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第35期棋王戦本戦▲三浦弘行-△近藤正和

2011年02月22日 | Weblog
【第1譜】▽続けるということ
 早めに対局室に入った近藤は、お茶をいれてくれた記録係に「ありがとう鵜木君」と声を掛けた。奨励会員の名前を覚えるのは、簡単なようで意外に大変なもの。近藤には将棋界全体を家族として見るような、暖かい雰囲気がある。
 しばらくして三浦も対局室へ。快活に挨拶し、物入れに大きなバッグを詰め込む。そして上着を脱いでワイシャツの袖をまくって上座に。駒を並べている最中に、取材のカメラマンが対局室に入ってきた。三浦は慌ててシャツの袖を戻す。どうせなら上着も着ればと思ったが、そこまでは気が回らなかったようだ。
 途中図の△5二飛で近藤は作戦を明示。数日前に近藤に会ったときに「三浦戦は当然中飛車をやります。誰も私の居飛車なんて見たくないでしょ」と話していたが、まさに有言実行。いつも通りと言えばいつも通りだが、心なしか表情も誇らしげにも見える。
 20手目△5六歩と駒がぶつかったところで昼食休憩。出前の注文は、近藤が「ほそ島や」の中華そば。いつ見ても近藤は、このそば屋の中華そばかカレーライスを頼んでいる。中飛車もそうだが、好きなものを飽きずに続けていくのが近藤のスタイル。
 指了図▲6五歩には大捌きの筋が見えるが、大丈夫なのだろうか。

【第2譜】▽水面下の変化
 指し始め図の▲6五歩に、中飛車党の方なら△4五歩▲同銀△5五飛の大捌きが見えるだろう。▲同角なら△同角で飛香両取り。次に△5七飛成▲同金△8八角成▲同玉△5五角の王手飛車狙いもある。
 しかし三浦は、△5五飛に▲3四銀△5七飛成▲3三銀成△5八竜▲同飛△3三桂▲6四歩で先手良しと読んでいた。最後の▲6四歩が後手陣の急所をつく一手で、△同歩なら▲6二歩が痛打となる。近藤もこの決戦策は無理筋と判断して△8二玉。水面下に大決戦の筋がありつつも、穏やかに駒組みが進むのがプロの将棋だ。
 三浦は本局の少し前に発売された将棋世界9月号に中飛車対策の講座を書いた。執筆中にタイトル戦で副立会を務めた三浦は、移動の電車で膝に国語辞典を乗せ、その上に原稿用紙を置いて筆を走らせていた。それでも「ページ数の都合で、書きたいことの十分の一も伝えられていない」と肩を落とす。生真面目な学究肌だが、不思議な愛嬌がある。
 互いに陣形を整備していき、近藤の△8四歩を見て▲3八飛。銀冠を目指す歩突きを、早い動きでとがめようという一手だ。指了図の▲1六角は、△2七角の筋を消しながら飛車を狙う攻防手。飛車が逃げれば、角の利きが6一の金まで届く。

【第3譜】▽いつも会館へ
 近藤は指し始め図から△4三歩。おとなし過ぎるようにも映るが、相手が打った角を無力化しようとしている。
 なお△4三歩に代えて△4九角と攻め合うのは、▲5二角成△3八角成▲6一馬△同銀▲5一飛で先手有利。8三の地点が空いているため、▲2一飛成と桂を取る手がすこぶる厳しくなる。
 住まいが近いこともあるのだろうが、記者が将棋会館に行くと必ずと言っていいほど近藤を見かける。だいたいは4階のエレベーター脇のベンチか、控室である「桂の間」におり、相手がいれば雑談、もしくは囲碁を楽しむ。対局以外で将棋は指さない。雑談のなかで出身の新潟の話が出ると、キラキラと目を輝かせる。話が長くなるのはご愛嬌。
 いつも会館に来て奥様は怒らないかと聞けば、「結婚当初に、早く帰るからと言って朝まで飲んでしまったことがあるんですよ。それでウチのが怒ったから、何言っているんだ、朝早く帰ってきたじゃないかと。きっと呆れて諦めたんでしょ。あはははは」。この笑顔でそんなことを言われたら、奥様も笑って許すしかなさそうだ。
 指了図前の2手は、いかにもプロ好みのやり取り。囲碁で言うところの「地を確保する」▲5六銀。遊び駒を活用する△4四金。どちらも、こたえられない味といえる。

【第4譜】▽対局中の癖
 三浦は指し始め図から▲2八飛。5筋は銀二枚が守ってくれているので、飛車は2筋で使おうというわけだ。
 代えて後手の角を捕獲しにいく▲2五歩は、△1四歩▲2八飛△1五歩▲4九角△2四歩▲同歩△2二飛でうまくいかない。以下▲2三歩成なら△2七歩▲同角△2三飛の逆襲がある。
 ふと見ると、正座した近藤の後ろ足がピョコピョコと動いている。そういえば久保利明棋王も足先をよく動かしていた。もしかしたら感覚派の振り飛車党は足の指先でリズムを取るのかもしれない。今後の研究課題として、他の振り飛車党を観察してみようと思う。
 一方三浦には、読みを確認する際に何も無い空間を睨みつける癖がある。近藤と三浦に確認すると、「いや、そうですか。意識したこと無かったです」。対局中は盤上に溶け込んでいるのだ。
 ▲3二歩以下のと金作りは、さすが戦巧者と思わせる手順。このあたり三浦は「ここまで疑問手を指したつもりはないので、いい勝負になるかな」と考えていた。近藤は「この将棋は2一桂と2九桂の働きの差が大きくなる」と見て、相手の手に乗る形で△3三桂から△2五桂。三浦はこれを見て目を丸くした。喫茶店でコーヒーを頼んだら紅茶が出てきたような顔で、盤面を見つめている。

【第5譜】▽感覚と読み
 指し始め図の△2五桂を見て、三浦は目を丸くした。「△2五桂には驚きました。私は△2五角が本線だったので」。
 三浦の読みは、△2五角▲4一と△1四角▲4二と△2五歩として、取られそうな角を安全にする順。たしかに指し始め図は先手に一歩あれば▲3七歩で終わってしまう形。ところが近藤は「桂か角かだったら、振り飛車党は桂でしょう。この桂を使わなきゃいけない」。感覚派の近藤は、読みよりも自分の感性を重視する。そしてこの△2五桂は、局後の検討で正着と結論付けられた。
 とはいえ、感覚が常に読みを上回るわけではない。読みが感覚の足を引っ張ることもあれば、逆に感覚が読みの精査を妨げることもあるのだ。
 近藤は直後の、▲4一と△8三銀の順を悔いた。「次に△7二金から△7四歩となれば、相手はと金の使い方が難しくなる」。三浦も「△8三銀はなるほどと思った」と話すように、プロの感覚的には良い手なのだが、後で▲7五桂と打たれる筋が残ったのも大きい。三浦はその桂打ちを軸に、寄せの形を組み立てていく。
 △8三銀では、ひとまず▲7五桂の筋を消す△7四歩が有力だった。とはいえ本譜でも形勢を損ねたわけではない。
 指了図△2四桂は近藤が用意していた一手。大技を狙っている。

【第6譜】▽実力でしょう
 指し始め図の△2四桂は、近藤いわく「行けると思って決めに出た手」。桂打ちに対し▲4九角と逃げるのは、△3六歩からどんどん押し込まれてしまう。当然三浦は▲2五角。そこで△3六桂と跳ねれば、先手の飛角は身動きが取れない格好になっている。
 三浦は時折、何か思い出したように席を立ち、物入れに押し込んだバッグをガサゴソとやる。そのたびに様々なアイテムが出てくる。まるで四次元ポケットのようだ。
 終局までに出てきたのは、ミネラルウォーター、お茶のパック、コーヒー、メガネケース、水筒など。水筒の中身は、買ってきたミネラルウォーターを給湯室で沸かしたもの。ずいぶんと手が込んでいるが、自分が良い将棋を指すための環境作りにも全力で取り組むのが三浦のスタイル。
 メガネを掛けることはあまりない。以前、手が見えなくて不調なので、目が原因に違いないとレーシック手術の検査をしたことがあるそうだ。医者いわく「目は問題ありません。将棋を勝てないのは実力でしょう」。
 指了図▲7五桂が、三浦期待の一手。もう一枚桂を持っているので、▲8三桂成から▲7五桂のおかわりがあり、手抜くことが出来ない。近藤は1時間近く時間を残していたが、次の一手は自分の感性を信じて8分で着手した。

【第7譜】▽幻の詰み筋
 近藤は金にヒモを付ける△7二銀を選んだが、ここからは後手に勝ち筋が無かった。正着は△7四銀。ここから符号が続くが、ぜひ盤に並べていただきたい。
 △7四銀以下▲4三角成△2八飛成▲6一馬△7二銀▲同馬△同玉▲8三銀△6二玉▲5二金△7一玉▲7四銀不成△同歩▲8三桂成で後手玉は受けなし。後は先手玉が詰むかどうか。
 まず△6九銀と捨てる。▲同玉に△3七歩成と開き王手し、▲7八玉に再度△6九角成と捨てる手が発見されたとき、すでに感想戦は2時間を超えていた。△6九角成に▲同玉△5八銀▲7九玉△6九飛▲8八玉△7九角▲9八玉△6八飛成▲同金△8八金▲9七玉△8九金で仕留めたようだが、なんと▲8八角の捨て駒で不詰め。
 盤面が▲8三桂成のところまで戻される。結論としては、△6九銀▲同玉に△3七歩成ではなく△5八銀が妙手。もしかしたらと指摘した三浦ですら「詰将棋でも見たことがない」と目を輝かせた。△5八銀▲同金△同竜▲同玉△8八飛▲6八飛△3七歩成から詰んでいる。
「これ指せたら挑戦者ですよ。でもこの順を逃したのなら、故郷新潟で新潟日報を読んでくれる皆さんも納得してくれるはず」と近藤。感覚派の自分の将棋は△7二銀。△7四銀からの詰む詰まないは領分ではないと笑った。

【第8譜】▽肩を並べて
 前譜で近藤が勝ち筋を逃してからは、三浦の華麗な寄せを見るばかりとなった。指し始め図の▲4三とに△2五角と取っても、▲6三歩△6一金▲4四とで先手良し。2五角が質駒になっており後手は収拾困難。4四のと金も存在感がある。
 投了図は7四に合い駒すれば▲6六金打。△5五玉なら▲4五金で見事な都詰め。
「詰まないと思ったんだけどなぁ。最後の▲6五銀が素晴らしい手。綺麗な詰みですね」と近藤は兜を脱いだ。後日に会ったときも「三浦さんが強かった。私も勝ちだと思って踏み込んでいるから仕方ないですね」と、あっけらかんと笑う。結果は幸いしなかったが、確かにどこを切り取っても近藤らしい将棋。三浦の正確な読みの積み重ねと、近藤の職人芸的な中飛車。異なる作りの将棋がうまく噛み合った。
 終局後、両対局者と何人かで飲みに出かけた。対局は朝10時から19時過ぎまで。さらに感想戦で3時間近くも頭を突き合わせていた二人が、いまは肩を並べてビールを飲んでいる。これまで十年、二十年と付き合って来て、これからもそれが続いていく。勝ち負けを付けるだけならジャンケンでもいい。互いを認めたうえで向き合えるから、こんなにも面白い棋譜を作品として残せるのではないだろうか。
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2 コメント

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今日の棋王戦第3局 (Guten Tag)
2011-03-06 23:21:23
大盤解説会場で近藤先生の解説を聞きながら、
モニターで観戦記者ゴトゲンさんを拝見してました。
柏崎 (ごとげん)
2011-03-10 04:18:25
大盛況でしたね。新潟に住んでいる義理の父母も見にきてくれて、うれしかったです。

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