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第62回NHK杯戦1回戦▲四段永瀬拓矢-△七段神谷広志

2013年10月10日 | Weblog
第62回NHK杯戦1回戦第7局
▲四段 永瀬拓矢-△七段 神谷広志
観戦記=後藤元気 放送時解説=九段 島朗
(まぼろしの自陣飛車)

■くものうえ
――おい、そんなにのぞきこんでいたら、おっこちてしまうぞ。
――おちやしないよ。ちょっとながめているだけさ。
――くものしたのことなら、ちじょうでじたるほうそうでしちょうすればいいじゃないか。
――おきづかいありがとう。でもきょうはこれでいいんだ。
――こわいかおのおじさんと、しょうねんがいるね。
――べつだんこわくもないよ。
――あれれ、おじさんがおまえのなまえをよんでいるな。しっているひとなのかい?
――ああ、もうずいぶんとね。


■相振り飛車へ
ご記憶の方も多いだろう。永瀬は前回初出場となるNHK杯戦で、2度の千日手の末に佐藤康光王将を破り名を挙げた。早石田と中飛車を得意にしており、先手番での千日手もいとわない。
 対するは歴代1位、28連勝の記録を持つ神谷。「(永瀬とは)何回かやったけど、この年になると将棋や人柄を覚えていない」とか言いつつ、早石田対策の相振り飛車を用意してきた。自分が好きな形で指したい手を指し、スキありと見れば猛然と獲物を追う。自由気ままさと虎の牙を併せ持つ将棋指しだ。


■受けのタイプ
 永瀬は対局前のインタビューで「私も神谷七段も受け将棋なので、受け合う展開になるかと思っています」と話していた。
 たしかに両者とも受けに特長がある。神谷は相手の攻めと正面から向き合い、平然と自玉を前線に立たせて戦う。
 かたや永瀬は陣地取りがうまく、長期戦で力を発揮する。神谷が切った張ったのチャンバラなら、永瀬は矢に毒を仕込み、じわじわと追い詰めるタイプだ。
 3図からの▲6五歩は次に▲2六飛の狙い。スキありと見て、永瀬が技をかけにいった


■香の取り合い
 神谷は局後に「▲6五歩はわかっていた。本譜の進行は誘った感もあり、やらされた感もあり」。自信があったわけではなく、7筋に歩を受けない選択をしたのだから、ある程度の危険はしかたないと見ていた。
 永瀬は4図から▲7七角と打つ。手つきから、あふれる自信が伝わってくる。玉側の香を取られる先手がまずそうだが、馬だけならまだ危険はない。一方の後手は2一桂の処遇が悩ましく、3二飛も不安定な格好だ。
 神谷は天を見上げてから、えいやっと桂を跳ねた。


■手応えあり
 △3三桂(5図)を前に、永瀬が考え込んでいる。
 先手が玉側の香を取らせたのは、5図から▲3七銀~▲2八銀と馬を捕獲する順を見越していたため。しかしすぐに▲3七銀と指すと、△3一香がある。以下▲2八銀△1八馬▲1九香と馬を取りに行っても、△2八馬▲同玉△4五桂で先手苦しい。
 そこで永瀬は▲2一馬と寄った。軌道修正だが、手応えは十分。△4二飛なら▲3七銀でいい。したがって△3一香は盤上この一手の受け。以下流れるような手順で両取りがかかった。


■神谷の受け
 解説を務めたのは、神谷と同年度に四段になった島朗九段。棋士生活30年を超えたが、神谷も島も“きかん坊”な感じがあり、将棋も若々しく面白い。
 島九段は▲3一飛(6図)を評し「厳しい。良い手がなければ後手が押し切られる」。6一の金を守るだけなら難しくないが、▲3二飛成とされたときに先手を取られてはいけない。
 神谷の指し手は、自ら玉から離れる△5一金寄。これが絶妙だった。永瀬は目を丸くする。▲3二飛成に△2五桂が入り、後手の駒に勢いが出てきた。 


■棋風
 自信にあふれていた永瀬の手つきが、おぼつかなくなってきた。若手にはめずらしく形勢判断が表に出るタイプで、このあたりは親交の深い鈴木大介八段と似ているかもしれない。
 ▲7四同飛(7図)は▲5二竜からの詰めろだが、一手早く△7三香が飛車をつらぬいた。
 永瀬は考慮時間を使いきり、秒を読まれて駒台の銀を持った。▲6三銀の食い付きは△4二金上で受かってしまう。どうしていいのか分からなくなったときに出るのが棋風。手にした銀が着地したのは自陣だった。


■一瞬の逆転
 飛車取りの△7三香に対し、馬を取りにいく▲2八銀(8図)。インタビューで永瀬が話していた「受け合う展開」が、最終盤の勝負どころで現れた。
 8図から△1八馬は、▲6四歩△6二歩▲7三飛成から歩切れをついて殺到される筋がある。また単に△7四香は▲1九銀で、先手の銀得が残る。
 したがって選択肢は△2八同馬と△2九馬のふたつ。神谷はあえて△2九馬と桂のほうを取ったが、これが敗着となった。
 ここは素直に△2八同馬がよかった。以下▲同玉△7四香と駒損を取り返しておけば優勢を維持できた。神谷はそこで▲6三角を気にしたが、それには△7二飛(A図)がぴったりの受け。ここさえ受け止めてしまえば、△5五角の楽しみが残る。
 △7二飛の自陣飛車を指摘したのは永瀬。神谷は後ろにひっくり返るようにして「見えなかった。しかし普通の手だな」とうなった。受けと受けの勝負、今回は永瀬に軍配が上がった。
 実戦の進行は▲6三角がより厳しくなっている。この場合も△7二飛の受けはあるが、A図と比べて後手が銀を持っていないのは大きい。具体的には▲7二同角成△同玉▲2一飛△4二桂▲2六歩くらいで、攻防ともに見込みがないだろう。


■忘れるわけないよ
 9図からの▲8六香が決め手。▲7七香(投了図)で終局となった。以下は△6二玉なら▲7二馬まで。△7三銀や△7三角も、▲同香不成から取った駒を8二に打って即詰みとなる。
 収録が終わったあと、神谷と二人で少し歩いた。信号を待っているときに「5月22日で三回忌なんですね」と声をかけると、「うん、忘れるわけないよ」とつぶやく。そのじっとりとした言葉の手触りに胸が詰まる。
 帰宅後、妻に今日の出来事を話した。神谷先生が対局前のインタビューでトラについて触れたこと。天国で見ていると思うから、みっともない将棋は指したくないと言っていたことなど。足元にまとわりついてきた我が家の猫が、ぴゃぴゃと声を出す。そうか、もうご飯の時間だね。
数日後、机に3枚のはがきを並べてみた。1枚目は一昨年の年賀状で、花に囲まれた猫の写真の脇に「うちのトラにゃんです。いい男でしょ?」とある。
 2枚目はトラの永眠を伝える喪中のはがき。3枚目は今年の年賀状。イラストのトラねこが虫眼鏡を持って、一株のたんぽぽを観察している。

――こわいかおのおじさん、まけちゃったね。
――うん。
――とちゅう、しょうねんがめをまんまるにして、まるでぼくらみたいだったよ。
――ほんとうにね。ぼくもうっかりおっこちそうになった。
――きをつけろよ。まだあたらしいけがわもできてないだろ。
――ああ、とびきりじょうとうのけがわをあつらえてもらっているんだった。
――ちじょうのよるはひえこむこともあるそうだから。
――まあ、さむかったらまた、ふとんにもぐりこむだけさ。

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2 コメント

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記念碑 (オオカワ)
2013-10-19 07:10:16
「将棋棋士の名言100」誕生のきっかけとなった観戦記とうかがっています。後藤氏の個性あふれる筆致が出版社の目にとまったのだと思います。
Unknown (ごとげん)
2013-10-25 01:15:22
事前準備なしで観戦することになり、逆に開き直ったものになりました。
その後、神谷先生のところに毛色の違う猫さんが出入りしているそうです(好物が同じ!)。

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