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第37期棋王戦▲高橋道雄九段-△中川大輔八段戦

2012年12月09日 | Weblog
【第1譜】
▽矢倉の力戦に
 高橋は特別対局室の床の間を背に、どっしりと構えている。半袖のシャツにノーネクタイ。しばらくして姿を見せた中川もノーネクタイ。どちらも涼しげな装いだ。
 スポーツドリンクと天然水を持参した中川は、記録係の伊藤和夫三段に「コップを持ってきて」と頼み、用意されると「サンキュー」と礼を言う。グラスと呼ぶ人、ありがとうと言う人などいろいろいるが、コップとサンキューの組み合わせは、いかにも山登りやサイクリングを趣味とする体育会系の中川らしい。
 振り駒の結果、先手は高橋に決まった。途中図の▲5六歩は高橋得意の矢倉への誘い。6六歩型でなく7七銀型を選んでいるのは、中川が好んで指す右四間飛車を警戒してのこと。この形は6五の地点で駒がぶつからないため、△6四歩からの右四間飛車は有効ではない。
 中川は相手の駒組みを見て、△5四歩から△5五歩と動いていった。コップにスポーツドリンクを注ぎ、それを天然水で割って飲み干す。
 中川の将棋は早め早めに駒をぶつけていくことが多い。まずは肌を合わせて相手の調子や気合いを確かめ、それから方針を決めていくタイプなのだ。
 指了図はすでに実戦例がなく、完全な力将棋となった。

(途中図は7手目▲5六歩まで。指了図は24手目△6四歩まで)

【第2譜】
▽昼食事情
 指し始め図から高橋が▲7九玉と寄り、中川が△8五歩と伸ばしたところで昼食休憩に。食事の注文は高橋がカレーライス、中川がカツ丼とざるそばのセット。
 夏場の、それも対局時ともなれば食欲のわかない棋士も多くなるが、ふたりはしっかりと栄養を補給するタイプだ。以前は某中華店の五目焼きそば大盛りを好んで頼んでいた中川。しかし先ごろ某店が閉まってしまい、今は新手を探し日々試行錯誤しているという。
 高橋は51歳、中川は42歳で、これを足すと93歳になる。今期挑戦者決定トーナメント1回戦の組み合わせでは最年長ながら、二人の姿勢と気迫は実に若々しい。
 さて盤上。高橋は局後に▲7九玉を悔いた。中川は代えて▲2五歩を予想していた。以下△8五歩▲2四歩から互いに飛車先の歩を交換して互角と見ていたという。
 高橋は本譜のように進めたときに、△7六飛(指了図)と歩を取ることはできないと考えていた。▲8七歩には△8二飛と引き、相手は玉形を、自分は攻撃の形を整える流れになるはず。そうなれば先攻する展開に持ち込みやすいのではないか。
 そんな高橋の構想は△7六飛によって乱された。飛車が狭く不安定だが、うまく逃げおおせれば歩得が残って後手有利になる。(後藤元気)

(指了図は32手目△7六飛まで)

【第3譜】
▽名騎手
 ここ数年の高橋は、効率的な戦い方により磨きがかかってきた。いつ見ても玉を相手より堅く囲い、主導権を握って攻めている。
 競馬にたとえれば、スタート直後に絶好の位置をキープし、一番良いタイミングで末脚を繰り出す感じ。高橋の棋力が実際に走る競走馬にあたるとすると、その鞍上には手綱を自由に操り、力を出しやすい展開に持ち込むが名騎手がいる。そんなイメージがあるのだ。
 指し始め図の先手陣は、金銀四枚が玉の近くに密集し、いかにも高橋らしい構えになっている。自分の城をしっかりと作り、それから余裕を持って攻撃する。
 そんな思惑を打ち砕いたのが中川の△7六飛だった。この手が成立していることで、玉を固めてから戦うという構想が破綻してしまった。
 局後に高橋は「△7六飛に対しては、飛車をいじめる順があると思っていた」と話す。具体的には▲5八飛のところで▲9七角と上がる手なのだが、「それには△9六飛があり、後手が指せそうです」と中川。名騎手の誤算を見逃さず、好ポジションを確保した。
 高橋は中央から手を作りに行ったものの、歩得の中川は余裕を持ってそれを受け止める。指了図でも落ち着いた対応を見せた。(後藤元気)

(指了図は49手目▲5四歩まで)

【第4譜】
▽稽古
 14時半頃、おだやかな昼下がり。中川がバッサバッサとあおぐ扇子の風圧に乗って、張り替えられたばかりの畳が香る。扇子の揮毫は「澄心」で、これは囲碁棋士の万波佳奈四段のものだ。
 高橋と中川の公式戦での対戦成績は、高橋4勝、中川9勝。練習将棋も以前から指しており、中川の言葉を借りれば「低段時代から稽古をつけていただいています」。
 高橋が先手なら、矢倉模様の出だしから後手の中川が変化し、だいたいはこの将棋のような流れになるそうだ。互いに玉を固めあう展開は、矢倉の大家として知られる高橋に一日の長がある。中川は早めに動いてペースを乱していくことで、力戦に強い自分の持ち味を生かしにいく。
 指し始め図の△5二歩の受けは陣形をへこまされて消極的なようだが、中川は歩を2枚得しているので十分と見た。
 そのあとの△2三金~△2二角もうまい活用で、上部に手厚く角も働く形になった。中川はこのあたりで、指しやすさが優勢に繋がりつつあると感じていたという。
 指了図の▲7七桂は、苦しいながらも崩れない高橋の底力。△6五歩から圧迫してくる筋を受けながら、△9五歩▲同歩△9三歩の逆襲を見せている。中川は容易ならざる場面と見て長考に沈んだ。(後藤元気)

(指了図は77手目▲7七桂まで)

【第5譜】
▽気の持ちよう
 ▲7七桂(指し始め図)を前に中川は考え込んでいた。歩を2枚得しているのが大きく形勢は後手優勢。この判断は両者一致していたが、心の持ちようには違いがあったようだ。高橋が「苦しいながらも最善を尽くしていくしかない」と割り切っていたのに対し、中川には「優勢なのだから、良さを具体化したい。出来るはず」と追い立てられるような感じがあった。
 10分、20分と時間が過ぎていき、記録係に残り2時間を告げられる。我に帰って「うおい」と返事したところで、その声が呼び水になったのか、表情から険しさが消えた。冷静に考えれば苦しいのは歩損している高橋。中川は焦らず、ゆっくりしていてもいいのだ。
 しばらくして指されたのは、△7二金と寄って端攻めを受ける渋い一手だった。中川は後日、「ここが本局で一番苦労したところ。△7二金は無理に動かず相手の攻めを消した手です。局面を止めて、△2五歩からの盛り上がりに期待しました」と語った。
 手を渡された高橋は、細かく駒を繰り替えて自玉のキズを消す。中川は予定通り2筋から盛り上がっていく。形勢は依然後手良し。
 しかし指了図の▲4五歩は何気ないようでいて、実は油断ならない手。対応を間違えれば、すぐに逆転してしまう。
(後藤元気)

(指了図は99手目▲4五歩まで)

【第6譜】
▽棋士人生
 中川は以前、こんなことを話していた。「若いころの好調時は悩まずに勝てる。年かさがいっての好調時は、苦しまなくてもいいところで苦しむ。しかし、その慎重さが成績に繋がっていく。何を指しても勝つ時期は短く、棋士人生のなかで限られた瞬間しかない。それが終わってから、本当の棋士人生が始まる」。
 優勢でも苦しい、劣勢でももちろん苦しい。将棋を勝つ意欲を持ち続けるのは本当に大変なことだ。寡黙な高橋は多くを語らないが、本局で見せている辛抱強さ、相手の焦りを誘う老獪な指し回しは、苦しさに立ち向かう日々の積み重ね、年輪を感じさせる。
 指し始め図の▲4五歩に△同歩は▲6四銀の大技がある。以下△6六角▲同歩△6四銀▲2三角の展開は後手まずい。
 ▲4五歩を放置すれば▲4四歩から▲5三歩成△同銀▲4三歩成が来る。ひたひたと迫る歩の攻めに対しては適当な受けもない。中川は33分の考慮で、△7五歩と玉頭をこじあけに行った。
「怖いところだが、6三銀や7二金を使わなければ勝ち切れない」と中川。▲同角と呼び込んでの△7四銀~△6三金は、中川の将棋に対する姿勢が表れている。
 高橋も強く応じて迎えた指了図。先手の持ち駒は金銀と歩。後手玉は詰めろになっているのかどうか。(後藤元気)

(指了図は115手目▲5五桂まで)

【第7譜】
▽勝つのは大変
 指し始め図の▲5五桂は攻防手だが、後手玉は詰めろになっていない。中川は自らの後頭部をゲンコツでゴンゴンとたたき、気合いをこめて△8五銀を着手した。
 △8五銀に▲同金は、△同飛▲8七歩△5五飛▲同銀△同角で、以下変化は多く手数もかかるが先手玉は詰んでいる。
 △8五銀に▲4三銀は△3三玉で不詰め。本譜は▲4三金△3一玉▲2三銀としたが、△7六桂打で捕まっている。投了図からは▲5六玉△4六金▲6五玉△7四金と上部から押せば詰む。
 終局直後、高橋は「序盤がひどかったね」と、ほとんどそこだけで将棋が終わってしまったというようにつぶやいた。中川は額に汗を光らせ、肩で息をしている。将棋としてはそこで差がついたのかもしれないが、勝ち負けはまた別。目の前の一局を勝ち切るのは本当に大変なのである。
 後日、中川から棋王戦の読者に向けたメッセージが届いた。「仙台出身の自分がこの棋王戦でひと暴れすることで、同じ東北人の皆様を勇気づけられればこんな嬉しい事はない。とにかく精一杯頑張って行きますので見ていて下さい」。
 中川の次戦は、十七世名人資格保持者の谷川浩司九段。タイトル獲得は棋王3期を含めて計27期の強豪を相手に、どういった戦いを見せてくれるだろう。(後藤元気)

(投了図は130手目△7九角まで)
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2 コメント

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Unknown (ysnm)
2012-12-10 10:50:12
ネット中継でお世話になっている方の観戦記は特に楽しみにしております。
これからも楽しい観戦記を宜しくお願いします。

あれ、この高橋九段vs中川八段の対局は37期のものですね。
あれれ (ごとげん)
2012-12-10 15:55:57
本当ですね。失礼しました。
ご指摘ありがとうございます。

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