お仕事ブログ

日々のライター稼業など。コメント欄に書きにくいことや仕事のお話はgotogen510@yahoo.co.jpまで

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

相変わらずな僕ら

2009年01月29日 | Weblog
取材をして原稿を書き、校正をして調べものをし、打ち合わせをして酒を飲み、祝い事があれば酒を飲み、何もしなくても酒を飲む日々です。

30日に久しぶりに歩くイベントを開催します。参加者は若手ライターのSさんとKさん。イベントタイトルは「こっそり表敬訪問☆大手町は多いよね」です。無事に帰ってこれて、かつ気が向いたらレポートを書くかもしれません。

参考までに前回の「山手線徒歩一周」の模様はこちら。今回は半分くらいの時間で終わるかなと楽観的に見ていますが…はたしてどうなることやら。
コメント (4)

技術ではないもの

2009年01月21日 | Weblog
うちの子供教室に来ているA君(イニシャルにあらず)は、幼稚園児なのに将棋クラブで1級で指しているそうだ。さすがに1級は甘いと思うけれど、最大出力はなかなかのもの。大局観はまだまだでも、指の向かう先はプロと遜色ないほど本筋そのものだ。

今日、彼と指しているときのこと。
普通に多面指しの駒落ちをやっていて、こちらが何気なく王手を掛けたら爽やかに投了されてしまった。
「詰みまで読み切ったの?」と尋ねたところ、「なんとなく先生が攻めてきたから詰みかと思った」と答える。じっくりと話を聞くと、結局なにも読んでいないことがわかった。

彼は自分より弱い子と指すときには、負けるとしても最後まで指す。相手が間違えるかもしれないし、過去にそうやって勝ってきたから。でも自分より強い人に対しては、わかったような顔をして投げてしまう。
まだ詰む詰まないの細かいところを整理できないのはわかるけれど、それ以前に彼にとっての将棋が「周囲に自分の優位性を示すためのもの」になってしまうのは怖い。そこから芽吹くものがあったとしても、道中で将棋に対する気持ちが痩せ細ってしまう可能性が高くなる。

自分は、教室に来てくれる子を強くしようという気は全くない。強くなる子は勝手に強くなるし、強くなれなくても長い期間楽しんでいける子の方が貴重だとも思っている。
中にはモジモジと「今日ね、学校でこんなことがあって…」と報告に来て、将棋もろくに指さずにニコニコと帰っていく子もいる。かと思えば来た瞬間に「早く指そう。どんどん指そう。とことん指そう!」とムズムズしまくっている子もいる。はしゃぎすぎる子には雷を落とすこともあるけれど、いつの間にか上級生が勝手に小さい子の面倒を見てくれている。色々な個性があって、将棋の強さも好きさ加減もまちまちで、見ていて本当に面白い。

なんとなく投げてしまった彼には、5手詰めの詰将棋をいくつか出してみた。彼は詰将棋が大の苦手だったけれど、自分の手を読んで相手の手を読んで、いい加減ではない答えを出すことを覚えてほしかった。相手が誰であっても真実はひとつだと知るには、詰将棋を解くのがいい。僕も十代の頃には詰将棋の美しさに何度となく救われた。今でも煮詰まると詰将棋を解く。一心不乱に解いている時間、間違いなく世界は僕だけのものだった。もっとも彼は10を2で割ったくらいの年齢なのだが。

ひとつ、ひとつと5手詰めを解いていき、彼は自信を取り戻しつつあった。しかしそこで躓いてしまった。とある問題で盲点に入ってしまい、がんじがらめ。30分ほど固まってしまったところで、息抜きに他の子と指させることにした。
しばらくして、彼の嗚咽が聞こえてきた。目の前の将棋じゃない、さっきの詰将棋を解くことができなかったと泣き出してしまったのだ。相手の小学6年の女の子は「まいったね、こりゃ」の表情でこちらを見る。僕は「すまんすまん」のゼスチャーを返す。
終わったあと、解けなかった問題を図面用紙に書いて彼に渡した。将棋の世界は技術が高ければ多くの障害を乗り越えることができる。でも、それだけじゃない。

自分の行動、言動のひとつひとつが彼らの根幹に響いてしまうかもしれない恐怖。事なかれになることも割り切ることも出来ないまま、今日も一日が終わっていく。
コメント (8)   トラックバック (1)

第34期棋王戦本戦▲久保利明八段-△島朗九段

2009年01月19日 | Weblog
【第1譜】▽振り飛車党と矢倉
 2008年8月半ば、将棋界はどこに行っても二つの話題が中心にあった。一つは公益法人制度改革による日本将棋連盟への影響。もうひとつは藤井システム創始者、藤井猛九段の矢倉党宣言。前者は「さて例の件ですが」と襟を正して語られるのだが、後者はいきなり「驚きましたね」で始まる。もう誰が何を指しても不思議はない。

 途中図を前に、久保はしばしうつむいていた。ここで▲5六歩なら矢倉模様、▲6七銀なら振り飛車だろう。着手まで、およそ40秒。久保の銀が6七へ真っ直ぐ進んだとき、場の空気が和んだように感じた。きっとその場にいた誰もが「矢倉?」の二文字を浮かべていたのだ。



 久保が角道を止める四間飛車を指すのは、5月に指された渡辺明竜王との対局以来。その前は2月末に羽生四冠と戦っているが、やはり採用は少なくなっている。最近はもっぱら中飛車や三間飛車を指していた。
 もしやと思い調べてみると、久保の2008年1月からの四間飛車の採用はこれで4局目。すでに矢倉は3局指しており、本局が矢倉なら四間飛車の局数を逆転していた。久保、危ないところだった。

 指了図で昼食休憩に。本家の藤井九段が指さなくなった、あの藤井システムである。席を立つときに「後藤さんに書いてもらうのは初めてですね。光栄です」と島。言われたほうは単純で、お世辞でも嬉しくなる。



【第2譜】▽島将棋が面白い
 7月のある日。自宅で最近の棋譜を並べていて、「おっ」と思うことがあった。島が指す将棋が際立って面白かったのだ。突進力、判断力、接戦で発揮される勝負根性…まるで四段になりたての、上だけを見て邁進する新鋭のような熱と清々しさがにじみ出ているように感じた。
 数日後に観戦記の依頼があった。カードは島と久保。実際にはもう一局候補があったのだが、迷わず島の将棋を希望した。興味の対象が向こうから来てくれた巡り合わせを逃すわけにはいかない。

 島は指し始め図で30分考えて△7四歩と指した。この局面は過去に公式戦で指されたことがなく、観戦メモには「新たな道筋を求めた手だろう」と残っている。
 ところが局後の島の話は「6二銀の形を生かそうと思って考えたのですが…いや、実は定跡をあまり知らなくて」。
 おや、これはどういうことだろう?この局面は事前に想定し、研究できるはず。島お得意の自虐的な冗談なのかもしれないが、やはり何か引っかかるものを感じた。

 実戦は△7四歩から▲4八玉△5三銀▲6五歩となり、前例がある将棋になった。久保も今年2月に羽生善治四冠とタイトル戦で指している。
 指了図の△4四歩は▲同歩△同銀から手順に銀を3三に引き付ける狙い。が、「この手は虫が良すぎましたか」と島。久保がうまい対応を見せた。



【第3譜】▽ゼロからの普及
 8月末、記者は栄光ゼミナールに勤める野崎清一氏と酒席を共にした。栄光ゼミナールは学習塾が中心だが、最近はサブカルチャーとして将棋を取り入れており、小中学生を対象にした栄光ゼミナール杯は9月21日の仙台大会で第4回になる。野崎氏は将棋イベントの陣頭指揮をとる立場。島とも懇意にしているそうだ。

「もう2年以上前になりますか。石田和雄九段の新年会でお会いしたのが最初です」
 当時、将棋連盟の理事だった島は野崎氏が栄光に勤めていることを知り、将棋を私教育に取り入れることを打診した。

「最初は条件面が折り合いませんでした。それで2回目のときが島先生の真骨頂でしてね。まるで営業マンのように…」
 名刺交換をしたら12時間以内にお礼のメール。甘いものが好きだと聞けば、次には必ず持参。誰かの父君が将棋ファンだと知れば、名前を聞いて揮毫色紙を持ってくる。もちろん為書きの一筆が入っている。
「当時は年20回以上来社いただきました。理事をやめられる少し前の栄光ゼミナール杯のときに、この大会を開くことができて理事としての活動の疲れがとれた、と話されていたのが印象的です」

 指了図の△4四歩に対し、▲同歩△同銀の形で駒組みを進めたのが巧みだった。6筋突き捨てから▲6八飛と回り、すでに振り飛車十分の形。1筋の位が大きくものを言っている。



【第4譜】▽彼の流儀
 島が竜王のタイトルを得たのは、およそ20年前、25歳のときだった。米長邦雄九段(当時)を4タテにしたスコアだけでなく、村上龍や田中康夫の小説から飛び出してきたようなスタイルも斬新だった。当時の竜王獲得までの雑記には、ポール・スチュアート、ボディコン娘、ノルウェイの森といったフレーズがバンバン出てきていた。今見ても、なかなかにかっとんだ仕上がりに思える。慣例にとらわれない。ちょっとキザっぽいが、ニヤリとさせられる。

 そういえば、対局開始前にこんな出来事があった。両者が駒を並べ終え、記録の荒木三段が島の歩を取ろうとしたとき、島が「あ、久保さんのほうの歩を振ってください」と手を止めさせたのだ。
 振り駒は上位者の歩を振るのが慣習になっているため、荒木三段と久保は戸惑いの表情を浮かべた。島は最近九段になったばかりだが、同じ八段だとしても久保よりだいぶ先輩。そのまま上位者として自分の歩を振らせるのが自然だ。

 盤側で記者は、島は久保を格上として見ており、振り駒は敬意を表したのだろうと感じた。いかにも島らしい発想だとも思った。しかし、後日に別の一面が見えてくることになる。
 今日の譜は、久保から見れば捌きのための下ごしらえ。島にとっては、激流に飲まれぬよう必死に足を踏ん張るような展開。が、▲4一銀の一発でグラリと来た。



【第5譜】▽終局後の一幕
 感想戦終了後に、久保と二人で下北沢に飲みに出かけた。タクシーの中で先に始めている人たちに「いま向かっています」と連絡を入れてから、久保にいくつかの話を聞いた。
「藤井さんの矢倉宣言ですか?言ってしまった以上はやるしかないだろうなと思いますけど…」

 久保自身も藤井と矢倉を指しているが、それは展開のアヤだそうだ。具体的には▲7六歩△3四歩▲2六歩△4四歩のときに、振り飛車党の藤井相手に▲2五歩と突く気にはなれない。したがって▲4八銀と上がるが、あとは後手の藤井が望めば相矢倉になる。
「藤井システムがダメになったわけではないはず。ただ、一つの戦法だけでは苦しいのは確か。」
 本局のあとも、久保は藤井システムを連採している。何か思うところがあったのだろうか。

 指し始め図の▲4一銀は守りの金を狙う急所の一撃だった。△2二金なら▲6五飛△同歩▲5三角成で先手勝勢。▲4九歩と底歩を打てるのが大きい。△8六歩からは島懸命の粘りだが…。

「指了図からの次の一手は▲4一銀と打ったところで見えていました」は車内での久保の弁。店に着いて少し経ったところで、先に始めていた屋敷九段、北浜七段に次の一手を出題してみた。すると二人ともすぐに正解。鈍感力の久保が眉毛をピクピクさせたのを記者は見逃さなかった。



【第6譜】▽前進
 8月末、都内の居酒屋で栄光ゼミナールの野崎氏と十数年ぶりに将棋を指した。当時は僕が中学生で、氏が大学生くらい。偶然行きつけの将棋道場が同じだったのだ。数分前まで雄弁だった野崎氏も局面が煮詰まってだんまり。僕はさっきの話を思い出していた。

「島さんは順位戦でB級1組から落ちて変わりました。成績悪化、即降級の勝負師の世界に戻りたいと」
 B級1組は成績が悪ければ一発で降級だが、B級2組以下は降級点制度があり、1年の不振で降級することはない。

「羽生四冠や佐藤棋王よりも、加藤一二三九段や有吉道夫九段への憧れを話していました。前のめりで、死ぬまで勝負に執着し続けたい…」
 もしかしたら振り駒で島が「久保さんの歩を…」と言ったのは、自分もトーナメントプロであり、同じ土俵で戦うという宣言だったのか。序盤について「定跡をあまり知らなくて」の言葉は、最新形で戦うところまでフォームを戻せていない自分への責めなのか。

 指し始め図から、歩頭に捨てる▲8七金が決め手。△同歩成には▲6四角△8五竜▲6五飛△同竜▲3一銀で後手玉は寄り。全ての駒が存分に働き出す妙着だった。
 島は感想戦で「▲8七金は見えていました。諦めるつもりはサラサラ無かったんですが」と素っ気なく語っていた。
 棋士島朗、どうやらこれからが面白い。

コメント

能力が足りない

2009年01月13日 | Weblog
ひとつひとつの仕事を自分なりに面白がるために、少なくない時間を割いて作業する。
サラッとやるのは簡単、あったことをそのまま書くのは簡単だけど、自分にはそういうスタイルは合わない気がする。でもそれを続けようとすると袋小路に入ってしまうわけで。能力が足りないと言われればそれまでですが。
作品より立場を見られることも多いので、せめて作品を見てもらえるところまで行かなきゃいけません。偉い人がやれば「画期的」でも、ぺーぺーの新人がやれば「悪ふざけ」。少なからず、そういう面はありますから。

14日は棋王戦の石川陽生七段-佐藤慎一四段の観戦記。自分にしか書けない作品を書けるように頑張ります。下調べもいい具合に進んでますよ。ふふふ。

15日はA級順位戦、16日もA級順位戦の中継。合間を縫って諸々の原稿を進める予定。好きな道なら楽しく…ですね。

※16日は青葉記者に代わってもらいました。まあ家での仕事が一段落したら観戦に行くと思いますが。
コメント (1)   トラックバック (1)

2つの観戦記

2009年01月10日 | Weblog
こちらに朝日杯将棋オープンの▲渡辺明竜王-△羽生善治名人戦の観戦記が掲載されています。

この観戦記は大幅に書き直したものでして、実はボツになったオリジナルがあります。担当記者の方に「ブログで…」と言っていただいたので、こちらで紹介します。よかったら2つを読み比べてみてください。


--------------------------------
持将棋が成立するかどうかの変化で、「いち、にい、さん、しい…」と声が重なった。羽生の点数が足りるかどうかを数えているのだが、二人の姿があまりに無邪気に見えて、おかしくなってしまった。羽生の「足らないかー」に渡辺が「1、2枚足りませんか」と応え、感想戦はお開きになった。

                  
16日、12時45分。いま、山形に向かう新幹線に乗っています。本局が指されたのが12月15日。翌16日、つまり今日は竜王戦第7局の移動日です。
隣の隣の席で渡辺さんが「前々日に持将棋になるのかと呆れてました」と笑っています。その声が羽生さんに聞こえたのか、いないのか、後ろの方でも笑い声が。話の内容は聞き取れないものの、羽生さんから楽しそうな雰囲気は伝わってきます。
羽生3連勝から渡辺が盛り返して3連勝。永世竜王、永世七冠、将棋界初のタイトル戦3連敗4連勝など、この第7局には非常に大きなものが懸かっています。いや、周囲がそう見ているというのが正しいのかもしれません。両対局者の和やかさのせいか、一行に険しさや緊張が感じられず、まるで慰安旅行で温泉に向かっているようなのです。なんなら誰かがビールの缶を開けても不思議ないような…もっとも決してそんなことは起こらないですけれども。
12時54分、もうすぐ宇都宮に着くというアナウンスがありました。パソコンのバッテリーがどれくらいあるかわかりませんが、そろそろ昨日の将棋を振り返ります。


------------------------------
午前の対局では、攻めの強さで鳴らす畠山鎮七段を中飛車で攻め倒した渡辺明竜王。勢いを十分に感じさせる好局だった。一方の羽生善治名人は堀口一史座七段の不戦敗による勝ち上がり。臨戦態勢に差が出てしまったが、これが将棋の内容にどう影響してくるか。
渡辺は20分前には対局室に入り、下座でジッと待っている。羽生が現れたのは定刻4分前。白いコートを物入れのハンガーに掛け、ふわりと上座についた。両者背筋を伸ばして一礼。
記録係は佐藤康光棋王門下の植木祐斗1級。振り駒は羽生の振り歩先で、と金が3枚。渡辺の先番が決まった。渡辺は居飛車の王道を行く出だし。羽生が6手目に△4四歩と角筋を止め、先手引き角、後手銀冠の対抗形となった。最近の相居飛車は後手が作戦を選択できる形が多く、本局も羽生の誘導で戦型が決まった。
第1図は渡辺が2筋で角交換したところ。ここで△2三歩では後手の主張が無くなり面白くない。当然、羽生が△2三銀。相手の動きを逆用して銀冠の好形を得る構想だ。

ここまで書いて、どうやらパソコンのバッテリーが無くなってきたようです。次の停車駅の郡山まで粘ろうと思ったのですが、書いたものが消えてしまうのは悲しいので、ここまでにしておきます。
13時11分、車内は静かです。渡辺竜王はスポーツ新聞を眺め、羽生名人はうつむいていて、寝ているのか本を読んでいるのか考え事をしているのか、遠くからはよくわかりません。そんなこんなで、また後ほど。

------------------------------
16日、21時半過ぎ、天童にて。娯楽室でこの原稿を書いています。後ろではお酒を飲む人、向こうでは囲碁を打つ人など各人各様の過ごし方をしているようです。両対局者は何をしているか。部屋で寛いでいるか、温泉に入っているか、それともすでに床についているか。さて、昨日の将棋に戻ります。


朝日杯として見ても、ベスト4を懸けた名人と竜王の大きな一局。しかしそれだけでは済まない状況になっている。タイトル戦決着局の直前に行われた本局は、カードの豪華さだけではなく次の将棋にどういった影響が出るか。将棋ファン、棋界関係者、そして棋士さえも、この将棋の結果と内容で竜王戦第7局の行方を占う。予想し、夢想し、妄想する。語弊はあるかもしれないが、これほど価値が高く有意義な前哨戦を他に見たことがない。棋戦の壁を越えた祭りの渦中。周囲はもう巻き込まれている。

第2図は渡辺が攻勢に出たところ。単純な棒銀からのシンプルな攻め。羽生陣は金銀4枚が密集しており、とても渡辺の攻めが届くとは思えないが…。ここから△2五同歩▲同桂△2四銀▲1五歩△同歩▲1三歩。次に▲1五銀と出る手があり、なかなか振り解くことが出来ない。普通なら無理気味の攻めでも、羽生の攻撃陣が手薄いため厳しい反撃が来ない。だから成立しているのだ。

第3図で渡辺の攻めが決まった。局後に羽生も「金を引けないようでは苦しいですね」と認めていた。羽生の言う金引きとは△4二金引のこと。しかしこれには▲5三銀の痛打がある。角だけでなく4九の飛車にまで働かれては収拾がつかない。

------------------------------
17日、そろそろ21時半になります。今日も娯楽室です。昼は対局を検討する控え室、夜は娯楽室。さっきまで後ろで西村一義九段と淡路仁茂九段が、しみじみと昔の思い出話を。いまは藤井猛九段を中心に棋界よもやま話など。背中で笑い声を聞きながら、パソコンに向かっているわけです。


第4図の駒割りは金香交換で羽生駒得。しかし、ここで羽生はスイッと△3四玉。金がタダ。渡辺は当然▲3二馬と金を取る。羽生△2五玉。渡辺▲2二歩成。羽生△1六玉。一目散に入玉を目指したのだ。
金をボロリと取られたことで香損になったが、入玉してしまえば駒の損得は関係無くなる。自玉を安全にして、相手の玉を捕まえればいいというのが羽生の判断。
しかし△1六玉に対する▲3八歩(第5図)が、その判断を上回る手。羽生は「この手が厳しくて…」と感想を洩らした。次は▲3七歩△同馬▲2九飛。渡辺の持ち駒が豊富なため、金を見捨てて得たはずの入玉ルートが危うくなっている。
対局中は素知らぬ顔で△2八金と投入したが、本来ならばここは歩を垂らしてと金で済ませたいところ。ここに金を使ったことで渡辺の玉が安全になり、互いの玉が寄らなくなった。必然的に、攻め駒が豊富な先手に手段が多くなる。
戻って第4図。△3一金打と受けても、後で▲2二歩成で取られてしまう。かといって他に有効な手も無い。渡辺は「逃げられてしまって。もう少しいい攻めがあったかもしれません」と話していたが、裏を返せば形勢に自信を持っていたとも受け取れる。

第5図から50手ほど進んだ第6図は、渡辺が重い腰を上げて入玉を目指したところ。互いの玉が寄らないため手数は伸びているが、着実に大駒を取った渡辺が駒割り、点数でリードしており磐石の態勢…と盤側の記者には映った。羽生は持将棋成立(大駒5点、小駒1点で24点以上)まで10点ほど足らず、勝つためには渡辺の玉を捕まえるしかない。正直に言えば、勝ち目は無くなっているのになぜ羽生は指し続けるのだろうとすら思っていた。
▲9六歩と突いた渡辺は座布団から半分以上体をせり出しており、とても余裕があるようには見えない。案の定、局後に「ここはおかしくしたと思って焦りました」と話している。
渡辺がこの局面に触れると、羽生もすぐに「ああー、そうですね。△9六同歩は甘かったです」と認めた。△9六同歩では△5七歩と垂らすほうが優ったようだ。厳密に言えば▲7三銀不成~▲8四銀成と上部を開拓して、駒数勝負に持ち込めば先手勝ちなのだが、自陣を放置しての▲7三銀不成は相当に指しにくい手。焦り始めていた渡辺に正着が指せたかどうか。何が起こっても不思議は無かった。
本譜は第6図で△9六同歩▲8六歩となって形勢がはっきりした。羽生も追いすがったが、渡辺が的確に受け切って終局(投了図)となった。投了図は▲9三歩成から▲9四玉の入玉が止められず、相入玉になれば点数が足らない。


竜王戦第7局1日目は、もう形勢に差がついているという声も聞かれるほどの激しい展開。しかし盤上と反比例するように、夕食の席の両対局者は明るく笑い、周りの話に耳を傾けているようでした。その和やかな雰囲気は、やはり慰安旅行と言われても納得してしまうかもしれないほど。
17日、23時58分。娯楽室にて。一昨日に指された朝日杯の将棋が、竜王戦にどう影響するかを勘繰るのは自由。僕も実際に色々と考えてみたけれど、どれもこれもしっくり来ません。変に決め付けたりせず見守るのも悪くないかな。というのが今の心境です。
さて、明日も早いのでそろそろ寝ます。もっともワクワクしてしまって、うまく寝付ける自信はないのですが。

---------------------------------
コメント (6)   トラックバック (2)

スーツとスニーカー

2009年01月08日 | Weblog
一ヶ月に1回くらい、履く靴を間違えてしまう。
もっとも最近は行き帰りにランニングをする人が増えているらしいので、そんな
に恥ずかしがることはないか。

今日は明け方まで将棋会館の4階と5階を、スリッパで往復する予定。明日は10
時からと14時からのお仕事です。

【追記】
疲れたので午後の部は銀杏記者に代わってもらっていました。いま自宅で観戦中です。
コメント (4)   トラックバック (1)

あらららら

2009年01月06日 | Weblog
指し初め式に行くの忘れてました。行こうと思ってたのにな。
先が思いやられます。
コメント

アンケートの集計結果(1)

2009年01月03日 | Weblog








ひとまず結果を出しておきます。設問5の回答はまた後日に。
ご協力いただき、ありがとうございました。
コメント   トラックバック (1)

2009年01月02日 | Weblog
2009年の初泣きは、東西線の車中で読んだ乙一の「失はれる物語」でした。
たぶん毎日はこんな感じで過ぎていくのでしょうね。今年もよろしくお願いします。
コメント   トラックバック (1)