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第37期棋王戦▲藤井猛九段-△屋敷伸之九段

2013年07月28日 | Weblog
【第1譜】
▽記念写真
 先に対局室に入った屋敷は、下座で藤井を待っている。取り出した扇子は、かの升田幸三が「強がりが雪に轉んで廻り見る」と揮毫したもの。
 ほどなく藤井が現れて、屋敷の左斜め後ろからニュッと顔を突き出した。前方から見たら、仲の良い友人同士の記念写真かと思ってしまいそうだ。
「たしか規定では屋敷さんが上座のはずです。先輩、あちらへどうぞ」。生年は藤井が早いが、奨励会入会も四段昇段も屋敷が先なのだ。
 では失礼しますと移動する屋敷。藤井は中央がへこんだままの座布団に、むっふと音を立てて腰を下ろした。

 記録係の上村亘三段の振り駒により先手は藤井に決まった。後手番では角交換振り飛車を多用すが、本局は先手番なので矢倉を目指した。屋敷もこれについていく。
 途中図の▲7九角は奇をてらったように映るが「▲7七銀と上がると、△7三桂から△8五桂が銀に当たるため、後手は急戦をしやすくなる」と藤井。6八銀型は中央から動いてくる順にも対応しているという。直後の▲7八金も▲7九角からの継続手で、▲7七銀を保留して駒組みを進める意図がある。
 △4二角(指了図)で藤井が38分考え、昼食休憩となった。

【第2譜】
▽昼休み
 指し始め図の△4二角で昼食休憩に入った。どちらも食事の注文をしなかったが、持ち時間4時間の棋王戦は夕食休憩がないため、午後の戦いが長くなる。外食なり買出しなり、何かしら栄養補給をしなければ体力がもたないだろう。
 休憩が終わるころに鳩森八幡神社の脇を歩いていると、前からうつむき加減の藤井がやってきた。いつもなら目礼くらいはするのだが、今は対局中。思考を乱して頭の中の将棋盤を崩してはいけない。こちらも気付かないふりで通り過ぎ、千駄ヶ谷名物の五叉路へ。
 信号が青に変わり、ふと気配を感じて顔を上げた。歩道の向こうから歩いてくる屋敷と目が合う。こういうときは笑顔で軽く礼をする。
 図から▲7七銀と上がると、△5二飛から中央を狙われる。また▲3七銀は△4四銀▲4六銀△8五歩▲7七銀△7五歩と、今度は7、8筋から動かれる順がある。
 本譜の▲1六歩は「もう一手指させ、形を決めさせる考えです」と藤井。△3一玉と寄らせてから▲3七銀なら、△8五歩▲7七銀△7五歩▲同歩△同銀から8筋で角銀総交換になったときに、▲7五角の王手飛車取りが生じる。
 指了図の▲3七桂は、これから起ころうとしている戦いに備えた手だ。

【第3譜】
▽戦いが始まる
 両者の過去の対戦は藤井7勝、屋敷6勝。1996年の第14回全日本プロトーナメントでは決勝5番勝負を戦い、屋敷が3連勝。ここ一番での勝負強さを見せつけた。
 指し始め図の先手陣は駒組みに無駄がない。一方の後手は8筋と5筋の関連性が低い。それでも飛車を中央に転回したのは、どうにか4四銀と6四銀の2枚を使わなければいけないからだ。
 また先手は▲6八角から▲7九玉と陣形を整える順があるが、後手は早めに急戦の意思表示をしたため、長期戦には向かない。ゆえに、いくらか陣形がつんのめっていても、ここで動くしかないのである。
 時計の針が15時を回ったあたりで、屋敷は△5五歩を着手した。これに▲同歩は、△同銀右▲同銀△同銀で攻めに調子がついてしまう。
 藤井の指した▲6五歩が突き違いの手筋。△同銀に▲5五歩と手を戻し、次に▲6六歩の銀挟みを見せる。
 ▲5五歩に△同銀は、▲同銀△同飛▲4六角△6四角▲5五角△同角▲4六銀△4四角▲6六歩△5四銀▲7九玉で、飛車を手持ちにしている先手が指しやすくなる。
 本譜、屋敷は△7五歩から銀を助ける順を選んだ。しかし指了図まで進んでみると、7四の銀が中央から離れ、使いにくい駒になっている。

【第4譜】
▽基本に忠実
 記者が盤側に戻ると、座布団がぽっかぽかにあたたかくなっていた。この日の東京は晴天で、16時を過ぎても強い日差しが照りつけている。座布団などどうでもよいが、光が当たって駒が見えにくくなってはまずい。記者はそっと立ち上がって障子を閉めた。両者の視線は盤上に注がれている。
 指し始め図の▲5六金を着手したあと、藤井はしきりにため息をついている。中央は手厚くなったが、金が玉のそばを離れる手には違和感があったようだ。かの四間飛車藤井システムは居玉のまま攻めることもあるが、2枚の金はだいたい玉の近くにいた。金は玉の親衛隊。結局プロの将棋は基本に忠実なのである。
 藤井は図から、△5五銀を含みにした順を気にしていた。すぐ△5五銀は▲同金△同銀▲同銀△同飛▲同角△同角▲4六銀でうまくいかないが、先に△7六歩▲同銀や△8六歩▲同歩△8八歩▲同銀といった利かしを入れておけば、最後に△6六角と出る手がある。
 ただ実際は、利かしを入れても△5五銀▲同金△同飛のときに2筋からの反撃が厳しく、先手がやれるようだ。
 本譜の△8二飛は▲5六金の裏をつく指し方。ただ8二から5二、そして8二に戻るのは手損。△7六歩から積極的に行ったが、指了図▲8八歩で攻め足が止まってしまった。

【第5譜】
▽顔に出る
 指し始め図の▲8八歩が受けの好手だった。屋敷は▲8六歩を予想しており、それなら△8五歩から攻めが続くと見ていた。しかし▲8八歩と受けられてみると、駒をぶつけていく場所がない。歩損で攻めがないのでは後手面白くない。
 仕方ない△7三桂に、▲3五歩が気持ちの良い一着。△同歩は大きな利かしになるが、代わる手も難しい。
 隣で丸山忠久九段と棋王戦を指していた山崎隆之七段は、局後に▲3五歩と突いたときの藤井の様子を話してくれた。
「藤井さんは優勢と見ているなと思いました。トップ棋士はポーカーフェイスな方が多いですが、藤井さんは形勢が顔や雰囲気に出るんです。非常にわかりやすくて好感が持てます」。
 ▲3五歩、そして直後の▲3三歩。藤井は局後に「このあたりは手ごたえがあった。筋に入っているはず」と話した。山崎の見立て通りだ。
 3三で桂を交換し、再度の桂打ち。△2四金に▲3四歩(指了図)とたたみかける。
 △同金は▲2三飛成で終わり。攻め合いも望めないため、屋敷はしばらく我慢するしかない。眉間に刻まれた深いシワは、積み重ねてきた辛抱の証。差を広げられぬようひたひたと付いていき、息を潜めて好機を待つ。

【第6譜】
▽藤井優勢
 将棋は「玉が安全」「攻勢」「攻めが切れない」が勝ちパターン。これが揃えばまず大丈夫。
 では指し始め図はどうか。先手玉は決して堅くないが、▲8八歩としゃがんだ形が妙に攻められにくい。▲3四歩は次に▲3三歩成を見せた厳しい攻め。2八飛、4六銀、7九角の3枚も敵陣をにらむ位置におり、攻めが切れる心配もない。
 つまり形勢は先手優勢で、見解は両者とも一致していた。屋敷にチャンスが巡ってくるとすれば、攻めさせて持ち駒を補充してからの反撃。他力本願で藤井にミスが出るのを待つしかない。
 指し始め図からの△4一桂に、藤井は▲3五銀と銀捨ての強手を放った。これに△同銀は▲3三歩成で、4一の桂が邪魔して受けがきかない。
 本譜は△同金▲3三桂成△同桂▲同歩成△同銀▲3五角と進んだ。
 途中の▲3三同歩成では▲3五角も迫力ある攻めだが、△同銀▲3三歩成△同桂▲同桂成△3二歩で決定打とまではいかず、大駒を渡す危険な変化は選びにくい。
 相手の金をはがして▲4六角と引けば、角を取られるリスクは避けられる。藤井は局後に「ここは勝ったと思った」と語った。安心したそのとき、屋敷の手裏剣△5七歩が飛んできた。

【第7譜】
▽意識と無意識
 対局時の棋士の所作は意識しているものと無意識のものに分けられる。たとえば藤井はスーツの上着を脱がず、記録係が出した茶しか飲まない。これは自身の意識に基づいたものだろう。
 盤から離れて座るのは屋敷の戦闘スタイル。指し始め図の△5七歩は、腕をピンと伸ばして指した。これを見た藤井は、意外そうに盤面をのぞきこむ。顔を突き出すようなこの動作は、おそらく無意識だったはず。
 局後に屋敷は「苦しいと思ってやっていた。次に厳しい手があるわけではないですし」と話した。存在感のない手で手番を渡して身を委ねる。実戦的な勝負手だった。
 時間がたつにつれ、この歩は藤井の心を迷わせていった。自分が勝っているはずだが、読みがまとまらない。持ち時間は減っていく。

 藤井は自然に映る▲3五歩を選んだが、△4五銀打と逆用されて変調。これに▲同金は△同銀で、▲3五歩が空を切る格好になってしまう。
 指し始め図からは▲3三歩で先手勝ち筋だった。以下△4一玉の早逃げに▲7六桂が好手。角がどこに逃げても▲5四歩が抜群の味となる。
 本譜も難しいところはあるが、勝負は追いつき追い抜いたほうが有利。屋敷の指先に力が入ってきた。

【第8譜】
▽バイブル
 指し始め図からの△3四銀が、拠点の歩を取りながら自陣を引き締める決め手となった。
 藤井は残り1分になるまで考えて▲3三歩としたが、△3五銀▲2三飛成△4一玉と早逃げされて大勢が決した。
 投了図は後手玉に詰みがなく、先手玉は▲5八銀からの詰めろ。攻防ともに見込みはない。
 序盤からのリードを守りきれなかった藤井は、「今日は久しぶりにうまく指せたと思ったんだけど」と頭をかいた。屋敷は「ハイ! ずっと苦しかったです」と快活に答える。これが嫌味にならないのが屋敷の人柄だ。
 先日、とある大学の将棋部員と話をする機会があった。彼は将棋を始めたのが遅く、周囲に追いつくため、一冊の棋書を必死に読みこんだそうだ。それは藤井の書いた「四間飛車を指しこなす本」だった。棋力が上がってレギュラーになった今もバイブルだという。
 本局の数日後、藤井は将棋まつりの席上で「藤井流矢倉」のミニ講座を行った。皮肉と自嘲を交えて客席を沸かせるのはいつものパターン。その中で発せられた「なかなか結果が出ないけれど、いくつかのポイントをクリアすれば道は開けます。出来るだけわかりやすい戦法にしたいです」の言葉には、多くの将棋ファンに指してほしいという気持ちが込められている。
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2 コメント

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暑中お見舞い申し上げます (beginner)
2013-08-03 22:00:14
遅ればせながら、まずは受賞おめでとうございます。

中継の方も少なくなったとはいえ、登場されてて楽しみです。

今日は初めて将棋まつり(東急)に行ってきました。
予想通りすごい人出でめちゃ混みでしたが、席上対局を最後まで楽しんできました。
対局と解説と感想…将棋まつりならではなんでしょうね、とてもとても楽しく。
前方右側でPCにひたすら打ち込んでいる方がいて、ああやって中継されてるんだなぁと…。

加藤九段VS藤井九段が終局して、広瀬七段と松尾七段の指導対局の終わり際を見てたんですが、棋士の方々が将棋ファンを大切にされているのがよくわかりました。
Unknown (ごとげん)
2013-08-19 14:56:08
お返事遅れてすみません。ありがとうございます。
僕もその日の東急将棋まつりに行っていました。もっとも会場は人がいっぱいだったのでもっぱら屋上でビールを飲んでいたのですが(笑)

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