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第34期棋王戦本戦▲森内俊之九段-△矢倉規広六段

2008年12月04日 | Weblog
【第1譜】
▽再起の一局

 森内が九段として将棋を指すのは平成15年11月、第16期竜王戦七番勝負第4局以来。羽生相手にストレート勝ちを演じ、竜王位を奪取。19年には名人位通算5期獲得を果たし18世名人の資格も得た。つまり15年の11月から20年6月、羽生に名人位を奪われるまで常にタイトルを保持し続けたことになる。本局は失冠後の1局目。記者は森内の心境を想像しながら盤側にいた。

 振り駒の結果は歩が三枚で森内先手。先の名人戦では3局の先手番で全て▲2六歩を選んでいたが、ここでは▲7六歩。名人戦とは違う初手。新しい出発。
 矢倉は今期7勝2敗と好調。森内とは過去に一度、相振り飛車で対戦して敗れている。



 途中図の▲6六歩は自ら角筋を止めて消極的に映るうえ、指したのが先手の利にこだわると見られている森内だから驚かされる。以前、将棋世界誌で「▲6六歩は自分にとって重要な選択肢」と語っていたが、この局面は5勝6敗と負け越し。
 ▲7五歩で先手石田流、△8四歩で後手居飛車が確定した。矢倉は「相振り飛車にする予定でしたが、ちょっと気が変わって…」。選ぶ戦型などで勝敗は決まらない。そういう何気ない一言に、矢倉の大らかな気質が感じられた。
(途中図は3手目▲6六歩、第1譜指了図は26手目△9四歩まで)



【第2譜】
▽最後の関西将棋

 矢倉は関西将棋を色濃く受け継ぐ棋士。東西交流盛んな現代において力将棋イコール関西というイメージは過去のものだが、矢倉は力戦乱戦で真価を発揮するタイプ。定跡を軽視するわけでなくとも、それ以上に自分の感覚を重視する。他に山崎隆之七段、小林裕士六段なども奔放で魅力的な将棋を指してくれる。

 指し始め図の△9四歩は底光りする手だ。▲8五桂△同飛▲8六飛の無理やり飛車交換には△9三桂を用意。また、▲9七角と上がる手を牽制する含みもある。
 対する▲4六歩も、何気ないようでいて強い覚悟を内に秘めた一着。森内は指了図から△7五歩▲同飛△7四金▲6四歩△7五金▲6三歩成の大決戦を想定し、踏み込むことを決めていた。この変化になったときに価値が高い手。それを見極めたのが指し始め図の▲4六歩なのだ。

「この形は先手が悪いという人もいるみたいですが、ちょっとやってみようかと」という森内の言葉は額面通りに受け取れない。棋士は誰もが「自信がある局面」のストックを持っているが、森内のそれは質、量ともに現役屈指と見られており、それが強さや信用に繋がる。
 さあ森内が用意してきた、いかにも強そうなカード。矢倉は受けるか降りるか。
(第2譜指了図は35手目▲7四歩まで)



【第3譜】
▽積極と消極

 ▲7四歩と取り込んだ図は、森内が「指してみたかった」と用意してきた局面だった。
 実を言うと、先手番の森内が▲7六歩△3四歩に▲6六歩と角筋を止めたときには、記者は恥ずかしながら少しガッカリした。ゴキゲン中飛車流行の現代では、角筋を通したまま駒組みするのが積極的、止めたら消極的と見る風潮があるためだ。しかし実際は、積極や消極は場面場面で見るべきではない。目指す局面、構想があり、そこに向かっているのであれば積極的と言えるはず。
 もちろん森内もこの局面を決め打ちしていたわけではないだろう。出だしの3手から考えられる想定図のうちの一つが実現したに過ぎない。

 指し始め図を前にした矢倉は△7四銀。大決戦となる△7五歩▲同飛△7四金▲6四歩の順は選ばなかった。「その変化も何かあるかもしれませんが…」と口ごもりながら語る矢倉。実戦的に、玉が薄い側は選びにくかったのかもしれない。

 ちなみに、大決戦の順について記録係を務めてくれた門倉啓太三段は「ネット将棋で経験があります。先手の美濃囲いが▲5六歩型だと負け、▲4六歩型なら勝ちました」と話してくれた。それで形勢を断じることは出来ないが、ひとつの目安にはなる。本譜は矢倉が桂得を果たしたが…。
(第3譜指了図は50手目△7六歩まで)



【第4譜】
▽形勢判断の方法

 将棋界には「矢倉は矢倉を指さない」という都市伝説的な噂があるものの、それは調べればすぐわかるデマ。基本的には振り飛車が多いが、たまに矢倉も指す自在型。作戦ではなく、押し合いへし合い捻り合いでグイッと前にでる力戦派だ。

 そんな矢倉が指し始め図を前にして弱っていた。熟考する森内を眺めながら、こりゃどうも苦しい、3五馬が強すぎて桂得じゃ追いつかないかもしれないと。

 ここで冷静に形勢判断してみよう。駒の損得は桂と歩二枚の交換。これは桂を取った後手に利があるだろう。玉の堅さは金銀三枚に馬まで作った先手が優位。駒の効率は、8八銀と8三金が相殺と考えると、やはり馬の存在感が光ってくる。

 読者の方々が形勢判断に迷う場面があったら、まず駒の枚数を数えてみてほしい。自分の玉と相手の玉、飛車と飛車、角と角と数えていくうちに、どの駒の働きが強く、また弱いかが見えてくるはず。いつしか働きの弱いこの駒を使いたい、相手の駒を働かせたくないという感覚が芽生え、それが大局観というものに繋がっていく。
 指し始め図以下の森内の指し手には、大局観の何たるかを学ぶ教材が詰まっている。そして指了図からの次の一手が、ああ、なるほどと唸らせる渋い妙手となるのだ。
(第4譜指了図は62手目△6二同飛まで)



【第5譜】
▽駒に喜び

 話は前後するが、名人戦第1局が行われた翌日に観戦記担当の小暮克洋さん、上地隆蔵さん、そして森内とお酒を飲む機会があった。
 前日に森内が快勝していたこともあり、非常に和やかな楽しい会だったのだが、「永世名人を得た今、何をモチベーションにして名人戦を戦うのか」という質問だけは、のらりくらりと避けられてしまった。
 その時は、まだ模索しているのかもしれないという印象だった。もっとも仮に明確な答えがあったとしても、名人戦中に言葉にはしにくかったのかもしれないのだが。

 指し始め図からの▲7七銀が気持ちの良い活用だった。次に▲7六銀となれば、さっきまで盤上四枚の銀のうち一番働きが弱かった落ちこぼれが出世頭に躍り出る。業界用語では「駒に喜びを与える」。なんて素晴らしい表現なのだろう。

 △5四桂は馬の利きを弱める狙いだが、そのために得した桂を使わされるのでは苦しいか。この馬は一つ動かされただけでは輝きを失わない。
 △7五銀は苦戦を承知で進出した銀。▲7六銀が来る前にの意図だろうが…。半分は好きにしてくれの心境だろう。

 さて指了図。いかにも決め手がありそうな局面だが、森内が6分で指した手は、下駄を預けた矢倉に、残酷なまでに応える一手となった。
(第5譜指了図は66手目△7五銀まで)



【第6譜】
▽森内完勝

 指し始め図からの▲7四歩を見て、矢倉は「や、そうか…」と呟き、あぐらから正座に戻した。そして前傾姿勢で盤に向かったが、持ち時間は1分また1分と減っていく。
 ▲7四歩に△同角は、▲8一飛成とされて先の△7五銀の顔が立たない。また△7四同金も▲7六歩△8六銀▲同歩で角の行き場がない。

 矢倉は残り10分まで考えて△8三金とソッポにかわした。が、▲6三歩と叩かれて再度困った。△同飛は▲8五飛△同桂▲7二角。かと言って飛車が逃げるのは、ならぬ辛抱というもの。
 本譜はエイヤッと飛車を取り合ったものの、これでは玉形の差が如実に出てしまう。後は森内の着実な寄せを見るばかりとなった。

 最終手▲4四歩に△同歩は▲5六馬がピッタリ。この馬は桂損を代償に作ったものだが、取られた桂は▲4四歩の脇でションボリとしている。本局は森内の大局観の勝利と言えるだろう。
 記者は前々から、永世名人資格を得た森内が何を目標にして盤に向かうのか気になっていた。名人を失った今も、それはわからない。本人に聞いても、また巧みに受け流されるだろう。
 でも、それはそれでいいような気がする。やはり森内の将棋はすごい。今日はそれを確認することができた。
(投了図は81手目▲4四歩まで)

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4 コメント

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Unknown (あゆむ)
2008-12-08 14:42:51
大変おもしろく拝読させて頂いています。

なによりも、局面図の切り取り方が素晴らしい。
新聞観戦記では図が極めて少ないので、その局面を中心にドラマを進めて下さると非常にわかりやすく有りがたいのです。

烏さんの解説は特に、対局者の心理や駒の動きがわからやすく、初心者から有段者まで楽しめるものだとおもっています。

これからも是非ブログにご自身の作品を掲載してくださればと思った居ます。
Unknown (ごとげん)
2008-12-08 21:22:05
>あゆむさん

ありがとうございます。お時間があるときに過去の観戦記(右側のブックマークのところにあります)も読んでいただけると嬉しいです。
千葉日報 (KS)
2008-12-21 22:38:51
今日から深浦-行方戦の観戦記の掲載が始まったので、読み始めました。島-久保戦から紙面で拝読しています。地方によって開始の時期はちがう(?)のかもしれませんが、とりあえず千葉県民の皆さんはキオスクやコンビニで100円払うか図書館に行けば、ごとげんさんの観戦記(棋譜付き)が読めます。明日からでも間に合います?  というか、大概の回で、将棋自体のゲーム性に限らず、棋士の人間性のエピソード(しかも他で目にしていないものが多い)が入ってくるのは、私レベルにはまず取っ付きやすいです。
Unknown (ごとげん)
2008-12-22 00:11:26
>KSさん

照れます(笑)でも嬉しいです。
僕の書いた観戦記が読みたいという理由で新聞を買ってくれる方がいるなら、これに勝る幸せはそうそうありません。

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