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第35期棋王戦本戦▲羽生善治名人-△畠山成幸七段

2010年11月24日 | Weblog
【第1譜】▽久しぶりの羽生戦
 畠山が下座で羽生を待っている。盤側に座って挨拶をすると、緊張をほぐすためだろうか、途切れ途切れにいろいろな話をしてくれた。
「後藤さんには以前、記録係をやっていただいたことがありましたよね。立派になられて……恥ずかしながら、特別対局室は久しぶりなんです。なんかこう、いいですね。羽生さんと指せるのも、いつ以来だか……」
 羽生と畠山は過去に6局指して、羽生の5勝1敗。一番近い対局でも、もう8年ほど前になる。第一人者の羽生と指すのは活躍の証。畠山も期するところがあるのだろう。
 二人でしんみりと感傷的な雰囲気に浸っているところに、颯爽と羽生が現れて一変。一枚また一枚と駒を並べるうちに、更に張り詰めた空気が作られていく。
 途中図▲6八玉は、やってこれますか?という問いかけ。羽生相手に乱戦を仕掛けるのは怖いが、羽生相手だからこそ縮こまっているのは勿体無い。畠山は18分の考慮で△2四歩を決断した。以下▲同歩△同角で初王手。それを▲同飛と切り飛ばし、▲1五角の王手飛車。なんとも派手な応酬となった。
 指了図まで進んで、ようやく局面は落ち着いた。先手は一歩得、後手は竜を作ったことを主張している。
(途中図は9手目▲6八玉まで。指了図は24手目△3三同桂まで)

【第2譜】▽真夏日
 畠山は1989年に、双子の弟の鎮七段とともに四段昇段を果たした。早指し新鋭戦での優勝実績もあり、今期棋王戦では坪内利幸七段、村田顕弘四段、小林裕士六段、糸谷哲郎五段と骨っぽいところを破って本戦入りを果たした。
 指し始め図からの▲7八玉に代えて▲6五角と打つのは、△7二銀▲4三角成△4二銀で「二枚の銀を手順に使われてしまうので」と羽生。
 △9四歩で昼食休憩。両者とも出前の注文は無かったので、おそらく外に出たのだろう。この日の東京は32度の真夏日。明治通りを歩いてたら、大きなスズメバチが丸まって落ちているのを見かけた。加藤一二三九段御用達、うなぎ屋「ふじもと」近くの駐車場では、車の陰で猫が情けない声を出していた。すぐそこのエサまで移動したくても、アスファルトが熱くて動けない。
 対局再開。羽生は6、7筋に位を張り、厚みを築いていく。畠山は銀冠に組み替えて戦機をうかがう。▲6六銀右は「位を取ったら位の確保」の格言を地で行く自然な指し手だったが、この場合は良くなかった。羽生は局後に「▲7七桂△7二金▲8六歩△4三銀と、相手の銀をうわずらせるべきだった」と話している。指了図、先手陣に隙が生じている。
(第2譜指了図は47手目▲6六銀右まで)

【第3譜】▽手ごたえあり
 ひんやりとした対局室に、ぷふぅと大きく息を吐く音が響く。畠山は集中して読みを入れるとき、まず腹に力を込めて「くっ」と息を止め、区切りがつくまでそのまま頑張っているようだ。素潜りの漁師が獲物を狙っている姿を連想させる。
 一方の羽生、眉はハの字で目は垂れ気味。口も半開きで、どこを見ているのか何を考えているのか全く読めず、海中をただフワフワとたゆたっているような感じ。シャツの右ポケットには、交通機関で使う緑色のカードが透けて見える。ワンポイントのペンギンもゆるゆると揺れている。
 指し始め図の▲6六銀右は疑問。4八の地点がお留守になってしまった。不用意に海面に姿を見せた幻の魚。しかし畠山は素知らぬふりで△7二金。すぐに獲物に飛びつかず、自陣の整備を怠らないあたりは流石。羽生の▲8六歩を見てから△4八歩とモリを一突き。この手があるから▲6六銀右は軽率だった。△4八歩に▲同金なら△2八竜と敵陣に侵入できる。
 羽生は身をよじるように▲4六角。△4九歩成に▲3六歩の反撃を見せつつ、2四竜の横利きが消えれば▲8五歩△同歩▲8四歩△同銀▲7四歩のコビン攻めを狙う。バランス感覚に優れた羽生らしい角打ちだったが、指了図△4九角を見落としていた。
(第3譜指了図は52手目△5二角まで)

【第4譜】▽羽生苦戦
 16時半頃、控え室では鈴木大介八段と近藤正和六段が本局を観戦していた。指し始め図の一手前▲4六角のところでは、前日の都議選の話で盛り上がっていたのだが、△4九角を見て「畠山さん、これはうまくやったか?」と目つきが変わった。思わしい受けが見当たらないのだ。
 ちなみに都議選の話というのは、鈴木八段がとある若手棋士に選挙に行ったかと聞いたら「行ってません。さすがに私も総裁選なら行きますよ」と胸を張って答えたというもの。冗談なのか本気なのかわからないのが棋士の魅力でもある。
 対局室の羽生も苦しんでいた。歩を成る場所に打ち込む△4九角が見えておらず、形勢不利を自覚していた。どうやれば優位に立てるかではなく、差を広げられないように粘る手段を模索していた。
 控え室では▲4八金△6七角成▲同玉△2八竜▲4九飛の自陣飛車で頑張るしかないと見られていたが、局後に羽生に聞くと「そこで△3八銀から△2九銀成と桂を取られて自信ありません」の返事。たしかにその展開は攻撃力に乏しく、勝ち味は薄いようだ。
 本譜は竜の侵入を許す代償を、玉頭攻めに求めた。指了図の▲8三歩には△同金、△同玉、△7一玉と、どれも有力だから迷ってしまう。
(第4譜指了図は63手目▲8三歩まで)

【第5譜】▽どれでも勝ち?
 ▲8三歩の悩ましい叩き。控え室の鈴木大介八段は「こういうのは△7一玉と引くのが形です」とピシャリ。近藤正和六段は、のんびりした口調で「私は畠山さんとは奨励会入会が同期なんです。同期同期、これは△8三同金が正着だ」。
 感想戦で畠山にそのまま伝えると「ふふふ、近藤さんがそんなことを……しかし△8三同金だったかもしれませんね」の返事。一見すると玉の脇腹が涼しいようだが、9三に玉を上がる形が思いのほか粘り強いのだ。羽生も「△8三同金は嫌でした」と認めている。
 ただし実戦の△7一玉も疑問手ではない。「3、4筋の金銀に近づくのが本筋かと思いまして」という畠山の感想も、いかにもプロらしい考え方と言えるだろう。
 ちなみに指し始め図から△8三同玉と取るのは、▲6一飛△7一桂に▲6四歩がピッタリ。次に▲6五角と打つ手が厳しく先手勝ち筋となる。
 羽生は△7一玉に▲8二角と打ち込み、局面のスピードアップを図る。4九の金を味良く受ける手が無い以上、足を止めるわけにはいかない。
 指了図▲7二飛は、▲6二金までの詰めろ。受けは△6二銀、△6二桂、△5一玉の三択。種明かしをすると、どれを指しても畠山は優位を持続できる。しかし、それが厄介なのだ。
(第5譜指了図は69手目▲7二飛まで)

【第6譜】▽畠山勝勢
 羽生が▲6二飛と打ち下ろした指し始め図。▲6二金までの詰めろを防ぐのが畠山の当面の課題となっている。
 継ぎ盤を見た三浦弘行八段は、「△6二銀と受けて畠山さんの勝ちだと思います」と言い残して立ち去った。羽生は△6二銀に対して、▲3五角△4九竜▲5三角成と進めて、先手玉は詰まないのではないかと読んでいた。しかし▲3五角には△4九竜ではなく、△4四歩▲同角△5二金と受けておけば、寄りつきが無い。つまり△6二銀と指せば畠山の勝ち。
 また指し始め図から△5一玉と逃げる手もある。畠山は▲8一とと取られる手を気にしていたが、平凡に△4九竜と金を取って後手の一手勝ちのようだ。先手玉は△7六角以下の詰めろで、後手玉は詰まない。
 畠山の指した△6二桂は後で△5四桂の二段跳ねを狙った手で、これも後手の勝ち筋。羽生は▲3九金打で、一転して局面の速度を緩めに行くが、△8五角を決めてから△1九竜が冷静な応手。
 自陣に金を使って攻め駒が無くなった。指了図▲6四歩のところは、さすがの羽生も「どうにでもしてくれ」という心境だったろう。
 畠山は頬を膨らませて、それから大きく息を吐いた。羽生は呼吸しているとは思えないほど、静かに盤面を見つめている。
(第6譜指了図は75手目▲6四歩まで)

【第7譜】▽逆転
 畠山は残り16分から慎重に11分使って△8六香と指したが、皮肉なことにこれが敗着となった。ここは△8六歩とするべきで、以下▲8八歩△5四桂▲5五角△6六桂▲同角に、そこで△6五香と打つ。それなら後手が残していた。
 羽生は△8六香に「いや…」と頭を抑え、それから▲6三歩成。逆転。
 そういえば、今年の棋聖戦五番勝負で羽生と戦った木村一基八段は第3局を勝ったあとに、こう話していた。「羽生さんはサラッとしていて、盤外戦術をするイメージは無かったんですが、いやいやなかなか」。
 たとえば、羽生は「ん?」と呟きを漏らした直後に着手することがある。盤側で見ている記者は、「ああ、読みの世界から現実に戻ってきたのだな」と思う。しかし自分が対局相手だったら、「羽生さんは何か(指し手)に気付いた様子なのに、なぜ確認もせずに指してくるのだろう」と疑わしく思うかもしれない。
 確かに羽生には思わせぶりな所作が多い。果たしてそれらは意識してやっているのか。それとも無意識なのか。意識しているなら、普段の実直で理知的な言動や行動の意味合いが変わってくる。もし無意識なら……相手が勝手に、柳を幽霊に見立てていることになる。どちらにしても恐ろしい話。
 指了図、羽生に決め手が出る。
(第7譜は90手目△4八歩まで)

【第8譜】▽空飛ぶ魚
 羽生は大きくゆったりしたモーションで▲4九竜と着手した。これが決め手。△同銀には▲2六桂△2五玉▲2七歩と必至を掛けて後手勝ち。先手玉は飛車を渡しても詰まない。
 背筋をピンと伸ばした羽生は、盤面全体を見下ろしている。フワフワと海中をたゆたっていた魚が、力強く水面を蹴って舞い上がる様が脳裏に浮かんだ。畠山が空気の塊を吐くように咳をして、天井を仰ぎ見る。なんだ、空も飛べるなんてずるいじゃないか。
 感想戦が終わり、羽生が部屋を出た後も、畠山はしばらく席を立てないでいた。「ふふ、すみません。負けると魂から血が吹き出るような感じがして…後藤さんも奨励会にいたから分かると思うけど…」。
 搾り出すような声。よく分かると言えるほど打ち込んでいた自信は無くても、かさぶたの存在を確認することくらいはある。畠山は不器用に笑みを作って「勝ち負けではなく、もっと頑張りたかったです」。
 四段に昇段したときに、目標を聞かれた畠山はこう答えている。「今より10倍強くなりたい」。棋士になってもうすぐ20年。10倍強くなったかと聞かれれば、きっとノーと答えるだろう。でも、10倍強くなりたいかどうかの問いなら、答えは聞くまでもない。
(投了図は101手目▲2六桂まで)
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