お仕事ブログ

日々のライター稼業など。コメント欄に書きにくいことや仕事のお話はgotogen510@yahoo.co.jpまで

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ここ何日かとか

2010年04月28日 | Weblog
【23日】
東京で採用となった新規中継記者の研修をやりました。
まず大事なのは将棋界独特の空気に慣れること。そのためには様々なことを自分で考えたり、感じてもらうしかないかなと思っています。今はその準備段階。
ネット中継の作業手順自体は実は簡単で、おそらく1時間のレクチャーを行い、1回か2回ほどベテラン記者に付き添って実戦経験を積めば、最低限の仕事はこなせるようになるはずです。
しかし、そこから先が深い。とにかく現場では思いも寄らない様々なトラブルが起こります。例えば、中継の最中にネット環境に不具合が生じたらどうするか。棋士や関係者からクレームが来たらどう応じるか。突然自分の体調が悪くなったらどうするか。人間と人間の対局を人間が伝えるのだから、何が起こるかわかりません。目安はあっても、答えは無いんです。
まず東京から研修し、ある程度のノウハウを作ってから大阪でという流れになります。実戦デビューは夏あたりになるでしょうか。どんな個性が生まれてくるか、他人事みたいですけど今からワクワクしてしまいますね。

夜は戸辺夫妻を囲んで十人ほどでお食事。いま将棋界の幸せ頭(しあわせがしら)といったら、戸辺六段(B2昇級、新人賞)と飯島六段(B2昇級、升田幸三賞)の二人でしょう。どちらも普段から付き合いがあるのですが、なにしろ自然にこぼれる笑顔がまぶしい。本当におめでとうございます。
帰宅後、原稿をひとつ仕上げる。

【24日】
原稿をひとつ仕上げたあとに、諸々(競馬とか)の準備など。目先だけで判断して大局を見失うのはよくあること。ある程度年齢を重ねると、長い目で見て結果を出す方向にシフトしてくるもんです。若いときのほうが時間は潤沢にあるのに、おかしなもんですね。

【25日】
東京競馬場へ。この日にあった面白い出来事はこちらでいずれ紹介されると思います。主役は間違いなく週将内田記者。いやあれはすごかった(笑)

【26日】
午前は将棋会館で会議。昼食からお茶と流れて、とても有意義な時間でした。
天気が良いので歩いて帰って疲れて昼寝。起きた瞬間に「やらなきゃいけないことがあったのに」と後悔したけれど、よく考えたら一番必要なのは睡眠だった。体はうまく出来てますな。胸を張ってそのまま寝入る。

【27日】
具合が悪かったのか昼過ぎまで寝てしまう。いや、寝てしまうではないな。寝てもいい環境にあることが幸せなのだと思う。まあ全ては泡沫なのだが。

【28日】
事務処理を順次済ませ、原稿をいくつか進める。夕方からバス等を乗り継いで下北沢へ。バスは昔から大好きで、急がないときにはよくバスを利用する。狭い空間、二人がけの席、子供と老人が多い環境…アイディアに詰まるとよく乗って、いろんな人の話に聞き耳をたてたりします。
下北沢に行ったのは駅前劇場で「カラスの歩く速さ」を観るため。演劇はテレビと違うし、映画とも違う。自由な部分と不自由な部分があるのは、どのジャンルでも同じ。それぞれの苦しさ、そして楽しみ方があるのだと思う。この話は演劇としての完成度は決して高くないと感じたものの、奥行きはある。胸に残るものは確かにあった。今後に期待したいです。

【29日】
これは日付変わって今日になりました。
うっかりお仕事なので、そろそろ寝ます。ではまた。
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逃避気味に

2010年04月21日 | Weblog
日記を書きに来ました。
いくつかの締め切りまで自分のペース的にはまだ余裕があるんですが、21日は小平方面に足を伸ばしたいような気もしたりもして。
いま午前4時、the pillowsを聴きながら。
そういう古い人間は古いものを大事にしとけばいいと思うんですよ。感性が一番ビッキビキだった時期のものを。
新しいことは恥ずかしがらずに後輩に教えてもらう。受け付けないものは無理しなくていいっしょ。そういう段カットが結果的に新しいものを生み出すわけだし。
名人戦第2局の各地の大盤解説会場には行けるかな。仕事じゃないから無理することはないけれど、何かの足しになるかもしれない。意味ないかもしれない。
the pillowsが終わって、Syrup16gが流れ出した。歌詞は表面的にはネガティブなんだけど、一定のラインを超えるとポジティブにしか聴こえなくなってくる麻薬。
そのうち意識を失って寝て起きて、それから何をするかはそれから決めればいいでしょう。そういう自由も代償も支払っているわけだし。

というわけで、落書きはこのへんで。意味なくてすみません。ではでは、またそのうちに。
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第35期棋王戦予選▲佐藤慎一四段-△石川陽生七段

2010年04月13日 | Weblog
【第1譜】▽佐藤慎、棋王戦初登場
 佐藤は昨年10月に四段になり、3戦土付かずのまま本局を迎えた。細身のスーツと、あごに薄っすらと生やした髭。目の前に将棋盤が無かったらロックバンドのギタリストにも見えそうだが、一方で剣客のような研ぎ澄まされた雰囲気もある。一枚一枚を慈しむように、丁寧に駒を並べていく。
 対する石川は昭和61年に四段になった。プロ生活は22年。丁寧に読みを重ねる慎重な棋風だが、その根本にあるのは確かな構想力。したがって勝局は堂々の押し切りが多い。また、その博識ぶりから将棋博士のあだ名がついたこともある。
 振り駒は、と金が3枚出て佐藤先手。戦型は▲7六歩△3四歩からの相矢倉となった。
 途中図の△7五歩は積極的な動き。ほとんど先後同型だが、先手が▲2六歩型、後手が△8三歩型のため先に仕掛けることが出来る。
「こうなれば指そうと思っていた手。自由度が高く好みの形」と石川。過去に2回採用して2勝と、相性のいい局面を持ってきた。
 佐藤は一回▲4六角と出てから▲5七銀。中央に厚く構え、△6四角のぶつけには柔らかく▲6七銀と引く。しなやかな駒捌き。どうやら考慮中に扇子をいじるのが癖のようで、デビュー4戦目にしては随分と使い込まれている。

 【第2譜】▽個性派の師匠
 石川の師匠の(故)高田丈資七段と、佐藤の師匠の劒持松二八段は(故)荒巻三之九段の弟子。「ほぼ同門のようなものですが、佐藤さんとはあまり話をしたことがないですね」と石川。
 そんな石川から面白い話を聞いた。「以前将棋世界誌ではじめて棋士の年度勝率ランキングをやったときに、劒持先生が編集部にクレームを付けたんですよ。なぜ俺の名前が無いのかと。まだ始めたばかりだから不備があったのかもしれないと、編集部員が慌てて調べなおしたら…劒持先生は負け越しだったそうです」。劒持八段は羽生に勝つと宣言して本当に勝ってしまったこともある。強気で鳴らすユニークな棋士だった。
 そんな師匠を持つ佐藤だが、対局姿はクールそのもの。指し始め図の▲4八飛で「ここはうまくいったかな」と思ったそうだが、表情には全く出さない。
 一方の石川は▲4八飛を読んでいなかった。今は歩の下に飛車が潜る格好だが、次に▲6五歩と突く手がある。△4六角と取らせ、▲4六同歩から▲4五歩と伸ばしていけば立派な攻撃形になるのだ。
 昼食休憩を挟んだ石川の次の一手は△7六歩だった。狙いは指了図△7七角のぶち込み。さあ、佐藤はどう対応するか。

【第3譜】▽遅れてきた新人
 昨年9月、四段昇段を決めた直後の佐藤と話す機会があった。場所は新宿、時間は深夜。もちろん酒も入っている。
「自分の強みは奨励会に長くいたこと。その経験を生かせなきゃ意味がないと思うんです」。
 佐藤の奨励会入会は平成6年。同期に渡辺明竜王、橋本崇載七段、阿久津主税六段ら俊英が揃う。この3人の中でプロになったのが一番遅いのは佐藤と同門の橋本で、平成13年に四段になった。佐藤は橋本を見送ってから7年、平成20年に年齢制限ギリギリで三段リーグを抜けた。奨励会には14年あまり在籍していた。
 客観的に見て、奨励会に長くいたことが技術的な強みになるとは思えない。ただ逆境で育った心の強さは、いざというときに佐藤を助けてくれるかもしれない。
 また子供スクールなど将棋教室の講師を長く務めたのも、先に走っていった彼らとは違う佐藤だけの足跡。胸を張って、自分の道を歩いていけばいい。
 指し始め図からの▲7一角がうまい対応。馬を作りながら後手を歩切れに追い込み、攻めを切らせてしまう構想だ。
 が、指了図の△7三桂も玄人好みの活用。いっぺんに攻めに厚みが加わった。「この局面をどう見るかでしょうね」は局後の石川の弁。

【第4譜】▽不思議な棋士
 本局の数日前、石川に観戦記を担当する旨を伝えると、「わかっていますよね?私じゃなくて佐藤さんが中心ですよ」とニヤリ。新四段と対戦するから観戦記がつくのでしょうと暗に言っているのだ。記者が「プロの厳しさ見せてやってくださいよ」とおどけると、石川は一度うなずいた後に「でも向こうは三段リーグの厳しさを教えてやると来るでしょうね」。
 石川の物言いはいつもこんな感じで、熱心に活動している海外普及について聞くいても「あれは単なる趣味です」とバッサリ。照れ屋なのか、それとも確固たる信念があるのか。いまいち掴みきれない不思議な棋士だ。

 指し始め図の△7三桂は、瞬間的に飛車の利きは止まるが、局面に深みを与えている。「全ての駒に喜びを」の金言を思い出させる一手。
 △7三桂に▲6七金。代えて▲8二馬も考えられるものの、「攻め合いは勝てない」と佐藤。▲6七金は次に▲6六銀と上がれば磐石だが、渋く△8一飛▲7二角△7一飛とされて困った。次は△6五桂の筋があり、形良く▲6六銀と上がっても△7四桂がある。石川がさりげなく作った、8三馬の利きが変わると7二角が浮くという秀逸な仕組み。佐藤は42分使って▲7六金としたが、これは予定変更。

【第5譜】▽終盤での考え方
 指し始め図が大きな分岐点となった。△6五桂右は飛車の利きを通す、一見は味の良い手。しかし石川は局後に「△6五桂は左で跳ぶべきでした」と悔やんだ。本譜は△6五桂右に▲7三歩とされ、飛車を角を取ると、と金が出来る形になった。7三にスペースを作ってはいけなかったのだ。
 △6五桂左なら佐藤は▲6一角成と勝負に行くつもりだったが、△同飛▲同馬△5七金で後手十分。▲8一飛と打ち込まれても△7一歩が固い。また△7七歩では△3一玉が優った。どこかで△2二玉と入る選択肢があるのは大きい。

 ▲6一角成は決断の一手。24分の考慮で大まかな道筋は立っていたが、佐藤には一つだけ読み切れない変化があった。時間はあるのだから、ここで読み切ってしまおうという考え方もある。局面を進め、相手に指し手を決めてもらう実戦的な考え方もある。佐藤が選んだのは後者だった。持ち時間の少ない三段リーグには、効率よく割り切るような「勝ちやすい戦い方」が求められる。ただ持ち時間が長いプロ棋戦で、そういったやり方がいつでも通用する保障はない。先輩たちがそうだったように、佐藤もこれから少しずつ、自分の形を模索していくことになるのだろう。

【第6譜】心から求める
 指し始め図からの△5三銀が敗着。▲6五桂と打たれて大勢決した。ここは△5一銀が優り、佐藤は以降の変化に確信が持てていなかったという。
 結論から言えば△5一銀には▲8一飛で先手勝ち筋。そこで△6七金は▲7六銀がうまい手で、先手玉は詰まず後手玉に詰めろが掛かっている。また▲8一飛に△6七銀も、▲5九桂がピッタリの受けでやはり勝ち。ただ本譜より紛れが多く、石川も「こちらを選ぶべき」と話していた。
 △5三銀を見た佐藤は扇子を口元に引き寄せ、パッと開いた。一瞬だけ名前が目に入る。一昨年に亡くなったその棋士の扇子は初めて見た。
 感想戦終了後に佐藤に尋ねた。「ええ、真部一男九段の扇子です。子供スクールの講師をしている繋がりで、真部門下の小林宏六段に頂きました。三段リーグはこれを使って勝てたので、対局で使おうと思って」。
 佐藤が見せてくれた扇子には欣求棋道と揮毫されている。「ごんぐきどう…ですね」と石川。さすがの博識だ。欣求とは、心から喜んで求めること。棋道は読んで字のごとし。なんと棋士に合った言葉だろう。くたびれた扇子を宝物のように大事にしまう佐藤が少しだけうらやましくなった。
コメント

告知など

2010年04月12日 | Weblog
NHK将棋講座の5月号に、僕が書かせていただいた【渡辺竜王-糸谷五段戦】の観戦記が掲載されています。鈴木環那さんの写真が表紙です。

それから創元社から出版される、鈴木大介八段の「明快相振り飛車」のお手伝いをしました。こちらは鈴木大介さんの似顔絵が表紙です。
この本は相振り飛車における左銀の使い方を、美濃と矢倉と穴熊の囲い別に解説したものです。芸能人は歯が命、振り飛車は左桂が命、そして相振り飛車は左銀が命。
相振りを指すのが楽しくなる本だと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
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4月のことなど。

2010年04月11日 | Weblog
【1日】
エイプリルフール。ネット上で様々なウソを見たけれど、脊髄反射的に釣られてしまったのは「あれ、将棋倶楽部24にdcsyhiがいる」(←意訳)というもの。微妙に信憑性があるので困る。

【2日】
本の打ち合わせなど。終わったあとに新しいパソコンのセットアップ。中継が出来る仕様にせねば、何かのときに困るので。

【3日】
昼の新幹線で大阪へ。いつもの癖でホテル阪神を予約してしまったのはご愛嬌。いや、手が勝手に動いてしまうんですよ。今回の来阪は将棋の仕事ではないです。
15時過ぎにチェックインして、ひと休みしてから梅田経由で大阪城へ。純粋な観光で観光地に行くのなんて、いつ以来だろか。
梅田に戻って、純情モンテカルロというゲームセンターで天下一将棋会を何局か。大阪まで行って何をやっておるのか。
夜は奮発してフグを。大阪は値段以上においしいものを食べられることが多いですが、てっさ、唐揚げ、ひれ酒などなどこの日も大満足。好きです大阪。

(大阪城といえば、安土桃山時代に世界初のエレベーターが作られたことで有名だとかなんとかムニャムニャ)

【4日】
朝から阪神競馬場へ。僕は普段ネットで馬券を買っているので、現地での観戦は久しぶり。結果は浮かれてフワフワして散々だったものの、やっぱりいいですね迫力があって。
夜は栗東トレセンの皆様と懇親会。本将棋は渡辺竜王や阿久津七段に任せて、僕はどうぶつしょうぎを何局か楽しみました。

(週将内田記者が的中させたレース。詳しくはこちら。どう見ても差しすぎている)

【5日】
朝早く集合して、厩舎見学へ。桜花賞出走のため早めに栗東入りしていたアパパネがかわいいのなんのって、もうメロメロ。この時点で桜花賞本命は決まりました。
そのあとにいま一番好きな馬にも会えて大感激。前日の競馬の負けなんてもう。もげた両手がピッコロ大魔王よろしく生えてきたような気分。僕は絶対に買い続けますよっ!(ターザン山本さん風)

(愛馬アイズオブゾロの気持ちを知るためか、竹柵障害に挑む某親子)

【6日】
終日睡眠。体力がない。

【7日】
名人戦第1局の移動日。三浦八段が羽生名人に挑戦する七番勝負。
去年のことなど思い出しつつ、持参した観戦記集を読みながら床につく。ベッドがふかふかで、気づいたら朝だった。

【8日】
名人戦第1局1日目、封じ手後の夕食会にて。副立会の飯島六段が監修している王狩から、将棋漫画全般の話題に。

羽生「あの、3月のライオンですけど…村山君に似たキャラが出てましたよね」
後藤「二海堂君でしたっけ?」
羽生「そうそう、にかいどうくん」
後藤「つやたまぐ?」
羽生「そうそう、つやたまぐ(笑)」

つやたまぐのは猫のような気もしたけれど、話が通じたので問題なし。3月のライオン4巻まで読み直してみなければ。どうだったかな、たまつやぐ。

【9日】
名人戦2日目。青葉記者と「対局室に行ったら何をするでもなく東公平さんが和服で座ってたりして」「そういう落としどころ、すごくいいね」というような話をする。
夕方から銀杏記者と牛蒡記者が現地へ。大阪からも大盤解説情報が届く。終盤は控え室の検討陣も、おそらく対局者もワケワカラン状態の中でジェットコースターのように終局。後からネット上の反応を見てはじめて、自分がこの一局に関わる事ができた幸せを感じた。なにしろやってるときはワケワカランだったので。将棋は素晴らしい。

【10日】
椿山荘からバスに乗って新宿へ。そこから電車に乗って帰宅。帰宅後睡眠。隙あらば寝てばかり。

【11日】
桜花賞。午前中に1着固定でアパパネ、2着にいろいろ、3着にエイシンリターンズという馬券を買う。当日、パドックを見てオウケンサクラが良さそうなので、1着オウケンサクラ、2着アパパネ、3着エイシンリターンズの馬券を厚く買い足す。
結果は1着アパパネ、2着オウケンサクラ、3着エイシンリターンズ。この展開で当たり馬券をひとつも買っていないのはおかしくないですか?
でも阪神最終で3週ぶりの的中。ここしばらく不調だったけども、これでいろいろうまくいくかね。

【12日】
上向いたような気がしてきた。地道に目先の仕事を頑張ります。

※写真追加

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ネット中継記者の公募結果。

2010年04月02日 | Weblog
どうも、お久しぶりです。
春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、寝てるときも眠いような日々が続きます。
4月上旬は締め切りが近い原稿はないので、久しぶりにいろいろと遊びまわろうと思っております。飲みのお誘いも大歓迎。

さて表題のネット中継記者公募の結果ですが、80名以上の応募をいただき、最終的に東京4名、大阪で2名の新規採用となりました。皆様のご協力に深く御礼申し上げます。

計6名の採用となりましたが、予想以上に熱意とスキルが高い方が多かったため、「もっとたくさん採用しては?」という案もありました。しかし、はじめての公募であるため受け入れ態勢に不安があること。今後、定期的に公募を行うこともできる等々の理由で、ある程度のラインを引かせていただきました。

今回は新しい人材を求めるというコンセプトでしたので、新規採用者はこれまで将棋界内部に関わりを持っていなかった方々です。得意分野、棋力などはバラバラですが、将棋に対する愛情は太鼓判を押してもいいんじゃないかと思っています。
実戦デビューは少し先になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。

【追伸】ネット中継記者の公募はひと区切りとなりますが、近いうちに別の案件で公募を行う計画もあるようです。将棋連盟HPでのお知らせになると思いますので、発表されましたら改めてお知らせします。
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