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第32期棋王戦▲中原永世十段-△井上慶太八段

2007年07月27日 | Weblog
『青のハンカチ』
【第1譜】
 ベスト16への最後の切符を賭け、名人通算15期の中原と関西の実力者井上が戦う。過去の対戦成績は中原4勝、井上5勝と拮抗しているが、ここ5局は井上が4勝1敗と押し込んでいる。



 井上は後手番一手損角換わりを選択し、中原も淡々と追随した。後手番一手損角換わりは2、3年前から指されている新感覚の戦法。手損の悪いイメージが強く当初は訝しがる向きもあったが、いまや主流戦法のひとつとして定着している。互いに想定する局面が一致しているのか、指了図までノータイムで進んだ。
 開始から15分が過ぎたころ、中原が上着を脱ぎ、脇息に白いハンカチを置いた。井上も一礼して上着を脱ぐ。ハンカチは青と水色の涼しげな格子柄。青のハンカチといえば甲子園で優勝した早稲田実業の斎藤佑樹投手が有名だが、本局が指されたのは7月28日。ブームの一ヶ月ほど前だ。
 窓の外では烏が鳴き、室内では小さく間断的に空調の音。隣で対局をしている石田和雄九段は早くも扇子でポカポカと頭を叩いている。中原と石田はともに昭和22年に生まれた。将棋に造詣が深かった作家幸田露伴が没し、かつて中原を題材にした短編を発表したことのある沢木耕太郎が生まれたのも昭和22年。
 24歳で大山を破り名人を獲得した中原も、岡崎の天才略してオカテンと呼ばれた石田も、来年には還暦を迎える。


(途中図は8手目△8八角成、第1譜指了図は23手目▲7九玉まで)

『21年の月日』
【第2譜】
 両者の初対局は昭和60年10月に行われた。第16期新人王となった井上が、時の名人である中原に挑んだ記念対局だ。優位を自覚していた最終盤。中原の△6九飛(一手で行き場が無くなる飛車打ち)に対し、井上は自戦記で「そんなアホな」と率直な心情を吐露した。当時の将棋世界誌に掲載されたグラビアは、21歳の井上にピントが合わされている。背景は本局と同じ特別対局室だ。昭和60年は中原が谷川を破り名人復位を果たした年。バース、掛布、岡田のバックスクリーン三連発も懐かしい。もう21年になるのだ。
 先日、数人の若手棋士に最近の中原将棋について尋ねてみると、一様に「熱心に序盤の研究をしているという印象はない」との答えが返ってきた。勿論それはひとつの見方でしかなく、盤上で示される手順を見て各々で判断すればいい。
「お、目新しい車だね。ちょっと乗ってみよう」
「目的地を入力してください」
「これがカーナビか。喋るとは驚いたね。目的地まで連れて行ってくれるのか」
「しばらく直進です」
「うん、直進?このまま進むのは面白くない。前にそこの角を曲がったことあったな。よし、そっちに行こう」
「その手は新手です。過去の公式戦に実戦例がありません」
 中原に新手が出た。


(第2譜指了図は42手目△8五桂まで)

『新手▲7三角』
【第3譜】
 指し始め図からの▲7三角が新手。公式戦では現れていないものの「前に将棋まつりで羽生さんと指した事があってね、そのときは優勢になったんだ」と中原。予定の局面だったことを感想戦で話している。
 図からの実戦例は▲8六銀と▲6八銀だが、最近は▲8六銀と上がる手が主流だ。井上のモデルシートは本局の8日前に行われた▲深浦八段-△谷川九段戦で、その将棋は▲8六銀以下、双方とも新機軸を打ち出している。井上は谷川と同じ研究会に属しており、この形を指したのは公式戦では初めてだった。
 井上は▲7三角を想定していなかった。△8一飛に23分、次の△7七桂成に39分。中原の▲7七同桂に対しても31分考え、そのまま昼食休憩に入った。ゆっくりと腰を上げながら「うーん…」すでに退室している中原側に回って「…ん、よくわからん」。
 中原の主張は6四に作った馬の手厚さと歩得。相手の攻め駒を一掃してしまえば、着実に後手玉に迫る手が間に合う。
 井上の主張は現実的な銀桂交換の駒得と、角を手持ちにしている点。中原が▲7七同桂としたため、△6九銀の割り打ちもある。井上は▲7七同金を予想しており、それが外れての連続長考となった。再開後、井上は端を突き捨ててから割り打ちを決行。中原によると先述の中原-羽生は単に△6九銀だったそうだ。


(第3譜指了図は50手目△6九銀まで)

『中原の感覚』
【第4譜】
「銀桂交換は嫌じゃないんだ、僕は桂が好きだからね」△6九銀と打たれてから数手進めると、「あれ?いつの間にか金桂交換になってるじゃない。銀桂交換は平気だけど、金桂交換になると自信ないなぁ。ふふふ」
 このあたりを感想戦で振り返っての中原の言葉だ。桂で銀を取られ、銀と金が交換になれば金桂交換になるのは当たり前の話。もちろん観戦者へのリップサービスなのだが、裏には「それでも8九の桂を使っていくのが将棋ってもんでしょ」という中原の根本的な将棋観が隠されているように感じられた。金で取れば割り打ちはなく、金桂交換にはならなかった。それを承知で桂を使うという感覚は、これまでの積み重ねに基づいたものなのだろう。
 △6九銀に対する▲4四歩は、歩切れの相手に歩を渡すため微妙なところで、代えて▲1五歩としておく手が有力だった。△1五同歩なら▲1三歩△同香▲2六桂。▲1五歩を放置しても、歩切れの井上が手を作るのは容易ではない。また▲7四馬では「馬は自陣に引け」の格言通り▲8六馬と引き付ける指し方も考えられる。本譜は井上の攻めをまともに食らってしまった。
 指了図の△7五歩は急所の中の急所。歩を渡さなければこの筋は無かった。中原は次の一手で受け切れると読んでいたのだが……。


(第4譜指了図は56手目△6一飛まで)

『将棋とミーム』
【第5譜】
 例えば第37期名人戦で中原が指した▲5七銀が、今も居酒屋で酒の肴になっているという事実。例えば羽生七冠王に初めて土を付けた棋士として井上が認知されているという事実。そしてそういった情報が様々な方法で広がるということ。
 イギリスの動物行動学者リチャード・ドーキンスは「利己的な遺伝子」(邦題)の中で、進化論のノウハウを文化の隆盛に当てはめミームと名付けた。安定した情報は生き残り、不安定な情報は淘汰されやすいという特徴は、確かに進化論のそれと酷似している。
 棋士の将棋や所作は新聞などに取り上げられ、多くの人の目に触れる。中原の「銀桂交換は平気だけど金桂交換は自信ない」などの言葉も然り。かたや趣味として将棋クラブなどで指す将棋は、余程のことが無い限り注目されない。そういった面で棋士は大きな責任を背負っているのだ。
 ドーキンスはもう一つ非常に興味深いことを述べている。それは進化の過程では突然変異(目新しい事)が一時的に優遇されるという見解だ。
 閑話休題。指し始め図の▲6二馬は「相手玉から離れ良くなかった」と中原。井上も「一路の差が大きいと思いました」と、ここで優位を確信する感想を語った。▲6二馬では▲6五桂△7六歩▲7三歩とし、あくまで馬を5二に置いて使うべきだった。


(第5譜指了図は85手目▲4五桂打まで)

『それぞれの成熟』
【第6譜】
 指し始め図の△2四金右で井上の勝勢がはっきりした。中原も勝負勝負と迫るが、どうしても一手届かない。最終手△5八金もソツのない決め方で、▲4九飛には△2四金と質駒を取って先手玉は受けなしとなる。
 中原に▲7三角の新手が出た本局。この将棋では結果が出なかったものの、そのアイディアを生かした指し方は今後も見られるだろう。
 斬新な考え方や目新しい出来事が起こると、メディアはニュース性があると判断して取り上げる。新しい情報は様々な人の脳内で入出力され、コピーとミスコピー、肯定と否定を繰り返しながら伝染していく。突然変異も情報として安定すれば淘汰を免れ、例えば定跡として後世に残っていくことになる。否定からも新たな変異が生まれ、淘汰が繰り返される。これは盤上に限らず、盤外での事象も変わらない。
 将棋文化を継承、発展させていくうえで棋士が大きな役割を担っているのは間違いない。しかし強い人が集まって棋譜を残すだけでは始まらないだろう。将棋を極めることが使命だと言い切れる、自身が将棋文化を担っていると胸を張れる棋士がどれだけいるのだろうか。将棋を楽しむファンや伝えるメディアの支援、そして成熟があってこそ棋士という職業が成立し、文化的な価値が引き上げられていることを忘れてはいけないと思う。


(終局図は94手目△5八金まで)
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9 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
棋譜や図面は (ごとげん)
2007-07-27 22:17:25
自分の権限で掲載していいかわからないので、ひとまずは文章だけにしておきます。
Unknown (おにぎり)
2007-07-28 00:57:28
いや、いい導入部だね~。次を読みたくなります。
Unknown (Unknown)
2007-07-28 01:32:45
これも試しにコッソリとですね。
Unknown (あーる)
2007-07-28 09:54:54
おお、始まりましたか。楽しみにしています。
棋譜は棋譜でーたべーすにありますね。

(この投稿不適切でしたら削除願います)
第2譜 (ごとげん)
2007-07-28 14:01:26
本文に追加しました。
次回は (ごとげん)
2007-08-02 13:10:19
▲佐藤康-△羽生戦の観戦記を掲載します。どうぞよろしく。
Unknown (あーる)
2007-08-03 10:29:28
楽しませてもらいました。
批評じみたことをいうとすれば、少し「頭でっかち」感が強いといったところですか。
将棋をベースに、語りたいことを語るということは一つの観戦記の形でもあると思いますが
盤上の熱さは伝わりにくくなってしまう側面もあると思います。
そうですね (ごとげん)
2007-08-03 13:17:27
それは自分でも感じていました。
しかし本局の場合は、将棋の内容自体があまり良くなかった(あくまで私見ですが)ので、角度を変えてみようという意図があったんです。特にこういうスタイルを確立したいわけではありません。

まずカードありきで内容は運次第というのは、観戦記の宿命的欠点です。
先日、ある観戦記者の方が「今日はハズレました」と嘆いているのを見ました。依頼された対局が熱戦にならなかったときに、どういう観戦記に仕上げるか。現状では避けて通れない難題だと思っています。
Unknown (あーる)
2007-08-03 23:53:49
なるほど、たしかにそうですね。
観戦記者が書きたいと思う対局を選べるということができればある程度回避できるのでしょうか。
あるいは凡戦は凡戦と切り捨てて書いてしまうというのも必要なのかも。(実際は難しいですか・・・)

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