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第34期棋王戦▲北浜健介七段-△中川大輔七段

2008年09月27日 | Weblog
【第1譜】
▽ふたりの定跡

 朝、会館に着くと、どこからか機械音が聞こえてきた。慣れ親しんだ人間ならすぐわかる、十秒将棋を指しているときのチェスクロック音。控室を覗いたら、やはり奨励会員がワイワイ言いながら指している。そんな様子を見ながら、以前とある奨励会員が「研究会で中川先生に、大駒落ちで何度も負かされた」と口惜しがっていたことを思い出した。厚みと豪腕。たしかに中川将棋は駒落ち上手が強そうだ。

 開始10分ほど前に入室した中川は静かに駒箱を見つめていた。瞼は半分だけ閉じられ、微動だにしない。まるで武芸者のような雰囲気なのだが、勝負に向けた緊張はまだ感じられない。

 しばらくして北浜が現れた。駒箱を開けた中川は王将を定位置に据えた…が、うまく指になじまなかったのか、小気味よい駒音が鳴らない。首を振った中川は、もう一度王将を打ちつけた。

 先手番を得た北浜は2分の考慮で▲2六歩。中川はすぐに△8四歩。両者の過去の対戦は中川5勝、北浜6勝と拮抗しており、うち8局は相掛かり。出だしの数手は、中川いわく「二人の定跡みたいなもの」だそうだ。



 途中図はすでに実戦例が無いが、1筋の突き合いが入っている形なら10年前のNHK杯で▲羽生-△加藤戦がある。展開は本局と同じ、ひねり飛車だった。
 指了図の△4五歩は、中川らしい大きな手。この位を生かし、金銀を盛り上がってくる構想だ。



(第1譜途中図は15手目▲3六飛、指了図は28手目△4五歩まで)


【第2譜】
▽厚みと飛び道具

 中川の△4五歩は厚みを重視した手。これに対しては、位に反発する、もしくは4筋で手をかけさせ、他のところでポイントを稼ぐ戦略が考えられる。いずれにしても大事なのは、相手にばかり得をさせないという思想。

 指し始め図から「たしか、こういう手があったはず」と▲9七角はいけない。すかさず△9五歩と突かれ、▲同歩△8九飛成▲8八角に△9八歩でしびれてしまう。定跡を覚えて勝てなくなったという嘆きをよく聞くが、それはこうした形のうろ覚えだろう。とはいえ、うろ覚えも蓄積すれば山にもなる。まずいのは、わかった気になって精進を怠ること。最初は誰でもうろ覚えだ。

 本譜の北浜は、▲8五歩から8筋に飛車を転換し、隙あらば一気に襲いかかろうの姿勢を見せた。中川が位と厚みを重視する、いわゆる金銀の将棋なら、北浜は飛車、角、桂、香車など飛び道具の使い方に長けた棋士。詰将棋作家としても有名で、第4回詰将棋解答選手権では谷川浩司九段をおさえて見事優勝。将棋世界誌の詰将棋コーナーを担当するなど、幅広い活躍を見せている。

 北浜の▲6六歩で昼食休憩に入った。両者の注文は、中川が五目やきそば大盛り。北浜は味噌煮込みうどん。実は休憩中にちょっとしたハプニングがあったのだが、それは次譜に譲ろう。
 指了図の▲6五歩から、いよいよ本格的な戦いに入る。



(第2譜は45手目▲6五歩まで)


【第3譜】
▽昼のハプニング

 昼前に控室を覗くと、長机に美味しそうな料理が並んでいた。対局時の棋士の昼食は、こうして出前をとることもあれば、気分転換に外に食べに行く場合もある。真剣勝負の最中に同室で食事するのは不思議に思われるかもしれないが、そこは慣れたもの。もちろん取っ組み合いの喧嘩になどならない。

 さて、いつも通りの控室で、筆者は一際存在感を発する皿を見た。中川が注文した五目焼きそば大盛りである。隣には同日に対局していた滝誠一郎七段が頼んだ五目焼きそば並盛りがあったのだが、その差は一目瞭然。値段はわずかの違いながら、量は倍近い。

 しばらくして再び控室に行くと、大盛りの五目焼きそばと格闘する滝七段の姿があった。塾生によると「どうやら滝先生が間違ってしまって…」。
 2時間後、控室には菓子パンを頬張るヒゲの紳士の姿があった。後で「よくあること、お互い様ですから」と中川。余談だが、滝七段はその日の対局を快勝していた。

 指し始め図から△6五同歩なら、▲同桂から角交換し▲7一角と打ち込む筋が生じる。中川の△4二銀から△5四歩は受けの形。次に△5三銀となれば二枚銀となり、容易には崩されない。

「△4二銀のあたりは、昭和という感じだね」と中川。そして「勉強する時間が少ないと、どうしても修行時代の将棋に戻っていくんだよ」と続けた。指了図の△6八歩は決断の一手。恐ろしい狙いを秘めている。



(第3譜は60手目△6八歩まで)


【第4譜】
▽不思議な勝負師

 将棋界は個性的な人材に事欠かないが、不思議という意味では北浜の存在は最右翼だろう。
 初参加のC級2組順位戦で負け越したかと思えば、翌年に10戦全勝でC級1組に昇級。実は逸材かと思わせて、翌年は2勝8敗で降級点を取ってしまう。周囲は「なんだマグレだったか」と話した。が、ここまで来ればおわかりだろう、翌年に好成績を挙げB級2組に昇級してしまったのだ。強いのか弱いのか、ただ勝負の勘所を知っているというのが北浜に対する大方の見方となった。
 B級2組ではやや苦戦し5期目での昇級だったが、そのとき一緒に上がったのが中川。終局後に軽く一杯の席で、中川はその時のことが印象に残っていたのか「そうそう、北浜君と一緒に上がったんだよ」と嬉しそうに話していた。
 後日、北浜に観戦記の進み具合を聞かれ「順位戦のことは書きましたけど」と答えたところ、「ああ、あれは一生言われますよねぇ」の返事。どうやら本人も不思議だったようだ。

 指し始め図の△6八歩に▲同金なら△8六歩▲同飛△6六角▲同飛△7五金が飛車角両取りになる。▲6八飛と引きたいが、あいにく自分の金が邪魔になっている。
 北浜は狙いを看破して▲7九金。控室の鈴木大介八段は「▲7九金が好手で△6八歩は不発。ただ中川さんは崩れないでしょう。△4四角か△3三角と手を渡せば簡単じゃない」。鈴木の見立て通り中川は耐えた。先に崩れたのは北浜だった。



(第4譜は71手目▲6五歩まで)


【第5譜】
▽理事の苦悩

 中川は昨年5月に日本将棋連盟の理事になった。就任当初は将棋と理事職とのバランスの取り方に苦労したという。「家で棋譜を並べていたら、なんだか罪悪感が湧いてきたんです」
 将棋の勉強は、もちろん強くなるための自己鍛錬。一方の理事職は棋士や職員、将棋連盟に関わる人たちのために働くもの。自分が勉強している今、将棋会館であの人やあの人が汗をかいて働いているのだ……。
 中川はしばらくの間、研究会(複数人での勉強会)やVS(1対1の実戦練習)をやめた。以前は朝の7時からVSをやり、その後に将棋会館で公式戦を指したという伝説を持つ中川が、軌道に乗るまではの覚悟を決めたのだ。北浜も中川のVSのパートナーだったが「ええ、中川さんとのVSは理事になられてしばらくお休みでした」。

 指し始め図は▲6四歩△同歩▲6五歩と攻めたところだが、北浜いわく「この継ぎ歩が敗着」。本譜は▲6四歩△同銀▲9七角から態勢を立て直して▲7四歩と総攻撃をかけたものの、「指し始め図の▲6四歩△同歩▲6五歩に代えて、単に▲9七角なら一歩違う。呆れました」(北浜)
 ▲6四歩からの継ぎ歩ではなく▲9七角なら、6筋に備えて△5三銀引とするくらい。そこで▲7四歩なら本譜の順より先手が歩を一枚多く持っている勘定。髪の毛一本の隙間を通そうとするプロの将棋で、このミスはあまりにも大きすぎた。



(第5譜は98手目△9九馬まで)


【第6譜】
▽ひねり飛車は歩が命

 △9九馬が本局の事実上の決め手となった。中川が香車を手に入れたため、北浜の駒台の歩が無くなった瞬間に△2四香の痛打が生じるのだ。仮に持ち歩が二枚あれば、▲6三歩などの攻め味があったのだが…。

 控室で本局を検討していた石川陽生七段はポツリと「ひねり飛車の将棋は、歩の枚数が生命線なんですよね」。攻めるにしても受けるにしても、歩が足りずに手が成立しないことが多いのだ。

 仕掛けの際に、不注意から損した一枚の歩の大きさ。対局中にそのことに気付いた北浜は、指し始め図の時点で諦めてしまっていたようだ。局後には「仮に歩があっても大変なの将棋に…すみません、先手の人がお粗末でした」と反省し、ぽっきりとうなだれた。
 実戦の▲6六角からの手順はせめてもの頑張りだが、直後の△8二飛が気持ちよすぎる。8三で働き口を無くしていた飛車が、いきなり重役として本社に戻ってきたようなものだろう。

 そこからの中川は、丁寧に時間を使いながら北浜の玉を追い詰めていく。一枚また一枚と金銀をはがし、戦力差が広がるたびに中川の背筋が伸びていく。
 中川が指了図からの次の一手を駒音高く指したとき、それまで丸まっていた北浜の背筋がピンと伸びた。
 逆転の手応えを感じたのではない。いよいよ斬られる瞬間が来たことを悟ったのだ。



(第6譜は119手目▲3八同玉まで)


【第7譜】
▽将棋が好き

 指し始め図の△4六歩が厳しかった。▲同歩なら△6五馬で王手飛車。放置すると△4七歩成▲同玉△4六銀から即詰みとなる。本譜は▲同飛と取ったが、△同馬から△4七歩で一手一手の寄り。角を渡しても後手玉が安全と読み切れれば踏み込める順だ。
 以下は形を作り淡々と終局。北浜は仕掛けの一歩損を悔いた。「△5三銀引をウッカリしました。バカすぎます…」。
 感想戦の後、中川の誘いで北浜と三人、近くの中華料理屋に入った。「今日帰らないと、次にいつ帰れるかわからないんだ。1時間…いや1時間半だけ行こう」。中川は多忙な理事の仕事があるため、東京郊外の自宅に帰る機会が少なくなっているそうだ。「だから都心に部屋を借りているんだけど、ウチのは早く理事を辞めて欲しいと言うんだ。はははは」。
 理事になった当初はバタバタしていたが、近頃は忙しいながらも仕事のペースは掴めてきたと、五目焼きそばを頬張りながら中川は語る。「やはりプレイヤーとしての自分も大事にしたい。最近はうまく時間を作って、VSや研究会も再開しました」。
 帰りの千駄ヶ谷駅で、北浜が手帳を取り出しながら中川に話しかけていた。どうやらVSの日程を決めているようだ。
 2、3杯のビールで酔うわけはないのだが、その光景を眺めていたら頭がクラクラしてきた。まったく、この人たちはどれだけ将棋が好きなのだろうか。



(終局図は136手目△7八飛まで)
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2 コメント

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中川七段 (KS)
2008-10-04 14:35:14
 中川七段がかつて講師を務められていた講座の再放送を、囲碁・将棋チャンネルで観てびっくりしたことがあります。観戦歴も浅い私から観ると、外貌が大変身されていたからです。若い頃(失礼?)の映像は、正直いって、一見まるで小泉純一郎のごときやさ男の印象でした。もちろん、解説の分かりやすさや、そこから想像される芯の強さは変わられていないのでしょうけれども。同じ米長門下の先崎八段も、近視矯正手術に始まり、近年wild系へと変身を実行されている様子で、そこに林葉直子さんまで加えると、米長門下共通の特徴も浮かび上がって来そうです。
(観戦記の感想でなく、すみません。失礼いたします。)
 
となると (ごとげん)
2008-10-04 23:50:10
高崎さんや中村大地さんも、いずれワイルドになっていくのでしょうか(笑)

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