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第33期棋王戦本戦▲山崎隆之七段-△堀口一史座七段

2007年12月11日 | Weblog
【第1譜】記録係今昔

 先に入室したのは堀口だった。顎下のヒゲが精悍な印象を与える。直後に小走りで入ってきた山崎は挨拶をしてすぐに上着を脱ぎ、シャツをひじまで捲り上げた。裾からチェックの裏地が覗く。振り駒はと金4枚。山崎は開始直前まで、肩を大きく揺らしている。

 山崎は初手を指すとすぐに席を立った。堀口はぼんやりと窓の外を眺めてみたり、ちょっと手持ち無沙汰の様子だったが、山崎が戻ってくるとすぐに△8四歩と指した。考慮時間は4分。相掛かりだ。そこから途中図まで両者とも文字通りノータイムで進めていく。
 本局の記録係は渡辺愛生三段。普段からよく記録をとっている彼でも二人のスピードは厳しいらしく、棋譜用紙に、同、8七、8四と符号だけ書いていく。ひと段落したところで同飛、8七歩、8四飛と駒の種類を入れる。筆者も奨励会時代にこの方法で棋譜を書いていたのだが、あるとき横から覗き込んだベテラン棋士に「今の時代もそうやるのか」笑われた。それから10年が経ったが、昔も今も要領よくやる方法は変っていないようだ。
 山崎は風邪をひいているのか、鼻をぐずぐずやっている。△1四歩の局面でボーッと後手の玉を見つめ、いやいやいやと首を振る。なんだか情けない表情をしている。
 3分ほどして、本当は角道なんか止めたくないんだけどねというような駄々っ子の表情で▲6六歩を着手した。
(第1譜は28手目▲6六歩まで)



【第2譜】山崎の一撃

 午後の早い時間に、控え室で山崎に尋ねられた。「堀口さんとは確か初めてでしたよね?」堀口と山崎は平成11年にC級2組順位戦で対戦し、山崎が相矢倉を短手数で制している。
 39手目▲6七金右の局面は、山崎が羽生に挑戦した第23回朝日オープンの5番勝負第2局と同一。本譜の△7五歩は、類似形はあるが現局面で指されたのは初めてだ。
 局後に堀口が「朝日オープンは△3三桂▲4五歩の展開だったよね」と確認したのだが、山崎は照れ臭そうに「ええ、いやすみません、よく覚えてないんです」。堀口は苦笑するしかない。

 ▲6五歩に対する△4二角は作戦の岐路となる一手だ。代えて△5三角なら、▲4五銀△3三桂▲5六銀△7三銀と右銀を繰り出していく将棋になる。角は4二より5三の方が働きが良く、その変化なら5六の銀が邪魔をして▲5六歩~▲5五歩と角頭を狙われない。
 「本譜はうまく立ち回られてしまったので、△5三角以下の順を選ぶべきだったかもしれません」と堀口。△4二角のあと△7三桂、△7四飛とノータイムで進めたが、指了図の▲7五歩を見てアゴを小さく突き出した。山崎はすぐに席を立つ。その表情は、さっきまでのフニャフニャではなく、獲物に一撃を与えたピューマのようだ。
 堀口は体育座りのように膝を抱え込み、声にならない声を発した。震えは確かに感じられた。
(第2譜は49手目▲7五歩まで)


 
【第3譜】堀口の勲章

 堀口の一番の勲章といえば朝日オープン選手権優勝だろう。杉本昌隆七段との決勝5番勝負での、腰の入った駒使いは本当に素晴らしかった。しかしそれに優るとも劣らないのが現棋王の佐藤康光との対戦成績だ。過去6戦し、4勝1敗1千日手。ちなみに山崎と佐藤棋王の対戦は山崎が1勝4敗で負け越している。
 局面は▲7五歩から動かない。12時5分に山崎が対局室に戻ってきたところで、堀口は「休憩に」と記録係に告げた。
 山崎は一礼して席を立ち、すぐにペットボトルを取りに戻ってきた。すぐに退出したが、対局室の外が暑かったのか、今度は上着を置きに戻った。ちなみに山崎の昼食の出前は玉子とじうどん。暑がりなのか寒がりなのか、それとも単なる気まぐれなのか。
 最近の若手棋士は対局中に席を立つことが多いといわれるが、その双璧は西の山崎、東の阿久津だろう。集中と弛緩のバランスの取り方は十人十色。迷惑をかけているわけではないだろうし、本人のペースで結果を出せているなら周囲がどうこう言えるものでもない。

 堀口は定刻を過ぎても盤面見つめている。▲7五歩に△8四飛は明らかな損。本当なら△7五同角▲同角△同飛▲8二角のときに△8八歩▲同金△4七角としたいのだが、▲5九玉でわずかに攻めが続かない。以下指了図まで、後手やや不満の局勢で推移していった。
(第3譜は78手目△7六歩まで)


 
【第4譜】静の堀口、動の山崎

 堀口は対局中にほとんど席を立たない。どんな長時間の対局でも出前の注文をせず、休憩時間もひたすら盤に向かっている。猫のように動く山崎と、忠犬ハチ公のように動かない堀口。対照的な姿を見ていたら、ふと頭の中で中村一義の「犬と猫」が流れだした。「どう?」の問いかけで始まり「僕として僕は行く」、「状況が裂いた部屋に僕は眠る」と続くこの曲を聴くと、なぜか勝負を争う棋士の悲哀を感じてしまう。

 自信なさげに、ぺしょっと置かれた△7六歩。▲同金なら勿論△6四桂だが、直接的な効果を狙うというより、相手に下駄を預ける実戦的な指し方だ。この戦略は山崎を悩ませ、誤らせた。
「ここは少し良いかと。次の▲2六桂から▲1七桂は、こちらもパスしておけばいいという判断だったのですが…」と局後の山崎。
「▲1七桂に△3六歩から攻めが繋がったので、好転したと思いました。▲2六桂では▲4五桂だったんじゃないの?」の堀口の問いかけを山崎は素直に認めた。
 ▲4五桂は、放置すれば▲5三歩と角の利きを遮断することができる。▲4五桂に△同桂なら▲同銀から飛車を圧迫していけばいい。
 
 本譜は△5三桂から金を狙われ差が詰まった。△6四銀のぶつけも、出遅れていた銀を活用する味の良い手。一見△4二桂成と根元の角を取られてひどそうだが、3四の桂がいなくなれば2四飛の利きが通る。
(第4譜は103手目△6四同角まで)


 
【第5譜】急転

 指し始め図での正着は、平凡に飛車を取りに行く▲3六桂。角が6四にいるため、▲6一飛の筋も厳しく残る。堀口は「これは全然ダメだね」と語り、山崎も「ええ、なぜここで見えなかったんだろう」と同調した。
 実戦の▲5三歩から▲4五桂は、後手の角を手順に急所に呼んでしまう疑問手。堀口が早々に一分将棋に入っていたことも影響したのか、この2つの指し手はノータイムだった。軽率と言っては不謹慎かもしれないが、こういった場面で山崎が転ぶのを見てきたのは筆者だけではないだろう。

 若く才能のある者は必然的に周囲の期待を背負わされる。結果が出ないと遊び過ぎだの真面目にやれだの言われて自分のペースを崩してしまい、ファンからの応援もプレッシャーに感じてしまうことがある。山崎のあの人懐っこさや、ある種のいい加減さは彼なりの処世術なのかもしれないと感じることもあるが、もちろん推測の域を出ない。
 △6六歩に▲7六玉は仕方ないが、目標にしていた5二の金を6三に活用されてしまってはいけない。早々に形勢を損ねた堀口だが、持ち時間を惜しまず着実に進め、山崎のミスに乗じる形でグッと前に出た。
 指了図から△3四飛と桂を取る手が見えている。△8四桂の王手が、先手玉を下段に落とす絶好打になるのだ。山崎は苦しくしたと感じながらも、瞬時に方針を定め、駒台の歩を手にした。
(第5譜は112手目△6三金まで)



【第6譜】壮大な構想

 指し始め図の△6三金で、堀口は「手応えがあった。はっきり良くなった」と感じた。山崎も苦戦を自覚しており、両者の形勢判断は一致した。
 かなり前から一分将棋に追い込まれている堀口だが、小刻みに体を揺らす姿からは力強さが感じられ、微かに笑みを浮かべているようにも見える。時間は無いが、勝ち筋はある。棋士が最も興奮するのは、おそらくこういう場面なのだろう。

 山崎は前傾姿勢で、ただ6三の地点を睨みつけていた。この金、これが自分の玉を仕留めに来る。ならば方針はひとつ、全力で排除しにいくしかない。朝からけだるそうに鼻をグズグズとやっていた頼りなげな表情と、目の前の研ぎ澄まされた獣のような姿。そう、この豹変がたまらないのだ。
 ▲6四歩から▲6四銀までは、山崎が「これしかない」と断言した順。

 堀口は秒を読まれながら、ある絵を描いていた。それは、押し込まれている大駒を一気に世に出す壮大な構図だった。第一歩は△3四飛。▲同歩なら△8四桂から玉を下段に落として一手一手の寄りとなる。

 山崎の視線は一瞬3筋に向いたが、すぐに▲6三銀成。以下△8三金までは瞬く間に進んだ。
 堀口は一分将棋なのだからギリギリまで考えた方が得なはず。しかし逸る気持ちを抑えきれないのだろう。指了図での次の一手が見えていたのだ。
(第6譜は123手目▲7七銀まで)



【第7譜】勝負と真理

 △5三角が必殺手。▲同桂成なら眠っていた飛車の横利きが通り、△7四金▲同歩△同金で先手玉を仕留めることができる。また▲3四歩でも△7四銀▲同歩△7五金で詰み。堀口は勝ちを意識した。
 この局面、山崎は不利を認めながらも、容易には負けないと感じていたようだ。真理を追究することだけが棋士の使命なら、▲7七銀のところで長考し、負けを読み切るのが正しいのかもしれない。しかし盤上だけでなく、盤外で勝負の駆け引きを見せるのも棋士の存在証明。山崎は勝つために考慮を最小限に留め、堀口に時間を与えなかった。
 △5三角に対する▲6四歩は最強の手。▲6四桂や▲6四金は△同角以下詰まされてしまう。
 堀口の敗着は直後の△6五銀。▲7三金で全く寄り付きが無くなった。正着は▲6四歩に△同角▲同成銀△同飛▲5三角と、わざと王手飛車を掛けさせる順。以下△2一玉に▲6四角成なら△9四銀▲同歩△9五金▲同香△9六銀までの詰みがある。山崎は△6四同角に▲6六角を用意していたが、△7五角▲同角(逆王手)に△4二銀で大丈夫。先手玉は受けなし、後手玉に詰みはない。
 この手順は綿密な検討で発見されたもの。堀口は変化を潰しながら「これは人生に影響ない、これも…」と呟く。そして自分の勝ち筋を確認した後「でも1分将棋じゃなぁ」と自嘲気味に笑った。
(第7譜は最終手▲5三桂成まで)

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