころだった。
 渡辺は▲3五歩△2三銀▲3六銀のように盛り上がってくる順を予想していた。ところが盤上に示されたのは控えて打つ▲3六歩。これはいったいどういう手だろう。
 ▲3六歩の直接的な狙いは▲3五銀と銀をぶつけること。たとえば図から△8二飛なら「▲3五銀△同銀▲同歩△8六歩▲同歩△4七歩と反撃する順になる。以下▲同金なら△4二角で十分だが、強く▲同飛△5八銀▲5七飛△6七銀成▲同飛△8八歩▲3四銀と攻め合われて大変」と渡辺。
 では銀交換を避ける△2三銀引はどうか。渡辺の読み筋は「△2三銀引は▲3五銀△3四歩▲4四銀△同金▲同歩△4七歩▲同飛△5八銀▲4五飛△6七銀成▲4三歩成の攻め合い。先手の囲いが崩れておらず、後手良しとは言い切れない」というもの。
 一方の久保は「△2三銀引からの上記の変化は若干自信なし。しかし6七の金がさばけるのも大きいか。そう考えると▲3六歩は、まずまずの辛抱だった」と話す。
 本譜の△5一角は疑問で、ここから流れは久保に傾く。後日に渡辺は「▲3六歩の局面で、もはや後手が容易ではないと認識すべきだった」と振り返る。結果的に△1二香から穴熊を目指した順が問題だったようだ。

【第6譜】
▽大盤解説会
 前日にジュニア棋王戦、そして盛大な前夜祭が行われた岬館6階「華岬」には、午後に入って300人近い将棋ファンが詰め掛けていた。お目当てはもちろん、柏崎出身の近藤正和六段を中心とした大盤解説会である。
 壇上に立会人の深浦康市九段、聞き手の矢内理絵子女流四段と並んでいるが、おしゃべりはほとんど近藤六段の独壇場。「ごきげん中飛車は、奨励会時代に羽生世代とどう戦っていくかを考えて編み出しました。たとえば相矢倉のようにどちらも同じ囲いなら、強いほうが勝ちます。相撲だって横綱とがっぷり組み合えば格下は勝てない。相手とは違う形で、早い戦いを目指す。長くなれば弱いほうが悪手を指す可能性が高くなる」と独自の理論を展開。粘りが身上の深浦九段が反論しようとしても、近藤六段の巧みな話術に押さえ込まれてしまう。その様子を見てドッと沸く柏崎のファン。深浦九段は地元の長崎県佐世保市に近藤六段を呼んで逆襲するしかなさそうだ。
 図の△8四角は好位置に映るが「あまり効果がなかった。指しにくいけれど△5三金と上がって、粘り強く指すべき」と渡辺。本譜は▲6三銀から大駒を封じられてしまった。数手進んだ指了図は先手優勢。後手は攻め駒が少なく、有効手を探すのが難しくなっている。

【第7譜】▽攻めがない
 17時少し前、対局室の二人は足を崩してリラックスしているようにも見えた。図の▲7四歩までの消費時間は、久保が3時間17分。渡辺は2時間26分だが、もう20分ほど考え込んでいる。
 控え室に戻ると、立会人の深浦九段がじっと継ぎ盤を見つめていた。検討陣は午後に入ってからここまで、常に渡辺良しの見解だった。その差は先手の3七桂と後手の2一桂の違い。やはり桂を跳ねていないほうが玉が堅く、強く戦える。
 しばらくして顔を上げた深浦九段は、ひとつうなずいて「渡辺竜王の攻めが続きません」と、周囲に言い聞かせるように話した。
 現在の戦場は4筋から7筋。右辺は完全に先手が制圧しているため、後手は左辺しか勝負できる場所がない。しかし肝心の戦場には飛車と角の二枚しかおらず、先手は6四の成銀、6三歩、7四歩の存在が大きい。次に▲7六金と取ればほとんど完封態勢だ。なにしろ有効に働いている駒の枚数が違いすぎる。
 渡辺は図から△3三金右と上がった。これは△4二飛と回る筋を見せて戦線を拡大する狙いだが、▲5三成銀と入られて△4二歩と受けさせられてしまった。
 指了図は先手銀得で、はっきり久保優勢。玉の安全度も、いつのまにか先手がまさっている。

【第8譜】▽チャイム
 時計の針が18時を指し、柏崎に童謡「ふるさと」のチャイムが鳴り響く。前傾姿勢で盤に向かっていた両者が、スッと背筋を伸ばして窓の外を見やる。日中は見えていた米山も、とうに闇へと紛れてしまった。
 渡辺はすぐに姿勢を戻したが、久保は微笑を浮かべながら体を左右に揺らしている。こういうときに歌詞が頭に浮かんだら、将棋の読みは瞬間的にどこかに消し飛んでしまう。ならば終わるまで頭を休めるのもいい。
 ちなみに渡辺は「うさぎこいし……いや、おいしいか?」というところで詰まり、早々に盤上に意識が戻ったそうだ。
 渡辺は図でから△2二金と自陣を強化した。この手に代えて△5七とと攻め合うのは、▲3二銀△2二金▲5五角で一気に後手玉が寄ってしまう。以下△4七飛成は▲3三角成で必至。△4七とは▲4四角で明快に先手一手勝ちとなる。
 本譜の△2二金に対しても▲3二銀はあったが、久保は▲4五歩から▲4四銀の着実な道を選んだ。銀を一枚得しているのだから、焦って決めにいくこともない。
 指了図は後手玉が巣穴から引っ張り出されたところ。残り時間は久保が15分、渡辺は17分。
 先手は駒割り、玉の安全度、手番と有利な条件が揃っているが、次の一手は相当に悩ましい。

【第9譜】▽久保に失着
 久保は図から3分使い、▲4四金と打った。残り15分からの3分は慎重に指した部類だろう。この手は飛車を追ってから▲3五歩で銀を召し取る狙いだったが、読みにぽっかりと大きな穴が空いていた。
 ▲4四金では先に▲3五歩と指すべきだった。後手は△4三銀と引く一手だが、▲4四歩△同飛▲4五金△7四飛▲4四歩と押し込むことができる。以下△同銀なら▲9一角成、△5二銀も▲2一成銀△同玉▲3四歩で、はっきり優勢だった。
 本譜の▲4四金は「さすがに△5六飛を軽視したとしか思えない」と渡辺。次に指したい手を一手早く指せたのだから、胸を高鳴らせたことだろう。気を落ち着かせるためか、着手後にサッと席を立った。
 久保もすぐに自らのミスに気付いた。△5六飛は次に△4八とを狙っており、▲同金でも▲同飛でも△5九飛成でまずい。もしかしたら逆転されたかもしれないが、指してしまったものは仕方ない。気を取り直して盤面を見つめると、やけにうまそうな順が浮かび上がってきた。つい一手前にミスをしたのに、こんな虫のよい話があるのか。残り時間が減っていくなか、疑念を振り払って▲6七金と飛車に当てる。
 戻ってきた渡辺は、読み筋ですよとばかりに、5筋に手を伸ばした。

【第10譜】▽久保危機を脱す
 図は△5六飛と走った手に対し、▲6七金と寄ったところ。渡辺は不満げな表情を隠そうともせず、ノータイムで△5一飛と引いた。本来ならば▲6七金に△4八とと攻め合いたいのだが、▲5六金と取られて後手に勝ちがない。
 以下△4七とと飛車を取るのは▲5二飛△1一玉▲3四金とされ、先手玉が詰まず負け。▲5六金に△3八とも、▲同銀△3九角成(△2八金までの詰めろ)▲5二飛△1一玉に▲2五桂でピッタリ負け。▲2五桂は4六の角筋を通すことで先手玉の詰めろを消しながら、後手玉に詰めろをかける詰めろ逃れの詰めろなのだ。
 局後に渡辺は「相手のミスに乗じて△5六飛が実現し、さすがに逆転しただろうと思った。しかし△4八と以下の変化で、▲2五桂みたいな手があるなんて。▲2五桂に△同歩は▲3四金と取られて負け。普通なら二段目にいる先手の飛車が三段目にいるせいで、△2九金▲同銀△2七桂の詰みもない。嫌になっちゃった」と語る。
 たしかに▲2五桂という手が存在したのは、久保にとって幸運だった。だがこれは宝くじが当たるように突然やってくるものではない。積み重ねてきた手、苦心した駒の配置のひとつひとつが久保に微笑んでくれたのだ。

【第11譜】▽久保勝勢
 久保が序盤で自ら穴熊を崩したとき、誰がこんな展開になると予想しただろうか。▲3五桂と打った図は、むしろ先手が玉の安全度を主張する流れになっている。
 渡辺は和服の袖をまくっている。袖が触れて思わぬ駒が動いてはいけないとの配慮だ。記録係が残り時間を告げると、かなりの間を置いてから「ふあい」と返事をした。ふだんの生活では「打てば響く」の慣用句がしっくりくる渡辺が、日常と非日常の間をさまよっている。
 図から△3九金と詰めろをかけるとどうなるか。「△3九金には▲2八玉の早逃げが手筋だが、それは△1九銀▲1七玉△3八金と取った手が△2八銀不成以下の詰めろで後手勝ち。しかし△3九金には▲同金△同角成と▲2九金とされて分が悪いです」と渡辺。久保も▲2九金の局面は「端の位が大きく、少し残している感じ」と話す。
 攻め合いはうまくいかないと見た渡辺は、△3四銀打と受けに回る。しかし銀を取ってからの▲7五歩が焦点の歩の好手。本譜は△同角だが、△同飛なら「▲7六歩と打ち、△6五飛▲6六銀△6一飛▲2五歩のつもり。後手は大駒の働きが悪くなるため、選びにくいかと思った」と久保。
 しかし本譜も▲5五角~▲6六金のコンビネーションが絶好。形勢は、はっきり久保勝勢だ。

【第12譜】▽日常
 渡辺は図の▲6六金を見て「投了したくなった」という。△3五桂と打ちたいのだが、それには▲7七飛がピッタリ。以下△2七桂成には▲7五飛が詰めろ。△2七桂不成は▲2八玉で続かない。6七の金を6六に上がったから生じた▲7七飛の筋。まさに「勝ち将棋鬼のごとし」だ。
 ここで5分考えて一分将棋に。▲7七飛を消して△5七金と打ったが、ここに金を打つのではもういけない。
 久保の▲3九歩は、まさに「金底の歩、岩より堅し」。渡辺は背筋を伸ばし、丁寧に両手の間接を鳴らした。その姿は、前傾姿勢のときに体を支えていた両手を労っているようにも見えた。
 投了図からは△同銀▲3一とで受けなし。先手玉は遠く、最後は大差になってしまった。
 終局後、両対局者はエレベーターに乗り、多くのファンが待つ大盤解説会場へ向かった。渡辺は険しい表情をしている。きっと悪かった手を確認しているのだろう。
 エレベーターを降りたところで、「あっくん、次がんばって」と声がした。渡辺は目を丸くしたあと、パッと笑顔になって「はい。ありがとうございます」と返す。後で「母の姉夫婦です」と教えてくれたとき、嬉しさと悔しさと情けなさが混ざり合ったような、なんとも人間くさい顔をしていた。
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取り急ぎ

2013年03月03日 | Weblog
60日投稿がないとレイアウトが変わってしまうらしく、あわてて更新。いいタイミングなのであとで内容のあること書きます。
コメント (2)