お仕事ブログ

日々のライター稼業など。コメント欄に書きにくいことや仕事のお話はgotogen510@yahoo.co.jpまで

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ちょっとした愚痴

2009年04月28日 | Weblog
ちょっとした原稿とか、インタビューとか電話でコメントとかで、謝礼(決して高いとは言えない額の)が発生することがあるじゃないですか?

最近の出版関係の風潮だと「謝礼をお支払いするので、そちらで請求書を書いて送ってください」ってなるんですけど、なんでこちらがやらなければいけないのか、それがわからないんです。

そういうシステムでしか処理できないなら、先方が「ここに名前と口座番号と…」って丁寧に書面なりファイルなりを送ってくるのが筋ですよね。自分で書式を作って、プリントアウトして、色々と面倒な作業をしてから先方に送る。って、なんですかそれは。

こちらは頼まれた側で、先方は頼んだ側。
それなのに、こちらから必要な原稿なり情報なりを得たら「そちらで請求書を作って送ってください。それが無ければ謝礼はお支払いできません」と来るわけですよ。で、「じゃあ面倒なので謝礼は結構です」と言えば、「それは困ります」。

ああ、ほんと面倒くさい。
このあたりの事情に詳しい方、何がどうなってこういう事になっているのか、ご存知なら教えていただけませんか。感情的にはマイナスにしかならないようなこのシステムに合理性はあるのですか?
あと「こういう合理的な方法がありますよ」という発想があれば、コメント欄に書いていただけると嬉しいです。
みんな普通に当然のことと思ってやっているのか、「ちょっと変だな」と思いつつやっているのか。そのあたりも知りたいんです。ワンワン。

【5月18日、さらに追記】
みなさんにコメントを頂いて、とても勉強になりました。
ただ慣習がどんな状況(事前交渉や金額、労力など)でも最善とは言い切れないと思いますので、これからも様々な場面で考えていきたいです。
いまのところ個人的には、インタビューなりの依頼の前に、謝礼がある場合は後で請求書が必要だという旨を伝えてほしいなと思います。そういうやりとりがあれば、こちらも状況によって「(請求書を送る手間が面倒なので)謝礼は結構です」という返答ができるので。
謝礼の有無がうやむやに進んで、後になって先方の都合で「こちらは謝礼を払う意思があるのだから仕事を請け負ったということで請求書を書いてもらわなければ困る」と言われても、それはちょっと違うような気もするんですよね。

ともあれ、今後は気持ちよく仕事として請けられるように、もしくは気持ちよく依頼できるように、自分なりに工夫していきます。ありがとうございました。
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簡潔に、単純に。

2009年04月25日 | Weblog
【4月某日】
夜に大和証券杯の解説チャット代打ち。藤井九段の絶品トークに腹筋崩壊して何度かタイプミスをしてしまったが、それも含めて結構がんばったと思う。
終わったあと、鈴木八段や関係者と軽く一杯。自分は鈴木さんと話をしていると、「ああ、将棋指しはこうでなきゃ」と感動することが多い。なんというか、全身で将棋指しという感じ。いつか鈴木さんの観戦記を書く機会があったら、言葉にしにくいこういう感覚を言語化してみたい。

【某日】
国立の教室が終わったあとに、小田切先生と久しぶりに軽く一杯。のつもりが重くいっぱいとなった。前向きな話はお酒が進みますね。

【某日】
朝から大学病院へ。経過を見てもらうために行ったのだが、3分で診療が終わってしまった。私の早起きを返していただきたい。
終わったあと将棋会館まで歩いていき、1時間くらいの滞在で帰宅。

【某日】
昼から若人たちと将棋を指し、夜に建設的な飲み会。新しい発想は新しい人材から刺激を受けて生まれるのだなぁと、ボンヤリ考えながら歩いて帰宅。

【某日】
夜から大和証券杯の解説チャット代打ち。高橋九段の矢倉講座に大きくうなずきながら、カタカタカタとやる。役得、役得。
終わったあと徒歩で帰宅。

【某日】
夜に中野で編集者の方、渡辺竜王と3人で飲み。ともすれば暗い話題に流れていきがちなご時勢だけれど、この日は最初から最後まで笑いが絶えなかった。
だいぶ顔が赤くなった渡辺さんが、上田吉一氏の名作詰将棋「モザイク」の余詰を発見したときに、その作品を「何十時間、もしかしたら何百時間も考えたかも」と話していたのには心が震えた。棋士が将棋の勉強をするのは当たり前でも、そういう取り組み方をしている人はどれくらいいるのだろう。
修行時代に盲信的に詰将棋を考え続けるという経験は、おそらく棋士を志した人なら誰でも通る道だと思う。自分も十代のときに無双、図巧を一心不乱に解いたし、終わったときには細胞の組成が変わったんじゃないかと感じたりもした。その時期に他のいくつかの要因があって将棋の勝敗に対する執着が薄れてしまったのだが、まあ僕の話なんてどうでもいいっすね。
感心したのは、永世竜王という立場でひとつの詰将棋にそれだけの時間を費やせること。まあ赤ら顔で鼻をピクピクさせていたし、もしかしたら考えた時間を水増ししてたのかもしれないけれど(笑)

【某日】
名人戦第2局2日目。僕は将棋連盟に行き、少しだけ掲示板に大盤解説会の記事をアップしたりした。将棋は終盤までどっちがどうなのか全くわからない熱戦。将棋は面白い。
終わったあと近場に飲みに行き、二次会は朝まで。良い方向に行けばいいと思っているのは誰しも同じ。でも立場や責任や守るべきものはそれぞれで違う。
自分が自分で正しいと思うことをやったとしても、それが必ずしも良い結果を生むとは限らない。何を信じるも、何を疑うも自由。自身を過大評価するのも過小評価するのも、結局はその人の身の丈でしかない。全部共有できるわけじゃない。
なんやかんやあるけれど「二兎を追うもの一兎も得ず」のことわざは、確かにその通りだと思った。

【某日】
本の校正で渡辺邸へ。予定より早く終わったので、二人でリビングでグータラ寝そべりながら昨今の将棋界の話などを小一時間。
その後、アメリカ帰りの戸辺さんと合流して西荻窪駅前で焼肉。おいしかったす。
その後、一回家に帰ってから単身水道橋へ。以降は、カラオケ→奇跡の再会→失踪→順当に再会→ダイヤモンドゲーム快勝→どうぶつ将棋快勝→そば屋→午前3時過ぎ帰宅。
わかる人だけわかる話になってしまって申し訳ない。ただただ楽しいことだらけの一日でした。

【某日】
考える。寝る前に考える。起きてから考える。歩きながら考える。電車の中で考える。歩きながら考える。考える、考える。明日の競馬のことも考える。
日付変わって、今日は朝から競馬です。久しぶりの現地観戦。楽しみだな。たくさん儲かったら、やりたいことは山ほどあるから。
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心にしみる文学と、体にしみる音楽と

2009年04月20日 | Weblog
あとはたまに興奮できる何かがあれば、それで結構それなりなんじゃないかと、しみじみ思う三十歳の春。
今夜も美味しいお酒をいただきました。帰り道、余韻を味わいたくて、普段気にしないような路地に入ってみたり。茶トラの猫がニャウとか。
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第34期棋王戦本戦▲深浦康市王位-△行方尚史八段

2009年04月13日 | Weblog
【第1譜】▽郷土の誇り
 青森県出身の行方は、9月に行われた第10回記念青森県将棋まつりの席上で、佐藤康光棋王と目隠し将棋を戦った。
 目隠し将棋とは、文字通り目隠しをして将棋を指すこと。盤も駒も見えず、自分の頭の中で駒を進めなければならない。佐藤棋王はこの目隠し将棋を得意にしており、5人同時に相手にしてしまうような達人なのだ。
 地元のファンが見守るなか、達人であるところの佐藤棋王に行方は勝った。佐藤棋王が花を持たせたわけではない。そんなに器用なタイプでもない。その証拠に、目隠しを取ったときの佐藤は、心の底から口惜しそうな表情だったという。
 一方の深浦の出身は長崎県佐世保市。先ごろ羽生善治名人の挑戦を退けて王位のタイトルを防衛した際、地元長崎新聞は「佐世保の誇り」と祝福した。青森と長崎、北と南で離れているが、どちらも故郷の応援を背に受けて戦っている。
 振り駒は歩が三枚で深浦先手。5手目▲6六歩に対して行方が12分使ったのは「あたためていた作戦があったので、それを使ってみようかと」思ったから。▲7七銀なら普通の相矢倉にするつもりだったという。途中図△5二金右は、いかにも何か用意していますという駒組み。指了図で昼食休憩に入った。

【第2譜】▽膝を抱える
 過去の対戦は行方7勝、深浦5勝。二人は年齢も近く、付き合いも長い。春に仲間内でアメリカに旅行したときは同部屋だったそうだ。
 指し始め図は昼食休憩の局面。深浦は一礼してすぐに部屋を出たが、行方は定刻を過ぎても席を立たず、呻いて膝を抱えている。すでに失敗を自覚していたのだ。
 後手番矢倉は概ね2通りに分かれる。ひとつは定跡手順に追随し、丁寧に受けに回る手法。もうひとつは後手が自ら駒組みを主導し、ペースを握りにいく手法。行方が選んだのは後者だった。しかし…「この作戦は用意してきたものなんです。それなのに、なぜかこっちばかり時間を使わされて、局面も冴えなくなっていて…」。休憩明けに△9四歩が指された時点で、消費時間は深浦27分、行方1時間46分。
 △9四歩は△9三桂と裏口から使う狙いだが、やはり「間に合わせ」の感は否めない。
 本来ならば△7四歩から△7三桂と活用し、7筋も突き捨てて攻め味を広げたいところだが、本譜のように角を3七に持ってこられて仕掛けが難しくなる。かと言って、悠長なことをやっていれば▲3七銀からの棒銀が間に合ってしまう。
 指了図からの次の一手で、深浦の作戦勝ちがはっきりした。


【第3譜】▽師匠の写真
 昨年、仕事の関係で深浦邸にお邪魔する機会があった。その仕事はとても単純で、つまるところ自分はただ座っていただけなのだけれど、今もその時の事を鮮明に思い出すことができる。
 研究部屋に入ったこと、奥様に駅まで車で送っていただき、お土産まで渡されたこと。そして何より脳裏にこびりついて離れないのは、部屋の奥に飾られていた花村元司九段の写真だった。
 小学1年生で将棋を覚えた深浦は12歳で上京し、花村門下として奨励会に入会した。中学卒業後に一人暮らしを始め、19歳のときに四段になった。最近のインタビュー記事によると、家にいる大半の時間を研究部屋で過ごし、寝る場所も同じだという。深浦には、将棋の虫だった少年が性根を曲げずにそのまま来たような雰囲気がある。
 指し始め図からの▲3七桂で先手作戦勝ちがはっきりした。9三桂が庇(ひさし)に隠れた日陰の桂なら、好位置の3七桂は太陽の光を真っ直ぐに浴びた、ひなたの桂。行方の桂はいずれ出て行かなければいけないが、深浦の桂はそこにいるだけで十分な価値がある。
 指了図まで行方攻勢、深浦守勢の流れ。▲5七銀は後手からの強襲を許しそうで怖いが…深浦は背筋を伸ばし、胸を張って着手。

【第4譜】▽負けたくない
「12歳で単身上京してきたのも一緒だし、四段になったのも同じ19歳。深浦さんとは似通った部分も多いだけに、負けたくない気持ちがある」後日、そう語った行方は泡も冷えも消えたビールにゆっくりと口をつける。
 少し前に鈴木大介八段に聞いた「ナメちゃんは東京に出てきた頃、50円の賭け将棋で負けて、払うのが嫌でトイレに長い間こもって出てこなかった。地方から出てきた人は根性が違う」という話を思い出した。負けたくない。負けたくない。負けたくない。
 指し始め図から△5五銀▲同銀△同角▲同金△7七銀の強襲は、▲7九玉△6七飛成▲5八銀△6六歩▲4五角の受けで耐えている。
 本譜はグッと堪えて△6三飛だが、引き場所としては△6一飛が優ったようだ。行方は▲8六歩を気にしていたが、それは△6四金▲8五歩△5五金で攻めが繋がる。
 深浦の読み筋は△6一飛に▲6五歩と打ち、△9五歩▲8六歩△9七桂成で先手容易ではないというものだった。
 とはいえ△6三飛▲6五歩に△6四歩と打った手はいかにも行方らしい芯のある手。△6四歩、△6五歩、△6六歩と伸びていく様は雪を割ってでも伸びようとする雑草の息吹が感じられる。が、形勢は先手優勢。深浦は自陣を見つめている。

【第5譜】▽ヒーロー
 夏に行われた深浦と羽生名人の王位戦七番勝負は非常に印象に残るシリーズだった。深浦が3勝1敗とリードしたが、羽生が追い込んでフルセットに。将棋界は羽生の七冠ロード再びと沸き、最終局は羽生が勝つとの予測が大方を占めたが、勝ったのは深浦だった。
 何人かの棋士に、なぜ深浦は羽生に勝てるのかと聞いた。答えは皆同じだった。「深浦さんは鈍いから、羽生さんの強さがわからないんだ」。
 棋士を志した頃は誰しも、自分が絶対無二のヒーローになると信じている。しかし奨励会の荒波に揉まれ、プロになり、大人になる頃にはすでに疲弊している人も少なくない。絶対無二のはずが、せめてタイトルを一つくらい、せめてA級に、せめて…いつしか、あれほど鮮明に描けたはずのヒーローはどこにもいなくなっている。
 深浦の強さは、自分はまだヒーローになる過程だと信じられる点にあるのかもしれない。危うい変化に堂々と踏み込める自信、自身の読みをとことん信じられる心の強さは、そこから来ているのではないだろうか。
 指了図△8九飛成は△6五桂以下の詰めろ。局後に行方は「どうにか形になってよかった」と不器用な笑みを作った。
 この局面、行方の玉に即詰みが生じている。

【第6譜】▽午前1時過ぎ
 ▲2三桂不成を利かせてから逆モーションで▲4三桂。これがうまい手順だった。投了図以下、△3五同歩▲同馬△2三玉▲2四歩△3二玉▲2三金△4三玉▲5三銀成までの即詰みとなる。
 行方は、しきりに序盤を悔いていた。「朝からずっと、嫌気が差していた。2二角が残るんじゃ将棋としてまずい」。
深浦は終始笑顔。行方の愚痴をいなしながら検討を進めていた。
 2日後に、とある酒場で行方に会った。薄暗い照明とほどよい喧騒に、行方はしっとりと馴染んでいるようだった。
「あの作戦は1年前に阿部光瑠二段と指して、うまくやられたので使ってみたんです」。阿部二段は青森県出身の13歳。周囲の評価も高く、将来を嘱望されている。「そりゃ対局中も阿部君の顔が浮かびましたよ。冴えない将棋になって申し訳ないなぁと」
 話を聞きながら、ふと深浦のことを考えた。時刻は午前1時過ぎ。今頃、研究部屋に敷いた布団で、花村師匠に見守られながらヒーローの夢を見ているのだろうか。
 「君、酒好き?じゃあ酒子だ。酒子乾杯」
 ふと我に返ると、行方は初対面であろう女性と話をしている。深浦にはこういう芸当は出来ないだろうなと思い、少し可笑しくなった。
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私的名人戦第1局

2009年04月11日 | Weblog
【8日】
前日。対局場が都内ということもあり、いつものように関係者で集合するのではなく直接現地入りとなった。
15時前に控室に入り、まずネット環境の確認。すんなりいかないのは毎度のことだが、いざとなったらどうにかなるのが都内の強味。地方対局では周辺に何も無くて途方に暮れる(もちろん、それでもどうにかする)こともあるけれど、ここなら足りないものを調達することができる。なんやかんや検分の少し前に、様々な方々の尽力で、どうにかこうにか設営が終わった。皆さんありがとうございます。

【9日】
1日目。今回は僕が棋譜コメント担当、銀杏記者にブログを担当してもらった。彼は非常に頼りになるが、何も言わずに黙々と作業するので、たまにこちらの作業とかぶってしまうことがある。とは言っても一つ一つ確認しながら進められるほど時間的余裕があるわけでもなく、今後はある程度はシステマティックにしていく必要があるかもしれない。今のスタッフがやっているうちは阿吽の呼吸でうまくいくことが多いけれど、当然ながらいつまでも出来るわけじゃない。先を見て、いまのうちに出来ることをやっておかなきゃいけない。
夕食会終了後、坂を下ってコンビニに行き、ビールを何本か買ってきた。椿山荘は都内にあるとは思えないほど緑豊かで、建物も非現実的なくらい立派で豪華。ここに来るといつも竜宮城にいるような気がしてきてしまう。帰りに謎の小箱を渡されたらもう助からないだろう。
戻ってくるとホテルの方が笑顔でドアを開けてくれた。コンビニ袋をガチャガチャいわせながら、心の中で「庶民ですみません。ご迷惑おかけします」と丁重に頭を下げた。

【10日】
2日目。
朝、観戦記担当の東公平さんが、扇子に関係者の寄せ書きを集めているという話を聞いた。東さんは名人戦をはじめ多くの観戦記や著作があり、将棋界に多くの足跡と業績を残してきた功労者。年齢や状況を考えると、もしかしたら今回が最後の観戦記になるのではという噂もあっただけに、扇子はいい記念になるだろうなと微笑ましく思った。僕は大先輩の東さんの過去の名人戦での著作をカバンに詰めて、この日を迎えていた。棋譜コメントの中で、過去の東さんの名フレーズを紹介できればと思ったからだ。
そういった経緯があったのだが、結果としてこういう方向に進んでしまったのは残念でならない。東さんは久しぶりの現場復帰だったこともあり、控室ではうまく雰囲気に馴染めていなかったように感じられ、笑顔も見られなかった。今回、東さんの笑顔を見ることができたのは、皮肉にも画面の中で羽生名人に扇子を差し出したくだりだけだった。
もちろん東さんの行為は明らかにマナー違反であり、看過されるべきではないと思う。大山升田時代の牧歌的な雰囲気は、現代の名人戦の対局室で受け入れられるものではないのだろう。
羽生名人から扇子が返ってくると、東さんはそれを広げて嬉しそうに眺めている。将棋が好きで棋士が好き。そういった気持ちは非常によくわかるので、こうしてポジティブではない方向の事件になってしまったことが、とても悲しかった。

終局後の打ち上げでは、羽生名人と東さんは隣合わせで楽しげに話をしていた。精神的に落ち込んでいた自分にとって、その光景は涙が出そうなくらい嬉しいものだった。良いことも良くないことも、昔も今も混ぜ合わせ、それで残っていくものが文化なのだろう。良いことだけ、悪いことだけ出来る人などいない。誰のせい、誰が悪いではなく、志のある人が受け止めていく。自分もそうありたいと強く思った。

【11日】
チェックアウトぎりぎりに目が覚め、ダッシュでフロントへ。謎の小箱を渡されることもなく、無事に家にたどり着いた。こんなに天気がいいのに、あまりにも疲れ果ててしまったので、これから布団とお友だちになります。
ここまでと全く関係ない話なのですが、絡まりあっていた諸々のトラブルが、少しずつ解決に向かっているような感触があります。もうバッドニュースは聞きたくないので、ここは果報が来るように寝るのが最善。では、また近いうちに。
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ファンは個で、プロは公で平。

2009年04月03日 | Weblog
(1)将棋界(棋士)に興味があり、コンテンツが充実していればお金をかけてもいい。
(2)将棋界(棋士)に興味があるが、お金を掛けてまで関わろうとは思わない。
(3)将棋界(棋士)をよく知らない。しかし自分が将棋を指すためなら、お金をかけてもいい。
(4)将棋界(棋士)をよく知らない。なんでお金掛けなきゃいけないの?

どういったファン層に向けて普及しているのか、またはお金を出して下さいと言っているのか、系統別に対応するのは難しい。でもファンを1つにまとめて考えるのは、やっぱりおかしいでしょう。 ファンは間違いなく個です。

加えてプロ側も自覚がある人にばかり負担がいく。そういう構造もおかしいですよね。レスポンスが必要だと思う案件でも、個では対応しきれなくて諦めてしまう。
なにがなにやらで混沌としたこの時期に、もう一度真剣に考えてみようと思っています。

少なくとも、対局にせよ普及にせよ技術と熱意を持っている人が、自分の利益のために行うことに価値を見出してもらう。それが理想です。
とはいえ自分が一生懸命にやれば必ず歯車がうまく回るわけじゃない。

具体的に言うのは難しいけれど、どんな年代のどんな立場の人であれ、一様に悩んで迷って、これまで何をやってきたかの答えが出される時期が来ているのかもしれません。プロ(棋士も記者も含めて)は、公であり平であるべき。きちんとした自覚を持つ人が増えれば、いま先立って苦労している人達の負担が分け合えるんじゃないかなとかね。
こういう考え方は、やっぱり現実的じゃないのかもしれない。でも逃げたくはないじゃないですか、せっかく好きなことに関わっているわけだし。
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